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第四十八幕・「リンヤ村」

(何処だ……、此処は……?)


 ふと目を覚ますと、最初に見たのは見知らぬ天井。


(―――生きて…いるのか…?)


 状況を確認しようと体を持ち上げるが、全身に痛みが走る。

 その痛みに自分が未だ生きている事を確認できたが、少年は今自身が置かれている状況を理解出来ないでいた。

 何とか体を起すと、此処はどうやら大分に古く埃っぽい小屋の中で、自分は筵の上に横たわっていたようである。


 次に自分の体を見た。古い包帯が巻かれ、所々誰かに手当てを受けた後が見受けられる。着ている物も、農夫が着用するようなボロ着。装備は何も無く、唯一見覚えがあるのは、姉から貰った首飾りだけが、首元に残っている。

 確か自分は落ち武者狩りの足軽達に遭遇し、崖から落ちた。其処までは覚えている。


 瞬間、彼の脳裏には死んでいった部下達が浮かび上がる。そして、ユクシャ組の主だった者達。彼は未だ彼等が無事かは分からない。また、自分が此処に居て、どれだけ日にちが経過したかもである。


「やっと目覚めたようね?」


 小屋の入り口の簾を片手で上げ、一人の鬼の少女が入って来た。酷く粗末な格好をしており、体中泥と埃まみれ。


「気分はどう? ちゃんと立てる?」


 気さくに話しかける彼女に、アガロは怪訝な眼差しを向ける。


「ちょっと。聞いてんの?」


「お前は何者だ……? それに、此処は何処だ……?」


「聞いてんなら返事しなさいよ。あたしはイルネ。此処はリンヤ村よ」


「リンヤ村……?」


 知らない。デンジ組の者達が持ち帰った情報では、そんな村聞いていない。となると、地図にも載っていない隠れた集落か? と彼は考えた。


「そういうあんたこそ一体何処の誰よ? ま、その格好からして、戦で負けて逃げきた落ち武者でしょうけど」


 一瞬本名を名乗ろうとしたが、思い止まった。名を打ち明ければ、自分を知っている者が他に居るかも知れない。しかし、それが味方とも限らない。


 ショウハ家は自分の事を調べ上げている。此処が未だ敵の領内、詰まりセンカ郡だとすると、ショウハ家の手の者が潜んでいる可能性も十分有り得た。

 目の前のこいつがショウハの手の者ではない、と断言出来ない。


「……名は、思い出せない」


「ふ~ん……、そっ。所謂、健忘って奴?」


「暫くしたら、思い出すかもしれない」


「じゃあ、その間、”ナナシ”とでも呼ばせて貰うはね」


「ナナシ?」


 問い返すと彼女は軽く頷いた。


「名前が無いからナナシ。そうでもしないと呼びにくいのよ」


 すると、彼女は表へ出ようとする。

 それを後ろからアガロは引き止めた。


「お前何処へ行く?」


「あたし達の長に会うのよ。あんたが目を覚ましたって伝えるの」


 小屋を出て行く少女の後姿を見送りながら、彼は考えた。


――彼女は安全なのか?

――俺を助けた理由は何だ? 

――目的は? 

――村人に報せ首を取り、武士に献上する気か? 

――それとも矢張り彼女はショウハの者で、俺を土産に差し出して、褒美を貰おうとしているのか? 


 普段の彼ならもう少し落ち着いているだろう、しかし今の彼は恐怖と不安に心を支配されていた。

 戦の勝敗や、部下達の無事や、色々な事が頭に浮かび嫌気が差して来る程、彼は憔悴していた。


 戦で助けに来たと思った味方に攻撃され、部下達が無残に殺されていく様を見せ付けられては、疑心暗鬼にもなる。


(無様だ……)


 一人、そう感じていた。

 普段から自分を律し、弱みを見せないよう虚勢を張る彼だが、今回は流石に心身ともにまいっていた。戦を繰り返し、ある程度は成長したと自分でも感じ自負していたが、その自尊心は酷く傷付いていた。


 暫くすると、小屋へさっきの彼女、イルネが一人の長身の女性を伴い入って来た。

 女性は線が細く、髪が長く、それでいて何処か神秘的な雰囲気を醸し出している。


(リッカに何処と無く似ている……)


 ふと何故かリッカを思い出した。

 女性はアガロの元まで行くと、目の前に腰を下ろす。顔を近くで見ると、益々不思議で、何処か神々しい。


「ようやくお目覚めになられたのですね。此の侭目を開けないのでは、と心配致しました」


「あんたは……?」


「私はスイセンといいます。この村の長です。具合の方は……?」


 優しく訊ねる彼女の声は、不思議と気分を落ち着ける。

 だが、アガロは考えを止めなかった。

 俺を値踏みしているのか? 

 何か利用価値があり、生かしているのか?

 と疑念を募らせる。

 彼はゆっくりと答えた。


「未だ、動けない」


「イルネから聞きました。名前を思い出せないそうで……。彼女が勝手にナナシ、と呼んでいるそうですが……」


「それでも構わん」


「そうですか。では、傷が癒えるまで、此処でゆっくり療養して下さい」


 何処か世俗離れしている美しさ。逆にそれは常人からしたら、此の世ならざる者、として恐怖されるかも知れないが、アガロは感覚が鈍いのか、それとも本人自身、迷信や禍を信じない性格からか、別段彼女を恐れたりしなかった。

 それよりも彼女の微笑みは何処か安らげるような、安心出来る心地にさせられる。


「質問を幾つかしたい」


「構いませんわ」


「俺が此処に着いて、どれ程経つ?」


「三日ですわ。貴方は三日前の晩、イルネにトオ川の下流で意識を失っている所を発見されたんですわ」


 アガロはちらりとスイセンと言う村長の後ろに控える、彼女に視線を移した。


「世話をかけたな」


「別に、あたしは長に言われてやっただけだし。それにしてもよく生きていたわね?」


 感心するように見つめてくるイルネから、視線を村長へ直ぐ戻した。


「二つ目だ。此処はセンカ郡か?」


「はい。此処はセンカの山奥にある、小さな村です」


 アガロは状況の整理がしたかった。

 先ず、自分が此処に三日世話になった事、未だにセンカ郡に居る事、となれば味方のナンミ軍が近くに居るかも知れない。恐らくそう遠くは無いだろう。合流出来るかもしれない。


「此処は私達、亜人や半妖、そして人間達の村です。ゆっくりしていって下さいね……」


「ちょっと待て……。今、何て言った……?」


「……? 亜人や半妖、そして人間達の村、と」


「何…だと…?」


 すると、スイセンは微笑を絶やす事無く頷いてみせる。


「お疑いですか? 私達はこの村で平等に、互いに助け合いながら暮らしています」


 信じろ、という方が土台無理な話である。古来より人と亜人は相容れない。共存など有り得ない。平等も無い。

 自身のユクシャ県でさえ、亜人に寛大な政策は執っているが、それでも難しい。

 瞬間、彼はデンジとの約束を思い出した。燃えるテイトウ山の中、生き絶え絶えの彼が最後に残した言葉。


―――人と亜人の平等の国。


 ガジュマル達のハギ村のように協力し合っている所もあるが、それはあくまでも領内復興の政策として、互いに協力させているだけである。未だに確執はあり、共存は難しい。

 基本何でも、見て、触って、そして納得する彼は村長が言う事を虚言と思い疑った。

 すると、彼女はそんな彼に腹を立てる処か、優しく微笑みかけた。


「でしたら、ご自身の目で確かめてみては如何です?」


 スイセンは命じると、イルネはアガロに肩を貸し、小屋を出る。

 高く上る日の光に当てられて、彼は思わず手で日を遮るが、次の瞬間、目にした光景に度肝を抜かれ言葉を失う。


「信じられん……」


 周りを大きくそびえる山々に囲まれ、外界から隔離されたような空間。

 アガロが居るのは村を見渡せる小高い丘の上。眼下には小さな村が見え、其処には村の長スイセンが言ったように、亜人と人が互いに暮らしていた。


 家屋は立派ではない。寧ろ目に入る物、全てがボロボロでどちらかというと、掘っ立て小屋が幾つも並び長屋の呈をなしている。

 山から流れる小川が一つ、村の間を通っている。風は優しく、空は何処までも青く透き通っていた。

 そして、人と亜人の子供が互いに遊びに興じている。


「少し、村を歩いてみますか?」


 イルネに肩を貸して貰い、ゆっくりと村の中を見て回る。


(本当に、人と亜人が暮らしている……)


 よく見ると、亜人の種類も豊富である。

 目の前を狐や猫、狸の獣人達が通ったかと思うと、その後を直ぐに天狗の子供達が翼を羽ばたかせ続いている。


(村長は相当に懐かれているな……)



 亜人の子供達は村長スイセンを見ると、近付き挨拶している。

 彼等の表情を見れば、長スイセンがどれだけ尊敬され、そして親しまれているかが窺い知れる。


 更に此処に居る人間でさえも皆、十人十色だった。目の色が金色に光る者から、髪がうねりぼさぼさな頭の者、肌の色がとても白い者から、中にはアガロと同じ褐色の肌の者も居る。

 デンジが言った人と亜人の国とはこういう物なのかも知れない。


 アガロは普段、神への敬虔な信仰心は無い。天命も占いも信じない。それらはまるで根拠が無く、信じるに値しないからだ。

 だが、この時ばかりは、これは死んだデンジが、彼の理想の世界を自分に見せる為、引き合わせてくれたのかも知れない、と柄にも無く思った。

 すると彼はある事に気付いた。



(着ている物が皆、貧相だな……)


 一般の農夫が着用するような物ではなく、もっと薄汚い、最早布切れのような物でさえ、皆大事そうに身に纏っている。

 そして、一番気になるのは彼等の体に付いている痣。アガロは共に村を見て回る長に質問した。


「こいつ等……、まさか全員逃亡奴隷か……?」


 長は彼の問いに頷いた。


「はい。彼等は皆、元奴隷や、他にも訳ありの人達です。辛い生活から逃げ出し、行き場が無い所を見つけて、或いは彼等が此処を発見し、共に暮らすようになったんです」


「成る程…な…」


 生きる為、種族が如何だと言っている暇は無いのだろう。

 彼等は皆、互いに協力し合い、助け合いながら生きている。田畑の手伝いをする鬼が居れば、井戸から水を汲み、年老いた天狗へ届ける人間が居る。


 すると、村人はスイセンを見つけると、近寄り跪いて挨拶しだした。

 その様子をアガロは訝しげな眼差しで見つめる。普通の村長ではない、と彼は見た時から思っていたが、矢張り自分の予想は当たっていた。


 先程の子供達は別として、只の長なら村人は遠くから声を掛け、手を振って挨拶くらいだろう。百歩譲って彼等のように、村長の処まで来てお辞儀してもいいだろう。


 しかし、彼女をまるで女神のように拝め奉る姿は、一介の信者のようである。

 この村の長だからか、だとしても大げさすぎる。何故彼女が其処まで敬われているのか、理由が気になった。


「スイセン、と言ったか? 随分と慕われているな……」


 アガロは自分に肩を貸してくれているイルネに、ふとそう聞いた。

 すると、彼女は何処か誇らしげにして答える。


「長は特別なお方なのよ!」


「特別……?」


 特別の意味が分からず、訊き返す。


「長は癒しの力を持っているの! あの人の瞳は見る者の心を癒し、あの人が清めてくれた水を一口飲むだけで、傷付いた体は忽ち癒えるのよ!」


 彼女の言っている意味が理解出来ない。癒しの力。そんな物ある訳が無い。

 アガロは信じる、信じない以前にそんな言葉に惑わされるかと思った。


「水を飲んで傷が癒えるなど聞いた事が無い。証拠を見せろ」


「あんた、飲んだじゃない?」


「何……?」


 途端、アガロは眉間に皺を寄せた。


「長が口移しで飲ませたのよ? この三日間、欠かさずに、ね」


「…………」


 暫く閉口してしまう。その水のお蔭で自分が助かっている、と然も平然と言ってのけるイルネに対し、疑惑の感情しか募らなかった。

 すると、長であるスイセンが振り返り此方へ視線を移す。


「未だ……、お疑いの様子ですね……? 心配しなくとも、私達は貴方の敵ではありませんよ?」


「―――!?」


 彼はイルネに会ってからはいたって何時もの雰囲気で、無表情に感情を悟られないよう振舞っていたが、何故かスイセンには見透かされているようで、一瞬動揺した。


「ああ! やっぱり未だ疑ってたのね!? これだから、侍は嫌なのよ……!!」


 何か士族に対して恨みでもあるのだろうか。イルネは何処か嫌悪と、侮蔑を孕んだ声で吐き捨てた。


「イルネ。今は乱世。人を疑るのは仕方が無いのですよ?」


「でも、スイセン様! 助けて貰ったのに、疑るなんて失礼です!」


「そうですね……」


 と二人はアガロに視線を移す。


「でしたら、貴方の本名をお聞かせ下さいますか?」


「因みに、偽名を使っても無駄よ? 長は相手の目を見て、嘘か本当か分かるんだから」


 アガロは暫し無言だったが、やがて名を告げる。


「……アガロ・ユクシャ」


「アガロさん。ようこそ、リンヤ村へ」


 微笑を絶やす事無く彼女は自分を歓迎すると言った。

 しかし、アガロには彼女の善意が、未だに信じられない。自分をショウハの者に売り飛ばす可能性が、まだ拭いきれないでいた。


「今の貴方の瞳は、酷く濁っています……」


「何だいきなり?」


 彼女は自分の目を見つめながら、何処か意味深にそう語る。


「貴方は今迄、死と隣り合わせの生活を送り、心が休まる事無く、常に恐怖と猜疑に囚われいます……。今の貴方に必要なのは、心身の療養です。此処でゆっくりと過ごせば、何れ回復するでしょう」



【――ジャベ陣営・ユクシャ組・夜――】



 テイトウ山の戦いはナンミ軍の勝利に終っている。

 この戦いでリフ・ナンミは、先のテンピ城の戦いで投降してきた姫武将エイリの裏切りを予測しており、彼女を嫡男ジャベ・ナンミの副将に付ける事で信頼したと油断させ、尚且つ息子を餌に敵を誘き出した。


 初戦はショウハ軍有利で展開したが、逆に山頂に伏せていたナンミの別働隊が現れ、山の中腹に陣取るショウハ軍を包囲、その際ナンミ軍は何と味方まで敵諸共火攻めにし、殺戮するという非常に残忍で苛烈な方法を取り、戦で勝利を挙げた。


 更に、撤退したショウハ軍のシラハ城は迅速に行動したリフの本隊に包囲されており近づけず、彼等はその侭ランマ郡の管領クリャカ家を頼って、落ち延びた。

 城は残りの守兵もそれ程残されては居らず、抵抗空しく落城した。


 シラハ城はセンカ守護家ショウハ家の本城であり、リフは見事目標のセンカ郡の殆どを切り従える事が出来た。

 しかし、このテイトウ山の戦いは後々敵だけでは無く、ナンミ家中においても禍根を残す事になる。



「放して下せぇ、ドウキ! あっしは若旦那を探さなくっちゃならねんでさぁ!」


「トウマ! その体じゃ無理だ! 少しは大人しくしろ!!」


「ああん、もう! うっさいわね! 眠れないじゃないの!?」



 騒ぎの原因を起しているのはユクシャ組の青鬼トウマ。彼は先の戦いで生き残ったものの、足を負傷したのか包帯を巻いており引きずっている。

 彼は毎夜抜け出そうとしてはドウキに止められ、余りの五月蝿さにリッカに怒鳴られていた。


 此処まで取り乱す理由は一つしかない。未だ戻らぬユクシャ家当主アガロである。

 彼はこの三日間、行方が掴めなくなっている。

 ドウキ組の副頭タンゲロウが組の者達と共に、戦場離脱を図った所をドウキは見ているが、そこから先の消息が分からない。


 山でそれらしい死体は見当たらない。見つかったのは、彼の父コサンの形見である太刀と鎧兜のみ。

 若しかしたらナンミの味方殺しに遭い、首を取られたかも知れない。

 或いは、何か不慮の事故に遭い既に此の世の者では無いかも知れない。


 しかし、未だ生きている可能性だって残っている。

 それを考えると、トウマはいてもたってもいられなくなり、傷付いた自身の体に鞭打って、捜索に乗り出そうとしていた。



「トウマ。落ち着きなさい。御当主様の捜索も大事ですが、今は身を休め早く回復するよう努めなさい。いざ、御当主様が戻ってきた時、あなたがそれでは十分な助けにならないでしょう?」


 そう言って興奮するトウマを宥めるのはヤイコク。彼もまた右腕に傷を負っており、十分に戦える状態ではなかった。

 先の戦いでユクシャ組の者達の殆どが傷付き、或いは戦死した。


 コロポックルのレラと、トウマ組の副頭のベンジは腕に弾丸を受け、得意の弓矢や鉄砲が使えない。

 赤鬼ドウキは肩に矢を二本、右太腿を槍で突かれ満身創痍。


 コウハとギンロの兄妹も無事だったが、この戦に従軍した殆どの獣組の者達が帰らぬ者となった。

 人一倍部下思いで、仲間意識が強いコウハはナンミ軍に嫌気が差し、これ以上の従軍を拒否する程になっており、ギンロは亡くなった死者を弔う為、墓石を立て月に向かって咆えている。


 ユクシャ県からタミヤの派遣した援軍の大将ゲキセイは、何とか五体満足にまた負傷もせず切り抜けたが、目は虚ろで全く力が入っていない。

 そして、その様子をデンジ組の生き残り、リテンが見つめていた。彼は亡きデンジの形見の角を握り締めながら、当主の無事を祈っていた。


 一方、斬り込み頭のリッカは肩に銃弾を受けたが、この三日ですっかり完治していた。

 しかし、彼女は今回の戦いで、突っ走らず味方に気を使い前進していればこうは成らなかった、と自分の不甲斐無さを嘆いていた。


「ちょっと、取り込み中いいかな?」


 そんな彼等の陣営へジャベの側近、テンコが訪れる。

 ヤイコクは居住まい正し、目の前へ出向かい跪くと他の者達もそれに続く。


「ヤイコク殿。君達は怪我を負っている。僕には構わず、楽にしてくれ」


「そうはいきません。ユクシャ組を救って頂いたのは、他ならぬミリュア様のお蔭に御座います」


 混乱するユクシャ組を纏め、互いに連携し危機を脱したのはテンコの率いる部隊であり、彼等はあの混戦の中、互いに身を寄せ合い必死になって戦い生き残ったのだ。


「アガロは未だ見当たらないのかい……?」


「は……。我等、必死でこの三日間周囲を捜索しておりますが、未だ消息が掴めません……」


 ヤイコクは力無く項垂れる。

 その姿を痛々しく見たテンコはそっと肩に手を置いた。


「大丈夫だ。アガロはきっと生きてる。心配しなくていい」


 優しく声をかけ励ました。

 テンコはゆっくりと姿勢を戻すと、息を一つ吐き口を開いた。


「ナンミ軍が再び動く」


 その報せにヤイコクだけではなく、後ろに控える主だった者達皆が驚いた。


「本気か!? 味方がこんなんだってのに、あの爺さんは未だやる気かよ!?」


「リフ様はショウハ軍を破った勢いで、此の侭ランマ郡まで攻め込みたいそうだ」


 赤鬼へ事情を説明するも、ドウキが言った事に内心テンコも同意した。

 先の戦いで味方諸共討ち取ったナンミ軍は疲れている。幾ら常備軍で、田植えなどを気にせず年中無休で戦えるとはいえ、士気が落ちているのは誰の目から見ても明らかであった。


 が、リフはその苛烈極まる性格から、自身の野望の第一歩であるクリャカ討伐を早急に進めたかったし、今の内にランマ郡の武士、豪族達にナンミの恐ろしさと、強さを見せ付けたいという考えがあった。


「そこで、君達ユクシャ組の指揮は、アガロの代理で僕の家臣のヤンビンが勤める事になるけど……、いいかな?」


 テンコは申し訳無さそうに告げると、


「ミリュア様のご配慮、恐悦至極にて、感謝する言葉も御座いません……」


 ヤイコクは恭しく頭を下げた。

 ジャベ隊で一層孤立したユクシャ組の指揮を誰も取ろうとはしない。

 ましてや亜人に懐かれ、軍律に厳しい組頭の替えなど見つかる筈もなかった。


 しかし、此の侭では何処の馬の骨とも分からない者が組頭になる。そうなれば、兵士達の不満が募り、誰もいう事を聞かなくなるだろう。

 特にアガロの家臣であるドウキやトウマが、真っ先に反抗するのは容易に想像出来た。ヤイコクでは跡を勤めるには些か身分が低い。


 其処でテンコはユクシャ組を自身の隊へと吸収し、部隊の建て直しと再編成を計り、そして新しい組頭をミリュア隊の者から抜擢すれば、文句は出ないだろう、と考えテンコの守役であるヤンビンを任命した。


「ヤイコク殿。明後日には此処を発ち、次の目標である、センカとランマ郡の郡境の城、オウキ城へ向かう。今の内に休んでおくんだ。アガロは僕の手の者が探しているから、心配要らないよ……」


「ミリュア様……、何から何まで、誠に忝のう御座います……」


 頭が上がらず、ただただ感謝の意を伝えるヤイコク。

 テンコは陣営を後にする。その道中、この狐目の当主はテイトウ山の方角を向き、未だに行方の掴めない友を思った。


(アガロ……。早く戻ってくるんだ。でないと、折角の”好機”が無駄になる……)

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