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第三十七幕・「いざ、ビ郡へ」

【――早朝・タキ城・門前――】



 ビ郡へ人質へ行く当主を見送る為、門前にはユクシャ家来達が集合していた。

 涙目になる爺のシグルに、心配そうな表情を向ける母。中には侮蔑の目を向ける者も居たが、当主は気にも留めなかった。


「皆、揃ったか?」


「おう! 準備はばっちりだぜ!」


 そう言って胸を一つドンと叩くドウキ。彼は相棒の鉄鞭を背中に巻き付けており、また荷物を運ぶ荷駄隊の頭を勤める。

 赤鬼から視線を他の者達――御供衆――へ移す。


「アガロ様! 俺は何時でも大丈夫です!」


「デンジ。覚悟に変わりは無いか?」


 彼は俊足の鬼へ問うと、鬼は直ぐに目の前へ跪いた。

 デンジはすっかりと身なりを変えていた。出会った当初はボロ着を纏い、何とも貧相な姿であったが、今は立派な正装をしている。ぼさぼさな髪を後ろに縛り、白の鉢巻きを巻いている。


「俺はどうせ帰る所がありません……。親兄弟は当の昔に死んじまいましたし、今更元の主人の元へ帰る気は無いです。俺はアガロ様に付いて行って、御恩返しがしたいんです!」


 真摯な彼の瞳に迷いの色は見えなかった。


「俺を確りと守れ」


「はい!!」


 勢い良く頭を下げ、忠誠を誓う彼を見ると、今度は小人の少女へ目線を移した。


「仲間と離れる事になるが、構わないのか?」


「御恩返しをするです。それに、私はしたい事があるです」


「ビ郡へ行ってしたい事があるのか?」


「私は当主様を知りたいです。何故ここまで亜人に良くするのか、あなたの真意を確かめたいです。その為に付いて行くです!」


 初めて見た時から、変わった羽織――北方独特の紋様が刺繍されている――をしているコロポックルのレラ。彼女は愛用の弓を片手に、矢筒に何本も矢を入れ、軽装をしている。


「俺なんかに付いて来ても、苦労しかないぞ?」


「それを苦労と思うか思わないかは、私次第です」


「そうか……。好きにしろ」


「はいです!」


 恭しくお辞儀をする少女。その後ろには半妖のリッカが居た。


「リッカ。俺は見ての通り人質になる。それでも付いてくるか?」


「うっさい! 今更帰る気は無いわ。そ、それに、助けてくれたし……。その恩を返すくらいさせなさいよね!」


 ビシッと人差し指を向けると、ぷいっと後ろを向いた。無礼に当たる態度ではあるが、正式に家臣にした覚えは無い。

 アガロは特には気にはしなかったが、一つ気付いた事がある


「お前、足の矢傷は?」


 すっかり包帯の取れた彼女の足を見て疑問に思った。

 先のタキ城の戦いで、レラから受けた傷。自分の右肩は未だ十分に治ってないのに、彼女は何事も無かったかのように平然としている。


「あんなの唾付けたら治ったわよ?」


「信じられん……」


 眉をひそめ、疑りの眼差し向けるが、彼女は証拠とばかりに足を見せた。


「確かに、もう傷処か、後も見えないな……」


 驚く程の治癒能力。半妖とはこういう者なのか、と周りは訝しげだった。

 そして―――。


「コウハ、ギンロ。短い間だったな」


「ああ。オレ等は傭兵稼業に戻るぜ」


「…………達者で」


「ちょっと待て」


 すると、突然タミヤが間に割って入った。


「何だ、姉上?」


「こいつ等を私の部下にしたい」


「なっ!? いきなり何言ってやがる!?」


 突然の提案に、驚きを隠せない獣人の青年を尻目に、彼女は説明を始める。


「お前が取り立てたドウキが亜人大将の職を蹴り、御供衆に加わった。此方としては、折角集まった亜人隊を纏める、新たな頭が欲しい」


「その後釜にコウハとギンロを?」


「良いだろ。何か問題でもあるか?」


「俺は構わない」


「ちょっと待ちやがれ! オレ等の意志は無視かよ!?」


 淡々と話を進める姉弟に口出すコウハ。

 タミヤは彼へ視線を移した。


「お前達二人には言い話だと思うが?」


「確かに言い話かも知れねえが、何で其処まで拘るんだ!? 他にも居るだろ!?」


「お前の力を評価しての事だ。それと、実力ある者を取り立てるは現当主の意向だ。故にお前を私の配下にする。何か文句あるか?」


「ある! オレにはやらなくちゃならねえ事がある!」


「どの様な?」


 目を細め訊ねるタミヤ。


「……仲間が居る。オレ等二人は金を稼いで、そいつ等を養わなくっちゃならねんだ……」


 その言葉にアガロとタミヤが今度は驚いた。


「まさか……、お前がそんな事をしていたなんて……」


「私も正直びっくりだ……。只の妹好きの変態狼だとばかり……」


「テメェ等! オレを何だと思ってやがる!?」


 唾を飛ばし、怒鳴るコウハ。

 妹のギンロはその様子を淡々と見物しているが、内心楽しいのか尻尾をパタパタと振っている。


「それで、亜人大将の稼ぎじゃ足りねえから―――」


「で、仲間は何処に居る?」


「傭兵業の―――……、何処に居るって、どういう事だ……?」


 タミヤの質問の意味が分からずに、怪訝な顔をした。


「分からないのか、馬鹿犬」


「あんだと!?」


「お前の仲間をここへ呼び寄せる、という意味だ」


「はぁ!!?」


 口をあんぐりと開け、一瞬体の動きが止まる狼の青年。


「それは、詰まりよ……。そいつ等をここに住まわせるって事か?」


「そういう事だな。面倒も見てやろう」


「そんな事が出来るのかよ!?」


 平然と言ってのける当主の姉。信じられないとばかりに目を見開くコウハ。

 其処へそっとアガロが姉へ耳打ちする。


(姉上。何を考えている?)


(この二人はお前が見込んだ奴等だ。ならば、他所で傭兵をやらすは惜しい……。そこでこいつ等の仲間を呼んで人質にし、この地に縛る。それくらいの余裕はまだある)


 それを聞くとアガロは目を丸くする。


(それは姉上の考えか?)


(実際にはナンジェが考えた。それに、これはお前にもこの獣人二人にも言い話しだと思うぞ? コウハは頭は単純そうだが、亜人達を纏めてくれるからこっちは助かる。こいつ等は安定しない傭兵稼業を捨て、職が手に入る。持ちつ持たれつ、だ)


(姉上からそれを聞くとは思わなかった……)


(私だって、ユクシャ家を守る為、日夜考えているのだ。お前もこの二人を他所へやりたくないだろう? だが、ここへ留まらす理由が無い。ならば、それを作ればいい)


 得意げに笑う姉を見て、苦笑する弟。

 そして二人は考え込むコウハへ、視線を同時に移し返答を待った。


「……話はありがてえが、そこまで甘える訳には―――…」


 律儀にも断ろうとすると、兄の腕を後ろから掴みギンロは制止する。


「……兄者……この話…受ける…べき」


「だがよギンロ! これは確かに良い話かも知れねえが、言うなれば人質だ!」


 瞬間ユクシャの姉弟は狼狽した。


「ま、まさか……、こいつがそれに気付くなんて……。知恵があったのか……?」


「くぅ……! 失敗した……。私の策は所詮この程度……か」


「オメエ等いい加減にしやがれ!!」


 二人に怒鳴り散らすコウハだが、妹が止める。


「……兄者。……皆、山奥に暮らしている……。凄く不便……。ここへ呼べば……、皆、暮らせる……」


「ぐお!? やめろギンロ! 上から目線は兄ちゃん弱いんだ!」


 じっと見つめられコウハは狼狽した。アガロ達から見てもギンロは愛くるしい。

 未だ幼い妹にお願いされ、頑なにそれを拒否しようとする兄だが、次の攻撃が彼を襲う。


「……お、お願い……。お兄……ちゃん……?」


 突然コウハは動きを止めた。そしてゆっくりと目元を手で隠し、咽び泣く。


「うぅ、ぎ、ギン、ロ……。兄ちゃんは……、兄ちゃんは……、嬉しくって……」


「…………駄目……?」


「ぐほぉ!?」


 限界だったのか倒れ込むコウハ。

 その姿を半ば呆れながら、半ば引きながら周囲は見ていた。


「わ、分かったぜ……。ライラを呼ぶ……、それで良いか?」


「……うん」


 相変わらずの無表情ではあるが、尻尾をこれでもかというくらいパタパタと振り、喜びを表すギンロ。

 二人のやり取りに一応決着が付いたのを見届けると、タミヤがコウハへ訊ねた。


「先程言った、ライラという者を呼べば良いのだな?」


「ああ。それと、数十人の獣族のガキ達だ」


「お前の子か?」


「違え。戦で親兄弟を亡くした奴等だよ。オレ等もそうでな。それで見捨てきれねえから、拾って育ててるんだ」


「そのライラというのも同じ獣人だな?」


「そうだぜ。一応言っとくが女だ」


「お前に女が居たのかよ?」


 割って入ったのは赤鬼。それに相槌を打つ狼の青年。


「ああ。オレの女房だ」


「は?」


 途端、場の空気が一気に冷め始める。


「あ、あんだって?」


「聞こえなかったのか? ライラはオレの妻だ」


「お前、所帯持ちだったのか!!?」


 思わず大声になる赤鬼。ドウキをはじめ、周りの者達はただただ唖然としている。

 するとタミヤが訝しげな顔を向ける。


「お前、一体全体、今幾つだ?」


「オレか? 十八だが?」


「ギンロは?」


「十一だ」


「なん…だと…? だが、お前達は長年戦場を渡り歩いた傭兵と……」


「オレは八つの頃に初陣したぜ? ギンロは五つだったか? 忘れちまったけどよ」


 人に獣人の年齢を、外見で判断出来る筈も無い。そして妹が未だ幼かった事実に、周囲は閉口した。

 恐る恐る真偽を確かめようと、ドウキはギンロに聞いた。


「本当か……?」


 ―――こくり。と頷くギンロ。


「……ギンロ……十一歳。……ライラ義姉さんは、……兄者の幼馴染で…………奥さん」


「ぐはぁ!!」


 今度は赤鬼が崩れる。その様子を理解出来ないでいるコウハ。

 ドウキは凄い剣幕で彼を睨むと一言。


「死ね……!」


 そしてまたドシャっと倒れた。


「姉上。今夜にもタキ城の壁がなくならないか心配だ……」


「安心しろ。そうなったら責任は全部この犬に取らす」


「何なんだよ!? 一体!?」


 一人取り残されるコウハを尻目に、気を取り直してアガロは馬に跨る。


「本当は鳥騎馬の方が早くて良いのだがな……」


「あれは体力が無い。ビ郡は隣だが其処までは持たんだろう? 黙って普通の馬に乗っておけ」


 タミヤが馬上の弟の膝の上に、ポンっと手を置くと、姉弟は目を合わせた。

 と、二人の後ろから声を掛ける者が一人。


「若旦那! 連れてきやしたぜ!」


「トウマ! 遅いぞ!」


 現れたのは青鬼。彼は今の今迄姿を見せなかった。


「何処に居たのだ!? お前はアガロの側近だろう!?」


「申し訳御座いやせん! タミヤ様! 若旦那に頼まれ事をされていて!」


「頼まれ事?」


「トウマご苦労だった」


 アガロは馬上から青鬼を労う。


「アガロ様! おいらに挨拶無しで行くなんて酷いじゃないか!」


 トウマの背後から、ひょっこりと姿を見せたのはガジュマル。彼は戦の後、ハギ村を復興する為忙しく、アガロに会っていなかった。


「ガジュマル。足の怪我は?」


「治るのにもう暫く時間が掛かる、ってお医者様に言われたけど、漁をする分には問題ないよ」


「そうか」


 アガロは母へ顔を向ける。


「母上」


「分かっています。少しの間くらいはいいでしょう」


「助かる」


 サヒリは既にこうなる事を予測していたのか、息子の願いを聞き届けた。


「ガジュマル、確り摑まっていろ!」


 キジムナの少年を後ろに乗せると、二人は城門を走り抜けた。



【――ハギ村――】



「この海景色とも暫くはおさらばだな……」


「でも、生涯見れない訳じゃないしさ、たまには帰ってこれるんでしょ?」


「さぁな……」


 何時もの浜辺で腰を落ち着ける二人。

 村は復興の為、多くのキジムナと人とが助け合い協力しあいながら、仕事をしている。


「ガジュマル―――! 早く来いって頭が言ってるぞ―――!」


「直ぐ行くよ!」


 後ろからする声に、返事をするガジュマル。アガロも振り向くと、少し離れた場所に見慣れないキジムナの少年が居た。


「あいつは、新入りか?」


「違うよ。前から村に居たんだけど、離れに住んでいたんだ。名前はクヌギ。前の戦で家族を亡くしてから、家で引き取ってんだよ……」


「そう、か……」


 暗い表情になるアガロ。


「アガロ様が気に病む事は無いよ! おいら達は普通売り飛ばされるか、殺されるかのどっちかだし、生き残って、こうやって村の復興に力を貸してくれるユクシャ家に、皆感謝してるよ!」


 無言になり、海を見つめるユクシャ当主。何か別れを惜しむ言葉を捜すが適当なのが思い浮かばず、両者の間に沈黙が訪れる。

 と、ガジュマルが急に立ち上がった。


「アガロ様はさ……、この海の向こう側が気になる事って無いかい?」


「どうしたいきなり?」


「おいらはさ、時々あるんだよ。海に船を浮べて漁をしている時ふと思うんだ。『この先の海には何があるんだろう。どんな魚が取れるんだろう』って」


「…………」


 アガロは無言で聞いている。

 顔付きを変えないが、彼もまた海の向こう側を想像していた。


「おいらはさ、将来立派な漁師になって、家業を継いで、そんでもって海に繰り出すんだ」


「……壮大な夢だな」


「アガロ様は?」


「何がだ?」


 友の意図が分からず聞き返す。


「アガロ様は気にならないかい?」


「確かに……、似たような事を考えた事はある……。『あの空は何処まで続いているんだろう』とか……」


 それを聞くとガジュマルはニヤッと笑った。


「じゃあさ! もし乱世が終って、平和な世の中が来たら、おいらと一緒に船旅しようよ!」


「船旅か……」


「そう! 未だ見ぬ世界を見て回るんだ!」



 両手を一杯に広げながら、海の向こう側を見る、と自身の夢を打ち明けたキジムナの友。彼の目はキラキラと輝いている。

 人間の友はその姿を羨望の眼差しで見つめていた。


 ユクシャの当主になった時点で、彼の生涯は決まったも同然である。当主として生き、そして死ぬ。それ以外の生き方は許されない。

 当主は彼にとって誇りではあるが、それと同時に束縛でもある。


 キジムナの友も恐らく自分とは違い、辛い事もあるだろうが、自由に夢を語る姿を見て、正直少し羨ましいと思った。

 だが、そんな素振りは微塵も見せない。彼の性格がそうさせた。



「……何時か平和な世が来たその時は、考えとく……」


 今は自身の立場を忘れたかったのか、彼はそう言って立ち上がり、友へ歩み寄った


「アガロ様。戦が無くなって、人と亜人が互いに協力し合える世が来るといいね?」


「そんな世が来るとは思えんがな」


「来るさ! 新しいハギ村は、人とおいら達が協力して出来た村なんだから、きっと来る!」


 二人は海の向こう側を見た。雲一つ無い晴天で、穏やかな波の動きと輝く太陽。


「ガジュマル。そろそろ行く」


「うん! アガロ様も元気で!」


 ユクシャ当主がきびすを返し、馬を繋いでいる処まで戻ろうとすると、後ろからガジュマルが声を掛けた。


「アガロ様! その貝の首飾り似合ってるよ!!」


「馬鹿! もっと早く言え!」


 その二人のやり取りを、微笑ましく見ているキジムナ達。

 やがてアガロが馬を飛ばし城へ向かうと、ガジュマルも一部始終を見ていたクヌギの元まで戻って行った。



【――タキ城・門前――】



「やっと戻ったか」


「姉上。すまない」


「構わん。それよりも他に遣り残した事は?」


「無い」


 一言そう言うと、彼は御供衆を率いる。


「姉上、城の事任せたぞ。爺! 姉上を支えてやれ!」


「御意!」


 シグルは馬上の主へ跪くと、深々と頭を下げた。


「御当主様……」


「マヤ……。お前は連れて行けない」


「ですが…私が居なければ、身の回りのお世話は誰がするのですか……?」


「お前は変わりに姉さんの世話をしろ。当主命令だ」


「……はい」


 諦めたように当主の命を承諾する鬼の侍女。自分に数年仕え、世話をしてくれた彼女にとって、当主はまだ幼い少年であり、その行く末を案じていた。


「アガロさん!」


「姉さん……」


「お土産、期待していますからね?」


「最後の最後にそれか……」


 別に楽しい旅に行く訳ではない。が、呆れながらもアガロは姉ルシアへ少し笑みを見せた。


「御館様」


「母上」


 最後に母サヒリが前へ出た。


「あなたは亡き前当主様と私の子……。何があっても諦めてはいけませんよ?」


「……母上、俺はユクシャ当主だ。案ずるな!」


 馬首を返し、城門を出る。


「若旦那! あっし等、何処までもお供しやすぜ!」



 天暦(ティンダグユン)一一九六年。この年、ギ郡の豪族達から多くの人質がビ郡へ渡った。

 三代目ユクシャ当主もビ郡へ向かう。この時、アガロ・ユクシャは十一であった。

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