「タキ城へ」 其の二
【――タキ城目指して数日目の夜――】
「だいぶへばってきたな……」
「他に脱落者は居ないか?」
彼等は今、森の中で野宿をしている。焚き火を囲んで暖を取りながら、互いに肩を寄せ合い、眠りこけていた。
「大将も今は休んだ方が良いぜ?」
「平気だ」
「だがよ、あんたがそう頑張りすぎると、他の奴等が楽出来ねえんだよ」
「それよりも、ドウキ。食糧はどうなっている? まだ持ちそうか?」
「言い難いんだが、もう殆ど残ってねえな……」
「そうか……」
状況はハッキリ言って絶望的だ。食糧が無い。連れて来ていた馬も食べたが、それでも足りない。
その上、怪我人が居て思うように道のりは進まず、また夏のこの時期。負傷兵は弱り次々に倒れていく―――、
「なあ、大将。こいつ等を見捨てて、おれ等だけで、城へ行った方が良いんじゃねえか?」
「それは駄目だ」
「どうしてだよ?」
「こいつ等は俺を頼ってきたんだ。見捨てる事は出来ん。恐らく…父上も同じように言う筈だ……」
以外に仲間思いの所があり感心するが、今はそうも言ってられない状況だった。
しかし、それはアガロ自身も分かっている事であり、それでも敢えて見捨てないと言うのだから、従うしかない。
何と言っても彼は自分達の大将だ。
「そうかい。だが、今後の事は考えておいた方が良いぜ? 万一の時は近くの村から食糧調達に行かなくちゃならねえ。おれ等亜人が群れて、しかも弱っている所を見つかったら、”狩り”をしている連中に捕まるし、最悪、死んじまう」
「ああ、分かっている……」
食糧調達とは所謂、略奪。
アガロ自身もそれを辞さない覚悟だが、自分達の居場所がばれては不味い。腹も減り、傷を負い、弱っている。
そしてドウキの言った”狩り”とは落ち武者・亜人狩りである。
敗走兵は近くの村人に見つかると、殺されたり捕らえられたりする。
そいつ等の首と引き換えに恩賞を貰えるし、仮に貰えなかったとしても、身包みを剥げば幾らか銭が手に入る。また亜人は奴隷として売れる。
亜人狩りは、この乱世に生きる村民の貴重な収入源と言えた。
アガロ達はなるべく見つからないように、山道を進ん出来た。足場は悪いがそっちの方が幾分安全だからだ。
街道を通って近くの村人に見つかり、落ち武者狩りや亜人狩りに会う方が危険と判断しての事だ。もし見つかれば万事休す。今の彼等では太刀打ち出来ない。
焚き火は消え、辺りはすっかりと闇に覆わた。不気味なまでに静かである。
今のこの静けさは逆に、アガロ達の心に不安な感情を増殖させていく。
周りの者達がうとうと、と眠りこけた時だ、突然周囲からこえていた虫の声が止む。
「動くなっす!!」
「誰だ!?」
「抵抗するなっす! お前達は囲まれているっす!」
「っ! 油断したか!?」
アガロ達の周りを囲むように、多くの猟師の格好をした連中が、手に弓矢を、鉄砲を、槍を構え、此方を睨んでいる。
(くそ! こんな所で見つかるとは!)
アガロは内心舌打ちをしながら、回りの者達を確認した。ざっと二、三十人。逃げ切れない数ではない。
が、此処にはトウマやガジュマル、そして自分を頼って付いて来た者が沢山居る。
かくなる上は戦うしかないか?
アガロがそう考えていると、猟師の格好をした連中の中から一人、此方へ近付いてくる。
「お前達の大将は何処のどいつだ?」
「……俺だ」
「若旦那!?」
今は無用な戦いは避けたい。
この大男の隙を突けば、味方が逃げ出せる好機があるかも知れないと、アガロは頭と思われる男の目の前へ立つ。
下から見上げたが、月が雲で隠れて光が無く互いの顔は見えない。
「けっ! こんなガキが大将とは俺も舐められたもんだぜ!」
「お前も図体がデカイだけだな?」
「あんだとこのガキ!」
「ぐっ!?」
何時もの癖で言い返したアガロの胸ぐらを、男は掴むと高く持ち上げた。
「口に気を付けるこったな!」
その時だ。雲の間から月の光が差し込み、互いの顔を照らし出す。
アガロは男の顔を見ると驚きの表情をした。
「お前は……!」
【――オトト村――】
「いやぁ、驚いたぜ! まさかユクシャの当主様に出くわすとはな!」
「俺も驚いたぞ。お前が亜人を狩っていた連中の頭だったとはな」
「ちょっとアガロ、誰よこいつ?」
リッカは今の状況が理解出来ずに混乱していた。
彼女の目の前で起きた事を簡単に説明すると、先ずアガロがいきなり猟師の頭目の男と顔を合わせると、男は平伏し、恭しく村まで案内してきた。
その後は自分達を家へ案内し、酒や食事を出して持て成してきたのだ。
「紹介が遅れたな。こいつはヤッティカ。城勤めしている配下のナンジェの義弟だ」
「久しぶりだね!」
「おっ! お前はあの時のキジムナじゃねえか!」
「お前はあれから、村を再興しようとしていたんじゃないのか?」
「もちろん、そっちの方もしっかりとやっておりやす。亜人狩りは何だ、……ほんの副業って奴ですぜ!」
ヤッティカの言うには、此処オトト村は昔、野盗をしていた時の連中で再興させた村であり、丁度通りかかった亜人の集まりを見つけて、アガロ達を襲ったのだという。
ヤッティカは時たまに城勤めをしているナンジェに会いに来ては、酒や米なんかを差し出したりしていて、アガロとも面識があり、またユクシャ家の家臣達とも顔見知りだった。
「ヤッティカ、お前が此処に居るという事は、此処は……」
「へへ! 此処はもうユクシャ県ですぜ! と、言っても城からは少し距離がありますがね」
アガロ達は一安心した。知らない間に到着していたようである。
今は傷付いた仲間を介抱され、民家で夜を過ごしている所だった。
「所で当主様よ。コサン様は元気ですかい?」
「……その事だが」
アガロは重い口を開き事情を説明し始める。
それが終るとヤッティカは暗い表情になり、溜息を一つ吐いた。
「そうだったのか…すみやせん、そうとは知らずに失礼な事いちまって…」
「いや、構わない。気にするな」
「当主様はこれからお城へ向かうお積りで?」
「そうだ」
「だったら俺等もお供しますぜ! コサン様には世話になったんだ、恩返しくらいさせて下さい!」
「そうして貰えると助かる」
「恩人コサン様の嫡男で、現ユクシャ当主様に言われちゃ断れねえですぜ! それに、亜人の傷付いた味方が一緒じゃあ、村の近くを通っただけで、警戒されちまいますからね。俺は近くの村まで顔が通ってるんで、安全に道案内出来ますぜ! それに抜け道を通れば早く着けやす!」
「頭、おれもお供していっすか?」
「そいつは……?」
「こいつは子分のワルジヌですぜ。タキ城の城下町へ時たま出かけるんすよ。そこへ行って村の物を売るんでさあ」
「おれもそろそろ、城下町へ行ってまた商売しようと思うっす」
「いいですかい?」
ヤッティカが申し訳無さそうに此方を見てきた。
「ああ、構わない。道中宜しく頼むぞ」
【――翌日――】
「見えた…! 当主様! 見えましたぜ、あの村で休憩しましょう!」
「ああ……」
アガロ達一行はオトト村に怪我人の看病を任せると、動ける者達だけを集めて、再びタキ城を目指した。
道中見つけた村へはヤッティカが行って事情を話し、警戒を解いて貰う。
今も彼は村の方へすっ飛んで行き、一刻程すると帰ってくるが、どうも様子がおかしい。
「大変です当主様!」
「一体どうした?」
「お城が軍勢に囲まれてるんでさあ!」
「どういう事だ!? 説明しろ!」
アガロ達は突然の報せに仰天した。
ヤッティカの言うには、数日前の事、突如城下町を焼き払う軍勢が姿を現すと、すかさずタキ城を包囲したというのだ。
近隣の村々は略奪に遭い、彼が向かった村も、いざという時の為に戦闘体制に入っていた。
「一体何処の奴等なんですかい!?」
トウマが質問すると、ヤッティカが答えるよりも早く、アガロが言い当てる。
「ゲンヨウ軍か……」
「流石は当主様。ご名答でさ」
「父上を討ち、どさくさに紛れて城を奪おうという魂胆だろう」
「火事場泥棒もいい所ね……」
リッカが溜息を吐く。
ガジュマルは直ぐにアガロへ視線を向け、訊ねた。
「アガロ様、どうするんだい!?」
「決まっている、城を開放するぞ! 母上と姉上達を助ける!」
「ですけどね当主様。聞いた話じゃ、城の兵士は三百そこそこ。しかも、三分の一が下男や女共で、実際に戦えるのは、二百ばかり。城を囲む兵の数は凡そ千人ですぜ? 勝てる訳がねえですぜ」
「戦は兵の数ではない。戦術と戦略だ」
「はいはい、またそれね……」
リッカは呆れたように首を横へ振った。
「それに俺は父上の、……首を持って帰らねばならない」
「でも、どうするのさ!?」
「状況が状況だ。無理強いはしない。残りたいものは残れ」
「おいおい、大将。此処まで来てそれはねえだろ?」
「そうよ! あたしは逃げたりなんかしないし、まだ褒美を貰ってないわ!」
「おれだって、アガロ様に付いて行きます!」
「若旦那…城の皆を助けに行きやしょう!」
「コウハにギンロはどうするんだい?」
ガジュマルが訊ねると、皆の視線が狼の兄妹へと向けられた。
コウハはぽりぽりと頬を掻くと、握り拳を作る。
「乗りかかった船だ、やってやるぜ! 行くぞ、ギンロ!」
「…………」(こくり)
「皆、付いて来やすぜ!」
「その…何だ……、礼を…言うぞ……」
アガロは照れ臭そうに、珍しく感謝の言葉を述べた。
「うっわぁ…あんたが感謝って、気味悪いわね……」
「黙れ」
再び何時もの表情に戻った彼は、タキ城の方角へと向き直る。
「行くぞ! 目指すはタキ城! 城の皆を救い出し、裏切り者ゲンヨウ軍を蹴散らすぞ!!」
「「おおう!!!」」