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第三十一幕・「少年と老人」

―――サイソウ城。


 この城はギ郡を代表する名城であり、その名は天下に広く知れ渡っている。

 ギ郡は平地や港が多く、郡都サイソウの城下町は古くから商いの町として栄えてきた。

 サイソウ城を築城したはピンジ・サイソウ。彼は早くから人々の行き交うこの地に目を付け、町を作り、富を蓄えた。


 乱世が始まって以来、サイソウの富は格好の標的とされ、多くと外敵が郡境(ぐんざかい)を越え、ギ郡へ雪崩れ込んで来た。それを幾重にも撃退したザンピ・サイソウは間違いなく名将であろう。


 しかし、ザンピの後継者クシュン・サイソウは敗北して城を落ち延び、降伏。守護家サイソウの当主は家族諸共(もろとも)幽閉され、上ギ郡の豪族達は次々に降伏した……。



【――サイソウ城・大広間――】



「お前が此度の降伏の使者か?」


「はは。ユクシャ家当主、アガロ・ユクシャです」


 大広間は新年の宴の際、毎年訪れた記憶がある。

 だが、今当主の座に腰を下ろして此方を一段高い所から見下ろすは、ビ郡の大名リフ・ナンミ。

 彼の目の前で平伏している少年は、下ギ郡ユクシャ県の当主アガロ・ユクシャ。


(これが……。コサンの息子か……)


 アガロは登城してギ郡の新たな支配者に謁見し、降伏する由を伝えた。

 暫しの沈黙の後、リフは少年に面を上げるように促す。


(こいつが……リフ・ナンミ―――)


 少年の目に映ったのは一人の老人。しかし、老人にしてはまだまだ衰えを感じさせない。ギョロリと光る両目は獲物を狙う獣のようであり、広い額と異常に突き出た後頭部が特徴的な男。そして―――、


(―――父上の…仇…!)


 体の内側を憎悪と復讐心に支配されそうになり、彼は心を落ち着ける。小さい体から溢れ出んばかりの敵意と殺意を気取られぬよう、少年は必死で感情を押さえつけた。


(黒いな……)


 対する老人の瞳に映ったのは黒が特徴的な少年。黒く長い髪を後ろで三つ編みにし、黒く大きな瞳に、時々城下へ訪れる南方の商人を思わせる褐色の肌。

 彼の母サヒリ・ユクシャは南方の血を引き、ギ郡では珍しい外見である。彼は母似なのだろう、外見や特徴が似ていた。


(じゃが……、瞳はイヅナに似ているな……)


 イヅナ。と言う人物を思い出させる少年を、老人は面白そうに眺めると、リフが右手の扇子で少年を指す。


「アガロ。何故(なにゆえ)遅参した?」


「遅参の段、御免なれ。俺の領土を奪おうとした不届きな(やから)が居りまして、そいつとの戦で右肩を負傷し、念の為、暫く治療に専念しておりました……」


 そう言うとアガロは、チラリとゲンヨウ家の当主を見た。

 目が合うとゲンヨウは面白く無さそうに、ふん! と言って横を向く。


「此度の遅参、許すわけにはいかぬ。よって、お前の領地、ユクシャ県全てを召し上げる。良いな?」


 リフは興味深くアガロを見据える。

 今迄自分を負かしてきたコサンの息子だ。どんな反応をするか気になる。すると少年は狼狽すると思いきや、淡々と口を開いた。


「それではナンミ様が後々困る事になります」


 以外にも強気な発言。


「何故じゃ?」


「俺にはナンミ様の心が読めるからです」


 その言葉にリフはニヤリと笑みを浮かべる。


(このわっぱ、何を考えておる……?)


 アガロは臆した様子も無く、何時もの仏頂面で老人を見返す。表情から彼の心境を読み取れない。


「面白い。申してみよ」


「は。では、恐れながら……。ナンミ様は今『ギ郡にこれ以上時間を浪費したくない』と思っているのでは?」


「何故そう思う?」


「ナンミ軍はゼゼ川での勝利の後、サイソウ攻城戦。上ギ郡征服。ギ軍残等掃討戦と連戦が続き、これ以上は戦したくない筈……」


 少年の話を聞いていた時、ビ豪族が一人憤慨(ふんがい)し叫ぶ。


「余り我等を甘く見るなよコサンの子倅! 今更負け惜しみとは片腹痛い。黙って領地を差し出せば良かろう!」


 アガロは興味の無いような目で、豪族に視線を向けた。


「今その条件を受ければ、ナンミは天下に大きく出遅れる事になります」


「何だと!? 貴様、妄言を吐くのも体外にしろ!! 我等ビ軍は天下に名を広く知られ、戦に関しては右に出るものは居らん!」


「されど、そのビ軍にも弱点があります」


 弱点。という単語を聞いた途端、叫んでいた豪族は更に語調を強くした。


「我等に弱点など無い! その無礼極まりない態度、捨て置けぬは!!」


 言い放つと腰刀に手を掛けるが、『止せ』とリフが静かに静止した。

 豪族はそれでも治まりつかない様子ではあるが、この老人に睨まれすっかり怯んでいる。

 リフは間を置くとアガロへ目線を落とす。


「わっぱ」


「アガロです」


「先程申したわし等の『弱点』とは何じゃ? わしとて聖人君主ではない。もしもそれがお前の虚偽妄言であれば、この場で斬り捨てる」


「構いません」


「聞かせてみろ」


 アガロの無表情からは上手く読み取れないが、先程までの表情と違い、僅かではあるが自信の色がある。


「ナンミの弱点とは水軍です」


 少年の発した言葉に、大広間に居並ぶ豪族達の目付きが更に鋭くなる。

 切り裂かんばかりの視線を一身に受けるが、アガロ自身それには興味が無く、リフの反応を用心深く観察した。


 リフ・ナンミは表情を変える処か、眉毛をピクリとも動かさず、静かに少年を見下ろしている。

 少年は続けた。


「ビ郡の兵は陸の戦に長けていると聞きますが、水の上は転で不慣れと言います。なぜなら、ビ郡は山や森で囲まれた内陸の地であるからです。領内に川あれど、水軍を組織出来る程大きくなく、勿論ナンミ軍を支持する海賊衆も、強力な軍船も無い」


 静まり返った大広間に、少年一人の声だけが響き渡る。


「今のナンミは上ギ郡を征せど、未だ下ギ郡を手中に収めていません。詰まりギ水軍を手に入れていないのです」


「待て」


 黙っていたリフ・ナンミが口を開く。


「上ギ郡にも水軍は居る。水軍は既にわしの軍に配属されておるわい」


「されどそれでクリャカ、チョウエンと戦するには些か足りないのでは?」


「…………」


 老人は無言になった。


(このわっぱ。只の生意気なガキでは無いな……)


 内心そう思うと、アガロは次は少し声を大きめで話した。


「ナンミの現状はこうです。トウ州管領家。カンベ守護大名家に対抗する為に水軍の常備が最優先事項。ですが、俺等下ギ郡が降伏しない。これでは主家を失った俺等が、その両家に内通するかもしれない。それでは折角ギ郡を取ったのに、奪われる事、目に見えています」


「ほう……」


 リフは感心したように相槌を打つ。


「俺からユクシャ県を召し上げれば、当然他の豪族は恐れを抱き、降伏しないでしょう。それならいっその事、両家に庇護を求め共に共闘しナンミと戦う。そうなればナンミは連戦に次ぐ連戦で、如何に勇猛果敢なビ兵でも消耗します。俺が両家の大名なら迷わず、戦を仕掛けます」


 アガロは淡々と冷静に語る。

 しかし、周りのビ豪族やナンミの家臣達は次第に顔色が曇っていく。


「詰まり。ナンミがこれ以上ギ郡に時間を費やすは、滅亡を早めるだけであり、得はありません。それよりも俺等の所領安堵をすれば、その寛大なお心を他国に示す事が出来、ナンミに味方する者増える。ナンミ様はギ郡統一と水軍を手に入れる事が出来ます」


「わっぱ」


 リフが話を遮る。


「わし等は何時でも下ギ郡へ侵攻する事が出来る。その事分かっておろうな?」


「俺等と一戦交えるつもりですか?」


「わしがやると言えばやる。負けたのはお前達じゃ。余り調子に乗るでない」


 リフが宛ら獲物を捕らえた狩人のような目付きで、目の前の少年を威嚇するように睨むと、アガロも負けじと睨み返す。


「訂正しておきたい事があります。負けたのは主家であるサイソウ家。勝手に降伏したは上ギ郡侍共。ですが、……下ギ郡武士は負けてはいない!」


 小さい体の割りに良く響く声。

 その挑発的な発言に、リフは冷静に問い掛ける。


「では戦をすると?」


「そうなりましたらば俺等の意地をお見せしましょう! 最後の一兵まで戦い抜いて見せます!」


 大広間は一触即発の空気が流れた。二人は視線を逸らさず、互いを牽制しあうように睨みあった。バチバチと火花が散っているかのように、周りには見えた。

 するとリフ・ナンミは不敵な笑みを浮かべる。


「わしはお前等が既に、戦出来る状態で無い事を知っておる」


「その情報の出所は……、ゲンヨウ殿ですか?」


「そうじゃ。わし等が攻めれば一溜りもなかろう。今のお前達など、赤子の手を捻るよりも簡単に蹴散らしてくれるは」


 得意げに言うと、今度はアガロがニヤリと笑う。


「これは異な事を。そのゲンヨウ家の所為で、ナンミが下ギ郡へ攻め込め無い事を教えてしまったにも関わらず……。余り、無理は言わない方が御身の為では?」


 リフは笑みを崩さない侭、その挑発に応じる。


「無理を申しておるはわっぱ。お前じゃ。ゲンヨウが居らずとも、戦出来るわい」


「なれば戦出来ない理由を、申せばよろしいですか?」


「余りふざけた事申せば、分かっておろうな?」


「では―――」


 と少年は恐れの色を見せず、また淡々と喋り出す。


「先ずナンミが何故ゲンヨウを寝返らせたか……。恐らく、裏でゲンヨウに、下ギ郡の統治を条件に内通させたのでしょう。此度ゼゼ川にナンミ軍が集結するのに、些か時間が掛かりました。これはギ郡全軍を上ギ郡に集結させるが目的。そして下ギ郡が手薄になるのが狙いです」


 アガロは其処まで言うと、少し呼吸をし、短く間を置く。


「ナンミはゲンヨウを使い、下ギ郡の征服を目論んだ。何故なら、ナンミは補給に不安があるゆえ、これ以上南下出来ない。されど、俺等ユクシャがゲンヨウを破り、その計画は頓挫した。此の侭引き返す事も出来ず、降伏の使者を再三に渡り此方へ使わしたはその為です」


 同じく聞いていたゲンヨウの当主は、それをと目を丸くする。図星とばかりに冷や汗を流した。


「ゆえに、今のナンミでは補給の問題と、ビ軍が不慣れな土地で戦う事になり、これ以上の軍事行動は好ましくない」


 アガロが結論をだすと、老人はふっと鼻で笑った。


「勘違いしておる」


「と、言うと?」


 アガロはゆっくりと聞き返した。


「わし等が上ギ郡の武士を使役し、攻め込む事も出来るという事じゃ」


 上ギ郡の兵士なら土地にも明るく、戦いなれている。成る程、補給も現地調達などを行えば問題は無い。

 しかし、その言葉にアガロは動揺しない。


「それでは内部の者達に不満が募ります」


「何じゃと……?」


 今度は味方から不興を買うと、少年は言い出した。


「もし、上ギ軍を使い俺等を討ち取れば、奪った土地はその者達に与えねばなりません。されど、ギ人がギ人の土地を貰う。これでは構造が何も変わりません。ビ郡の者達も同じく領地を得に来ているのに、これでは旨みが無い。仮に下ギ郡の領地をビ人に与えれば、今度は上ギ郡にて不満が募り、謀反を起こすでしょう」


 アガロの反論に内心リフは舌を巻く。


「そして……、ナンミ様は分かっていないのでは? 俺等ギ人は奪うよりも守る事に長けています」


「守る事に長ける……じゃと?」


「は。所によると、上ギ豪族は先の戦で領地を削られたとの事……。なれば新たな領地を得るよりも、自分達の領地回復をするのに関心がいきます。となると話しは早い。内通者を募れば瞬く間に集まる。今のナンミ軍の現状を照らし合わせれば、俺等と共闘した方が領地を取り戻せますし、何より恨みが晴らせます」


「……成る程。新しい領地より、自分達の旧領が大事か……」


「ギ人がケチなのはその所為です」


「あーはっはっはっは!!」


 リフは思わず高笑いする。

 一頻り笑うと今度は楽しそうに、まるで悪戯を考えている子供のような瞳でアガロを見た。


「そろそろ、腹を割って話さぬか? 目的は何じゃ? 所領安堵だけか?」


「ナンミ様。俺等の願いは最初に申し上げた事。それと―――」


 もう一つ。と、少年は居住まい正しながら言った。


「復興の支援」


 今迄微動だにしなかった老人の眉毛がピクッと動く。


(がめついわっぱじゃ……。初めからこれが狙いであったか……)


 今のギ郡は弱い。戦で疲弊している。特に下ギ郡は荒れていた。其処を援助し復興を助けて欲しいとの事である。


「わっぱ。わしが本当にお前等を援助をすると思うか?」


「本心はしたくなくても、せざるおえないでしょう」


 理由は水軍の維持だ。折角手に入れても、それが使えないのであれば意味がない。

 今現在、ユクシャ城下は復興政策が最優先とされている為、水軍へ回している予算を削らなければならないのだ。しかしそうなれば、瞬く間に海賊衆の往来を招き、港は荒れ、維持出来なくなる。


(このわっぱ、遅参したは恐らくわざと……。わしに考える猶予を与えぬ為か……。そして此方が苦しい状況で降伏する。水軍を手土産に援助を要求するとはな……)


 リフは思案する。ここでアガロを人質にしても、恐らく下ギ郡の盟主で無い以上、簡単に切り捨てられるだろう。ユクシャとて一豪族に過ぎない。目的はあくまでも下ギ郡を従える事。ユクシャを黙らせても、他の豪族が黙ってはいない。

 老人の中で天秤が傾いた。


「……良いじゃろう。所領安堵と復興の援助をして使わす。今後はナンミの下で働き、わしの天下取り大いに助けよ」


 大事の前の小事。とリフは考えた。

 ここで争ってはアガロが言った通り、戦は長引き、水軍が手に入らず、クリャカ・チョウエンに比べ軍備面で劣ることになり、天下に出遅れる。


「忝い……」


 恭しく頭を垂れるアガロ。


「じゃが―――」


 只で引き下がる老人ではない。

 リフは立ち上がると一歩、また一歩と歩を進め、やがてアガロの前まで来ると、身を屈める。


「幾つか条件がある。先ず人質を貰う」


「は……」


 少年の声が少し弱くなった。

 人質の事は母サヒリとも話し合っており、彼女か若しくは次女のルシアを差し出すよう言われている。ルシアは悲しむだろうが、御家の為と割り切って貰うしかない。


 だがそこでアガロの脳裏に過ぎったのは、姉の涙する姿であった。もうあんな顔は二度として欲しくないと思う程、彼女の泣き顔は彼の心に焼きついている。


「右肩を怪我しておるのか?」


「はは。些か油断しました」


 徐に発したリフの言葉に返答する。


「ビ郡は遠い。傷が悪くならぬようにな」


「は?」


 思わず聞き返すと、目の前の老人は此方の顔を覗き込む。


「人質として貰うは……」

今回は投稿が遅めになりましたm(_ _)m


気付いたらもう十万字以上も書いてるんだなぁ…と思いつつ。これからも頑張っていきます^^

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