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第四十六幕・「山頂」

 巳の月・某日。ナンミ軍二万はテンピ城を落とし、いよいよセンカ守護大名家の本城、シラハ城攻めへ移った。

 シラハ城は険しい山にそびえる山城で、間者の話によると、凡そ五千七百の城兵が籠城しているという。


 リフは城攻めの先鋒を長男ジャベ・ナンミに命じ、道案内を先のテンピ城攻めで武功を上げた、エイリという姫武将に任命した。



【――ジャベ・ナンミ陣営――】



「お初にお目にかかります。エイリと申します」


 今回の道案内人エイリは、次期ナンミ家当主であるジャベ・ナンミを前に恭しく挨拶すると、口上を述べる。

 彼女のその姿を床机に腰掛けるジャベをはじめ、彼の腹心テンコ・ミリュア、そして与力として与えられたユクシャ当主アガロ・ユクシャが見つめる。


「此度はテイトウ山を通り、シラハ城へ向かいまする」


「テイトウ山……?」


 ジャベは怪訝な顔をした。テイトウ山は近くに流れるトオ川と接する、入り組んだ地形の要害である。


「テイトウ山はシラハ城より東にそびえる山。我等は此の侭南下し、城攻めせねばならぬのに、何故遠回りをする?」


「テイトウ山に陣取る方が、御味方にとって安全に御座りまする。此の侭、南下しても問題はありませぬが、途中、深い森や、葦が生い茂っており、伏兵が潜んでいる可能性がありまする故……」



 ジャベは顎に手を当て、暫し考え込む。疑り深い彼だが、今は彼女の言う通りに事を進める他無い。兵を進めなければ、先鋒の役目果たせないし、父に疑われれば命が危ない。


 アガロはテンコから聞いた話によると、彼、ジャベ・ナンミは非常に父リフ・ナンミを恐れているという。常に対面する時は、着物の下に鎖帷子を着込んで会う程だから、相当と言えよう。


 リフは謀殺に関しては達人である。彼の出世街道を一番助け、尚且つ早めたのは謀殺のお蔭と言えた。

 そして、ジャベにはもう一つ悩みがある。実の弟ヒイラ・ナンミである。


 ヒイラは兄のジャベに比べ、とても端整な顔立ちをしており、体格も堂々とした兄とは対照的に、痩せ型で大変な美丈夫といえた。そして彼、ヒイラはリフの寵児である。それこそがジャベの最大の不安事といっても過言ではない。

 テンコは言う、


―――父は自分ではなく、弟のヒイラに家督を継がそうとしているのではないか、とジャベ様は疑っている……。


 兄弟の家督争いは家を滅ぼす。リフは其処へ漬け込み、ギ郡を制圧した。

 恐らくこの下克上の男も確りと理解しているだろうし、家督相続はジャベに、と家臣達にも言い付けてある故、その心配は無いだろうが、兄ジャベは不安で仕方が無い。


 弟ヒイラはとても誠実で、この乱世にあって珍しく、義を重んじている。リフが重視していない礼節や、伝統に関心を持っている。何故リフがそんな彼を可愛がるのか誰も理解が出来ない。

 多分憶測ではあるが、リフは自身の血塗られた、陰湿で陰険な性格とは対照的な、誠実で真っ直ぐな息子ヒイラのそう言う所を溺愛しているのかもしれない。


 事実、ヒイラは父の命には素直に従った。対して兄のジャベは常に疑いを持って父と接した。

 それが常人の正常な反応だろう。


 普通、目の前に謀略塗れの男と対峙して、誠実でいられる筈無い。ヒイラは正に理想のような、絵に描いたような素直な息子であった。

 そんな事を考えているとやがて、ジャベはエイリへ視線を向ける。



「よいだろう。出発は明日の明け方。エイリ。確りと案内致せ」


「御意!」


 皆、各々の組へ戻ると、出陣の用意を始める。アガロもジャベ隊の先鋒を命じられており、急いで組へ戻ると、途中同じく先鋒のエイリ組の近くを通る。

 すると、


『久しぶりだね、”アギト”』


「……っ!?」


 後ろから声がして、思わず振り向くが誰も居ない。彼は暫く呆然としていた。


「若旦那~!」


 トウマが近くまで寄って来て、主君に声を掛けるも反応が無い。おかしいと思い青鬼は少し大きな声で呼んだ。


「若旦那!」


「っ、ああ。トウマ、か……」


「どうしたんでやすかい?」


「いや、何でもない……」


 さっき聞こえたのは幻聴だろうと思い、彼は歩を進め組へ戻る。


(アギト……。久しぶりに聞いた名だ……)


 その昔、トウジ平原にて初陣を果たした時の偽名。思えばあの体験があったからこそ、コウハ、ギンロの狼族兄妹。赤鬼のドウキ。半妖のリッカや俊足のデンジと出会えた。今ではその名前がとても懐かしく感じる。

 だが、彼は一つ心にざわめきを覚えた。


(さっきの声…何処かで聞いたような……?)


 未だに心此処に在らずの当主を怪訝な顔で見つめるトウマ。

 すると、今度はリッカが寄って来て大声を出す。


「ちょっと! いい加減にしなさいよ! 確りしてくれなくちゃ困るでしょう!?」


「……ああ。そうだな。すまない」


 珍しく彼から謝罪の言葉を聞き、リッカは狼狽する。


「あんた、ほんとに大丈夫……? 何か悪い物でも食べた?」


「馬鹿。それよりも、俺達の進軍路が決まった。目標はテイトウ山。出発は明日の明け方だ」


 アガロは簡単に描かれたシラハ城周辺の地図へ視線を落とすと、指で山の場所を指し示す。


「デンジ。お前達はテイトウ山へ直ぐに行け。索敵して来い」


「はい! お任せください! リテン! 初仕事だ、期待しているぞ!」


「は、はい! 任せてください!」


 彼等デンジ組は足の速い鬼や、索敵に優れる獣人を使役している。特に地形が厳しい山岳などは、彼等の得意分野といえた。

 デンジは部下のリテン達を連れ一足先に発つと、その後姿を見てリッカが呟いた。


「最近、やけに張り切ってるわよね。あいつ」


「デンジ君は新しい部下を育てるのに熱心ですし、アガロ様を一番尊敬してるです。今回こそは手柄を立てて貰おうと張り切ってるです」


「お前達も自分の組へ戻り、この事伝えろ」


 アガロは皆を見渡しながら指示を出すと、各々組へ戻っていく。

 すると、陣営を再びテンコが訪ねた。


「お前は暇なのか?」


 こうも毎度会いに来る彼に内心呆れ返り、アガロは半分馬鹿にしたような目で見つめた。


「失礼だね。これでも一応報せを持って来たのに」


「どんな報せだ?」


 テンコは空いている床机へ腰掛けると、語り出す。


「ロウア郡の城が落ち、連合が崩壊したそうだ」


「ワジリの奴……。良く働くな……」


 ナンミ軍はアガロの予想した通り軍を二手に分けたが、一軍をリフ・ナンミ率いるセンカ郡攻略部隊に、そしてもう一軍をヒイラを大将にロウア郡攻略へ向けた。


 リフはこの数年間、ナンミとクリャカの勢力に挟まれ、代理戦争を続けていたロウア郡を完全に制圧すべく、多方面作戦を展開。効果はてき面で、クリャカが今回後手に回り完全に出遅れている間に、ロウア郡の城は次々に陥落しているという。

 特に、ヒイラの与力として与えられたアガロの従兄ワジリ・マンタの働きは目覚しく、その働きから既に知行地千石の加増を約束されたという。


「ジャベ様は焦っている……」


 と、テンコは突然妙な事を言い出した。

 アガロはその言葉の意味が解らず訊ね返す。


「どういう事だ?」


「今回、ヒイラ様は目覚しい働きをしているが、対してジャベ様は目立っていない。此の侭では自分の立場危ういのでは、と思っている……」


 三年間、ジャベの側で仕えてきたテンコは、恐らく彼の気性を十分に理解しているのであろう。彼の言葉には説得力がある。


「何故そう思う?」


 だが、アガロはナンミ家嫡男が焦っている理由が知りたかった。

 すると、テンコは指を二本立てた。


「理由は二つ。ジャベ様は今回先鋒を仰せつかっている。しかし、目立った功を上げられない。これが一つの理由だ。君達ユクシャ組の働きを僕は評価するけど、所詮それは亜人組の働きで評価対象外だ。そして二つ目は、ジャベ様は過去に失態を犯している」


 ジャベは去年、ロウア郡で戦をした時、中々成果を出せないでいた。此の侭ではいけないと焦った彼は、兵を率いて出撃し逆に返り討ちに遭っている。リフは堪りかねて援軍を送りこれを征したが、次は失敗せぬようにときつく戒めていた。

 それがジャベの焦りの理由、と彼は説く。


「因みに、これは理由とは別なんだけど、ジャベ様はエイリ殿を疑っている」


「それは俺も同じだ」


「只疑っているんじゃないんだよ。エイリ殿はリフ様の間者じゃないかって思っているんだ」


「成る程な……」


 リフは特に疑いの目を向けた家臣へ、与力を与えたりする。

 ジャベはアガロがそうでは無いかと疑っているし、エイリも同類と勘繰ってる。アガロにとってはそれがキョウサクに該当する。


「それと、これは未だ誰も知らないみたいなんだけど、ナンミ軍の別働隊が動いたらしい……」


「別働隊……? 何故それが分かる……?」


「僕の部下達を甘く見ないでくれるかな?」


 得意げに笑う狐目の友。


「でも残念な事に、規模や何処へ向かうかは分からないそうだ」


 話し終え少し間を置くと、テンコは溜息を一つ吐いてぱっと立ち上がった。


「もう戻るのか?」


「うん。情報を伝えたかっただけだしね。それに君の事を気に掛けている”誰かさん”が居るから、仕方が無いんだよ」


「その誰かさんに宜しく伝えといてくれ」


「きっと喜ぶよ」


 テンコが陣営を出るとアガロは振り返り、ヤイコクへ視線を向ける。


「戦支度だ。何時でも出れるようにしておけ。それと、デンジ組を何時でも迎えられるようにしろ」


「御意!」



【――テイトウ山・山頂・未明――】



 テイトウ山は険しく多くの窪地や山間などがあり、また鬱蒼とした森で覆われている。今は霧がたちこめ、周囲の視界がハッキリしない。こういう時は、何時も耳や鼻の利く獣人達の出番であるが……。


「報告。未だに獣組は戻る気配がありません……」


「もう少し帰りを待て。若しかしたら、直ぐ其処まで来ているかも知れない……」


「承知」


 部下が霧の中へ消えて行くのを見送りながら、彼は思った。


―――妙だ。


 何時もならこんな山の一つや二つ調べる事造作も無いが、今回は幾ら偵察を出しても、誰も帰ってこない。


(若しや……、香を炊かれたか……?)


 香とは戦場で獣人の鼻を利かなくさせる為に使用する、斥候防止の道具である。都の貴族達が使う嗜好品とは違い、獣人にしか利かない香であり、無臭で知らない間に彼等の鼻が暫く麻痺し利かなくなるという。

 デンジは胸に何か違和感を覚える。


「デンジさん……。やっぱり俺が見に行きましょうか……?」


 と、部下の一人リテンが味方の帰りを待つ組頭デンジに声を掛けた。

 リテンはセンカ郡の生まれであり、この辺りの地理に明るい。彼の道案内で此処まで進んだのだ。

 やきもきしているとリテンが斥候を名乗り出るが、デンジはそれを止める。


「悪いが待っていてくれ。俺が様子を見に行く……」


「は、はい……」


 リテンは今回が初陣であり緊張していた。

 無理はさせられないとデンジは思い、待機命令を出すと、未だ戻ってこない部下を心配し、様子を見に行こうとした。

 正直、デンジもまた焦っていた。既に数時間が経過し、夜も白々明けだ。此の侭では味方の出発時間になってしまう。その前に情報を持ち帰らなければならない。


「ぐわっ!?」


「……!? どうした!?」


 前方で見張りをしている鬼の悲鳴が短く響いたかと思うと、次にドサッと倒れる音がする。


(警戒しろ!)


 デンジは小声で指示を出した。

 すらっと腰に差してある短い直刀を逆手に抜くと、辺りを警戒した。



―――――――――――…………。



 何も起こらない。周りは相変わらずの静寂に包まれている。

 だが、それとは対照的にデンジ達の鼓動は早くなる。


(…………)


 霧で視界が遮られ、全く見えない状況。デンジは油断する事無く身構えた。

 すると、


「……組頭、わしが様子を―――」


(馬鹿、声を出すな!)


 部下が一人声を出すと、それが仇となった。


「ぐっ!?」


(しまった!? 気付かれた!?)


 声を出した部下の一人が、直ぐに矢で首を射られ倒れる。

 と同時に、


「うわぁ!? こいつ等何処から!?」


(くそ! 警戒が甘かった!)


 デンジ達の周りを取り囲むように、無数の黒装束に身を包んだ集団が現れた。


「逃げろ!」


 短く命令を出すとデンジ組は一斉に散らばるが、敵はそれを許さなかった。


「うあぁ!!?」


「ぎゃ……!?」


「ぐは…ちく、しょう……」


 味方が次々に討ち取られていく。


(こいつ等、今迄の奴等と違う!?)


 その時デンジは、味方にこの事を逸早く知らせる事を第一に思った。

 だがしかし、周りは囲まれている。そこで彼は決死の覚悟に望んだ。


「リテン! 俺が食い止める! この事、アガロ様に伝えろ!」


「で、でも、デンジさん……」


「部下を見捨てて行けるか! 直ぐに追いかける!」


 短く指示を出すと、彼はパッと敵中へ切り込んだ。


「此処に居るぞ! 討ち取ってみろ!!」


 叫ぶと敵はデンジの方へ一斉に襲い掛かる。

 その隙にリテンはさっと駆け出した。足の速さなら誰にも負けないデンジだが、自分よりも土地に明るい彼の方が、早くアガロの元へ辿り着けると判断しての事だ。また敵に気付かず、此処まで接近を許した自分の責任を取ろうと、彼は殿を勤める。


(走れリテン! 走れぇ!!)


 デンジが心の中で叫ぶと、リテンは駆ける。薄暗く霧で大分に視界の悪い森を抜け、山を下ると、


「ぐわぁ!?」


「居たぞ!」


「殺せ!」


 リテンは足元に張ってあった縄に気付かなかった。勢い余って転げ落ちるが、何とか立ち上がる。

 周りを騒がしい音が包むと、それは次第に近づいてくる。


(くそ! こうなったら、遠回りになるが抜け道を使おう!)


 彼は直ぐに目印を見つけると、其処へ目掛けて一気に駆け出し、アガロの待つユクシャ組を目指した。


(頼む……、間に合ってくれ!)

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