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第二十五幕・「若き五人」

【――郡都・サイソウ城・城外――】



「アガロ。今戻ったよ」


「テンコ。様子は如何だった?」


「うん。今回も軍の指揮は君の父君が任されるみたいだね」



 ザンカイ城を発ち、コサン率いる軍はサイソウ城へ到着した。

 彼の父・コサンは城の三の丸近くに本陣を置き、ナンミ軍と対峙。アガロ率いる部隊は、本陣から少し後方に配置されており、守備を命じられている。


 だが、城や軍議の様子が気になる彼は、テンコに様子見を頼んだ。

 友が言うには、コサンは守護大名クシュン・サイソウに大広間での謁見を済ませた後、対ナンミの総大将クシュンを支える副大将に任じられ、指揮を一任されたという。



「―――と、まあこんな感じだったかな。これからどうでるかは、君の父君が考えるみたいだけど」


「それはいいとして、何でそいつまで居るんだ?」


 テンコの後ろの人物を一目見て、顔を歪めると、テンコは満足そうにその細い目を、更に細くしてほくそ笑んだ。


「僕が連れて来た」


「何故だ?」


「なんだか最近僕は君にしてやられてばかりいるからね~。ほんの、仕返し?」


「はぁ……」


 アガロが明らか嫌そうな顔をした相手は、今一番会いたくないと思っていた少年だ。


「俺が居ては悪いか”逃げ若子”?」


「黙れ。お前はお呼びじゃない」


 アガロと仲の悪いモウル・オウセンだ。相変わらずの背の高さで頭上から彼を見下してくる。


「俺だって来たくて来たんじゃない。テンコがどうしてもと言うから、仕方なく来たんだ。それに、俺は父上と共に此度は出陣するからな。それよりも何でお前が此処に居るんだ? 城で謹慎中ではないのか?」


「……色々と事情があってだな、兎に角! お前には関係ない!」


 モウルの質問には答えず、無理矢理話を終らせようとするアガロ。

 互いに腕を組み、睨み合いを始める。

 この原因を作った本人ミリュア家の現当主は双方を面白そうに眺めた。


「あ~ら。そこに居るのはユクシャ家の小さい方……」


 聞き覚えのある生意気そうな声が響く。その声色と、独特な喋り方で誰だか見当が付いた。


「また面倒臭いのが増えた……」


「聞こえておりましてよ、アガロ」


「エトカ。お前まで何しに来た?」


 振り向くと其処には橙色の髪を総髪にして頭の右上へ結い上げ、そばかすと釣り目が特徴的な少女が立っていた。相も変わらずの立ち居振る舞いと、何処か高飛車な態度が目立つ。


「わたくしは別に、これといった用は御座いません。ただお姉様に会いたかっただけですわ」


「それは残念だったな。姉上は今回、城で留守番だ」


「そういう貴方こそ、謹慎の身ではなくって?」


「…………」


 その問いには矢張り答えない。明後日の方向を向き誤魔化す。

 勝手に抜け出した彼に非があるのは、誰の目から見ても明らかだ。流石に我を通し、自分の擁護となると多弁になる彼でも黙った。


「まあ、いいですわ。わたくしは然程、貴方に興味は御座いませんの」


「お前も戦に出るのか?」


「ええ、勿論。此度がわたくしの初陣ですの」


「お前の父は確か……」


「オロアシ・クト殿。クト家の当主で弓の名手でもある。エトカちゃんは父君譲りの腕前があるから、心強い戦力だね」



『オロアシ・クト』

 クト家当主にして弓の名手である。

 娘のエトカ・クトは父親譲りの目の良さと、腕前で女ながら将来を期待されており、その実力から、次期当主になる事に誰も口を挟まない程だ。

 彼女の父は此処サイソウ城にて、手勢を率いて待機していた。



「それと、モウルの父君ロウガ・オウセン殿も加勢してくれるよ」


「別に俺は聞いてないぞ」


「まあまあ、いいじゃないか。アガロ」


「ふん、こいつに似て堅すぎる」


「お前は誰に似たんだろうな? 逃げ若子?」



 オウセン一門は武門の棟梁と言われており、ギ郡でも有名な名家である。

 その現当主ロウガ・オウセンは武芸百般に通じ、また戦上手としても知られていたが、頑固で真面目一徹な性格故、関わり難い人柄である。



「興味無い。それよりも、戦の事だ」


「ええ、ナンミはその数約一万と言われておりますわ」


「味方の数は?」


「凡そ七、八千。形勢はほぼ互角だそうですわ」


 顎に手をあて、モウルが考え出した。


「サイソウ城は平城。周りは平地、篭城には不利な地形だ」


「でもモウル。サイソウ城は平城と言えど、中々に堅牢堅固だよ? 流石のナンミも僕達が篭城するのは望まない筈。だからここは逆に、城に篭るのもありだと思うけど」


「父上は城を出て戦に臨むかも知れない。父上は不利な状況だからこそ、城を出て勝機を掴もうとする」


「ですけど、数で負けているのに平地で戦っては余計に不利ですわ」


 四人がお互いに意見を出し合い熱中する。

 だが、そんな中テンコの後ろからもう一人が顔を出す。その人物もどうやら中に入りたいのか、声を出そうとするも、他の四人は全く気付かない。堪りかね、とうとう大声を出した。


「あ、あああの! あ、アガロ君っ!?」


「何だっ!? 其処にもう一人居たのかっ!?」


「ヤクモちゃんだよ。びっくりした?」


 声の主は淡く長い桃色の髪と色白の少女ヤクモ・カンラだ。ようやく自分の存在を認識して貰い安心する。


「全然気付かなかった……」


「ご、ごめんなさい……。お、驚かせちゃったかな……」


「テンコどういう積りだ?」


「だから言ったでしょ。仕返しだって。こうやって君の弱みを握っているのが、僕だけじゃなくなっていく訳だ」


「や、ややっやっぱり駄目だった……!?」


「もういい」


 心の中でアガロは舌打ちするが、そんな彼の心境など露知らず、彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「何故、此処に?」


「うん。お父様の様子を見に行くように母上様に頼まれて……。そしたら途中でテンコちゃんが、二人を連れてユクシャ隊の本陣へ行くのを見かけたから、声を掛けたら連れて来られて……」


 ヤクモのカンラ家は領地は無くサイソウ城に城勤めをしている。

 また今回、彼女の父は三の丸に配属されているから、コサンの本陣が見える。


 ならば三の丸を通る途中で出会うのは不自然ではないが、テンコの場合はわざと、ヤクモと鉢合わせたのではないか、とアガロは思った。

 そう言えば”仕返し”とも言っていたし―――。


「そうか。お前の父上に変わり無いか?」


「う、うん! 大丈夫だよ!? あ、ああ、アガロ君こそ何で此処にっ!?」


「ヤクモちゃん落ち着いて。アガロはちょっと事情があって此処に居るんだよ」


「そっそそ、そうなんだっ!?」


「だから落ち着いて……」


 声が始終上ずりその上彼を前にすると、どもってしまう。

 幼馴染のテンコが彼女を落ち着けようと、深呼吸を促した。


 その様子を見て呆れるモウルとエトカだが、アガロは興味が無さそうに、ナンミ軍の陣取る方角へ目を向けた。

 そしてその時丁度、五人が一度に顔を合わせていた所へ、アガロ隊の伝令デンジが現れた。


「アギト様!」


「如何した、デンジ?」


「はい。先程、怪しい連中を取り押さえました」


「怪しい連中?」


「はい。一応ドウキさんがアギト様に聞くようにと、おれを使わしたんですけど」


「直ぐに行くと伝えろ。ナンミの間者かも知れない」


「はい!」


 デンジはその侭来た道を走りだす。

 アガロも直ぐに向かおうとするが、後ろを振り向くと何故か他の四人も付いてこようとしていた。


「……まさかとは思うが、付いてくる気か?」


「駄目かな?」


 しれっと言うテンコに少し苛立ち、冷たい口調で答えた。


「当たり前だ。自分の隊へ戻れ」


「君の部隊が捕らえた、怪しい連中ってのが気になるよ。万が一ナンミの間者だったら、大変じゃないか。モウルやエトカは強いし、連れて行っても問題は無いはずだけど?」


「ならヤクモは……」


 この中で最も戦力外だと判断した彼女だけを残そうとするも、全部を言い終わらない内にヤクモが前に出た。


「あっ、あたしも役に立つからっ!!」


「だがもし、そいつ等が危険な連中だったら……」


「アガロ、これでもヤクモちゃんは凄いんだよ? 僕が保障するし、駄目かな?」


 何故かテンコが割って入り、彼女の同行を勧めた。

 後ろを振り向き、桃色の髪の少女に『ね?』と言うと、彼女も今度は少し声を大きくして頼んだ。


「だっ、大丈夫だから!」


「そっ、そうか……」


「おい逃げ若子。さっきの鬼が言っていた”アギト”とは何だ?」


「わたくしも気になりましたわ」


 今度は本当に舌打ちする。明らか不機嫌な顔をするが、聞かれてしまっては言う他ない。


「俺はアギトと偽名を使っている。だから、俺の兵の前ではそう呼べ」


「何だか分からないが、まあいいだろう」


「構いませんわ」


 アガロは内心溜息を吐くが、四人を連れてドウキ達の元へ向かった。

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