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第三十九幕・「狩り」

【――ロザン城下・郊外――】



 森の中で数名の侍従を連れ、狩りを楽しむ老人が居た。

 きりきりと弓を引き、パッと放つと矢は獲物を見事に射抜く。


「お見事です、お館様!」


 侍従の一人が賛辞を述べると獲物へ駆け寄る。


(相も変わらず、元気な爺だな……)


 得意そうにしている老人の後ろで、アガロは内心そう思った。

 七十を当に過ぎているにも関わらず、膂力あり、食欲も衰えず、健康一点張りの大名リフ・ナンミ。


「アガロよ」


 少年の名を呼ぶと、リフは一羽のウサギを指差した。


「あの獲物を射よ」


「は」


 短く返答すると、サッと矢をつがえ十分に狙いを定めると放つ。

 矢はシュルシュルと吸い込まれるように飛んで行き、獲物を仕留めた。


「ふむ、見事じゃ……」


 リフの賞賛に一礼だけで返答すると、老人は此方から目を放さずに続ける。


「その様子では、腕は鈍っておらんようじゃな。次の戦、期待しておるぞ」


 ニヤリと笑いながらそう言った。


(また、戦か……。良く働く爺だな……)


 呆れるを通り越して、感心さえする。

 この老人、毎年のように軍事行動を起す。それが絶える事が無い。最早、ナンミ家において戦とは、日常と言っても過言ではなかった。


(しかし、上手いやり方を考えたものだ……)



 この三年間はアガロにとっては窮屈な年月ではあったが、それと同時に驚きの連続でもあった。

 先ず最初に、ビ郡へ来て彼が目にしたのは、商いの町として栄える城下町である。アガロはギ郡都サイソウ城下町を、見た事は度々あるが、それ以上にロザン城下町は賑わってる。


 そして、何故賑わっているのか、その理由にも驚いた。ビ郡には座や組合が無いのだという。

 通常、町で商いをするには、座へ行き、”株”を買う。株を所持する事で、初めて商いする権利が手に入るのだが、その株を買うのが困難であった。


 株は本来親から子へ受け継がれたり、その地で手広く商いしている者達が、または神社等が買い占めていたりしている事が多く、余所者が入り難い体制になっている。

 だが、リフはその原因となる座と組合を取り潰し、自由に商い出来るように奨励したのだ。


 変わりに、本来その土地の豪族、神社や座等に商人達が納めていた税を貰い受け、また売り上げの一部を上納させた。このやり方、反間喰らうかと思うとそうでもなく、今迄払ってきた税が大変軽くなった事に商人達は気付いた。


 その上、売り上げの一部を上納すれば自由に商いが出来る。これまでのように、余所者に不利な状況が無くなり、商いしやすくもなった、と同時にこの方法は、ナンミ家が下の勢力に、力を蓄えさせないようする方策でもある。


 ナンミ家はアシハラでは珍しく、金を重視する政治を行っていた。

 大陸のほぼ全てで農作業を重視した政治が進められている中、ナンミ家だけは違う政治方針を執っていた。



(変わった爺だ……)



 アガロはこの三年の間に、リフ・ナンミという男を彼なりに観察した。少年の目に映ったリフは、見事なまでに政治感覚に優れた大名である。

 リフは多くの商人を集め、税を納めさせると、今度はそれで傭兵を雇った。


 人が集まれば、必然的にあぶれ者が増える。ナンミ軍の殆どはそのあぶれ者、傭兵、孤児や他国からの流れ者が多かった。彼等を職業軍人として雇い、城下に住まわせている。


 所謂、常備軍である。常備軍は珍しいものではないが、ナンミ軍と他との違いはその数である。

 本来、常備軍は郷村の人口が増えた為、都市部へ流出した者達を雇う等をするが、ナンミ軍は誰彼構わず登用した。


 当然、彼等は生まれも宗旨も、何もかも違う者同士であり、粗暴で中には字が読めない者さえ居る。

 ロザン城下町には彼等の住居があるが、余りにも治安が悪く、衛生環境も良くない為、住民から文句が出る程だ。


 しかし、ナンミ軍が毎年のように、それこそ田植えの季節など全く気にせずに戦が出来るのは、彼等のお蔭である。


 豪族や地侍は戦仕事の他に、農業も兼ね備えている。田植えや稲刈りの季節が来れば彼等は農民へ戻る為、戦が出来なくなる。

 ナンミ軍は敢えて、他国が田植えを行っている時期を狙い、軍事行動を起すようにしていた。


 無論、そんな寄せ集めの集団が強い筈も無い。強さには個人差がありすぎるし、指揮系統もばらばら。

 また、一度劣勢になると、我が身可愛さから逸早く逃げ出す者とて多く居る。


 だが、ナンミ軍は十分な補充力を兼ね備えていた。足りなければまた城下で募る。

 アガロも経験があった。自身が与えられた、兵士の内五名が脱走した事があるが、募集をすると、瞬く間に八名加わった。

 それだけロザン城下町は人が多いのである。



「アガロ」


 後ろから突然呼ばれたので振り向くと、従兄のワジリが此方を見ていた。三年前にゼゼ川で戦死した叔父ギジョ・マンタの嫡男であり、現マンタ家当主。彼もまた人質として、このビ郡に移り住んでいた。


「何だ?」


 無愛想に返事をすると、従兄は弓を前へ出す。


「どちらが早く獲物を仕留めるか、勝負しろ」


 唐突に勝負を申し込まれた。

 すると、一部始終を見ていたのか、リフは面白そうに口角を上げる。


「なれば、あの鹿を射よ。先に仕留めた方に褒美を取らせる……」


 二人は老人の目線の先に居る、一頭の鹿を見据えた。


「承知しました、お館様」


 ワジリは親の仇であるリフを恨んでいるが、それを表の顔に出す事は無い。至って平静を装い、振舞う事に長けている。

 アガロは元々無表情が定着している。彼は本心から感心したり、興味が無いと、表情を変えない。


「待て」


 二人が弓矢を構え、狙いを定めようとすると、リフに呼び止められる。


「これを使い、仕留めてみせよ……」


 二人にリフの侍従が手渡したのは鉄砲二丁。それを手に取ると早速準備に掛かる。

 従兄のワジリは慣れていないのか弾や火薬、更には火縄などの工程に時間が掛かったが、アガロは手慣れたものであり、さっさと準備を済ますと構えに入る。


(ナンミ軍には鉄砲も多いな……)



 火薬の臭いを感じながら、彼は次に驚いた事を思い出した。

 ナンミ軍が職業軍人、傭兵団を組織しているが、それ以上に彼が当時度肝を抜かれたのが、ナンミ軍の装備である。


―――長槍と鉄砲。


 この二つの装備が遥かに多い。

 リフは新しい物好きであり、それと同時に新しい物を作るのも好きである。他の部隊に無い通常よりも遥かに長い長槍を作り、自分の部隊に導入している所を見るに、リフはそれだけ発想に富む人物という事である


 そして、鉄砲の数である。未だ量産の難しく、高価な武器である鉄砲を無数取り揃えている。

 アガロは鉄砲好きであり、ユクシャ家には既に五十丁程揃えたが、ナンミ軍には五百の鉄砲隊が存在する。


 アシハラでこれ程、鉄砲を揃えている大名は多くない。何故なら鉄砲の射程距離は短いからである。

 凡そ五十~五十五間(約90~100m)程しかなく、有効射程は半分以下の二十~二十五間(約35~45m)。


 弓矢の方が遥かに遠くへ飛ぶ。百五十~百七十間(約270~300m)と三倍の飛距離。その上、鉄砲の方が値段も高く、一度撃つと次の弾入れなどに手間取り、利便性が悪い。

 多くの大名や豪族は、鉄砲よりは弓矢を揃えるが、



(ナンミは鉄砲の”良さ”を理解している……)


 アガロは引き金をぐっと引き、射撃する。銃声が響くとほぼ同時に鹿は頭を撃ち抜かれ、地面へ倒れた。

 その様子を、ワジリは面白く無さそうに眺めている。


「見事じゃ」


 リフが一言褒めるとアガロは鉄砲を返し、獲物を見に行く。

 老人は出遅れたワジリへ視線を移すと、


「準備に手間取っておったな……?」


「なれど、お館様―――」


 ワジリは跪いた。


「いざ、合戦ともなると鉄砲は無用の長物。戦は槍働きあってこそであり、このように弓矢にも劣る飛び道具は、差して使い物にもなりませぬ……」


 それを聞くと、リフはニヤリと笑ってみせた。


「本当にそう思うか……?」


「は。拙者は矢張り鉄砲ではなく、弓矢の方を好みまする」


「従兄弟同士で大分に違うようじゃな? ユクシャは鉄砲に熟知しておるようじゃし、随分と手馴れておった」


「あの者は生来変わり者にて……」


 途端リフは苦笑した。


(こいつは鉄砲の利点を理解しておらぬ……)


 内心そう思った。

 鉄砲の魅力を上げるとすれば、短期間で兵士が出来る事である。何年も修練が必要な弓矢に比べ、鉄砲は女子供でも訓練すれば短期間で兵士に成れる。


 流れ者や、能力に差のあるナンミ軍に、訓練次第で平等に力を与えてくれるのが鉄砲の最大の利点であるが、それを理解する者未だに多くは無い。

 前述したように使い勝手が悪い。百やそこ等では未だ火力不足な処がある。


 リフが躍起になって鉄砲を買い集めているのはその為であるが、部下からは今一理解されていない。それを買う金があるならば、自分達の禄を上げろ、と言いたげである。


(その点、コサンの倅は良く分かっておる……。自身が鉄砲に手馴れている所を見るに、大分に使い手のようじゃな……)


 普通、目下の士族が火薬に弾入れ、火縄の用意をし、手渡すが、リフはわざとそれをやらせなかった。この人の癖で、たまにその人物を試す真似をする。そうやって人を観察する。


(このマンタの当主は所詮地侍の倅じゃ……。されど、ユクシャは違うわい。あやつ、矢張り本性を隠しておる……)



 リフの脳裏には三年前に初めてユクシャの当主と会った、サイソウ城の大広間が浮かんだ。ギ郡の新たな支配者になった自分に一歩も引かずに、交渉をした少年。此処へ来てからは、噂で聞いた奇行をせず、大人しい生活をしている。


 自ら進んでボロ屋敷へ住み、亜人を側に置き、見張りを連れてはぶらりと町中を歩き回っては帰る、とそんな毎日を送っていると聞く。

 はじめは何かある、と周囲は勘繰ったが、それは二年前に起きた戦により、警戒から嘲笑に変わった。


 二年前、ナンミは次の目標をエン州五郡の内の一つ、ロウア郡へ定めると、直ぐに兵を率いて出陣した。

 その時の先鋒がギ豪族達であり、彼等は人質を取られている身故、逆らえなかった。


 ギ兵は思いの他よく働いたが、予想外にもロウア武士達の抵抗が激しく、攻めるのに苦労した。未だ纏まりの無いロウア郡など一揉みと思ったが、ナンミ侵攻をきっかけに、共通の敵を得たロウア武士の一部が結束し、連合軍を結成。戦は膠着状態になった。


 リフは状況打開を図る為、調略や撹乱をして切り崩しに掛かったが、それよりも早く動いたのがロウア連合であった。

 彼等は突如夜襲を仕掛け、陣を崩し、驚いたナンミ軍が退却すると、その退路に伏兵を忍ばせていた。


 無論ナンミ軍は散々に打ち破られた。その際、真っ先に逃げ出したのがユクシャ隊であり、彼等はビ郡へ帰還すると、臆病者の謗りを受けた。が、リフだけは別の事を思った。


『減った兵や、負傷兵が異様に少ない』


 ユクシャ隊が逃げ出したのは、夜襲を受けた時であり、其処から彼等がどうやって、ビ郡へ帰還したかは知らない。聞いてみると、アガロは定められた通りの道では無く、全く違う街道を抜け、ビ郡へ入ったのだという。


 理由を訊ねると、夜は視界が大分に悪く、道を間違えてしまった、と答えただけであり、後は何も言わない。

 周りの武士は『帰り道も分からなくなる程、取り乱していたとは何とも情け無い』と彼を軽く見た。


 しかし、リフは冷静になって考えた。果たして、帰りも分からなくなる程、取り乱しながら、部隊の被害を最小限に留め、帰還出来るだろうか? と。


―――無理だ。


 老人の頭には直ぐに結論が出た。

 アガロは何も言わないが、恐らくこいつは戦の始まる前に、予めロウア郡の土地の下調べをしていたに違いない。それもナンミ軍が調べた道とは別の道である。


 ユクシャの当主は退却路を別に確保しており、自身が無事に帰れる街道を知っていた。闇世の中、混乱する部隊を逸早く纏め、さっさと逃げた、と結論付けたと共に、彼の手際の良さには内心舌を巻いた事を覚えている。


 周りは臆病と言うが、老人は感心した。そして、リフがアガロを気に入った理由でもあった。

 すると、アガロが獲物を侍従に運ばせ戻ってくる。



「流石に手際が良いの。後で、褒美を取らすわい」


「有難き幸せ……」


 跪きぶすっとそう言う彼を見て、リフはにやりと微笑んだ。

 やがて、ナンミの当主は二人へ向かって、


「また戦をする。次はセンカ郡を取る」


―――センカ郡。

 二人はちらりと互いに目を見合わせた。


「されど、お館様、ロウア郡は如何なさいます……?」


 少し間を置き、ワジリが訊ねた。


「ロウアはここ暫く戦続きであったが、昨今は此方に味方する者増えておるわい。問題は、トウ州クリャカに味方する豪族が居るという事じゃ……」


「なれば、今クリャカを攻めても味方を疲れさせるだけでは? 東の管領家は強国ですぞ?」


 ワジリの尤もな意見にリフは一つ頷き、顎に手を当てる。


「心配せんでも、ちゃんと心得とるわい……。今宵は二人とも、わしの館に泊まるとよい」


 床机から腰を上げ、馬に跨ると、供を連れて城へ戻りはじめる。

 二人も慌てて支度を済ませ、後を追う。



【――ロザン城館――】



「お帰りなさいませりゃ、お館様」


「キョウサク。出迎え、ご苦労」


「お館様。一つ、お願いがありますりゃ」


 主君の御前で早々に願いを口にするキョウサク。

 リフは眉を吊り上げる。


「どのような願いじゃ?」


「はい。実は……―――」

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