第二十三幕・「俺の配下に」
「半、妖…?」
既に廃れた寺の御堂の中で、黒髪の少年が眼前で腕を組み、胸を張って誇らしげにしている少女の言葉を繰り返した。
「そうよ! 正確には鬼と人の子よ!」
聞いた事がある。時たま亜人と人との間に子供が生まれるという。
しかし、守役のシグルが言うには、半妖とは最も底辺の種族。人にもなれず、亜人にもなれない半端な生き物であり、彼等は生まれる前に母親が中絶するか、もし生まれた場合は、捨てられたり、殺されたりする為、その姿を殆ど見せない。
成る程、考えようによっては希少種だ。
しかし彼女は、自分が劣等種だという事を、微塵も気にせず、それ処か何処か自慢しているかのようであった。
アガロも目を丸くし、観察するように上から下へと視線を移動させる。
「初めて見たな」
「ちょっと、あたしは見世物じゃないわ! そんな目で見るのやめてくれる!?」
彼女は誇りに思っているのか、好奇な目で見られるのを嫌った。誰でも自分を面白がってじろじろ見られたりするのは、気分の良いものではない。
彼も『それもそうだな』と思い、観察を止めると、再び本題に入る。
「そうだな。で、話しを戻すが俺の配下になれ」
「人の話しちゃんと聞いてた!? お断りよ!」
「助けてやったぞ?」
「あんな奴等、あたしの相手じゃないわ。それに助けるだなんて余計なお世話よ!」
「だが、あの侭では騒ぎは大きくなり、お前はどの道捕らえられていた」
「うっ……」
言い澱む彼女へ、アガロは容赦なく問い詰める。
「それに、お前達の軍は当の昔に降伏した。それを足軽三人も殺して、許されると思っているのか?」
「あっ、あれはあいつ等が悪いんじゃない! そもそもあんた達の大将は、市井の者達への乱暴狼藉を禁止する命令を出したって、他の鬼からちゃんと聞いたわ!」
「それはそうだが、お前はあくまでも元敵で、ましてや半妖だぞ?」
「あんた達だって、武器を持って民家に押し入ろうとしてたじゃない!」
「俺達は、あの足軽達を止めようと思っていた。お前のように殺す積りは無かった」
「そっ、それは、はずみで、何と言うか……」
「お前は弾みで人を斬るのか?」
語調を強くし、指を差しながら反論し続けた彼女だったが、対して冷静に、それでいて何処か偉そうな態度を取る彼に、一方的に追い詰められ、とうとう返す言葉を失い黙る。
そして、
「と、兎に角! あたしだって乱捕りを許さない訳じゃないけど、あれは立派な違法行為よ! それをあたしが天に代わって成敗してあげたんだから感謝しなさいよね!」
あくまでも自分は善行をしたのだ。悪びれる積りは無いし、後悔もしていない、と居直った。
「所であんた、あたしをこんな所へ連れてきてどうする気? まさかとは思うけど……、あたしを襲う積りじゃないわよね?」
「馬鹿。俺がお前に敵う筈ないだろ」
「まあ、それもそうよね」
完全に舐め切られた態度を取られ、無性に腹が立つが、ここは我慢しなければならない。
彼女を態々此処まで必死に連れて来たのは、言い争う為ではない。
「どうしても駄目か?」
「しつこいわね。話しが纏まらないんじゃこれまでよ」
そう言って彼女は寺を出て行こうとした瞬間、アガロは彼女の手を握り締める。
明らか嫌そうな顔で、振り向く半妖の少女。
「ちょっと、離してくれる?」
「交渉しよう」
「交渉?」
「そうだ。お前も軍に入っていたという事は、何か望む物があるのだろう? 俺の配下になるのなら、それを与えるぞ」
「ふん。あんたなんかに、あたしの望みを叶えられる訳無いでしょ?」
「言ってみろ」
「はぁ……」
言わなきゃ離してくれないでしょうね、と諦めた彼女は、溜息混じりに告げる。
「あたしの望みは一国一城の主よ」
「武士になりたいのか?」
「そうよ! それもただの侍なんかじゃないわ。天下取りに仕えて、あたしは出世するのが夢なの!」
途端、アガロは目を丸くした。何とも大それた、それでいて途方も無いような夢を聞かされ、呆れるを通り越して少し感心させられる。
士族という階級には血筋や身分という、目に見えない壁があり、同じ人間でも生まれた環境で既に位が決まっているのである。
亜人が、増してや半妖等という下等な存在が、士族に憧れるなど驚く以外無い。
更に彼女はこうも続けた。『天下取りに仕える』と。
この乱世、未だに統一の兆しを見せず、それ処か激しさを増す一方で、天下取りという傑出した人物は未だに現れていない。若しかしたら、此の侭終わりは来ないのではないだろうか、とさえ感じてしまう。
「なら俺の配下になれ。天下や一国一城とまではいかないが、屋敷に住む事は出来るぞ?」
「人の話ちゃんと聞いてた!? あんたどう見ても貧乏地侍の子供でしょ? 話しにならないわね」
彼女は背を向けるが、アガロは諦めなかった。
「お前はこの先どうする積りだ!?」
「決まってるでしょ。仕官先を探すのよ。あたしの腕を買ってくれる大名を見つけて、そこに仕える」
「お前に仕官先は無い。俺以外にはな」
言った途端、彼女は物凄い勢いで振り返り、口から唾を飛ばしながら怒鳴った。
「何でよ!? あたしが半妖だからって言いたいの!?」
「端的に言えばそうだ」
「馬鹿にしないで! 仕官先は幾らでもあるわ!」
「だが何処へ行こうと同じ事だ! 最初は上手く誤魔化せても、半妖と分かれば、追い出されるぞ!」
「あたしは強いわ! 今は乱世よ! 腕の立つ浪人は居るけど、あたしはそんな奴等に負けたりはしない!! そいつ等よりもずっと強い!!!」
「しかし、集団で掛かればどうだ? 例えばトウジ平原のように……」
彼のその言葉を聞いた瞬間、彼女は表情を一変させた。最初は驚きの顔だったが、直ぐに目をきつく細め警戒する。
「そう……。あんた、あの時の足軽ね。右足の傷は痛かったわ」
「馬鹿を言え。俺等が喰らった痛みの方が、遥かに大きかったぞ」
「それで、そん時の足軽のあんたが、また何であたしを欲しがるのかしら?」
先程とは違い、少し敵意を含んだ言い方に変わる。トウジ平原で自身に傷を負わせたのだ、警戒もする。
「決まっている。お前の腕を買ったんだ。お前が配下に加われば心強い」
「ふっ、当然よ! それにあたしが居れば大きく戦力が上がるわ!」
「いや、それは違うな」
素直に自分の力を評価された事に機嫌を良くし、我こそは天下無敵、一騎当千の猛将だ、と気取ったが、一瞬でアガロに否定された。
「なっ、何でよ!?」
「戦いとは一人の力で左右はされない、と父上が言っていた。戦いは知恵だ、とな」
「確かにあんたの父親の言う事にも一理あるわ。でも、どんなに優れた知恵だろうと、あたしが一人で打ち破って見せるわ!」
「……面白い。では、俺と戦しろ」
「戦ですって?」
怪訝な顔を向ける赤髪の少女。
それに対して黒髪の少年はニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
「そうだ。俺はお前に戦を挑む。お前が勝ったら、俺はお前を諦める。だが、逆に俺が勝ったら、俺の配下になって貰う」
「はん! そんなの勝ちが見えてるじゃない!」
「怖いのか?」
「何ですって!?」
「怖いのなら、無理にとは言わない。時として人は、引き際も心得ておかねばならないからな」
「じょ、冗談じゃないわ! このあたしが、あんたみたいな子供に!」
「お前も子供だろう?」
傍から見れば、子供の言い争いである。しかし、当の本人達は至って真剣。
そして少女は、少年の安い挑発に完全に乗せられた。
「うっさいわね! いいわよ! 受けてやろうじゃないの! それで、具体的には何をすれば言い訳!?」
「そうだな……」
アガロは何か無いかと袖を弄る。すると、真ん中に穴の開いた銭を二つ取り出した。
その二つに紐を通して、一つを自分の首に巻き、もう一つを彼女へ渡した。
「この首に巻いた銭を取れば勝ちだ」
「いいわよ。これだけ?」
「そうだな、今から一刻(約三十分)程したら戦を始めよう。戦場はこの寺周辺の森だ」
「やってやろうじゃない! どんなのだって返り討ちにしてやるんだから!」
自信満々に言い放つ彼女を尻目に、アガロは直ぐに寺を出て行った。
【――一刻後――】
「さぁ! 行くわよ!!!」
彼女は勇んで表へ飛び出すと、一直線に森へ駆けて行った。
素早い動きで森の中を走り回り、敵を探す。
(あいつ、何処へ行ったのかしら? もしかして、勝てないと分かって逃げ出したとか!?)
すっかり日が沈み辺りは暗くなっていた。森の中は闇に包まれており、唯一自分の視界を照らすのは、木々の間から差し込む月明りのみ。
こんな闇の中、彼女は走り続けた。
(ああん! もうっ! 見当たらないわね!)
徐々に苛立ち始めた彼女だが、遂に獲物を見つける。
(居た!)
さっきの少年と、同じくらいの大きさの人影を視認する。
素早く身を茂みに隠すと、相手の動きを観察しながら、此方に気付かれない内に、相手に先制攻撃を掛けようと、素早く目標の人影へ進む。
(きゃっ!? 何っ!?)
すると足が地面に沈んだ。
彼女は直ぐに元の位置に戻り、周りを注意深く観察する。よく見ると、目標を中心に辺りは深い沼地で囲まれており、彼はその真ん中にある中州に立っている。
(成る程ね……。この沼地を使って、あたしを近付けさせないようにした訳か……)
しかし、この少年一人に、こんな地形はどうって事無いと彼女は思い直す。
(ふふ、甘い! この程度の距離なら……)
彼女はトウジ平原で見せた一足飛びと、アガロ達三人を、自慢の跳躍力と素早い斬撃で翻弄した身体能力がある。
勝負は見えた、と彼女は確信した。
暗くて相手の表情は分からないが、どうやら首に巻いている銭はあるらしい。
だが、少女にとってそんな物は最早どうでもよかった。
(只じゃ済まさないわよ!!!)
自分の自尊心を傷付けた相手だ。おまけに先の戦での借りもある。此処で勝負を付け、さっさと終らせようと思った。
彼女は自慢の一足飛びで、沼を飛び越え彼を刀で一突きにする。突きは一瞬で鎧を突き破り、胴体を貫通した。
(ふん! このあたしに勝とうなんて百年早いのよ!)
勝負は一瞬で付いた。勝利条件の銭など最早何の意味も無い、と気にも留めなかった。
しかし彼女が着地した時、倒れた相手を確認すると、思わず声を上げる。
「……これは! あいつじゃない!?」
月明かりに照らされたのは、足軽具足を着せた、只の丸太だった。
『どういう事!?』と彼女が動揺した瞬間だ。
「きゃあ!?」
突如足元をがしっと、何かに掴まれ沼へ引きずり込まれる。
抵抗しようにも足場が悪く彼女はその侭沼に沈められると、泥まみれの少年が、自分を踏み台にして中州へ上がる。
どうやら、沼に上手く身を潜めていたようだ。
(最悪! 殺してやる!!)
頭を踏みつけられた挙句、泥まみれ。普通ならこの場で気が萎えるだろうが、彼女は中州へ上がったアガロへ、刀を油断なく構える。
すると次に彼は、側に隠していた袋のような物を彼女に目掛けて投げた。
「こんな物!」
彼女は飛んできた袋を真っ二つにしたが、
「きゃあっ!?」
中から泥が飛び散り自分の顔にかかった。ほんの一瞬視界が奪われ、隙が生じた。
「うっ!」
今度は泥少年に体当たりされ、沼に再び沈められた。
地形的に不利な彼女だったが、持ち前の馬鹿力を使う。
(くっ!? 調子に乗るんじゃないわよ!)
(ぐふっ!?)
相手の腹に一発喰らわして、物凄い怪力で沼の中から中州へ殴り上げると、すかさず自分も這い上がり体制を立て直す。
「沼地を上手く利用して、あたしの隙を突いたのは褒めてあげる。けど、此処までよ! あたしの勝ちね!」
彼女の拳は沼の中で威力が落ちたとはいえ、腹にまともに一撃を喰らったアガロは、仰向けになり起き上がれない。
少女は素早く接近し、彼の喉元に刀を突きつけた。
「……そいつはどうかな?」
にやりと笑う彼を彼女は蔑んで言う。
「この期に及んで、負けを認めないなんて、情けないわね!」
「そういう台詞は勝ってから言え……」
すると彼女はハッと気が付き、急いで首元を探ってみるが見当たらない。
「えっ!? あ、あれ!?」
「探しているのはこれか?」
「あっ、あんた何時の間に……?」
少年が右手を上げ、握っている物を見せた。それは彼女の探していた、紐を通した銭。
さっき殴り飛ばした弾みで首から、アガロは勝利条件を奪い取っていたのだ。
「俺の勝ちだな?」
「ちょっ、卑怯よ!? もう一度戦いなさい!」
まさかこんな形で負けるとは思っていなかった彼女は、悔しさと怒りで体をぷるぷると震わせた。
再戦を申し込むが、彼は即答した。
「断る。もう戦えない。それよりも約束は覚えているな?」
「こ、こんなの無いわ!」
「お前は確か武士になりたいんだったな? なら約束を違えるな。それが武士だ」
「うぐぐぐ……」
相当に悔しいのだろうか、暫く収まらなかったが、やがて彼女も観念し、刀を納める。
少年は仰向けの侭、彼女へ声を掛けた。
「改めて、宜しく頼むぞ」
「……リッカ。半妖よ」
ぷいっと彼女は、今だに納得がいかない様子で顔を横に向け拗ねるが、暗闇に包まれている故、アガロにそれは分からなかった。
「早速だがリッカ」
「何よ?」
「俺をおぶれ」
「何であたしがあんた何かを!?」
まさか最初に出される任務が、間の前で動けなくなっている少年をおぶる事だと、誰が想像するだろう。
彼女は不満を漏らし、拒もうとするが、
「さっきの腹への一突きが応えて起き上がれん。沼の中だったとはいえ、凄い馬鹿力だ……」
殴られた箇所を片手で擦る。
本当に起き上がれそうになく、渋々彼女はアガロをおぶった。
「それと、其処にある刀も一緒に運べ。父上から預かっている大事な物だ」
「はいはい……。ちょっ!? 何であんた裸なのよ!?」
「さっきお前が切った包みがあっただろ? あれは俺の着物を破って作ったんだ」
「最悪! 信じられない!」
「褌はちゃんと締めている。つべこべ言わず歩け!」
道中互いに悪口を言い合いながらも鬼の半妖リッカは、こうしてアガロの配下に加わった―――。