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第五十三幕・「巨人の過去」

(ココハ、ドコダ……?)


 何も見えない暗闇の中、巨人チュウコウは辺りを見渡していた。しかし、幾ら目を凝らしても、一寸先は闇である。深い、深い闇の中、何処からとも無く声が響いた。


『―――……ュウ……。チュウ…コウ…………!』


 それはとても懐かしい響きのする声であった。

 自分はこの声を知っている。忘れる筈がない、未だ幼い頃、この声の人物と自分は一緒だった。絶対に忘れない声――常に強く、逞しく、同じ巨人の中で最も人望の厚かった、子供の頃とても誇りに思った人物の声だ。


(オヤジ……! オフクロ……!)


 チュウコウは振り向いた。其処には父が居た、そして父に寄り添うように母も居た。


『チュウコウ……! マモ、レ…! ミナ、ヲ…マモレ!!』


(オヤジ…? ナニヲ、イッテイル……?)


『マモレ…!!!』


 その言葉を最後に、両親の姿は消えた。

 再び暗闇が訪れたかと思うと、次の瞬間、突然目の前がカッと赤く燃え、勢い良く猛る炎に身を焦がされるかと思う程あっという間に周囲を業火が包んだ。


(コレハ……!?)


 チュウコウは突然の事で混乱した。そして次に目にした光景に、彼は動けなくなる。


『チュウコウ……。チュウコウ……』


(オヤジ…! オフクロ…! ミンナ……!)


 目にしたのはあの時の光景だ。燃え盛る集落、逃げ惑う村民、無残にも殺戮され、体の一部を剥ぎ取られる無慈悲は場面。

 チュウコウは思わず(うずくま)った。何も見たくない、何も聞きたくない。必死で耳を塞ぎ、目を背けた。

 この地獄の中、彼は必死で叫んだ。


(イヤ、ダ…………。イヤダ……、イヤダ…!)



【――西の洞窟――】



「……ッ!?」


 彼はその巨体を起こした。未だ息も荒く、酷く汗を欠いている。


「ユメ……」


 彼が現実の世界を認識するのに暫く時間が掛かった。ほっとすると次に彼はゆっくりと立ち上がり、洞窟の出口へ向かう。


「ン―――……。イイ、テンキ…ダ……」


 巨人チュウコウは気持ち良く、その巨体を余す事無く伸ばし、大きな欠伸を一つして、ボーっと空を眺めた。

 すると森の奥から、此方へ何かが近付いて来る音が聞こえた。

 巨人の彼は元来小心な性格から咄嗟(とっさ)に身構え、森の奥を凝視する。


「…アガロ…カ……」


 姿を現した人物を見て、巨人はほっとする。そして次に少しうんざりする気持ちになった。アガロは執拗(しつよう)に自分を召抱えようと迫ってくるからだ。

 始めの内は断っていれば何れ諦めるだろう、と考えていたが、彼はその素振りを見せない。


 それが原因して、チュウコウはアガロが少し苦手な存在になっていた。

 今日も恐らく、何時ものように自分を勧誘しに来たのだろうか。そう思った巨人だったが、開口一番、彼から全く違う内容の話を聞かされる。


「チュウコウ。村の危機だ。賊が来る」


 瞬間、頭の中が真っ白になり、彼は愕然とした。

 それだけアガロの口にした事が、チュウコウにとって衝撃的だったからだ。


「村人は皆、抗戦する積りでいる」


 彼は戦を重ねてきているだけあって、この緊張した空気に慣れている。

 対してチュウコウは顔色を変え、ただただ恐怖から震える体を押さえるのがやっとであった。


「チュウコウ。俺と共に戦え」


「イヤ、ダ……!!」


 アガロの言葉を引き金に、チュウコウはその巨体を(ひるがえ)して、自身の住処である洞窟の奥深くへ隠れてしまった。

 洞窟の中は薄暗く、じめじめと湿気が多い。人が住めた所ではないが、巨人の彼は村に来た時からこの場所を住居と定め、今迄暮らしてきた場所である。


 其処へ勇敢にも足を踏み入れる少年が一人。彼は松葉杖を付き、右足を引きずりながら一歩また一歩と奥へ進んでいった。

 やがて、奥で震える巨人を見つけると、その背中へ再び同じ事を口にする。


「チュウコウ。力を貸せ。村の危機だ」


「デキナイ……!!」


 巨人は蹲り、大きな体を小さく丸めていた。頭を抱え、何も見ないように目を閉じている。


「……何時までそうしている積りだ?」


 巨人の態度に些か腹が立った。

 彼はこの戦乱の世を行き抜く為、否が応でも戦ってきた。そして、これからもその人生は変わらない。それを押し付ける気は無いが、この根無し草だった巨人を迎え入れ、居場所を与えてくれた村を救う為、協力をしても良いようなものを、チュウコウは(かたく)なに拒んでいるように、アガロには見えた。


 チュウコウはアガロの問いに答えないでいる。

 此の侭では埒が明かないと思い、アガロが更にまた一歩、歩み寄ろうとすると、薄暗い洞窟の中で幼い声が響いた。


「せんせ! 村のみんなが準備出来たって!」


 アガロが後ろを振り返ると、其処に立っていたのは獣人猫族のハツ。

 彼女は木刀を片手に、自身も戦闘準備万端と意気込んでいる。猫の少女は他の村人に比べ好戦的であり、自分が大手柄を立てると息巻いていた。


「指示通りにやったか?」


 アガロが短く訊くと、彼女はえへんと胸を張り誇らしくした。


「全部した! 言われた通り、村の西の山道には案山子(かかし)を置いたし、老人や怪我人は優先して逃がした!」


「石は集めたか?」


 その問いに返答したのは、ハツの後ろから姿を現した狐の少女。金色のふさふさした尻尾を揺らし、鼻をヒクヒクさせながら、彼女は報告する。


「石は集め終わったし、村の西口にも若い人達が配置についたよ! 暫くしたら目的地へ向かう手筈になってる!」


 アガロは満足そうに一つ頷いた。


「良くやった。タオはどうしてる?」


「タオはみんなと一緒に居る。もう直ぐ此処へ来る!」


「そうか。後で呼べ。連れて行く」


 狸の少年には村の病人、怪我人、また老人達の誘導を他の村の衆と共に行わせていた。

 この洞窟を彼等の隠れ家にする積りだ。


「チュウコウ」


 再び巨人へ向き直り、話を再開する。


「村を救う為、力を貸せ」


「ムリ…! ドウセ…コロサ、レル……!!」


「……っ! もう一度言ってみろ!!」


 アガロは怒鳴り声を上げた。狭い洞窟内で、彼の甲高い声が響く。

 後ろに居た獣人の少女達は、頭から飛び出ている耳を手で多い、チュウコウはその大声にすっかり気圧されてしまう。

 巨人の鬼はゆっくり振り返ると、自分よりも小さな少年が目付きを鋭くし、睨んでいた。


「村の者達は皆、覚悟を決め、戦おうとしている! 戦う前から殺されるなど滅多な事を言うな!!!」


 大股で歩み寄り、チュウコウのボロ着の胸ぐらを掴む。彼は小柄ながら力はある方だが、流石に巨人の巨体を動かす事は出来ない。

 両者無言の侭、硬直する。後ろでカンナとハツが固唾を呑んで見守っていた。

 するとその時、後ろから、


「アガロさん……」


 彼の名を呼ぶ声がした。それはカンナやハツとは違い何処か落ち着いていて、気分を鎮めてくれる声だ。その声の主は村長スイセン。

 アガロや他の三人も、直ぐにそれが村長だと気付いた。


「何故、此処に居る?」


「村長の私だけ、何もしない訳にはいきません。村の皆さんの避難を手伝っていたんです。丁度その時、アガロさんがチュウコウの元へ向かうのが見えたので若しや、と思い後をつけたのです」


「俺を止めに来たのか?」


 チュウコウは争い事を嫌がる。それを説き伏せ、戦わせようとしている自分を、止めに来たのでは、とアガロは思ったが、この村長(むらおさ)は首を横に振った。


「私もチュウコウに力を貸して頂けないか、御願いしに参ったのです」


 帰ってきたのは意外な返答だった。


「本気か?」


「はい」


 スイセンはゆっくりとした足取りで、洞窟の奥で蹲るチュウコウと、胸ぐらを掴むアガロへ近付いて行く。アガロから少し距離を置いた所で止まると、村長は重い口を開いた。


「チュウコウ。村を救っては頂けませんか……?」


「スイセン…サマ……」


 意外、とばかりにアガロや子供達、そして巨人までもが目を丸くして彼女を見詰めた。

 しかし、


「デキナイ……」


 巨人の返答は変わらなかった。

 村長は一端間を置くと、再び言を継ぐ。


「アガロさん。チュウコウの事は私に任せては頂けませんか?」


「……良いだろう」


 アガロはチュウコウを解放した。此の侭では何時まで経っても埒が明かない。そう思い此処は一先ず、村長に一任した。一歩下がり、アガロは静観する。

 やがて、スイセンは優しく語りかけるように、口を開いた。


「チュウコウ。これから村に、賊が押し寄せてきます。今、村の皆さんは必死で賊に対抗する為、準備をしています。村を救う為に貴方の力が必要なのです……」


「…………」


「貴方が過去に何か辛い事を背負っているのは、承知しています。ですが、今は村の非常事態です。一人でも多くの力が必要なのです……」


 チュウコウは暫くの間無言であったが、じっと村長に見詰められ、やがて心が和んでいった。

 緊張や恐怖から徐々に解放されるのを感じると、低い声が洞窟内に響く。


「オデ、ムカシ…サムライ、ト…タタカッタ……」


 アシハラ大陸の東北に当たるホク州。昔から多くの異民族や亜人達が独自の社会を形成し、中央の争乱からは掛け離れた、貧しい辺境の地である。

 その土地に屋敷や城といった建物が並び始めたのは、大陸統一を成し遂げたソウ王国の時代である。


 ホク州は都から離れている所為もあり、文化も風習も違う。其処に古くから住んでいるのは、多くは狩猟民族や、季節によって居住区を点々とする遊牧民などである。アガロの部下であるレラ達コロポックルの民族も、元はこのホク州の先住民である。

 そして、巨人族の故郷(ふるさと)であった。


「オデ、フルサト…トリモドス、タメ……、タタカッタ……。デモ、ミンナ…コロサレ、タ……」


 巨人が悲痛な声でそう語る。


 ソウ国の天下統一後、巨人族達は住処を尽く没収され、虐殺された歴史を持つ。

 巨人や、この地域だけでしか見られない少数民族である彼等は、都の見世物として売られるか、重労働を課せられた。


 巨人族は知恵が無いと言われており、その昔ホク州平定担当だったソウ国五大将軍の一人、コウズホの書き残した資料にもその事が確りと記されている。

 如何に強い力や屈強な肉体を持っていても、彼等巨人は巧みな戦術や、狡猾な罠を仕掛ける武士には敵わなかったのである。


 尤も、それは亜人達だけではない。人間であろうと、其処に住んでいる者は、皆ソウ国から見れば異民族や先住民であり、彼等も同じような扱いを受けた。其処から不満が瞬く間に募り、彼等は後の異民族・亜人部族連合へと変貌して行った。


 そしてそれが切欠(きっかけ)で中央が手薄になっていた所を、ソウ国のキョヘイ将軍が狙い、軍部を掌握。彼による武士政権の樹立と、連合崩壊。後の支配政治へと発展していく。


「ミンナ、デ…タタカッタ……。デモ、マケ、タ……。オデノ、ムラ…モ、ヤカレタ。ゼン、ブ…ヤカレタ……。イキノコッタ、ノ…オデ、ダケ……」


「チュウコウ……」


 スイセンは彼の悲痛な声に心を傷めた。

 最後まで聞くと、ユクシャ当主は巨人へ訊ねた。


「チュウコウ。お前は村を守ろうとは思わないのか? それとも、命が惜しいだけか?」


 アガロは彼を説得する事を止めなかった。

 それなりに理由があるのは理解した。しかし、彼にとってそんな事どうでもよかった。他人の過去に一々同情する暇など無い。使えるもの何でも使うという考えが、アガロを未だに引かせない理由だった。


「答えろ」


「……マモ、リタ…イ……」


 その二択なら答えは最初から決まっている。声が震えていたがハッキリと巨人は返答した。寧ろ、村を守る為なら、命も惜しまないだろう。しかし、自分の力を信じ、実行出来るだけの果断な精神や、行動力が欠けていた。


 それ以上に侍達が恐ろしいのである。果たして、本当に自分にそれだけの力があるかどうかすら、分からないのだ。


「この村はお前にとって、もう一つの故郷ではないのか?」


「…………」


 チュウコウは目を逸らした。

 彼は、自分を受け入れてくれたこの村に感謝している。村人は皆親切だったし、スイセンには多大な恩があり、返そうとしても返しきれない程である。


「お前は今迄この村に守られてきたのだろ! それが今、滅ぼされようとしている! お前はそれを黙ってみているだけか!?」


 その時、チュウコウの脳裏には過去の仲間達が浮かんだ。彼等が(むご)たらしく殺されていく(さま)をである。その記憶は、彼を更に怯えさせるのに十分であった。

 次は村人達や子供達がそうなると考えただけで、身が振るえるし、不安で頭がどうにかなりそうだった。


「チュウコウ!!」


 瞬間、アガロが再び叫ぶ。


「皆を守れ!!」


(オヤジ……!)


 目の前に大好きだった父の姿が浮かんだ。そして、最後に残した言葉が内側に響く。アガロの一言に共鳴するかのように、何か胸の内から熱い物が込み上げてくる。


 両者は固まった。

 その二人を後ろから、固唾を呑んで見守る村長や子供達。


「……オデ、アタマ…ワル、イ……」


「安心しろ」


 それでも猶、弱音を吐く巨人へアガロが声を掛ける。彼の声は先程と打って変わって少し落ち着いていた


「戦は一人でするのではない。俺、スイセン、イルネや村の奴等が付いている」


 その口調の侭、アガロは続けた。


「お前の頭の悪さは心配するな。お前に足りない部分は、俺が補ってやる。代わりに、俺に足りない部分をお前が補え」


「ン―――ナニガ、タリナ、イ……?」


 チュウコウは疑問を呈した。彼からしてみれば、士族は自分とは別世界の人間であり、自分達に比べて大分に背が低いにも拘らず、戦に強く、頭が良い。

 そんな種族であるアガロに足りない部分があると言われても、彼には理解出来なかった。


「今の俺には、敵一人を切り伏せられるだけの力が無い。そこでお前が力を貸せ。お前が武を、俺が知を振るえば、敵を追い払える!」


「……ホント、ウ…カ…?」


 アガロの溢れ出る自信にチュウコウは押された。まるで自分の不安を全て打ち払ってくれるようにさえ、感じたのだ。


「チュウコウ、俺を信じ、命を預けろ!」


 黒い瞳を熱い程に(たぎ)らせ、自分を信じろと迫る。

 自信家である少年と巨人は正反対だ。それがチュウコウにとって羨ましかった。

 そして思った。自分は駄目だが、若しかしたら、目の前の士族の少年ならやってくれるかも知れない、と。


「……ワカッタ」


 チュウコウは知らず知らずの内に、そう口走ってしまう。

 小さい体から溢れ出んばかりの自信と覇気を放つアガロを、巨人の大きな両目には頼もしく映ったのだ。


「俺等は一人じゃない。皆で戦う。その事、忘れるな」


 一人で立ち向かうのではない、皆で力を合わせる。この事実がチュウコウを勇気付けた。


「チュウコウ……」


 その時、チュウコウに近付き、巨人の腕にそっと手を置いたのはスイセン。彼女の声はとても優しく、慈愛に溢れている響きだった。


 村長は未だにこの心優しい巨人が、村の皆を守ると発言した事に驚きを隠せないでいた。そして何よりも、アガロ・ユクシャという一人の人間の力に、彼女は内心驚いている。

 ユクシャの当主は、長年争いを恐れ、遠ざけていたこの巨人の鬼の心を動かしたからである。


「スイセン、サマ…オデ、オン…カエス……」


 この巨人は自身の過去に立ち向かおうとしていた。


「チュウコウ。俺と共に来い。役割を命じる。言う通りにやれば良い。村長のあんたは、これから来る村人達の避難を手伝ってやれ。ハツ、カンナ。行くぞ! 戦を見せてやる!」


 洞窟を抜け、先を進んだ。その後を慌ててカンナやハツが追いかける。

 彼の後姿をチュウコウは、羨望の眼差しで見つめていた。

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