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第三十四幕・「見舞い」

【――奥の間・ルシアの部屋――】



「姉さん。入るぞ」


 部屋に入ってきたのはユクシャ当主。ここ奥の間は当主以外は立ち入り禁止であり、トウマは入ってこれない。実質彼一人である。


「アガロさん……?」


 突如現れた当主に驚き、侍女達は慌てて居住まい正し平伏する。

 ルシアは布団から身を起そうとすると、アガロがそれを手で制止した。


「その侭でいい。その、体に障る……」


 彼女は目を丸くする。普段の彼からは想像出来ない言葉を聞き、暫く呆然とした。


「そ、そんな、アガロさんは当主なのですよ? 気にしなくても……」


「構わん」


「そうですか……。どうしたんです、いきなり?」


 理由を訊ねると、布団で横になっている自分へ近づき、彼は胡座を掻いた。


「……えっと、それは?」


「見舞いの品だ。手ぶらというのも無粋と思ってな」


 無愛想に『んっ』と言って差し出し、枕元へ無造作に置く。

 その様子を見てルシアは愕然とした。


「ま、まさか…アガロさんが気を使える人だったなんて……」


「何だか凄く失礼だぞ? それに俺は何時も気を使っている」


「アガロさん。具合は大丈夫ですか? 働きすぎて頭がおかしくなったとか?」


「…………」


 楽しそうに笑う姉と無言になる弟。

 暫くするとルシアは身を起した。弟は制止したが、構わないと告げる。彼女は見舞いの品である箱を手に取った。


「開けて見てもいいですか?」


「それは姉さんに持ってきたんだ。好きにしてくれ」


「では……」


 箱を開ける。


「これは…貝殻?」


「俺が集めていた奴だ。姉さんは余り城から出ないだろう? だからその、ハギ村の貝は珍しいと思って」


 箱に入っていたのは無数の貝殻。形も色も様々で見ていて飽きさせない。


「何で貝殻だったんですか……?」


 貝を見舞いの品として受け取ったのは初めてであり、彼女としても反応に困っている様子であった。

 普通こういう時はもっと他の者を持ってきたりもする。花とか滋養に良い薬草など。


「いや、何を持っていくか迷ったんだが、矢張り俺が貰って嬉しい物を送るのが一番と思ってな」


 姉はそれを聞くと『ふぅ』と一つ溜息を吐き、少し呆れた。気を使うが少しずれている。


「何時ものアガロさんで安心しました……」


「不服か?」


「いいえ。とても嬉しいですよ。ですが、これはアガロさんが大切にしている物でしょう?」


「それ位直ぐに集めなおす事出来る。黙って受け取れ」


 すると突然ルシアは、そっと袖で目元を拭った。


「姉さん!? どうした!? 何処か体の具合が……!?」


 珍しく狼狽する姿を見せたが、姉は優しく微笑みかけた。


「心配いりません。これは嬉しくてつい涙が零れてしまったんです」


「……そう、か」


「ふふふ、嘘泣きですよ?」


「なっ!?」


 すっかり騙され驚き隠せなかった。それを見てまた可笑しそうに笑う。が、反対に弟は面白く無さそうにそっぽを向いた。


「アガロさんてば直ぐに騙されるんですから、可愛いですね」


「姉さんが楽しそうで何より……。心配して損した」


「そんなに心配なさらずとも、大丈夫ですよ。余りそう御気になさらないで下さい」


 落ち着いた雰囲気で話す姉に釣られて、アガロも自然と心が静まる。


「それにしても…先程のアガロさんの反応ときたら……」


「…! 姉さん! 笑いを噛み締めて言うな!」


「ふふ、アガロさんは涙に弱いんですね? 覚えておきます」


「っ……」


 今度はやや拗ねたような顔をするが、一応見舞いに来たのを忘れていない彼は姉に向き合う。


「具合のほうは……?」


「見て分かりませんか?」


「分かる訳無いだろう?」


「アガロさんの瞼の下に二つ光っている物は何ですか?」


「……目だ」


「目は何の為にあるんです?」


「…見る為」


「見て分からない目なら、付けていても意味がありません。くり抜いて捨ててしまいなさい」


「……大丈夫みたいで安心しました」


 部屋へ来てそれ程時間は経っていないのにも関わらず、アガロは既にぐったりとしていた。主に精神的な面で。


「まぁ。そうしていると宛ら、蛇に睨まれた蛙のようですよ?」


「俺が蛙と?」


「少し自意識過剰が過ぎるのでは? 何時私がアガロさんを蛙呼ばわりしたと? 蛙に失礼ですよ?」


「俺は蛙以下か……!?」


 畳み掛けてくる姉に、防戦一方の弟。彼女との対話は何時もこんな感じである。


「姉さん。いい加減それくらいにしてくれないか?」


「あら、アガロさんは罵られるのがお好きでしょう?」


「違う!」


 言った瞬間、間髪居れずアガロは強く否定するが、ルシアはきょとんとした顔になる。


「あら、違いましたか? タミヤ姉様によく罵倒されているから、アガロさんはてっきり貶されたり、打たれたりすると興奮するのかと……」


「そんな奴が居るとは思えないが……」


「アガロさんが知らないだけでは? 世の中には色々な人が居ます。斯く言うアガロさんだって普通の当主とは違うと思いますよ?」


「俺はこういう性格なだけだ。姉さんの言う変人と一緒にしないで欲しい……」


「ふふふ、アガロさんも十分変人奇人の類ですよ?」


「一つ増えたぞ?」


「ごめんなさい。変態奇人でしたね?」


「言い方変えただけで、さっきより酷くなっている!」


 二人のやり取りが可笑しかったのか、ルシアの侍女が思わず噴出してしまう。

 当主の事を笑うは不敬に当たるが、別段アガロは気に留めなかった。


「因みに私は誰かを苛めたり罵ったりすると、身の内が震え上がるような、ゾクゾクとした感じがします」


 彼女は自分の体を抱きしめると身を捩じらせながら、うっとりと発言した。その仕草にドン引きする弟。


「姉さんの方がよっぽど……」


「アガロさんはノリが良くてつい苛めたくなるんです……」


 可愛らしい顔に似合わず、獲物を見る蛇のように目を鋭くすると、アガロは背筋が凍りつく。そして額から汗がたらりと流れる。


「本気でやめてくれ……」


「あら、良いのですか? それでは私は何時まで経っても元気になれませんよ?」


「もう十分元気だろ……」


 あっはは、と次は大きな声で笑い出したルシア。笑い過ぎの所為で涙が零れる


「久しぶりに沢山笑った気がします。やっぱり玩具があると違いますね……」


「今、さらりと凄い事言わなかったか?」


「幻聴では?」


「……そう思いたい」


 にこにこと楽しそうに笑う彼女を見て、アガロの表情に少し影が落ちる。


「どうしました?」


「大事な話しがある……」


「まあ! アガロさん! いけません! 私達は姉弟、それは許されぬ道―――!」


「姉さん。頼むから、少し黙っていてくれ」


 弟に止められ、やや暴走気味の姉は面白く無さそうに頬を膨らます。

 その幼く可愛らしい仕草に、見た者思わずはっとするだろうが、アガロはいたって無反応、無表情、無関心だった。


「父上の弔いをする」


「……アガロさん。それは私への仕返しですか?」


「え、えっと、何を…だ?」


 先程まで笑顔であったが、唐突に暗い雰囲気になった。

 空気を完全にぶち壊す発言をした弟をきつく睨み付けると、その気迫に飲まれアガロは身を少し震わせた。

 暫しの沈黙が続く。が、話を続ける。


「えっと、その後、俺はビ郡へ行く」


「何故です?」


「所領安堵をされた変わりに、俺はナンミの…人質に、なる」


 ルシアはその報せに表情を強張らせた。


「何故、アガロさんが……?」


 ナンミの意図を図りかねているのだろうか、ルシアは少し困惑しながら訊ねた。


「ナンミは豪族の当主を人質にとって、寝返らせないようにしているらしい。俺を選んだのはその為だろう」


「寂しくなりますね……。心配です」


「そうだな。姉上は城代など初めてだろうから、ちゃんとやっていけるか気懸りだ……」


 突然話しにタミヤが出て来てルシアは驚いた。


「私はアガロさんが心配と言ったのですよ? タミヤ姉様とは一言も……」


 そう言うとアガロはハッとなり、大変バツの悪そうな顔になる。


「アガロさん。タミヤ姉様の事でしたら、御心配は必要ないかと……」


「そうではない。此度は母上も蟄居を命じられている」


「……アガロさん。私の容態が回復しないその時は、御恨み申し上げますね?」


「…………」


 直ぐにばれると思い、先に教えた彼なりの配慮であった。だが、ルシアは彼の思惑とは逆に、大変不機嫌な顔になる。


「……俺、何か悪い事言ったか?」


 分かっていないのか理由を訊ねると、ルシアは首を左右に振る。


「いいえ。特に気にしません。アガロさんだってお辛い筈。これは私への叱咤激励だと思えば、悪い知らせでは無いです。何時までも寝込む事は出来ませんね」


「姉さんは矢張り強いですね」


「何時までも弟に心配掛けるなど、駄目な姉です。それに、それが原因でアガロさんの脱毛が酷くなっては取り返しがつきませんからね」


「脱毛はなんて無いし、未だそんな年でもない!」


「分かっていますよ。冗談です。そう心配しすぎては、将来シグルのように禿げますよ?」


 さらっと自分だけではなく、爺まで貶す所恐れ入る、とアガロは内心思うが口にするのは憚られた。何を言われるか分かったものじゃない。

 額に手を当て首をやれやれと首を振るが、反対に姉は楽しそうであった。


(この姉、何時か殺す……)


 これ以上何を言われるか想像すると怖くなった。彼は立ち上がる。


「どちらへ?」


「練兵上」


 振り返りもせず、さっさと部屋を出て行った。

 足音が次第に遠のいて行き、聞こえなくなると、ルシアは手元に残った貝殻を、大事に一つ一つ丹念に調べる。


「そうだ、道具を用意してくれますか?」


「一体何を何をなさるお積りですか?」


「ふふふ、秘密です」



【――練兵所――】



「若旦那。こんな所に何か用でも?」


「ああ。大事な用だ」


 彼は早足で兵舎へ向かうと、入り口でそこの備大将と出会う。


「こ、これは当主様! 態々この様な所へ何故!?」


「ゲキセイ。お前に話しがある」



 ゲキセイと呼ばれた男は、ユクシャ県出身の下級士族で戦いに何度も従軍した三十路近い備大将。彼は戦いで武功を上げ、ユクシャ家に召抱えられた新参者である。



「何なりと」


 ゲキセイは跪くき恭しく頭を垂れ、主君の命を待った。


「耳を貸せ」


 顔を近づけるとアガロが何かを耳打ちした。


「承りました。明日、兵を集めておけば宜しいので?」


「そうだ」


「承知!」


 二人は別れると、アガロはまた館内を歩き出し、次なる目的地へ向かった。

 ふとトウマが後ろから声を掛けてきた。


「若旦那。さっき何を話していたんで?」


「俺のやり方で父上を弔ってやろうと思ってな」

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