「タキ城へ」 其の三
【――タキ城・周辺の森――】
「で、具体的にはどうするんだ?」
ドウキは改めて大将へ向けて言うと、返答を待った。
今の彼等は城から離れた森に身を潜めており、軍議を行っている。
アガロは直ちに残っている兵士の数を数えさせた。
村へ怪我人を残してきたので、今の彼等の兵力は八十そこそこ。城の兵と合わせても、三百弱。対する敵はその数凡そ千。三倍以上の兵力差だ。
(この戦いは、トウジ平原のように有利ではない…ゼゼ川に比べると圧倒的に兵力差で劣っている……)
彼は父を喪ってからここまで、周りを動揺させないように平静を装っていた。が、内心は不安で一杯だった。
父の遺言通り家族を、領民を守る為、彼は、今出来る最善の手段は何か? と必死で考え続けた。
(考えろ……! こんな時父上ならどうする!? 敵に勝つには……城を開放するには何をすればいい……!?)
打開策を考えなければならない。恐らく、城内の兵士達は疲労している頃だ。ならば攻勢に出れる好機は一度しかない。もし、失敗すれば、家族を、領地を失う。
以前と違い彼の小さい両肩には、余りにも大きな物が沢山懸かっているのだ。
父コサンとしても、アガロには徐々に当主として成長していって欲しかっただろう。
しかし、彼の敗死により、アガロには一気に当主の重み、その責務が圧し掛かってきたのだ。
父・コサンが戦いの指揮を取ってきたが、今は自分の判断で全てが決まる。トウジ平原のように好き勝手は出来ない。
(今…この状況を打破するには……)
彼は顎に手を当て、じっと考え続ける。
「先ずはそうだな……」
アガロは目の前に簡単に描いたタキ城周辺の地図を見た。
タキ城は簡単に図にすると、凹型になっており、くぼんだ所が正面城門。後の三方向は川を自然の堀とし固めている。
ここ数日に渡り、敵の攻撃を喰い止める事が出来たのは、城門へ近づこうとすれば、どうしても縦に長くなり、そこを左右の廓から矢や鉄砲を喰らい、討ち破られていたからだ。
「先ずは城へ忍び込み、母上達と連絡を取る」
「だがどうすんだよ? 城は敵に囲まれて近づけないんだぜ?」
「確かに城門は一つ。しかも正面は敵が陣取り、近づけない。ゆえに門を通るのは却下だ」
「それで?」
「門では無く、城壁から進入する」
「はぁ?」
「実は城壁には俺しか知らない、小さな通路がある。何時も城を抜け出す時の通路だ。川から泳げば、城に辿り着く。泳ぎの得意な奴を一人選んで、城内へ進入すれば、母上達と連絡を取る事が出来る」
「ならその役目、おいらに任しておくれよ」
名乗り出たのはガジュマル。キジムナの彼なら泳ぎも得意で、身のこなしも軽い。適任と言えた。
「任せていいか、ガジュマル? これは俺でも出来る。失敗すれば死ぬかもしれないんだぞ?」
「そんなの分かってるよ」
「それでも行くのか?」
「行く。おいらだって皆の為に何かしたい。それに、この戦いはアガロ様だけじゃなくって、ハギ村の皆の命も懸かってるからね。もし、負けたら村の皆は捕まって、奴隷にされちゃうよ」
そう言われるとアガロはふとハギ村を思い出した。
ガジュマルが言うには、村人だけが知る避難場所があり、恐らく皆そこに非難しているとの事だ。
「…分かった。夜になったら俺とお前、そしてトウマの三人で川まで行く。そこからは任せたぞ?」
「うん!」
「おれ達はどうすりゃ良いんだ?」
「先ず俺とトウマは村に行って、武器を提供して貰えるように交渉する。ドウキ、コウハ、ギンロは兵の再編をするから、それの小頭に。それとワルジヌ…」
「おれっすか?」
行商目的で同行していたワルジヌは、自分で自分を指差した。
「そうだ。お前には敵本陣へ行ってもらう」
「ええ!!!? 無理っすよ!?」
「無理ではない。行商人を装い、敵の陣中へ入って商売をすれば、ばれる事はない」
「成る程ね…」
「確かにそれなら、ばれねえだろうな」
ドウキとリッカが頷く。
「でも、どうしてだい?」
「ガジュマル。戦の最中、軍の兵糧が切れた時、米ではなく銭が支給される。兵士達はその銭で陣中に来た商人から食糧や武器を買うんだ」
「そうだったんだ。道理でトウジ平原の時とか、妙に商人が多いと思ったよ」
「戦が始まれば人が集まるからな。それは商人にとって儲けの好機だ。ゆえに間者として利用も出来る。ワルジヌには旅商人として、偶々立ち寄った、と芝居を打ってもらう」
「そういう事でしたら喜んで! な! ワルジヌ?」
「ええ!!? 頭、おれの意思は無視っすか!?」
「つべこべ言ってねえでやれ!!」
「…分かったっす。はぁ~……」
「因みに上手く出来たら、褒美をやる」
「…! ほんとっすか!? 俄然やる気が出て来たっす!!」
ワルジヌは喜び、両手で握り拳を作った。
「特に敵本陣の場所を見つけてきて欲しい」
「分かったっす! お任せ下さいっす!!」
「次は……」
アガロはリッカ達へと振り向く。
「リッカとデンジの二人にはそれぞれ分かれて、城の周り、敵陣の周りと部隊の数など、詳しく調べてきて欲しい」
「分かったわ」
「お任せ下さい! アガロ様!」
「最後にヤッティカ…」
「へへ!」
「お前に急ぎして貰いたい事がある……」
「承知しましたぜ!」
アガロはヤッティカに何か言い含めると、直ぐ様出発させた。
「俺達も用意するぞ」
城を解放する為に準備を始める。
【――夜・タキ城・東の川――】
(頼んだぞ……。それと、父上の事は話すな)
アガロは今はまだ父の死を、城内へ知らせるべきではないと判断した。万が一、味方の士気に関わっては大問題だったからだ。
コサンは未だナンミと交戦中であり、異変を聞いて自分達を救援に寄越した、と伝えるように言いつけた。
(任せてよ! しっかりとアガロ様の言葉を伝えてくるからさ!)
ガジュマルは川の中へ静かに身を沈め、すいすいと器用に泳いで行った。
城壁に取り付き、彼はアガロに言われた所まで上ると、そこには小さな穴がある。小さい子供が通れるような大きさで、彼はそこを通ると城内への進入に成功した。
アガロとトウマは、ガジュマルが闇夜に消え、姿が見えなくなると、彼の帰りを待った。
【――タキ城内――】
「サヒリ様、少しお休みになった方が……」
「大丈夫ですよ、マヤ。それよりも、兵士達の具合は?」
「母上、そろそろ兵士達も疲れてきている頃です。あと何日持つか……」
「大丈夫です、心配してはいけません! きっと今に御隠居様が助けに来ます。それまでの辛抱ですから!」
サヒリが暗くなった空気を変えようと、気丈に振舞う。
彼女程、肝の据わった女性はそう居ないだろう。多くの戦場を経験した為か、こういう空気に慣れている。
それは居並ぶ家臣達、皆分かっている事ではあるが、前線からの情報は途絶え、勝っているのか負けているのか、それさえも分からない状況である。
「御方様! 怪しい奴を捕らえました!」
「怪しい奴…?」
「如何致します?」
「これへ連れて来なさい」
庭へ引き出され、皆の前へ連れて来られた者を見て、タミヤははっとした。
「お前は……。アガロと何時も一緒にいるキジムナ!」
「ガジュマルだよ…」
「まあまあ、どうしてここに?」
「アガロ様から伝言を預かってきたんだ」
「アガロが居るのか!? 何処だ!?」
「痛い、痛い! 放してよ!」
タミヤは興奮してつい、ガジュマルへ近づくと、彼の両肩を力一杯に掴んだ。
「タミヤ、お止めなさい! …ガジュマル君? アガロからの伝言って一体……?」
ガジュマルは内容を話し始める。
初めはアガロの無事を知り、喜んだサヒリの表情が次第に真剣になっていった。話し終えると、彼女は直ぐに家臣一同と協議を始める。
「如何思います?」
「これは当主様のお考えに乗るしかありませんな…」
「某もそう思いまする。どの道此の侭では、城が落ちるは時間の問題……」
「私も賛成です。それに……今はあいつを信じるしかありません」
一同の意見を聞くと、サヒリはガジュマルへ向き直り、
「これからアガロの元へ戻り、急ぎ伝えて下さい……」
「任せてよ!」
【――タキ城・東の川周辺――】
(さてと…後は戻るだけだね)
ガジュマルは川から上がるとアガロ達と合流するべく、暗闇の中歩いた。
その途中、
「誰ですか!?」
(不味い! 待ち合わせ場所を間違えた!)
咄嗟に茂みの中に身を隠す。
彼はアガロ達の居る合流地点から、かなり手前の場所で川から上がっていたのだ。明かりが何も無いこの状況では、アガロくらい城の周囲に詳しくなければ、迷うのも当然といえた。
「……誰も居ないですか?」
(どうしよう……!?)
声のする方からゆっくりと、此方へ近づく足音が聞こえる。
ガジュマルは心の中で必死に『あっちへ行けー!』と叫ぶが、段々と音が大きくなる。
(逃げよう!)
彼が動いた瞬間―――。
(…! しまった! 小枝が!?)
「そこですね!」
(あぐっ!?)
一本の矢が彼の左太腿に刺さる。ガジュマルは足に走った鋭い痛みに、思わず声を上げそうになるが堪える。
(くぅ…落ち着け……落ち着け…!)
次第に近づいてくる足音に、ガジュマルの心臓は緊張からばくばくと音を大きくしていく。
「そこに居るのは分かっているです! 大人しく出て来るです!」
(ええい! こうなったらもう一か八か!)
彼は直ぐそこまで来ている敵に向かって、最後の手段に打って出た。
「……みゃ~お」
「へ?」
ガジュマルは咄嗟に猫の声真似をした。
以外に自分でも本物と間違ってしまうくらい、迫真の演技だった、と後に彼は語る。
「ネコさんですか?」
「お~い、隊長~! 何処ですか~!?」
「あっ、わたしならここですぅ~!」
仲間が来たのか数が増える。
(ふ、増えたーー!!)
さっきよりも状況が悪化した。
「一体どうしたんですか?」
「ちょっと、そこの茂みに何か居たような気がしたです。気になったから矢を射たら、ネコさんだったです」
「相変わらず隊長は……急ぎましょう。じゃないとまたサンザ様に叱られますよ?」
「ふわぁ~! それは大変です~! 直ぐに戻るのです~!」
足音が遠のく。
すると、ガジュマルはどっと体中から汗が噴出し、脱力した。
(た、助かった……)
【――アガロ隊――】
「それで…ガジュマル。母上は何と……?」
ガジュマルは足を引きずりながらも、何とかアガロ達と合流し、手を借りながら戻って来た。
足の手当てをしながら、ガジュマルはアガロに、サヒリから言われた事を伝え始める。
「うん、サヒリ様が言うには、アガロ様の案に賛成だって」
「そうか!」
「城内の兵士は限界だから、明日の朝しか好機はないって。そこで城側から狼煙を打ち上げるから、それを合図にして欲しいんだってさ」
「分かった。ご苦労だったな」
「これくらいどうって事無いよ! ……でも皆と戦えないのが残念かな」
「傷を治す事に専念しろ。後は任せておけ。それとワルジヌ」
「はいっす! おれもしっかりと自分の仕事をこなしてきたっす!」
「敵の本陣が何処か分かったか?」
「はいっす! 兵士達に金を握らせたら教えてくれたっす!」
「でかした」
ワルジヌは簡単に描かれた周辺の地図を見ると、敵本陣の場所を指し示した。
アガロはそれを見て満足そうに頷くと、城の方角を向いた。
(明日……。全ての命運が決まる……)
言わばこの戦いは彼が当主になってから、初めて軍を指揮し作戦を立案して戦う。
アガロにとって、一軍の大将としての初陣と言っていい。
(父上…俺に力を……!)