表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/97

第二十七幕・「宿敵同士」

【――アガロ隊――】



「何だったんだ一体?」


「恐らくヤクモちゃんが言っていた、間者で間違いないんじゃないかな?」


「全く酷い目にあいましたわ」


 煙が退いて、視界が開けると暫くして、騒ぎを聞き多くの亜人が駆けつけた。

 中でもデンジは姿を見せるなり、顔面蒼白にしながら自分の部隊長の心配をする。


「アギト様! お怪我はありませんか!?」


「安心しろデンジ。何とも無い」


「ですが一度見て貰った方がっ!?」


 あわあわと取り乱す俊足の鬼デンジ。彼の心配様を見て、テンコは思わず微笑んだ。


「随分と慕われてる見たいだね?」


「ふん! こいつの何処が良いのか、俺にはさっぱり分からん。ただの臆病者だろう」


「っ! お待ち下さい! アギト様の悪口は、例えお仲間であっても聞き捨て出来ません!」


 まさか鬼に反論されるとは思ってもいなかったモウルは、少し動揺したが、直ぐにそれは感心に変わった。


「自分の大将を、ひどく気に入っているようだな?」


「恐れながら、おれの大将は小さいですが勇気があり、おれ等亜人をよく面倒見てくれます。他の足軽頭とは違います」


「小さいは余計だ」


「すっ、すいませんっ!」


 アガロのつっこみに思わず頭を垂れるデンジ。しかし、そんな彼の姿勢には、アガロへの尊敬の念が見て取れた。


「それよりも、ヤクモ」


「なっ、何!?」


「何故あそこまでショウハ家に付いて詳しかったのか、訊いていいか?」


 彼が訊ねると、周りも興味深そうに視線を向けた。


「え、えっと……。その……」


「ヤクモちゃんはとても博識なんだよ」


 言い澱む彼女を助けたのは狐目の友だった。


「それに言ったよね? ヤクモちゃんは役に立つって。彼女は凄い勉強家なんだよ。きっとその時に何処かで、ショウハ家の事や、トラカ家に付いて学んだと思うんだ」


「う、うん。そうなの……」


「あら、そうでしたの?」


「まあ普段、ヤクモちゃんは誰かと話さないし」


「……そうか」


 アガロも納得しかけた時だ、一人の鬼が彼の側へ寄ると、小声で耳打ちした。


「副大将が呼んでいる。トウマ! 供をしろ!」


「へい!」


「じゃあ僕達も戻るよ。アガロ、武運を!」


「ああ、互いにな」



【――本陣――】



「おぉ、アガロ。トウマも一緒か」


「へい。大旦那、お元気そうで何よりでありやす」


「父上。話とは?」


「アガロ。実はな、タキ城から使いが来たのじゃ」


「城から?」


 聞いた瞬間、アガロは表情を一変させる。


「母上がお前に書状を使わしたのじゃ」


「―――……っ!? 父上! 俺が此処に居ると伝えたなっ!?」


「当たり前じゃ、馬鹿者っ! 謹慎の身でありながら城を抜け出し、家族に心配を掛け、その上勝手な振る舞いが目立つ! 少しは反省いたせ!!」


「勝手な振る舞い? あれは許してくれてたんじゃ?」


「何時許した!!」


 怒鳴りつけると書状を彼に渡した。

 アガロは直ぐにそれを読むと、顔から血の気が引き青ざめる。


「何と書いてあった?」


「―――……城へ帰ったら罰が待っているそうだ……」


「……若旦那。苦労しやすね」


「何を言ってるトウマ。お前もだぞ?」


「へっ!?」


「俺と抜け出した罰として、マヤが待っているそうだ」


「マヤ姉さんは勘弁して下せぇ……」



 コサンは妻サヒリの怖さを理解している。普段温厚で滅多に怒る事の無い妻だが、一度切れると恐ろしい。

 それに加え、武勇優れる姉のタミヤと、弟を虐めるのが好きなルシア、そして教育熱心な侍女のマヤだ。


 二人は力無く俯いてしまった。

 少し不憫に思ったコサンは何か言葉をかけようとすると、アガロはごにょごにょと呟き始めた。



「―――どうする!? 姉上なら兎も角、母上までも…城へ帰ったら間違いなく殺される……。逃げるか? いや、逃げると言っても当てが…ガジュマルはどうだ? ドウキやコウハに(かくま)って貰うのでは?」


 この期に及んで逃げる算段。自業自得じゃな。と、コサンは思った。


「そんな事よりもじゃ。アガロ、お前には今回、本陣の後方守備を担当して貰う。シグルと共に味方の荷駄隊や兵糧警護が役目じゃ」


「あぁ、しかしそれでは姉上に見つかってしまうし、場合によってはルシア姉さんが……」


「話を聞かぬか!!」


「あ、ああ…それで、前線には誰が?」


 やっと気付いたのか、現ユクシャ当主は振り向いた。


「まったく、お前は……。よいか? 戦場は此処より数町先に流れておるゼゼ川じゃ。ナンミ軍は川の向こう側に陣を布いておる。先鋒はイコクタ殿にギジョ、右翼にイマリカ、クト殿、左翼にオウセン殿、ミリュア殿。後詰めにゲンヨウ殿。城の守りは約二千。頃合を見計らって、早馬を出し、守護様にもご出馬してもらう積りじゃ」


「籠城しないのか?」


「してもいいが、それでは戦が長引く。今の時期は未の月。夏の暑い時期に、籠城しては兵がばてる。わしとしては兵を二手に分け、川を挟んで敵と睨み合う」


「数は敵が多い。兵を分けて良いのか?」


「敵がわし等を攻めれば城から打って出て攻めかかり、逆に城を攻めれば、わし等が敵の脇腹を突く。サイソウ城は堅牢堅固じゃが、この三の丸の西は堀も無く、唯一の弱点と言ってもよい。ゆえに、わし等はここから先にある、ゼゼ川に陣取り、敵を近づけぬようにするのじゃ」


「策は?」


 一番気になる事を訊ねると、コサンはニヤッと口角を上げた。


「そう易々と明かすと思ったか? 甘いわい」


「興味がある」


「そう慌てずとも、此度はシグルが側に居るゆえ、確りと戦のあり方を学べるじゃろう。前線に出て戦うも良いが、お前は当主じゃ。一軍を率い、将来は皆を引っ張って行かねばならん」


「分かっている」


「では、隊へ戻れ。陣を移す準備をせよ」


「あぁ。父上、武運を」


「大旦那、失礼しやす」


「トウマ、待つのじゃ」


 去り際、コサンは唐突にトウマだけを呼び止めると、自分の側まで手招きした。


「へい。何でやんすか?」


 目の前で平伏し総大将の命を待つ彼へ、コサンは彼の耳元で(ささや)いた。


(アガロの事、頼んだぞ?)


「へい! 若旦那の事は何があってもお守り致しやす!」


「うむ」


 その返事を聞くと、コサンは満足そうに頷き、二人を帰した。



【――隊への帰路――】



「トウマ、父上から何を聞いた?」


「いやぁ、大旦那もああ見えて、中々心配性でさぁ」


「?」


 はぐらかすトウマ。

 二人は隊へ戻る途中ふと、本陣近くに陣取る、後詰めのゲンヨウ隊を見た。


「若旦那の親戚でありやしょう? 挨拶はしなくてもいいんで?」


「別に構わん。今は戦に集中しろ」


 気にも留めずにアガロは隊へ向かおうとすると、トウマが付いて来てない事に気付く。

 振り返ると、トウマはじっとゲンヨウ隊の本陣を眺めていた。


「トウマ! 急ぐぞ!」


「へ、へい!」


「どうした! 何か気になる物でも見えたか!?」


「いや、ゲンヨウ様の陣中に妙な格好の奴が……」


「聞こえないぞ!」


 距離が開き上手く聞き取れない。


「いや、何でもありやせん!」


「なら急ぐぞ!」


「へい!」



【――ナンミ本陣――】



「申し上げます! コサン率いるギ軍凡そ六千、三の丸付近から陣を移し、ゼゼ川に布陣!」


「矢張り来たか……」


「御館様。矢張りとは?」


 家臣の一人が眉間に皺を寄せ訊ねた。

 リフは自慢の髭をしごきながら、低い声で答える。


「コサンなれば必ず城より打って出ると予想していた」


何故(なにゆえ)?」


「コサンは籠城も上手いが、(まこと)に強いは用兵よ。あの者は野戦において力を発揮する」


「恐れながら……。敵が打って出て来たという事は、城の守りが薄くなっておりまするゆえ、ここは兵を二手に分け、一方はコサンに当たらせ動きを封じ、もう一方は城を攻めるは如何なものでしょう?」


 家臣の策を老人は『いや…』と言ってかぶりを振り、却下する。


「阿呆が。わしは幾度となく奴に敗れている。兵を二手に分ければあいつの思う壺。直に殲滅され、挟み撃ちにされる。わしはそうやって負けてきた」


「されば、殿は如何御考えで?」


「此度はじっと敵の動きを待った。敵はわし等と川を挟んで対陣する。ならば一万の内、兵二千は城から出て来た敵に備える為の後詰めに回し、残り八千でコサンを討つ」


「されど、コサンは戦上手故、一筋縄ではいきませぬぞ」


「馬鹿者が。その為に殿はイコクタ殿を調略し、味方に引き込んだ」


 確かに、今回の戦で敵将イコクタは、合戦の最中に寝返る手筈になっている。

 しかしリフ・ナンミは、それだけでは未だ不十分と苦笑いして見せた。


「イコクタは先鋒に使われるだろう。わしがコサンならそうする」


「では如何なさいます!? イコクタ殿が先鋒では我等も戦い辛いですぞ。万が一にも寝返りの件を反故(ほご)にされれば……」


「安心しろ。イコクタとは全力で戦え。例えこれから裏切る相手だろうと容赦するな。殺せ」


「殿の狙いはギ郡では? その為にもイコクタ殿を始め、多くの豪族を味方に引き入れなければなりませぬ。ここでイコクタ殿を殺せば、敵の結束益々強くなり、それこそギ郡統一所では無くなるかと……」


「ふっ。いいか? ギ郡の豪族達は結束しているようで、結束していない」


「他にも寝返る者が居ると?」


「この戦で分かる」



 翌日。素早く陣を移したコサン軍と、雪辱に燃えるナンミ軍。両軍はゼゼ川を挟んで睨み合う。

 長年の宿敵同士が再び相見えようとしていた―――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ