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第三十幕・「人間の亜種」

【――アガロの部屋――】



「御館様? 入りますよ?」


 すっと襖を開き、中へ入ってきたのは母親サヒリ。


「…母上?」


 まだ眠りの中に居たのか、当主は大きく欠伸をしながら、起き上がる。


「何か……?」


「折り入ってお話があります」


 母サヒリは、アガロのだらしない姿を気にもせずに話を切り出す。


「ナンミへ降伏する話しです」


「それは、昨日広間で話した筈だが?」


「御館様には今暫く、城に留まって貰いたいのです」


 意味が分からずアガロは聞き返す。


「何故です? 遅参すれば何かあると疑われ、怪しまれる……。ここは早くナンミの陣中へ向かい―――」


「母に考えがあります」


 と、彼女はもう一人部屋へ呼び入れる。


「……ナンジェ。これはどういう事だ…?」


 アガロが彼を睨む。


「恐れながら当主様」


 ナンジェは真っ直ぐ彼の目を見ながら、切り出した。


「此度はユクシャ家が安全に、領土安堵をされる為のお話です」


「だから、その話は昨日―――」


「いいえ」


 アガロの言葉を遮り、彼は否定した。


「此の侭ではユクシャ家は、滅ぼされるでしょう」


 部下の口から出た意外な言葉に、彼は驚いた。


「恐らくリフ・ナンミは、ユクシャ県にある港町バンジの割譲を要求するでしょう」


 今のユクシャ家では力が無く、ナンミに抵抗出来ない。

 そんなユクシャ家の復興をナンミが願う筈も無く、逆に警戒するだろう。故に、今の内に港町の支配権を抑え、ユクシャの弱体化を計る。


「されど、現状は苦しく村一つ、畑一つも譲る事は出来ません」


 と、サヒリ。

 それを受ければ、忽ちの内に弱り、豪族として力を維持出来なくなる。


「なら、どうすれば良い? 今のユクシャ家では太刀打ち出来ないぞ?」


「ゆえに、当主様には暫く城へ留まって頂きます」


「だから何故だ!?」


「当主様。我等は遅参した方が、領土安堵をしてくれると考えます」


 ナンジェの言っている意味が分からず、眉間に皺を寄せる。


「……だが、此の侭ではナンミが下ギ郡へ雪崩れ込むかも知れないぞ?」


「その心配はありません。ナンミは来たくても来れないのですから」


「理由は?」


「補給です」



 彼は続ける。

 ナンミは上ギ郡へ兵を向けえる事出来るが、南下して自分達を討つ事は出来ないと。何故なら、不慣れな土地での戦は慎重を期さねばならず、また補給の問題もある。


 ビ郡からサイソウ城のある上ギ郡までなら補給路を確保出来たとしても、下ギ郡までは分からない。

 更に、ビ郡から離れた南へ向かえば当然、付いてきた豪族達から不満の声も上がる。彼等にだって家族や土地がある。


 一万もの軍勢を維持するのには兵糧も軍資金も馬鹿にはならない。

 ゼゼ川の勝利。次いでギ軍残等と戦っているナンミにとって、これ以上の長期戦は本意ではないだろう。



「そこで当主様にはわざと遅参して貰い、ナンミを焦らせた後、所領安堵の交渉に臨んで貰います。今回の場合、遅れた方が得策です」


「成程、考えたな。……それでも駄目な時は……?」


 アガロは最悪の場合を考慮する。

 もしリフ・ナンミが豪族から不興を買おうと、ユクシャを滅ぼす場合はどうする? と。


「それも考えられますが、ナンミは恐らくしないでしょう。そんな事すれば、他の豪族恐れ抱き、ナンミへ寝返らなくなります」


 ナンミはあくまでも一大名に過ぎない。

 彼が自分の基盤を固めるまでは、ユクシャ家を直ぐ滅ぼす可能性は低い。

 万が一、ナンミが自分達を滅ぼすのであれば、それは考えなしの行動だろう。


 ナンミは新興勢力で、周りにはまだ敵が多く居る。

 そんな事をしてギ郡豪族の信任を失えば、後々の統治に関わる、と二人は推測する。

 ナンジェはサヒリへ視線を飛ばし、頷きあった。


「私に考えがあります……」



【――タキ城・二の丸――】



「お、ドウキじゃねえか」


「コウハとギンロか?」


「…………」


「こんな所で何やってんだよ?」


「見て分からねえか? 捕虜の処遇を決めてんだよ」


 二人はドウキの前に並べられている、捕虜――シグル・ヤイコク隊に捕まった、或いは降伏した者達――を見た。


 彼等は人や亜人と種族は関係なく縛られている。戦いで傷付き、衰弱しきっている者も少なからず居る。

 その中でコウハは一人の少女が、赤鬼の前に引き出されているのに気付く。


「ドウキ。そのガキは?」


「こいつか? コロポックルだぜ」


「こいつが……」



 しげしげと彼は少女へ視線を落とす。

 彼女は完全に警戒し、目には敵意がハッキリと表れていた。だが、そう凄まれても迫力に欠ける。というのは、彼女は少女と言うよりも、幼女といった感じの容姿だからである。


 コロポックルは北方系亜人の森に住む狩猟民族。弓を扱うのに長け、また泳ぎも得意。しかし、彼等は小人族で成人であっても背丈は小さく、童顔な為よく子供に間違えられる。



「因みに、このお娘ちゃんが大将とリッカを射た奴だぜ」


「へぇ~」


「な、何です!?」


 コウハが興味深くじっと見つめると、少女は身を強張らせる。

 童顔でさらさらとした髪は、紫色のおかっぱ頭。目も同じく紫。声は成る程、子供と間違えるのは無理もないと思える程に幼く可愛らしい。


「で、こいつ等をどうすんだ?」


「そうだな……。手っ取り早い方法としては、奴隷としてさっさと売っちまう事だろうな。力がありそうな奴は、城下町復興の為の労力に回してえらしいし、このコロポックルの娘ちゃんは……」


 ドウキが哀れんだ目で少女を見る。


「残念だが、斬首かもな」


「ひ!?」


 聞くと彼女の顔色から血の気が引く。


「ま、だろうな。仮にも当主の肩を射抜いたんだ。首を切られて当然か」


「こいつだけじゃねえ。他にもコロポックルの連中が居てな。そいつ等は大将の母上さんの足を怪我させたそうだぜ?」


「ほ~」


 コウハは如何にも意地悪そうな顔で少女を見下ろす。


「おい、ガキ。楽に死ねると思うなよ?」


「ひぃぃ!?」


 少女はがたがたと震え出し青ざめ、涙目になる。


「……兄者。……いじめ……かっこ悪い……」


「おう、ギンロ。今日は偉く機嫌が良いじゃねえか?」


 珍しくギンロが喋った事にドウキは驚いた。

 コウハが言うには、彼女は何時も無口だが、機嫌がいい時はたまに喋るのだという。


「いいや、ギンロ。こいつはいじめじゃねえ。教育って奴だ!」


「……そんなの、……兄者じゃない……」


「ちょ、おい!? ギンロ!? 分かった! 兄ちゃんが悪かった! もうしねえから!」


 意外な一面を見てドウキは目を丸くする。

 この兄貴、妹に甘い。ギンロが拗ねるとコウハは突然慌てふためき、彼女のご機嫌取りを始める。


「何を騒いでいる?」


「おう、大将。肩の具合は大丈夫か?」


「ああ」


「ドウキ。お勤めご苦労でやんす」


 アガロとトウマは短く挨拶すると、ドウキの前に居る捕虜を見渡す。


「こいつ等の処遇は決めたか?」


「まだだが、資金稼ぎの為に売ろうと思ってる。どうだ?」


「使える奴は残せ」


「あいよ」


 奴隷売買は儲かる商売だ。資金を稼ぐに手っ取り早く、捕虜を有効活用する方法である。


「それと―――」


 アガロは徐にコロポックルの少女へ目を向ける。


「―――そこの小さい奴」


「はいですぅ!?」


 彼女は呼ばれて、初めてアガロが居る事に気付く。


「――! あなたは昨日の!」


「お前はあの時の弓兵か?」


「何故ここに居るです!?」


「ここは俺の城で、俺が当主だからだ」


 少女はそれを聞くと目の色が恐怖に変わった。自分の死を想像しているのかも知れない。


「どうする、大将?」


 ドウキはアガロの返事を待つ。

 少女は緊張した顔付きでアガロを見上げた。


「わたしをどうするです!? 奴隷として売るですか!? それとも殺す―――」


「俺に仕えろ」


「―――ですか!? って、えぇです!?」


 発想の斜め上をいった答えに彼女は困惑し、信じられないといったような顔に変わる。

 少女の聞き間違い出なければ、たった今目の前の当主に勧誘された。


「い、今、何て言ったです!?」


 有り得ない! と少女は思う。

 少女にとって侍は自分達を酷くこき使い、捨てる。常に威張り散らす存在だというのに、その侍共の親分的身分の少年は何の躊躇も無く、


「仕えろ」


「良いのかよ!?」


 ドウキが隣で聞き返した。


「母上達とも話し合い、決めた。復興を最優先で行う。が、今のユクシャ家は人手不足だ。使える奴は人だろうと、亜人だろうと片っ端から登用する。他にもお前のような連中が居ると聞いたが?」


「そいつ等なら、そこに居るぜ」


 ドウキの指差す方向を見ると、同じような姿の少年少女達が縛られながら、此方を見ている。


「構わん。あいつ等も全員登用しろ。弓の腕は確かと、母上のお墨付きだ」


「なら、別に問題はねえぜ」


 そう言うとドウキはコロポックル達の縄を解き、解放した。


「で、俺に仕えるか、否か。答えろ」


「……一つ聞かせて下さいです」


「何だ?」


 アガロが聞くと、少女は立ち上がりながら、彼へ訊ねた。


「どうしてあの時…身を呈して亜人を庇ったですか?」


「リッカの事か? あいつが亜人とよく分かったな?」


「あの女の子は人とは違う雰囲気でしたです」


「成る程な…」


 妙に納得する。

 リッカは人に容姿は似ているが、不思議と人と思わせない独特の雰囲気がある。それは、髪や目の色とかではない。別の何かだ。また、彼女の身体能力も判断材料になる。


「救って悪いか?」


「……答えになってないです」


「別に、……そうしたかったから、そうした。それだけだ」


「でもあれは幾らなんでも軽率です。もしかしたら死んでいたかも―――」


「若旦那はそういうお人なんでさぁ。斯く言うあっしも昔、若旦那達に命救われておりやすし。こうして今は、側で身の回りの世話をする下僕でさぁ」


 トウマがアガロの隣で代わりに答える。


「冗談じゃないです?」


「冗談じゃありやせん」


「ですけど!? 人が亜人を庇うなんて、常識で考えて有り得ないです!」


「悪いけどな娘ちゃん。おれ等の大将に常識は通用しねえぜ?」


 ドウキの言葉に、少女はまだ納得のいかない表情だった。


「それに大将は自分のしたいようにする。言うなりゃ我侭って奴だ」


「誰が我侭だ?」


 ギロリと睨むが、当の赤鬼は何処吹く風と気にしない。


「ガキ」


 すると、見ていたコウハが少女へ言う。


「助けて貰ったんだ。礼の一つもするもんだぜ?」


「お前に礼儀を教わるとは……。惨めだな……」


「あんだと!?」


 アガロがぼそっと呟いたのを、コウハは聞き逃さなかった。


「……仕えるの……?」


「あなたは……?」


「……ギンロ」


 ギンロは少女の袖を掴み、じっと見つめている。

 すると、少女は後ろに控える仲間の元へ駆け寄り、何かを話し合うと戻って来た。


「命を救って頂き、先ずは感謝するです」


 少女達はアガロの前で跪き、頭を垂れる。


「暫くはその御恩に報いる為、此方に身を寄せさせて貰うです」


「ああ。まだ名を聞いていない」


「わたしはコロポックルのレラです。後ろに控えるのが同じくコロポックルで、わたしの仲間達です。彼等も同じく、御当主様に御恩返しをするです」


「おっしゃ! そうこなくっちゃな!」


 ドウキが腕を組み、満足そうに頷く。


「ドウキ」


「何だ、大将?」


「亜人大将に任ずる。こいつ等と亜人隊を率いて市中の見回りと、領内巡察へ行け」


「人使いがあれえな」


「文句あるか? 俺はお前の主君だぞ?」


「こういう場合は『御意』とでも言っておけば良いのか?」


「そうだ」


 二人のやり取りに、コロポックル達はあっけからんとしている。

 主君に、仮にも武士に馴れ馴れしい口を聞く赤鬼と、それを気にもせずに話を続ける当主。


「俺は暫く城に残り、城下町の復興に力を尽くす。使えそうな亜人を選べ。後は好きにしろ」


「ナンミに会って降伏するんじゃねえのか?」


 と、ドウキが聞いた。


「予定を変えた。暫くは城に残る」


「どうしてだ?」


 ドウキやコウハだけではない。ギンロも同じく頭の上に疑問符を浮かべている。

 が、小さい当主は淡々と続ける。


「これはユクシャが生き残る為だ。ゆえに俺は遅れていく。それと、やるべき事がある」


 そう言うと、彼はその侭トウマと共に家臣に呼ばれているからと、広間へ向かった。


「あの~……です」


「おう、どうした?」


 ドウキ達の後ろから、コロポックルのレラが声を掛けた。


「あの小さい当主さんは、どういう人間なんです?」


「どうって……」


 少女の素朴な疑問だった。

 自分が今迄出会ってきた人間は、自分達をゴミを見るような目で見下してくるが、あの少年だけは違う。

 側に亜人を――しかも鬼を――侍らせ、また同じく赤鬼を部隊長に任じ、使役する。


―――初めて見る種類の人間だ。


 亜人に鬼や獣人、キジムナにコロポックルと多種多様な種族が居るとすれば、彼は人間という種族、取り分け武士という種類から、かけ離れている。どんな人物か気になるのは自然な事と言えた。

 が、赤鬼は言葉に詰まる。


「すまねえ……上手く説明出来ねえな」


「そうですか……」


「さっきも言ったがあいつは凡そ、常識に余り囚われない奴なんだ。なんつうか、こう―――」


「………亜種………」


「そう、それだ!」


『人間の亜種』

 ギンロの言った事にドウキは指をパチンと鳴らし、同意する。


(はぁ……。ほんとに、ここに残って良かったですか?)



 コロポックル達の胸中など露知らず。アガロは何時もの雰囲気で広間へ向かって行った。

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