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第四十九幕・「新たな獲物」

【――リンヤ村・早朝――】



「アガロ。朝飯持って来た―――……って、早! あんたもう起きてたの!?」


 体を持ち上げ既に目を覚ましていた彼に、イルネは毎度の事のように驚く。

 アガロは極端に早起きであり、睡眠が短い。何時眠っているのか、彼女には不思議でならなかった。


「あんた、一人でもう起き上がれるの?」


「未だ体は痛むが、横になっていると落ち着かない。せめて座るくらいはしたい」


「あっそ。はい、朝飯。さっさと食べちゃってよ」


 未だ体が不自由な彼の世話をするイルネ。しかし内心、既に一人で起き上がれる事に驚愕していた。

 彼女は彼を観察した。アガロは普段から体を鍛えており、骨は太く、筋肉もあり、着物を羽織るとひょろっこいように見えるが、中身は引き締まっていて、肉体美と健康美に溢れている。


 体中に見て取れる傷痕、長い睫毛、眼光は鋭くギラリと光っている。大きな黒い両目がそれをより強調させた。一見すると優男だが、彼の無表情と、その眼光は何処と無く威圧的に見える。

 アガロは欠けた茶碗に盛られてる粥を啜りながら、表を見た。

 日の光が差し込み澄んだ空に鳥が羽ばたく、相変わらず長閑なリンヤ村。


(早いものだな、もう一週間か……)


 飯にあり付きながら、彼はふと考えた。

 今頃、トウマ達はどうしている? ナンミ軍は未だ戦中なのか? それともシラハ城を包囲中か既に落城させ、兵馬を待機させているのか?

 色々な事が頭に浮かび彼はやがて箸を止めた。


「ほら! また箸が止まってる! あんたは怪我人なんだから、さっさと食って栄養付けないと、治るものも治らないでしょう!?」



 普段、無表情で感情を悟られまいとする彼だが、この時ばかりは彼女にばれていた。

 アガロは多忙で、常に恐怖や死と隣り合わせの生活を送っていた。しかし、今は体も動かせない事もあって、殆どを粗末な小屋の中で過ごしている。


 特にやる事も無い。暇潰しに読める書物も無ければ、彼が興味を引くような立派な軍馬も、鳥騎馬も無い。

 あるのは農耕用の牛と、鍬を手に田畑を耕す元奴隷の人や亜人。

 彼は未だにその状況に慣れないでいた。


―――今の貴方に必要なのは、心身の療養です。此処でゆっくりと過ごせば、何れ回復するでしょう。


 初めて村の中を見て周り、村長スイセンとの別れ際、彼女に言われた言葉を思い出した。

 スイセンは不思議な力を持っているとイルネが言っていた。彼女は人々を癒し、そして心を読むという。


 実際、はじめは疑心暗鬼になり、本名を名乗らなかったアガロの嘘を見事に見破っている。その上そんな非礼を気にせずに許し、村で療養させてくれている。

 そして、アガロも今は食って寝て、早く傷を治さねばならない。それ以外にする事も無い。

 彼は止めていた箸を再び進め粥をかきこむ。


 具材は山で取れた山菜と、村の畑から収穫された野菜。少し土も混ざっている。

 村人はスイセンの言う事には従順に従った。彼女が助けると言えば、村人達は自分に親切にしてくれる。無償で野菜や干し肉を提供してくれるし、看病の手伝いもした。


 善意でやっているかもしれないが、アガロは日々戦いの中に身を置いていた事もあり、自身が驚く程疑り深くなっていた。

 何故自分に対して此処まで優しくする? 村長の目的は何だ? 信じても大丈夫なのか?

 考えれば考える程分からなくなり頭を振る。


 その様子を呆れ帰った様にイルネは見ていた。恐らく、彼女は士族が如何いう生き物か知っている。村を回った際、彼女はハッキリと、武士に対する嫌悪と侮蔑を孕んだ発言をした。


 確かに彼女の言う事否定はしない。

 武士とは、また彼等を纏める当主は人一倍疑り深くなければならない。それは家臣達の野心を警戒し、武将の寝返りや、謀反を疑い、細心の注意を払って戦をする故、当然の事である。

 アガロも例に漏れず、当主なれば相手を疑り腹の中を探れ、と教え込まれている。


 常に緊張と不安が心を支配し、小波のように揺れ動き休まる事が無い。細い糸の上を渡っている心持で、何時、誰に背後を突かれるか、それとも足元から糸を切られ、下克上されるか、或いは進む先から矢が飛んで来て、自身を射抜くか、そればかりを考える。


―――それが武士だ。


 よくシグルが耳にタコが出来る程、言っていたのを忘れた事は無い。

 リフはその典型的な人物だろう。彼はその疑り深い性格から、敵将エイリの偽の投降を逆手に取り、逆に奇襲包囲殲滅をし、味方諸共討ち取るという苛烈な方法で勝利をしている。



「馳走になった。イルネ、村の広場へ行く」


 茶碗を無造作に手渡すと、彼はゆっくりと立ち上がり杖を付いて小屋を出た。薄暗い所に居るのが嫌いな性分で常に外へ出て、日の光を浴びるのが好きだった。

 彼女は急いで後を追い、足を引きずる彼に肩を貸す。


「あんたは怪我人なんだから、無理しないの!」


「この程度の傷、何とも無い」


 隣でイルネが『ふ~ん』と目を細くして疑り、試しに体をばしっと叩いてみた。


「――――ッ!!」


 激痛が全身に走り、アガロは歩を止める。

 矢張り痩せ我慢をしていたのか、未だ酷く辛そうだった。歯を食いしばり、目を一杯に開いて痛みに耐えているのがよく分かった。


「見栄っ張り」


「く……っ、五月蝿い……」


 再び歩き出し、広場へ出るが、暫くアガロは不機嫌が続き表情を歪めていた。

 彼は其処で昼頃になるまでずっと、一つ地面から突き出た小ぶりな岩の上に腰を下ろし、目の前で遊ぶ獣人の子供達を見ていた。


 狐耳や、猫耳、狸の尻尾を出した獣人の少年少女達の容姿は、コウハやギンロに比べるとよっぽど獣人に近い。

 毛並みはふさふさで、耳や尻尾をぴょこぴょこ、ぱたぱたと忙しなく動かしている。


 彼等はコマ回しをしている。だが、上手く回せない。思い思いのやり方をするが、どうもやり方を知らない様子だった。

 それぼーっと眺めていた。動きたくても世話係のイルネは他の村民と会話し、何処かへふらっと行ってしまい、置き去りにされ動けない。


 まだ、体の痛みもあり、如何する事も出来ず只彼等を凝視する。

 すると、猫耳の少女がじーっと此方を見つめてくる。コマを手に持ちもじもじしていた。

 暫くして、アガロは片手を出し、


「貸してみろ」


 すると、少女は恐る恐る近付き、コマを手渡す。

 別段アガロは子供好きという訳ではない。只暇だった、それだけだ。

 こののんびりとした村で時を過ごすだけで、何時ものように体を動かし、野山を駆ける事が出来ない。


 心がそわそわして落ち着かず、此の侭でいいのか、と自問自答を繰り返し焦っていた。それを少しでも解消したい忘れたい。

 それだけの理由で彼がコマ回しに興じるのは十分だった。


(ガジュマルとよくやったな……)


 未だタキ城で暮らしていた頃、城を抜け出してはガジュマルと共に城下へ行って、よくコマ回しをしていた事を思い出す。

 慣れた手付きでコマに紐を巻きつけ、シュッと足元へ向かって投げる。


 コマは勢いよく紐から放たれ、見事に回る。

 延々と回るそれをアガロは眺め、やがてそれが止まると拾い上げた。彼にとっては如何とでもない事だったが、ふと視線に気付く。


 顔を上げると、猫の少女だけでなく、他の獣人の少年少女達が何処か羨ましそうな眼差しで此方を見つめていた。

 やり方を教わりたいのだろうか、しかし、無表情で感情が読めない彼は近寄り難い。


 子供と遊ぶには不向きである。アガロは本心から感動したり、面白かったりしないと表情を変えないし、他人に合わせて笑ったり、内輪受けなどしない人間であった。

 だが、この時ばかりは暇潰しとばかりに彼等を手招きし、やり方を伝授し始めた。


 アガロは人にものを教える事苦手ではない。仕事を覚えたてのトウマの面倒を見た事もあるし、部下達の練兵を見て、自ら教えてやる事だって多々あった。


 ヤイコク程ではないにしても、彼は子供達に伝授する事、然程苦労はしなかった。

 子供は飲み込みが早く、一刻すると、彼等は上達し上手くコマを回せるようになっていた。

 アガロは内心感心する。


「意外……。あんた懐かれそうな顔して無いのに……」


「何処へ行っていた?」


 後ろから聞こえた声がイルネだと分かると、アガロは不機嫌そうに振り向いた。


「実はね、村に行商人が来てたのよ。それで何か良い物無いかなって思って見に行ってたの」


「この村には行商人が来てるのか?」


「そうよ。ヨヤさんって言って、元この村の人なの。今は外の町で暮らしてるらしいけど」


 彼女が言うには、此処リンヤ村以外にも、元奴隷達の集まった村が幾つか存在するという。

 ヨヤはそんな彼等の為に、各地を行商して回り、たまに村へ戻っては、日用品に食料、時には珍しい品物を持ち帰り皆へ無償で配るという。


「後でヨヤさんに頼んで来て貰う? あんたも品物見てみれば?」


「それよりも、そのヨヤという奴を早急に呼んでくれ」


「どうしてよ?」


「そいつは行商人なんだろ? ならこの村の外に付いて詳しい筈だ。そいつから情報を聞きたい」


 アガロはその行商人を通じて、今センカ郡はどうなっているのか知りたかった。

 この村は酷く閉鎖的で、余所者といえば一週間前、保護された彼くらいである。

 恐らく、他の村も元奴隷の村というだけあって、土地の者達は外の者を余り歓迎しない筈だ。


 彼等は互いに身を寄せ合い、隠れながら暮らしている。そういう印象が強いし、外からの情報は一切入ってこない。

 これでは味方が勝っているのか負けているのか分かる筈も無く、自分の現状確認も出来ない。


「無論、品物も見てみたい。今日はもう休むだろうから、明日、来てくれると助かる」


 短くイルネに言うと、再びコマを回し暇を潰す。村の時間はゆっくりと流れた。

 アガロにとってはそれが永遠に感じられた。やるべき事がない。あっても体が不自由で出来ない。


 多忙な日々から、いきなりこんな生活に彼は耐えられなかった。苦痛でもある。

 コマ回しに没頭し、暫く子供達に構ってやる以外にする事もない。だが、それが原因で知らない間に彼等に懐かれていた。


 すると、地面がいきなり揺れ動いた。地震かと思ったが、どうやら違うようで、地響きは次第に大きくなっていく。

 振り向くと、アガロの目に映ったのは大きな影。


(何だ…こいつ……!?)


 見上げると、その者身の丈凡そ一丈(約3m)をゆうに越す大男が背後に立っていた。

 その余りの大きさにアガロは思わず息を呑み、暫し圧倒された。


「あ! チュウコウ! お帰り!!」


「チュウコウ、遊んで!」


 驚き凝視する彼とは対照的に、子供達はその大男の元まで行くと、構ってくれるようせがみ始める。


「彼はチュウコウ。巨人の鬼よ」


「巨人か……。噂には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだ……」



―――巨人。


 アシハラ大陸に生息する少数の鬼の民族である。

 文献によると、彼等は人里には滅多に姿を見せず、独自の社会体制を作り、山奥でひっそりと暮らしていたという。

 巨人というだけあって、体が大きく、小さくとも一丈。最大で二丈(約6m)はある者も居るという。


 大陸統一を果たしたソウ国が調べた所によると、彼等は一定の数になると繁殖を止め、また減ると元の数になるまで、子孫を作るという。この謎は未だに解明されていない。増えすぎては回りの食料を食い尽くしてしまう故に、自分達でその数を抑えているのでは? という説がある。


 彼等は長命種でもある。また力が強く強靭な肉体をしており、槍や弓矢を中々通さない。ソウ国王が当初梃子摺った民族だった。しかし、頭は悪く、言語能力に乏しい事が分かっている。それが分かった後は簡単な計略で殲滅した、と文献には記されている。



「どれだけある?」


「何が?」


 イルネは聞き返した。

 アガロはじれったそうに問い返す。


「背はどれだけあるんだ?」


 そこで彼女は『ああ』と理解した。

 アガロは言葉足らずな処がある。彼の家臣達は勿論既に心得ているが、その事彼女が知る筈無い。故に聞き返した。


「チュウコウは一丈五尺(約4m50cm)位……?」


 でかい、とアガロは思った。小さくて一丈、一番でかくても二丈。その中間といった所だ。また、縦に長いだけではない、横もある。

 腹回り五尺(約1m50cm)程あり、筋骨隆々で厚い胸板と肩幅は、着物の上からでも十分に見て取れる。


 色は日に焼けた健康的な小麦色をしており、顎が大きく、下の牙が口から飛び出していて、目も大きく、よく絵巻に登場し描かれている鬼そのものであった。見るからに厳つい風貌である。


 しかし、見かけによらず子供に懐かれている。

 心優しいのか巨人チュウコウは、彼等が来ると持ち上げ肩に乗せたり、高く引っ張り上げたりと慣れた手付きで遊んでいた。


「……オマエ…ダレ……ダ……?」


 じっと眺めていると、突然巨人は自分を見てそう訊ねてきた。ずっと目の前に居たのに今頃気付いたところを見るに、大分鈍いらしい。


「アガロ・ユクシャ」


「ナニ…モノ……?」


「士族だ」


 何時ものように無愛想に挨拶をすると、巨人チュウコウはいきなり目の色を変えた。


「シ…シゾク……!?」


「……?」


 大きな鬼は子供達を急いで下ろし走り出した。ズンズンという地面の揺れを感じる。そして、家の裏側へ隠れてしまった。


「一体何なんだ……?」


 怪訝な顔でイルネに訊ねてみる。


「チュウコウは極度の人見知りなのよ。特に侍は苦手みたいでね」


「そういう事は早く言え」


 やれやれ、と肩を竦めるアガロ。


「…………おい。あいつ、こっちを見てるぞ?」


「あの子、好奇心旺盛なのよ。無愛想な巨人の中じゃ愛想が良い方なのよね。だから、皆にも懐かれるし、力仕事も出来るから頼りにされてるの」


「人見知りで好奇心旺盛……、面倒な奴だな……」


 自身の事は棚に挙げ、再び一人コマ遊びに興じる。

 チュウコウは戸の隙間からじっと此方の様子を窺っている。

 視線が気になるがアガロは気にしない事にした。


 しかし暫くすると彼は恐る恐る、家の裏から出てきてゆっくりと木陰に隠れながら近付いてくる。尤もその体格では隠れても意味が無いのだが……。


「……オマエ、カタナ…モッテ、ナイ……? ホントニ…シゾク……カ?」


「そうだ。刀は戦で無くした。今は丸腰だが、これでも武士だ」


「オマエ……ナゼ…ココニ…イル……?」


「居ては悪いか?」


 キッと睨むと、彼は途端後退りした。相当臆病なのだろうか。

 すると、後ろから頭をイルネに小突かれた。


「馬鹿! 脅かす真似してどうするのよ!」


「知るか! あいつが勝手に怖がっているだけだ」


 気にせずそっぽを向くと、チュウコウはじーっと見つめてくる。彼なりに観察しているのか、それとも何か考えがあるのか分からない。

 チラリと振り返ると目が合った。

 巨人の目はキラキラ輝き、まるで一人の少年のようである。


 やがてアガロはその視線に耐え切れなくなり、溜息を一つ吐いた。

 チュウコウはビクッと体を強張らせたが、アガロはゆっくりと振り向き、


「もっと近くに来い。其処じゃコマが上手く見えないだろう」


 そう言うと、チュウコウは恐る恐る近付いてくる。

 小動物を思わせる動作だが、彼の場合体格の所為でそう思えない。

 アガロがコマ回しをするかと訊くと、彼は出来ないと答える。ならば、教えてやる、と彼は実演し出した。

 紐の巻き方、コマの投げる角度等、懇切丁寧に説明する。


 近くで見ていたイルネは、内心少し驚いた。

 目覚めてから今日に至るまで彼、アガロの印象は無愛想で、人に物を教えるのが苦手そうだったのに意外にそうではなかった。


 ものを教えてやるのも上に立つ者の勤めである。仕事を確りと覚えて貰わねば、組織は回らない。

 アガロもそれをちゃんと理解しており、部下達を指導する事嫌ではない。


 寧ろ、ユクシャ家はこの数十年で興った新興勢力で譜代の家臣等が居ない分、新しい者達を召抱え仕事を覚えさせてやらねばならない。

 父コサンに姉のタミヤはよく家臣達を指導していた。


 勿論、何度やっても覚えない者や、仕事が出来ない者には時に鉄拳制裁を加える。

 尤も、人質になってからは、ビ郡でドウキ達に作法や礼儀等を教えるのはヤイコクの仕事だったが……。


「お前は何処から来た?」


「トオク…サムイ、トコ…カラ……キタ……」


「ホク州か?」


「オデ…ワカ、ラナ……イ……」


「雪は降ったか?」


「ヨク…フッタ……。スゴク…サムイ……」


 何だかんだで直ぐに打ち解けた。アガロが彼を、警戒に値する人物と思わなかったのが大きい。

 チュウコウの方も、子供に懐かれている彼を見て、危険人物では無いと思った。

 また、アガロも好奇心は強い方で、目の前の巨人の鬼をじっくりと近くで観察し、手先、目線、体の動かし方から細かい動作を逐一観察した。


「お前、ここでは何をしている?」


「オデ…ムラ、テツダウ……」


 成る程、力仕事ならこの村に居る誰よりも頼りになるだろう。巨人の彼には打って付けといえた。

 彼の話によると、主な仕事の一つは山へ狩りに出る事だという。

 思いの他、巨人達は早く動ける。そして、山に潜む獰猛な獣達の駆除も彼がするとの事。


 また、彼等の生活環境は基本、山の中という事もあり彼は洞窟に籠もり生活をしている。一週間くらい間隔を空けては村へ戻り、獲物を持ってきて皆で食す。時には干し肉にもする。


「そうか。お前は村の番人もしてるのか?」


 ふとアガロは気になった事を訊ねた。彼の堂々たる体格なら、村を守るのが適任であり、立派な用心棒にもなる。

 特に逃亡奴隷の多いこの村では、戦う術を知らない者、怪我人や病人が多い。


 互いに助け合う精神でやっている。

 巨人チュウコウならこの村を外敵から守る事が主な仕事では? とアガロは思った。

 しかし、巨人はかぶりを振る。


「オデ……、タタカエ…ナイ……」


「何……?」


 チュウコウはハッキリと、自分は戦えないと言った。その理由が解らない。訊ねても彼は答えようとしなかった。

 すると、背後からイルネが耳打ちした。


「チュウコウはね、昔ちょっとした訳があって、戦とか侍の事は禁句なのよ……」


「訳とは?」


「此処に居る奴等は基本的に訳ありの連中なの……。チュウコウもそう。だから、本人の前で、戦とか侍の話は控えなさいよ?」


 諭されるように言われる。

 それに『そうか』と一言相槌を打つと振り返り、巨人を見上げ目を合わす。


「チュウコウ。俺に仕えないか?」


「ちょっ!? いきなり、何言ってるのよ!?」


 先程の話を聞いていなかったのか、驚くイルネを尻目にアガロは別の事を考えていた。

 彼はチュウコウの体躯と、その隆々とした筋肉を見て是非とも部下に、と早速思っていた。

 未だに巨人を家臣に持つ武士など聞いた事が無い。


 何故なら、巨人族は頭が悪く命令を余り理解しないばかりか、彼等は自分達が認めた人物にしか従わない。

 だが、頭が悪いなら簡単な命令だけを与え、それ以外はさせなければいい。

 アガロは単純にそう思った。


 彼なら巨大な大将旗や馬印を持たせ、前線で立たせて置けばいい。

 その立派な姿を見れば、精神的に味方は鼓舞され、心理的に相手に恐怖を与える事が出来る。


 旗は言うなれば部隊の顔である。旗持ちが立派なら、部隊もまた、強く勇ましく立派に見える。

 頭の中で妄想に耽り、その計画をハッキリと思い描くと、アガロは益々彼、チュウコウが欲しくなった。


(こいつを召抱えれば、良い旗持ちになるな……)


 案の定チュウコウの返事は拒否だった。

 イルネには呆れられ、獣人の子供には変なのとばかりに笑われたが、彼は諦めの色を見せていなかった。


 アガロは一度欲しいと思ったら、手に入れたい性分である。

 過去に鉄砲、トウマにリッカ達がそうであるように、チュウコウもまた次の獲物であった。


(必ず、俺の家臣にしてやる……!)


 初めて目にした巨人を前に、彼は一人そう誓うのであった―――。

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