第二十六幕・「渡り巫女」
【――アガロ隊――】
「若旦那! こいつ等でさぁ!」
両手をいっぱいに振り上げながら、一番最初に出迎えたのは青鬼のトウマ。
見ると彼の後ろには、ドウキやコウハ、ギンロ等の姿がある。
合流すると、その怪しい者達の元へ案内される。
「こいつ等か」
「へい! 川へ水汲みに行っていた、あっしの部下が見つけやして、コウハの旦那達に捕らえたんでさぁ」
捕らえたという怪しい連中は三人。柱に縛られている一人は、どうやら巫女の格好をしており、編み笠を深く被って顔は見えない。後の二人は、軽い旅装束の男二人だ。
注意深く観察していたアガロは、彼等の体を見て気付いた。
「―――怪我をしている。早く手当てをしてやれ!」
「だがよ大将。こいつ等何をするか分からねえぜ? 何せ見つけた時にゃ、真っ先に斬りかかってきやがったからな」
「構わん。だが縄を解く前に懐を確認しろ」
「へいへい……」
赤鬼のドウキが腕組をして渋っては見たものの、大将の彼は全く気に留めなかった。
ドウキ達は慎重に懐を探り、暗器を隠してない事が分かると縄を解き、傷の手当を始める。二人の旅人は腕を斬られており、巫女は肩に傷を負っていた。
「すまないね、助かるよ……」
「顔を見てもいいか?」
「貴様! 姫様に何たる無礼な!」
「御止し! 傷の手当をして貰ったんだ。あたしは構わないよ」
旅装束をしたお供を制止し、巫女は編み笠をゆっくりと取って素顔を晒す。
「こいつはまた綺麗だな」
思わずドウキがそう呟いたのも無理ない。誰が見ても美女と言うだろう。それ程までに、巫女の顔は美しかった。そして、特に目を引くのが、彼女の白く長い煌びやかな髪と赤い瞳だ。
おまけに身体つきも良いときている。妖艶な雰囲気を醸し出し、見る者を思わず虜にする程だ。
(冷たい目をしている……)
この場に居た中で、アガロだけがそう思った。
リッカと同じ赤い瞳だが、彼女の目はもっと情熱に燃えている。それとは対照的な酷く冷たい目をしている。とても残酷で、心を凍らすような印象を受けた。
「お前、名は?」
「あっははは! いきなり会った相手にお前呼ばわりかい? 随分と偉ぶったガキだね?」
「俺はアギト。この部隊の頭だ」
「あたしはサラ。へぇ、あんた見たいなお子様が、足軽頭をしなくちゃならない程、ギ郡は人手不足なのかい?」
「…………」
「そう怖い顔するんじゃないよ。折角の可愛い顔が台無しさ」
サラ、と名乗った巫女は興味深そうに、アギトと名乗る少年の顔を覗きこみ、そして周りの者達へ視線を移した。まるで珍しいものでも見るかのような目付きで、周囲を見渡す。
すると、痺れを切らしたモウルが訊ねた。
「お前は間者か?」
「モウル、お前は馬鹿か? 間者に間者と聞いて、はいと答える訳がないだろ」
「っ……」
アガロに指摘され、彼は悔しそうな顔をする。腕を組み『ふん!』と鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。
「いいや、違うよ。この格好見て分からないかね? 見ての通りの渡り巫女だよ」
「渡り巫女?」
「ぜ、全国を津々浦々歩き回って、布教活動をする巫女の事だよ……。あ、アガ、アギト君……」
「何だい? そんな所にも、もう一人居たのかい?」
他の者達の後ろに立っていたヤクモだけ目に入らなかったのか、サラは少し驚く仕草をした。
「その渡り巫女が、何でいきなり俺の配下に斬りつけてきた?」
「あたし達は兵士達に乱暴されて、逃げてきたんだよ。それであんたの部下達を、襲ってきた奴等の仲間だと勘違いしてね。この二人はあたしを庇ったお蔭で、怪我をしちまった」
「そうか。うちの犬が迷惑かけたな」
「全くだよ」
「ちょっと待て! オレは犬じゃねえッ!」
コウハが後ろで吠えるが二人は無視した。
はぁ、と溜息を吐き首を左右に振る巫女。
全く緊張感に欠けている態度だが、アガロ達は油断なく睨んでいた。
「そう緊張するんじゃないよ。あたしはイソラ宗の巫女で僧兵でもある」
「イソラ宗? 聞いた事がありませんわね……」
クト家のエトカが、小首を傾げた。
同じように、他の者達も初めて聞いたイソラ宗という宗派に首を捻る。
「イソラ宗……」
「ヤクモちゃん、何か知っているの?」
「えっと……、確かトウ州センカ郡にある小さい宗派で、アズナ神を主神としていた筈だけど……」
「へぇ、お娘ちゃん詳しいね?」
ヤクモが以外にも、イソラ宗について知っていた事に、巫女は感心した。
「その通り。アシハラ三大宗派の一つ、アシナ教から枝分かれした宗派さ」
「そのイソラ宗が一体何故、此処に居りますの? 旅の途中でギ郡が戦だという事を、噂で聞いておりませんでしたの?」
「そのお娘ちゃんが言った通り、あたし達の教えを広めようと思ってね。戦ある所に人は集まる。商人は商売して、浪人は雇って貰って、女郎なんかは身売りをする……。そんな訳であたし達の教えを、一度に多くの人達に広める好機なのさ」
「兎に角、怪しい物がないか、荷物を調べさせて貰うぞ」
アガロがそう言うと、巫女と名乗るサラの後ろで二人の従者が文句を言おうとするが、彼女は片手でそれを制止した。代わりに余裕綽々の笑みを向ける。
荷物に手を掛けようとしたその時だ、黒髪の少年の友が不意に声を掛けた。
「アギト。ヤクモちゃんは物知りだし、荷物を調べさせてみたらどうかな?」
「ええ!!? いっ、いいよ! あたしは全然物知りじゃないし!? 読書ばかりしてるしっ!?」
あわあわと慌てふためき、全力で断ろうとする彼女を、突如テンコが手を引いた。
二人は後ろを向くと、ぼそぼそと密談を始める。
(ヤクモちゃん。良い所をアガロに見せる好機だよ?)
(で、でも……)
(大丈夫だよ。”あの事”は何があっても僕が秘密にしておくし。それにこの人達、敵の間者かも知れないしさ)
(う、うん…分かった……)
くるりと二人して振り向く。ヤクモは先程とは打って変わって、やる気に満ち溢れていた。
彼女は褐色の少年へ向き直ると、
「あ、あたし頑張るからねっ!!」
「おっ、おう……」
早速荷物を調べ始める。
アガロ達が見ても三人の手荷物は然程多くなく、目だった物は見当たらない。
ヤクモは巫女の持ち物を入念に調べた。すると何か確信を得たのか、神妙に振り返る。
「――――多分、その人達はショウハ家の間者だと思う……」
「ちょいとお待ちよ。どうしてあたし達が、ショウハ家の手の者だって思うのさ?」
白髪の美女が、間髪入れずに口を開いた。
その姿はお淑やかな巫女の姿とは打って変わって、中々迫力がある。
「あ、あの…その、えっと……」
「ふふ、安心おしよ。別に怒った訳じゃないさね。それよりもお聞かせ願おうかい?」
たじろぐ彼女へ落ち着くよう声をかける。
と、ヤクモは一つ深呼吸をして、自分の推測を述べた。
「ま、先ずその人達は、イソラ宗じゃない」
「何故そう言い切れる?」
今度はアガロが迫ると、彼女は途端に狼狽し、顔を赤らめ言葉に詰まった。
此の侭では先に進まないと思い、テンコがすかさず割って入る。
「アギト、そんな怖い顔したらヤクモちゃんが可哀想だよ?」
「そうですわ。女にはもっと優しくするものですわよ?」
「お前はもう少し笑顔を作れ、逃げ若子」
「お前に言われたくない」
何故か一斉に自分へ避難が向けられ、面白くないのか明後日の方向を向くアガロ。
「ヤクモちゃん、続けて」
「う、うん。その、イソラ宗の格好をしているけど、紋が違うの」
「紋が違う?」
彼女の言っている意味が分からず、周りは顔をしかめる。
「その人達の荷物の中に御札があったの、丸に三つ火の紋がある」
「ほんとだ、でも何が書いてあるかはさっぱりだね」
「仕方ありませんわね。信徒が使う文字は、私達の字と異なっておりますもの」
ソウ国が天下を統一するまでは、アシハラ大陸には多数の言語と複数の文字が存在した。
しかしそれ等もやがて淘汰され、現在使われているのはソウ国の字と言葉だ。
だが、その支配から逃れ、独自の文字を持つのが宗教勢力であり、彼等は独特にして異なった字を使う。
「それで、この札の紋がどうした?」
「イソラ信徒の紋は丸に三つの水玉模様。これはイソラ宗の主神・アズナ神が水の神という事から由来しているの……。でも、この丸に三つ火の模様が描かれているのは、ショウハ家の紋」
「似たような紋は他にもあるんじゃないか?」
モウルの疑問にヤクモは首を振る。
「確かに似たような家紋は多くあるけど、丸に三つの火の模様はアシハラには数える程しかない。それに刀」
「刀ですって?」
「うん。この刀はトウ州の刀」
ヤクモが手に持ち見せたのは一振りの太刀だった。
一見、何の変哲も無い普通の太刀だが、そういわれると皆、注意深くその太刀を見つめる。
そのアガロ達の姿を見ながら、サラは少し苦笑しながら答えた。
「そいつはただの刀さ。この乱世、何かと物騒だからね」
「でも、イソラ宗は儀式や神事でしか、刀を持つ事を禁じられてます」
「そうだとしても、何でそれがトウ州の刀だって分かるのさ?」
「トウ州の刀はアシハラの刀の中で最も重く、長く、そして幅がある実戦向きの刀。イソラ宗の刀はもっと形状が独特で美しい装飾が施されている。それに、この刀よく見ると家紋があるの」
「何だって!?」
「本当か!?」
周りの者が一斉にヤクモの指差す所を見ると、刀の柄に僅かに家紋らしきものが彫ってあった。
だがテンコは納得がいないような顔で、彼女に訊ねた。
「だけどヤクモちゃん。この家紋はイソラの水でも、ショウハの火の家紋のどれにも見えないけど?」
「うん。そう、これはショウハの家紋じゃないよ」
「じゃあ、あたし達がショウハ家の者だって、証明出来ないじゃないのさ」
「で、でもこれは、分家のトラカ家の家紋です!」
「っ!?」
今迄、余裕の笑みを崩さなかった彼女の顔に変化が生じた。
エトカが次の疑問を述べる。
「トラカ家…聞いた事がありませんわね」
「トラカ家はショウハ家の分家なんだけど、代々有能な間者を育んできた闇の一族。だから、歴史の表舞台には出てなくて、知らないのは当然かも……」
「お娘ちゃん……。何処でトラカ家の事を……」
サラは初めて鋭い目付きに変わった。
「え、えと……」
「大丈夫だよ。別に取って喰う訳じゃないさね。それよりもお娘ちゃん…何者だい?」
「そういうあなた達こそ……」
「だからさっきも言ったじゃないさ。あたしはただの渡り巫女だよ」
「そいつはどうかな」
モウルは歩み寄り、巫女の片手を掴んだ。
「ちょっと! 痛いじゃないのさ!?」
「この手に付いたタコは何だ? 一介の巫女にしては随分と剣の稽古しているみたいだが?」
「だからさ、あたしは僧兵でもあるんだよ。忘れたのかい?」
「でも…イソラ宗は諍いを禁じられてた筈ですし、僧兵はイソラが始まって以来誕生した事は無いです……」
「それは、その……」
「えっと、サラさん? あなたは一体……?」
ヤクモの問いかけに、彼女は今度は不適な笑みを浮かべた。
「そんなに知りたいかい?」
「答えろ」
今度はアガロをはじめ、その場の皆が油断無く武器に手を伸ばし、物凄い剣幕で睨みつけた。
「それはね……」
彼女が白状しようとした時だった。
突如、何かが破裂する音が鳴り響いたかと思うと、辺りは煙で包まれた。
「何だ!?」
「煙!?」
「煙幕ですわ!」
視界が悪い中、先程の巫女の声が、何処からとも無く聞こえる。
「残念だったね!」
「逃げるのか!?」
「悪いけど、あたしはこんな所で時間を喰っている程暇じゃない! また何処かで会おうじゃないさ!」
最後にそう言い残し、煙が晴れた時には姿を消していた。
「コウハ! ギンロ! お前達の鼻で追えないか!?」
「駄目だ。さっきの煙で鼻が利かねえ!」
「…………」ふるふる
「くっ……」
【――郡都周辺――】
「姫様。危ない所でしたな……」
「すまないね。助かったよ。まさかバレる、とは思っていなかったからね……」
周囲には、黒装束を着た集団が居り、自分の供回り二人も無事救出されていた。
頭の後ろを掻きながら、姫と呼ばれた彼女は不満を漏らした。
「イソラの奴等も閉鎖的なんだよ。同郷だってのに法具は貸す事出来ないなんてさ。お陰で全部こっちで作る羽目になっちまった。かと言ってトラカの者です、なんて言えないしね……」
「姫様、急ぎセンカ郡へ戻りましょう。御父上がお待ちに御座います」
「ああ、分かっているさ」
「姫様? 何がそんなにおかしいのですか?」
部下にふと漏らした笑みを指摘され、彼女は面白そうに答えた。
「あの小さい奴、確か”アギト”って言っていたね。面白い目をしている奴だった。また会ってみたいね」
「御戯れを」
「それと、ヤクモというお娘ちゃんに付いて調べておくれ。あの子が何であんなにも、ショウハ家に、特にトラカ家を知っていたのかが気になるからね」
「御意」
「じゃあ、行こう。父上が待っているよ……」