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第三十五幕・「葬儀」

【――ケイリュウ寺――】



 ケイリュウ寺は、生前コサンが信仰していたアシハラ三大宗教の一つで、主神ヤビラを祀るバシュマ教の寺であり、ユクシャ家は先祖代々バシュマ信徒である。

 

「イッソー カンウェー ソーガク オーギョー……」


 木魚を鳴らし、死者を弔う為の経を読み上げる僧の声が、御堂に響き渡る。

 遺影を前にユクシャ家臣が一同に集まり、喪に服している。

 空はどんよりと重たく、今にも雨が降り出しそうであった。


 コサン・ユクシャ。ユクシャ二代目当主の葬儀は早急に、そして簡素に執り行われた。皆、静かにコサンの御霊を送る。


 葬儀には主だった者を初め、コサンの侍従達や小姓衆など、その数凡そ三十数人。

 其処に列席しているのは、代々仕える重臣だけではなく、皆コサンに取り立てられた若い新参者達ばかりだ。


 ユクシャ家は新興勢力故、実力主義を初代当主の代から方針としており、彼等は出生が様々な者ばかりである。

 勿論彼等も同じくバシュマ信徒。ギ郡ではバシュマ教は一般の宗教として根付いている。


 バシュマ教は他の宗派と違い多神教であり数百の神が存在する。そして葬儀の際、死者へバシュマの神々の中から一つ送り名を付ける慣わしがある。これは神の名を与える事により、その神があの世までの案内人を勤める。死者を無事送り届けた後、その年に誕生する生命へ祝福と加護を齎す、と考えられているからだ。


 コサンに送られた神の名は『神階三十八位・ハビス』平穏と寛大の神の名が送られた。


 余談だが、信心深く神を崇めていたのはコサンや妻娘達であり、アガロは然程興味を持たなかった。彼は周囲から教育の一環として、神への祈りを強要されていた、と言った方が正しく、彼自身信仰深い性格ではない。


「…………シグル。未だか?」


 先程から、何やらそわそわして落ち着きを見せないのは長女タミヤ。彼女はチラチラと後ろを気にしては、重臣シグルへ訊ねる。


「申し訳御座りませぬ……。今暫しのご辛抱を……」


 さっきから何度、同じやり取りが繰り返されただろう。

 老人は申し訳無さそうに、また頭を下げ謝罪する。


「それはもう聞き飽きた! あいつが居なくては始める事が出来んぞ!?」


 あいつとは誰であろうユクシャ三代目当主にして問題児アガロ・ユクシャ。彼は在ろう事か葬儀に遅れており、一向に姿を見せない。葬儀を始めて既に一刻程経つが、現れる気配がない。

 周りを見渡すと自分以外にも矢張り気になるのか、当主が座る筈の空の座を皆見ている。


「はぁ……。先ずはあいつから焼香を上げるのが慣わしだろう……」


「タミヤ姉様。大丈夫ですよ。アガロさんは必ず来ますから」


 暗い表情の長女とは対照的に、明るい笑顔で姉を励ますルシア。


「必ず来る、って……。来なかったら如何するのだ?」


「タミヤ姉様。アガロさんは来るったら来るんです!」


 頑なに弟が来ると信じて疑わない次女。

 その信頼は何処から来るのか分からないが、今は彼女の言葉を信じて待つ外無い。しかし、更に一刻と時間が過ぎるが、足音一つ聞こえて気やしない。すると、シグルがタミヤへ小声で話しかけた。


「タミヤ様。こうなれば致し方ありませぬ。一族を代表して、最初に焼香を……」


「はぁ~……」


 タミヤは仕方が無い、とばかりにゆっくりとした足取りで、遺影の前まで行くと着座する。

 その時―――。


「姉上! 焼香を最初に上げるのは俺だぞ!」


 突然の大声に僧はピタリと経を読み上げるのを止め、一同後ろを振り返る。

 其処に立っているのは、ようやく姿を見せたユクシャ当主だ。


「遅いぞ、馬鹿者」


 タミヤは胸を撫で下ろす。遅れたとはいえ、確りと喪服を着用している彼の姿を見て安堵した。が、弟は相変わらずの慇懃無礼な態度を崩す事は無い。


「俺が居なくては始まらんだろう?」


「……確かにそうだが、少しは反省しろ」


 タミヤは立ち上がると、座を空ける。

 アガロはズカズカと足音を立てながら、反省の色浮べる事無く遺影の前に立つ。彼は後ろに居る姉に振り向き、


「主役は遅れて来るもんだ」


 と、得意げに言い放ち、着座する。

 カチンと頭に来るものあったが、彼女は我慢した。

 アガロは静かに遺影を仰ぎ黙礼。左手で数珠を握ると、右手で香を摘み額に押しいだく。父の魂を弔う為合掌。


 僧は今迄唖然としていたが、はっと気が付くと、再び経を再開する。

 アガロはその侭バシュマ教のやり方に乗っ取り、三度遺影に黙礼をすると素早く座を立ち去る。


(あいつ……。普段はちゃめちゃな癖に、こういう時はちゃんとするんだな……)


 タミヤだけでなく、居並ぶ家臣達皆、感心した。手順を間違える事無くこなした彼を見て『流石は当主様』と思ったに違いない。

 彼が自分の席に座らず、庭へ出るまでは―――。


「二代目当主コサン・ユクシャに告ぐ!」


 突如響く彼の声に、僧はまた経を止める。


「アガロ!? 一体何を!?」


 姉だけでなく、母や家臣が驚いた表情で庭に立つ彼を見つめているが、当主は全く意に介さず続ける。


「父上! ユクシャ家は俺が必ず守ってみせる!」


 アガロを天を仰ぎ、庭で威勢良く大声張り上げる。すると、彼の後ろに一つの集団が集まってきた。数は凡そ三十程。

 タミヤはその集団を見ると、彼等は皆武装し、手に長い鉄の筒を持っている。


「あれは……。鉄砲隊……!?」


 気付いたのはシグル。


「御館様! なりませぬ!」


 守役は顔を青ざめ、当主を止めるべく、御堂から飛び出そうとするが遅かった。


「俺からの手向けだ!」


 彼はそう言い放つと、父の形見である太刀をスラっと抜刀し、天高くかざす。


「撃て―――!!」


 当主が合図を送ると、三十の鉄砲隊は天高く銃身を向け、一斉に引き金を引いた。瞬間、思わず耳を塞いでしまいたくなる程の大きな銃声が鳴り響びく。


 鉄砲三十丁分の轟音に僧は腰を抜かし、シグルは呆然と立ち尽くした。鳴り止むと一気に静寂が訪れ、互いに時が止まったかのように、微動だにしなかった。


――ぽつり、ぽつり。と空から雫が落ちる。すると、やがてそれは勢い増し本格的に降り始める。

 三代目当主は雨に打たれながら、空を見上げた侭、寂しそうに呟いた。


「……父上。聞こえているか……?」


 周囲はまるで狂人を見るような恐れを、そして侮蔑を孕んだ目で当主を見ていた。

 すると、その中から勢い良く立ち上がり、手に刀を持って庭へ走り下りる者が一人。


「アガロ! 貴様ぁ!!」


 怒声を上げたのは長女タミヤ・ユクシャ。彼女は自分の刀を抜刀すると、大上段に振り下ろし、弟へ斬り付けた。

 アガロはそれを手に持っていた太刀で受けるが、瞬間腹に蹴りを喰らい、次に容赦なく右頬に、彼女の左鉄拳を喰らって地べたに崩れた。


「っ……!」


「お前は父上の葬儀を何だと思っているんだ! 罰当たりが! 御堂へ向けて発砲するなど、何れ天罰を喰らうぞ!!」


「……御堂ではない、天へ目掛けて撃った。父上に聞こえるように、だ……」


「それで天へ召される父上を撃ち、地獄へ落としたら如何する気だ!? 痴れ者が!!」


「下らん! 見えんのに弾が当たるものか!」


 弟はゆらりと立ち上がると、鉄砲隊を率いて勝手に撤収した。

 後に残された者達は、ただただ呆然とするばかり。姉は何故か悲しそうな顔で、雨に打たれながら庭に立ち尽くしていた。

 その姿を御堂から怪訝な眼差しで、ルシアは見つめていた。


「アガロさんは……、まさか……」



【――ケイリュウ寺・門前――】



「若旦那……」


 アガロは門を出ると、待っていたのはトウマ。青鬼は浮かない表情をしている。


「トウマ、気にするな。これは俺がしたくてした事だ」


「ですけど……」


 アガロは右頬を押さえる。


「行くぞ。後は姉上が上手くやってくれる」


――決して振り返らず、城へ戻る。

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