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「姉弟喧嘩」 後編

【――レ二屋・座敷・夜――】



「成る程。この筒の先に火薬と玉を込めて、火縄を此処に……」


「へい。あとは狙いを定めて引き金を引いて打つだけでさぁ」


「お気に召しましたでしょうか?」


 鉄砲の試し撃ちを見てからすっかり気に入り、お気に入りの玩具(おもちゃ)を与えられた子供のように、いっこうに手放そうとしないユクシャ家嫡男へ、ゴウタが声をかけてみた。


「ああ。ゴウタ。これは今迄(いままで)見た事も聞いた事も無い武器だが、凄いという事だけは分かるぞ。幾つ仕入れたんだ?」


「はい。只今、手前共の元で六丁程、在庫が御座います」


「一丁いくらだ?」


「五十両致します」


「高いな……」


 鉄砲の生産量は未だ少なく、異国から取り寄せるとなると、相当値が張る代物になる。

 その高さに、アガロは思わず眉をひそめる。しかし、新しい物や珍しい物が好きな彼は、既に鉄砲の(とりこ)になっていた。


 欲しい物があれば手に入れたくなる性分の彼は、高くても鉄砲を何丁か自分の手元に置いておきたかった。

 商人と暫く談話していると襖が開き、湯を済ませた姉が戻ってきた。


随分(ずいぶん)と楽しそうだな?」


「姉上、その着物は?」


「ん? ああ、これか? 着替えに、と言って店の者が貸してくれたのだ」


 彼女は商家から借りた淡い桃色の着物を着ており、黄色の帯を締めている。色白の肌と美しい黒髪に良く似合う。

 隣でゴウタがしきりに褒めているが、褒められている本人は全く気にしていない。


「若旦那」


 すると後ろから声がした。

 振り向くと其処に居たのは、先程庭へ下り、鉄砲を撃って見せた青鬼のトウマ。


「何だその呼び方は?」


「へい。ご主人があんたの事をさっきから『若殿様、若殿様』って言うもんですから、あっしは『若旦那』って呼ぼうと思って……。駄目ですかい?」


 本来なら底辺階級の亜人、その中でも最も数が多く嫌われている鬼が、一介の豪族の跡取り相手にそんな口を聞く事など許されないのだが、アガロは常人とは大分感覚がずれているのか気にしなかった。


「別に構わん。好きに呼んだら言い」


「へい。ありがとう御座(ごぜ)ぇやす」


 許可を貰い、(こうべ)を垂れる一つ目青鬼のトウマは訊ねた。


「そちらのお嬢さんは若旦那の姉さんなんですかい?」


「俺の姉上だ」


 次に彼は、隣のキジムナへ視線を移す。


「するってぇと、そっちは若旦那のお友達で?」


「おいらの事かい?」


「へい」


 気付いたガジュマルが訊き返すと、トウマは一つ(うなず)いた。


「おいらはガジュマル。キジムナ族だよ。おいらの事は呼び捨てで構わないから」


 気さくに話しかけてくるキジムナの少年に、トウマはすっかり気を許したのか、少し笑みを見せた。

 そして、彼は気になっている事を質問してみた。


「キジムナ族って何ですかい?」


 その問いに些か困ったような表情で、ガジュマルは首を(ひね)る。


「えっと……。どう説明すりゃあいいかな? 先ずおいら達は海の民。魚を取って生活してる。おいら達は泳ぎや木登りが得意で他の種族に比べて背が小さくて…痩せてて…そんでもって毛が赤い」


「あっし等の一族にも赤鬼ってぇのが居ますが、そんな感じなんで?」


「いや、違うよ。あいつ等は元々肌が赤いけど、おいら達の地肌は褐色。単に全身を赤い毛で覆われてるんだよ」


 ほら、とガジュマルは着ていた着物を脱ぐと体を見せる。

 それに成る程、とトウマは一つ頷いた。

 ガジュマルは未だキジムナの子供だが、全身は既に体毛で覆われており赤毛。彼の体毛は未だ産毛に近い状態であり、さらさらとした肌触りが気持ち良い。これが大人になると、更に硬くなりざらざらといった感じになる。


「そういうあんたは?」


「へい。あっしは一つ目の夜鬼(やっき)族でさぁ」


「夜鬼なんて聞いた事が無いけど……?」


「へい。あっし等は夜目が利きまさぁ。ずっと北の山奥に住んでいて、滅多に人前に姿を見せねぇらしいですぜ?」


「随分と他人事みたいな言い方するんだね」


「あっしは孤児ですからね。気付いた時には奴隷として売られてましたよ」


 そう言ってニカッと白い歯を見せて笑う。


「そうか……。苦労してるな」


「へへ。若旦那の年で苦労と言っても、なんか釈然としませんぜ。それに、あっしは老けて見えますが、これでも未だ年は十四なんでさぁ」


「「ええっ!?」」


 驚く二人に対してトウマは可笑しそうに笑った。


「よくそうやって驚かれまさぁ」


「そりゃ……。そんな喋り方じゃあな」


「この喋り方はもう癖で御座(ごぜ)ぇやして」


 一つ目の鬼を初めて見る彼等に、トウマの外見年齢を判断出来よう筈も無い。

 彼の目尻は(しわ)も多く目立ち、尚且つその喋り方から老けてると思われるのだろう。


「所で……、どうして二人は姉さんに追われてたんですかい?」


「俺は姉上の相手が嫌で逃げてきた」


 アガロが早口で短く答えると、隣にいたタミヤが弟の頭を一つ小突いた。


「あの程度で逃げ出すな。明日城へ戻ったら、みっちり(しご)いてやる」


「はぁ、色々と大変でやんすねぇ……」


 余り深く関わらない方が良い。そう思った彼は、今度はガジュマルへ顔を向ける。


「えっと、おいらは――――――……あっ! そうだ! おいら大事な使いを頼まれてるんだった!! アガロ様の所為だよ!? 無理やり引っ張ってくるから!」


 恨めしそうな視線を向けるが、当のアガロは差して悪びれた様子など一切せず淡々と告げた。


「許せ、ガジュマル。明日俺も一緒に行って謝ってやる」


 手短に謝罪すると、これ以上は何を言っても無駄だと思い、ガジュマルは渋々承諾した。伊達にアガロの友をやってはいない。

 しかし、何かを思い出したのか次は頭を抱え始めた。


「ああ~どうしよう!? 親父にどやされちまうよ!?」


 彼の不安の原因は、実の父親だという。

 トウマは少し興味が沸き、訊ねてみる事にした。


「ガジュマルのおやっさんはそんなに怖いんで?」


「めちゃめちゃ、こわいよ」「凄く怖いぞ」


 アガロとガジュマルが同時に答える。

 真剣な眼差しで、此方を見返してくる二人に、少し圧倒される。


「……そんなにおっかねぇんで?」


「あの爺の怒鳴り声がな……」


「親父の拳骨(げんこつ)が特にね……」


 暫く談笑した後、湯を浴び終え、食事を済ました三人。

 タミヤが廊下を見ると、店の若い者達を連れて主人のゴウタが、表へ出ようとしていた。


「ゴウタ。こんな時間に何処へ?」


「はい、姫様。昨今は治安も悪くなってきました故、座や組合が協力して町の見回りを強化しているのです。今晩は手前共の番でして。本来ならば、御持て成しせねばならぬ側なのではありますが、店の主人という立場上、取り決めには従わなければなりませぬ。町を見回ったら戻って参りますので、お先にお休み下さいませ。何か御座いましたら、二番番頭のダンになんなりとお申し付け下さい」


 ゴウタは最後にそう付け足すと、店から出て行った。


「ねえねえ、これ何だい?」


 店の主人が居なくなったのを良い事に、ガジュマルが早速不思議な面を持ってきて皆に見せびらかした。


「こらこら、ガジュマル君。勝手に品物に触れると旦那様に怒られてしまうよ?」


「それよりもこの不気味な面はなんだい? 店に沢山飾ってあるけど?」


 二番番頭のダンの忠告なんて気にせずガジュマルは質問を続ける。

 やれやれ、と少々気の弱いダンは諦めたのか説明し始めた。


「そのお面は何でも北の蛮族共が付けるお守りなんだとか。あと、聞いた話によると魔除けの効果があるとか無いとか……」


「へぇ~、とてもお守りには見えないんだけどな。なんていうか、すごく縁起が悪そうと言うか不気味と言うか……」


 そう言いながらも気に入ったのか、手に持った侭、放そうとしない。


「旦那様は風変わりなお人でね。そういった民芸品なんかを店に飾るのが趣味見たいなんだ。それと商品は元の場所に戻しておくんだよ?」


 ダンとトウマは仕事が残っているから、と途中で退散していく。特にトウマは夜目が利くので夜の蔵番がある。

 そこへ丁度、別の使用人が姿を見せ、寝床の用意が出来た事を伝える。

 床へ案内された三人は、布団に入ると直ぐに眠ってしまった。



【――レ二屋・寝室――】



(若旦那、起きて下せぇ。ガジュマル、姉さん、起きて下せぇ)


「ん~……。なんだい? うるさくて眠れない、んぐ!?」


(しー……。ガジュマル、声が大きいでさぁ。皆さんも声を静かに)


(一体どうしたと言うのだ?)


 行燈(あんどん)に明かりを灯そうとするタミヤを、トウマが慌てて制止した。

 事態を飲み込めない三人にトウマは静かな声で説明する。


(いいですかい、落ち着いて聞いて下せぇ……。蔵に賊がおりやす……)


(((!!!)))


 驚く三人にトウマが続ける。


(やられやした。ご主人が若い奴等を連れて、表へ見回りに行ってる間を狙ったんでさぁ。あっしは幸か不幸か(かわや)へ足ってたんで、命拾いしやした)


(賊の数は?)


 アガロが聞いた。


(およそ十人くらい)


 青鬼が答えると、今度はタミヤ。


(他の屋敷の者達は?)


(既に起こしやした。あっしを入れて四人でさぁ)


(どうする気だ?)


(あっしが鉄砲で賊を相手に足止め。その間に二番番頭が助けを呼びに行きやす)


(他の二人はどうすんだい?)


 ガジュマルが気になった事を訊ねた。

 この屋敷には、彼意外にも二番番頭のダンや、他の奉公人も居る。彼等も共に戦うのか? とガジュマルは聞いてきた。


(助けが来るまで隠れてやす)


(何だと!? お前だけを戦わせておいて、自分達は隠れるのか!?)


 しかし、帰ってきた答えは何とも期待外れだった。

 それにタミヤが腹を立てる。


(姉さん、怒ったってしょうがありやせん。あっしは所詮奴隷……。兎も角、皆さんも早く安全な場所へ隠れて下せぇ)


 諦めた声でトウマが彼女を(なだ)めると、部屋から出るよう(うなが)す。

 だが彼等は動こうとしなかった、すると三人の口から意外な言葉が出た。


(助太刀するぞ)


(おいらもやるよ)


(アガロ、途中で逃げるなよ……?)


(……姉上。俺も男だ、友を見捨てて逃げる訳無いだろ!? それに、勝てる戦には勝っておけ、と(じぃ)もよく言ってるしな)


(お前、勝つ気でいるのか!?)


 目の前で慌てる処か、やる気になる三人を見て逆に動揺するトウマ。そして、少し不安を感じる。


(皆さん、気持ちは嬉しいですが、何で今日会ったばかりの奴隷の為に、そこまでするんですかい? それにあっしは、……鬼ですぜ?)


(そんな事はどうでもいい)


(!?)


 目の前の次期当主は、興味無さそうに即答した。

 トウマは自分の疑問をアガロに一蹴され、更に困惑した。そんな事を聞くのは初めてだったし、そんな事を言う士族も始めて見た。


 今迄の人間といえば自分達を虫けらと同等に扱い、死んでも代用が居る、とばかりに考えている者が殆どだった。

 トウマはアガロの考えや、意図が理解出来ず、問い返した。


(じゃあ何でですかい!? あっしは亜人で、若旦那は次期跡取り様ですぜ!? それなのにどうして……)


(おいらだって亜人だよ)


 訳が分からず困惑する彼の隣で、ガジュマルが声を掛けた。

 それに呼応するように、アガロが一つ頷く。


(そうだな、ガジュマル。それにさっきも言ったが、そんな事はどうでもいい。力を貸せ。皆を守りたいんだろ?)


(若旦那……、分かりやした。あっしも腹ぁ括りました。何でも言って下せぇ!)


 トウマの胸が高鳴る。こんなに感動したのは、恐らく初めてだろう。

 しかし、対照的に姉のタミヤは怪訝(けげん)な声で、実の弟に思わず聞いてしまう。


(お前、本当にアガロか……?)


(姉上、無礼だぞ)


 内心舌打ちをしながらも、ユクシャ嫡男は答えた。

 彼女からして見れば、弟の言動が想像も付かなかったのだから仕方が無い。何時もの彼は、暑苦しい姉を毛嫌いし、シグルから逃げ、不真面目さが目立つ。


(すまん許せ。だがアガロどうする? さっきお前は勝ち戦と言っていたが……?)


 些か戸惑いつつ、正直に謝る姉を横目に、アガロは腕組をして、ちらりとトウマを見ると、


(少し時間が要る。トウマ、蔵は未だ持ちそうか?)


(家の蔵はそん所そこらの蔵なんかと比べて、頑丈に出来ておりやす。それに連中も、ぶち壊すような目立つ真似はしねぇと思いやすぜ?)


(それなら問題無い。使えそうな武器は?)


(あっしの鉄砲と、屋敷にはもしもの時の為に、護身刀がありやす)


(私も自分の刀を持っている)


(分かった。先ずトウマは、さっきガジュマルが持っていた面を人数分揃えてくれ。それと護身刀だ)


(へい)


 指示を出すと、トウマは夜目が利くだけあって明かりも無しに部屋を出て行く。


(アガロ、あんな物でどうする気だ?)


(トウマが来たら話す)


 タミヤは弟の考えが読めず訊ねてみるが、彼は答えず皆に車座になるよう指示する。

 暫くすると、トウマが手に面と、短い護身刀を二振り持って戻って来た。


(持って来やした)


(良し! 皆、耳を貸せ)



【――レ二屋裏手・倉庫蔵――】



(おい、もたもたしてねぇで早くしねえか! 屋敷の連中が戻ってきちまうだろうが!)


(そんな事を言ってもよ、頭。鍵は直ぐに開いたりしやせんぜっと―――…開きやした)


(良し、さっさと荷物を運び出せ!)


 賊が荷物を持ち上げ蔵から運び出すと、撤収の準備にかかる。

 その時一人の子分が辺りに漂う異臭に気付いた。


(頭、なんか臭いやせんか……?)


(どんな臭いだ?)


(なんかこう、……上手く言えやせんが、さっきから変に臭うんすよ……)


 眉間に皺を寄せ、怪訝な表情で周囲を見渡す子分。

 しかし次の瞬間、物陰から小さく火花が散り、


―――パアァァァン!!


 という耳慣れない音が突然響き渡ると、荷物を運んでいた手下が左太腿を押さえ、その場にしゃがみこんで苦痛に顔を歪めた。


「かかれ!」


 合図を送ると物陰に潜んでいたアガロ、タミヤ、そしてガジュマルが一斉に賊へ襲い掛かる。

 一人の賊が驚いて、松明(たいまつ)で明かりを照らすと、襲い掛かってきた三人は今迄見た事も無い不気味な面を付けており、その異形な姿に度肝を抜かれた。


「うわぁぁぁ!? なんだこいつら!?」


 叫んだ賊をタミヤが一刀のもとに斬り伏せる。戦を経験済みの彼女は死体に目もくれず、次の賊へ斬りかかる。


「な!? こいつら何処から沸いて出やがった!?」


「なんだこの化け物は!?」


「逃げろ! おれはまだ死にたくねぇ!!」


 荷物に手を塞がれていた賊は、突然の奇襲に完全に不意を突かれ反撃する事が出来ず、我先にと荷物を捨て悲鳴を上げながら逃げ出し始める。


「っ! いい気になるなよ!」


 一人が勇敢にも隙を突いて、反撃しようと斬りかかって来るが、二発目の銃声が物陰から再び響き、トウマは武器を持って立ち向かおうとする一人を狙撃し、見事に射殺する。


「くそ! 覚えていやがれ!!」


 捨て台詞を吐くと頭目も撤収する。

 後に残ったのは賊が運ぼうとして捨てていった荷物と、彼等の死体であった。


「若旦那、姉さん、ガジュマル! 皆、怪我はありやせんか!?」


「俺は平気だ」


「おいらも大丈夫だよ!」


「問題ない」


 三人の無事を知るとほっと一安心するトウマ。すると、直ぐに三人の前で平伏する。


「皆さん、本当にありがとう御座いやした! お蔭で無事に荷物を守り通す事が出来やした!」


「立て。別にそんな積もりで手を貸した訳じゃない」


「そうだよ! おいら達友達だろ!? だったら、助けるのは当たり前じゃないか!」


「ああ、ガジュマル。お前の言う通りだ」


「み、皆さん……」


 思わず(むせ)び泣くトウマに、三人が笑いかける。


「……それにしてもお前は本当に私の知ってるアガロか? 普段のお前なら、こういう時には一番先に逃げ出しそうだが……」


 姉はこの作戦を立案し、且つ自ら賊へ斬り込んだ弟へ(いぶか)しげな眼差しを向けた。

 彼女は今迄彼を、軟弱の臆病者と思っていた節があり、こうも果敢に立ち向かうとは、微塵(みじん)にも思っていなかった。


 それに対して、アガロは明らか不機嫌そうに姉を睨んだ。

 折角、此処まで頑張ったのに、未だに自分の力を疑われては面白く無い、と彼は不快を(あらわ)にする。


「姉上、言っただろう!? これは勝ち戦だと。俺が逃げるのは勝てない戦と、負け戦だけだ」


「もし勝てなかったら如何した?」


「迷わず逃げる」


 少しも間を置かず、答する弟。

 その返答にはぁ、と溜息を一つ吐き、矢張りこいつは私の弟だ、と再確認したタミヤ。


「そんな事言ったてさ、アガロ様はきっと逃げ出したりなんかしないよ。なんだかんだ言って、案外優しかったりするしね」


「……買いかぶり過ぎだ、馬鹿」



【――早朝――】



「若殿様。蔵の荷物と使用人達の命を救って頂き、本当に感謝の言葉も御座いません」


 深々と礼をする店の主人ゴウタ・レ二。

 彼は二番番頭の知らせを受け慌てて戻ってきたが、着いた頃には既にアガロ達が賊共を追い払った後であった。何でも彼は見回りの途中、他の商人から接待を受け、帰りが遅くなったのだという。

 商売柄付き合いも大事ではあるが、その理由にアガロは些か呆れていた。


「このご恩は決して忘れません。もし手前共に出来る事がありましたら、何なりとお申し付け下さいませ」


 途端、アガロの表情が変わった。

 彼は何時もの悪巧みをするような笑みを浮かべると、早速口を開いた。


「では、今言うから叶えろ」


「はは、如何ようなお願いでしょうか?」


「鉄砲六丁を半値で売れ。それと、トウマを寄越せ」


 暫くの間考え込むゴウタ。

 折角、遠方から高い額を払って取り寄せた鉄砲を、全て半値で売るとなると元値を大きく下回り大損であるが、彼は次期跡取り。今回の一件で彼はその才能の片鱗を(うかが)わせたし、周りは彼を逃げ若子様、と面白がって呼ぶが、若しかしたら将来有望かも知れない。

 なれば此処で後々の事を思い、良い顔をしておくのも悪くない、と彼は即座に考えた。


 次に青鬼のトウマは、所詮店で飼っている奴隷だ。夜鬼は珍しいが、替えは幾らでも居る。そいつを渡して印象を良く出来るのなら、それに越した事は無い、とゴウタは(いさぎよ)く承知した。


「若旦那、いいんですかい……? あっしなんかを取り立てて……?」


 未だに信じられないとばかりに、怪訝な眼差しを向けるトウマ。無理もない。彼は鬼で相手はこの土地の豪族の息子なのだ。

 今迄仕えてきた店の主人と比べると、その身分は月と(すっぽん)くらいにもある。


「お前はもう自由だ。いやなら好きな所へ行け」


「若旦那、水臭え事言わねえで下さいよ。あっしは何処までもお供しやすぜ!」


「ああ、その積もりでいろ」


 ニヤリと口角を上げた嫡男。初めから手放す気は無く、トウマも自由になった所で行く当てがない。

 早速鉄砲を馬車に積み込むと、少年は姉へ振り向く。


「では、姉上。トウマを城まで案内してやってくれ」


何故(なにゆえ)私がせねばならんのだ。お前がやればいいだろう? それに、未だ昨日の勝負がついてないぞ」


「俺はガジュマルの付き添いだ。それにトウマだけだと、門前で追い返されるだろうからな。頼んだぞ!」


「あっ! 待て、アガロ!」


 弟は姉が止めるのも気にせず駆け出した。

 その後をガジュマルが追いかける。

 するとキジムナの少年は振り返り、商人に向かって叫んだ。


「おっさん! この面気に入ったから貰っていくね!」


「待て、キジムナの小僧!」


 ガジュマルはその言葉を聞くが早いか、あっという間に走り去って行った。

やっと第四幕書き終わりました;


今回はキジムナ族の設定やトウマ君について書きたかったので少し長くなってしまいましたね。


序章はもう少し続く予定です。

ここまで読んでいただきありがとうございます<(_ _)>

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