「姉弟喧嘩」 中編
【――ユクシャ領・街道――】
ジョロロロ―――……。
「ふ~すっきりした……と。さて、そろそろ行こうかな……」
ハギ村の村役人の屋敷へ向かっていたキジムナ族のガジュマルは、道中休息を取っていた。用を足し終えた彼は出発しようと荷物をぶら下げる。
もう直ぐ目的地。気持ちの良い清々しい天気だ。何時もなら行って直ぐ帰ってくるのだが、今日ぐらいは道草を食ってもバチは当たるまい……。そうのんびりと考えていた。
しかし、後でさっさと行けばよかった、と後悔する羽目になる。
ガサ!
と何かが林の中で動いた。
何だと思い、立ち止まると中から影が勢いよく飛び出し、自分の目の前に着地した。
「ガジュマルか!?」
「アガロ様!?」
突然現れたのは彼の友にして、次期ユクシャ家当主の嫡男アガロだった。
体中泥だらけで何時にも増してボロボロ。その格好を見ただけでは、誰も彼を当主とは思わないだろう。
「一体どうしたんだい!?」
「話は後だ追われてる」
「え……?」
一瞬、理解出来なかった彼だが、直ぐにその言葉の意味を知る。
「ア~ガ~ロ~……!!」
怒りと執念が混じったような呻き声で、林の中から現れたのは髪を乱して息を荒げる一人の女武者。
ガジュマルの眼前に居る当主を追いかけて来たのだろうか、彼女も同じく泥だらけだった。
その姿を見たアガロは余計な一言を言ってしまう。
「……落ち武者」
「何だとぉ!!?」
苛々している女武者の気持ちを逆撫でし、先程以上に激怒させた。
「不味い! 逃げるぞ、ガジュマル!」
「いや、おいら行く所が―――」
「つべこべ言うな! 走れ!!」
言っている途中で、強引に手を引っ張られ、走らされる。
すかさず追いかける女武者。
鬼のような形相で追いかけられ、嫌々なガジュマルもついつい全力で走り出してしまう。
「アガロ様! あれ何だい!?」
「俺の姉上だ!!」
「えっ!? あれ女なの!?」
ガジュマルが驚くのも無理無い。今の彼女の姿では性別の見分けはつかないし、後ろから全速力で追いかけてくるのは、アガロの姉という事に驚きを隠せないでいた。
「待て! 二人共!!」
「姉上、いい加減しつこいぞ!? それに待てと言われて、待てるか!!」
「えええっ!? 二人って、何でおいらまで!?」
理不尽だ!! と心の中でガジュマルは叫んだ。その上悲しい事に、彼等が走ってる道は自分の道と全く逆方向。
こんな事になるんだったら、道草なんかするんじゃなかった!! とキジムナの彼は先程の行いを悔いた。
「ガジュマル! この先にレ二屋があったな!?」
「そうだよっ!! それがなんだい!?」
「そこへ逃げ込むぞ!」
【――商家・レ二屋――】
この店の主人ゴウタ・レ二は、布や反物などを扱う商人であったが、最近は武器商人としても富を築いている。先のナンミとの合戦の時にも武器の支援を行っており、ユクシャ家も贔屓にしている商人である。
そろそろ日没、店を閉めようとした時、二人の見慣れた少年が現れた。
一人は長い黒髪を三つ編みにして後ろで靡かせ、端整な顔立ちの褐色の肌の少年。もう一人は、ぼさぼさな髪と赤い体毛に包まれた、キジムナの少年だ。
「これはこれは、アガロ様! 何時もご贔屓にして頂き、真に有難う御座います。此度はどのようなご用件で?」
早速挨拶を述べるゴウタ。中年太りで丸顔、口髭を蓄え目が細い。
両手をすり合わせて笑顔を作り、少年と目線を合わせる。
「はあ、はあ……。いや、はあ…中へ入れてくれ……」
息を切らしながら、少年は商人の言葉に耳を傾けず、早急に用件を述べた。
「これはこれは、大変申し訳御座いません! 気が利きませんで……」
すると、ゴウタは店の方へ振り向き、両手を口にあわせ大きな声で店の者達に報せた。
「お―――い! ユクシャ家の若殿様だ! 御持て成しのご用意をしろ! ささ! 汚い所ですが、どうかお上がり下さい。おお! そうでした、聞きましたぞ! 此度の合戦勝ち戦とか! 真におめでとう御座りまする!」
「い、いいから早く中へ……」
「おっさん……、おいらも中へ―――」
ご機嫌取りをしようとしきりに褒めてくる彼を、非常に鬱陶しそうにしながら、アガロは店へ足を踏み入れた。
その後に続くようにガジュマルも入ろうとすると、
「お前は駄目だ! 汚いキジムナの小僧め!」
明らか店の主人は軽蔑と侮蔑を孕んだ声で、キジムナの少年を拒んだ。
「ゴウタ。そいつも入れてやってくれ、追われてるんだ……」
「アガロ様がそう言うのなら……。おいっ、小僧! 店の物には手を出すんじゃないぞ!」
渋々承知をするゴウタ。
そそくさと店の中へ上がる二人。だが、やっと一安心と思ったのも束の間だった。
「そこの二人! こそこそと人の家へ隠れるとは卑怯だぞ!!」
大声で怒鳴られ、つい背筋がビクッと震えた。
いきなり姿を現した異形の武者に驚き、ゴウタは尻餅を付いた。
「ひぃ!? お武家様が一体何用で!?」
「其処の二人に用がある!」
言い捨てズカズカと店へ上がり、二人の腕を掴み上げた。
「放せ姉上!」
「痛い! どうしておいらも!?」
「アガロ! 城へ戻るぞ! お前は私がじっくりと扱いてやる!! それと、小さいほう。お前もついでに来い!」
嫌がる彼等を尻目に、姉であるタミヤは怒声を上げて、我侭な弟を連れ戻すとする。
その様子を、何事かとばかりに屋敷の者達が奥から出て来ては、遠巻きに傍観していた。皆タミヤの気迫に飲まれ、完全に黙りこくっている。
しかし、そんな中で、尻餅を付き、怯えていたゴウタはある事に気付いた。
「そのお声は、若しやタミヤ姫様では……?」
酷く泥だらけで本人かどうか疑わしかったが、彼は勇気を振り絞り声を掛けてみた。
少女は二人を掴んだ侭顔を向けた。
「そうだ、やはり間違い無い! お忘れですかタミヤ様? 手前は何時もご当主様にご贔屓にして頂いてる、商人のゴウタ・レ二に御座います!」
両手をポンっと打って確信した彼は、早速商売をする時と同じ笑みを浮かべ、親しげに話し掛けてきた。
「ん? ああ、たまに城へ来ては、布などを売りに来る商人か? 成る程、此処はその方の店か……」
その時、初めてタミヤは自身が今、何処に居るのか、誰に会っているのか理解した。彼女は一度怒り出すと、周りが見えなくなる性分である。
「はは! タミヤ様。お見受けした所、どうやら御姉弟で喧嘩のご様子……。如何様な理由かは存じませぬが、此処は手前の顔に免じて、お怒りをお静め下さりませ……」
「その方の顔を立ててやれんですまんな。私はこの二人に、灸を据えてやらねばならんのだ」
「それはなりませぬ!」
途端、先程まで腰を低く、謙った彼だったが態度を一変させた。
「何故だ?」
その豹変振りに些か驚くも、あくまで冷静を装うと彼女は静かに訊ねた。
「このお二方は、既に手前共のお客人に御座います。一度客を迎えたならば、お持て成しするのが礼儀! それに今日は日もだいぶ暮れました故、今夜はお泊り頂きまする!」
「な、何だと!?」
「それと店の中で暴れて頂きたくはありません。手前共の評判にも関わります故、いくらご当主様の姫様であろうと、それは許されませぬぞ?」
「うっ……」
言い返せず困惑するタミヤ。
「そうだぞ姉上。他人家で暴れるとは無礼千万!」
「くっ!」
得意げに言う弟にキッと睨みつける。こいつ、これを計算して此処へ逃げてきたのだな!? と思いバツの悪そうな顔をする。
「……良かろう。その方の言う事最もだ。今は私が引こう……。だが! 明日は城へ連れて帰るからな!!」
「ご理解頂き、真に感謝致します。どうぞ、姫様もお上がり下さりませ。その様な泥のお姿の侭では、折角のお美しい御尊顔が台無しに御座いますぞ」
すっかりボロボロになっている自身の姿を見て、タミヤは少し気まずそうに顔を歪めた。
彼女も十三と年頃であり、何かと見た目を気にしている。
「忝い。そうさせて貰う」
一つ頷き、好意に甘える事にした。
それに一つ礼で返答すると、ゴウタはすかさず屋敷の者達へ指示を飛ばした。
「では、早速ご用意致します故、暫しお待ち下さりませ……。お―い! 何をぼさっとしている! 風呂の用意だ! 御持て成しの準備を致せ!」
やっと開放されたアガロは座敷へ案内される。
後ろからタミヤが面白く無さそうに付いて来たが、気にしない事にした。
虎の絵が描かれた襖が開かれると部屋の中へ足を踏み入れた。
新しい畳の匂いがする。上を見上げると棚に多くの調度品や、壺に焼き物が飾られ、部屋の壁には掛け軸、その前には花が活けてある。
どれだけこの店が儲かっているかが窺い知れる。矢張り、レ二屋は武器を取り扱い、土豪やユクシャ家相手に商売をして正解だった。
三人の内、ガジュマルは初めて目にする物の数に圧倒され、口をポカンと開けており、姉のタミヤは宛がわれた座布団に早速着座し、目の前に飾れている、太刀や、槍などをじっくりと観察していた。
しかし、アガロだけが、その贅沢で煌びやかな部屋の中で、一際不細工な細長い箱に興味を持っていた。
「ゴウタ。あの箱は何だ? また新しい品物か?」
「流石は若殿様。あれはご当主様へ売込もうと思っておりました、新しい品に御座います」
「どんな品だ?」
「実際にご覧に入れましょう。トウマ、準備しろ!」
「へい」
店の主人が呼ぶと、奥から一つ目の青鬼が出て来た。
額から角を一本生やし、肌と同じで彼の短い髪も青い。背はタミヤと同じ位だ。
青鬼は足取り軽く、主人の前へ平伏した。
ゴウタは彼へ箱の中身を若殿様にご覧に入れろ、と命じると再び『へい』と短く返をして箱を開け、中身を取り出す。
「新しい奉公人か? 一つ目の鬼は初めて見るぞ」
「はい。あれはトウマ。一つ目の夜鬼族です。二週間前に買った新しい奴隷でしてな」
「そうか」
夜鬼族とは単純に夜目の利く鬼達であり、視力が飛び切り良く、主に彼等の仕事は夜の蔵番などを任せられる。
最近、財産や蔵の数を増やしたレ二屋は、防犯の為に新しく奴隷を買ったのだ。それが彼、トウマである。
「お待たせしやした」
トウマは細長い鉄の筒を手に持って見せた。
だが、分からないといった表情を浮かべる少年に、商人はすかさず品物の説明をする。
「若殿様。これは『火縄銃』または『鉄砲』と言う物に御座います」
「ヒ、ヒナワジュウ?」
初めて聞く言葉に思わず困惑する。
「説明するよりも、実際に使ってみた方が、直ぐにご理解頂けるでしょう。トウマ! 支度しろ!」
「へい」
庭へ降りた一つ目の鬼は、慣れた手つきで支度を始めた。
何やら先程の筒の先に、黒い粉と小さい玉の様な物を入れて詰めていく。火を点した縄を固定すると構え、狙いを台の上に置いてある安物の壺へ向ける。
その姿を縁側から興味深く見ている、アガロ、ガジュマル、タミヤの三人。
隣でゴウタは得意げに微笑んでいた。
鉄砲と呼ばれた、長い筒を構えたトウマは良く狙うと、引き金を引いた。
カチッという音が聞こえたと同時に、パアァァン!! と今迄聴いた事が無いような音が響き渡る。
そして次の瞬間には、台の上に置いてあった壺は粉々に砕け散った。
三人は何が起きたか分からず、呆然としていた。
その姿を満足そうに見つめながら、ゴウタが一つ咳をしてから口を開く。
「如何でしたか? これが鉄砲に御座います。イン州で発明され、なんでも最近の戦では、これを使うのが流行りだそうです。その威力に目を付けた他国の大名達は、沢山買い求めているとか……。”備えあれば憂いなし”と言いますし、これを機に軍備増強をご当主様に進めてみては?」
売り言葉に買い言葉。
得意げに語る商人を尻目に、アガロ達三人は黙り込んでいた。特にアガロは三人の中で一番興味を持ったのは言うまでも無い。
暫くすると屋敷の使用人が風呂の用意が出来た、と報せに来る。
姉が先に案内され、ガジュマルも飽きたのか何処かへ行ってしまう。
しかし、アガロだけがその場に残り、好奇心に満ちた瞳で鉄砲を見つめ続けていた。
次回の後編で完結させます^^;