第二十二幕・「赤髪の少女再び」
【――ザンカイ城・城外――】
ザンカイ城・二の丸にて、縁戚者同士での話し合いの後、アガロはシグルに見送られ、トウマ達の居る城外へ足を運んだ。
日は沈み始め夕暮れ時。ゆっくりと歩いていた彼を、最初に出迎えたのはガジュマル。
「あっ! アガロ様!」
「どうした、ガジュマル!?」
何時も活発なキジムナの友が、血相変え慌てている。
アガロは早足で歩み寄り訊ねるが、彼は事情を話している暇が無いのか、ユクシャ当主を急かす。
「と、兎に角、大変なんだ! 急いで来てよ!」
友の後に従い、彼は急ぎ足で向かった先は、自分の部隊の宿営地とは少し離れたザンカイ城の城下町。
「きゃあああああ!」
「うわああ!」
「ひ、ひぃ! お助けを!」
其処で彼が目にしたのは、足軽達に荒らされている民家や屋敷、そして連れ去られていく女子供等であった。
「一体何の騒ぎだ!?」
叫ぶと、彼の姿を発見したトウマが、急いで駆け寄った。
「わ、若旦那、乱捕りでさあ!」
―――乱捕り。
それは戦に参加した収入源の少ない農民や、傭兵の行う略奪である。合戦に参加する旨みは、その殆どが戦後の乱捕りにあると言っていい。そして、乱捕りは大名が褒美として与え、その乱暴狼藉を黙認する。
ある者は、家屋から金目の物を奪い、ある者は人を捕らえては、身代金を要求し、それが駄目なら奴隷として売り飛ばす。
貧しい時代、皆、他所から奪わなければ自分達が飢えるのだ。
「へっへっへっ、野郎共! 奪える物は人であろうと、物であろうと、何でも奪え!!」
「たっ、助けてください!」
「お願いです! この子だけはお見逃しを!」
「うるせえ! 口答えする奴はたたっ斬るぞ!」
「ひいぃぃぃ!?」
風采の悪い足軽が、女へ手を掛けようとすると、
「待て!」
「あん?」
その行為を制止する声が響いた。乱捕り中の兵士達は、一斉にその方向へ振り向く。
「今直ぐその略奪行為をやめろ! 乱暴狼藉は許さん!」
その声の主は、褐色肌の少年だった。
彼の後ろには青鬼や、キジムナの少年も居り、共に足軽達を睨んでいる。
「おいおい、見てみろよ。まだほんのガキじゃねえか!」
「ぎゃははは!!」
足軽達の下卑た笑い声が聞こえるが、アガロはそんな事は気に留めず再び言う。
「乱捕りをやめろ!」
「うるせぇ! ガキ!」
「くっ!」
いきなり蹴りを繰り出されるが、寸での所で躱す。
すると、それが癪に障ったのか、足軽の一人が怒鳴った。
「生意気な!」
「殺っちまえ!」
足軽達はいきり立ち、抜刀する。だが、その時、
「やめな!」
「頭! ですがこいつが!」
今にも襲い掛かろうとした足軽達を止めて、家屋の奥から出て来たのは中年ぐらいの足軽だった。
中年の足軽は、ゆっくりと歩み寄り目の前に立つと、上から見下ろす。
対してアガロは下から眼光鋭くし、睨み上げた。
「お前がこの足軽組の組頭か?」
「おう、そうだがどうした?」
「直ぐに部下に命じて、乱捕りをやめさせろ!」
「そいつは出来ねえな」
「何故だ? 市井の者達への乱捕りは禁止されている!」
今回の戦は、あくまでも内乱の鎮圧であり、他国へ攻め込む事ではない。一刻も早い終息が必要であり、国内の民へ乱暴を働くのは、良しとされていない。
現に城下町には、民を安心させる為、乱捕り禁止の高札が立てられており、厳しく禁じられている。
詰まり、この略奪行為は、立派な軍律違反だ。
「おう知ってるぜ。だが、それがどうした?」
「っ!?」
中年の足軽組頭は、傲慢な態度でアガロに言う。
「おれ達は、乱捕りが禁止されているのは百も承知。だがな、此の侭じゃ戦に参加した旨みが何もねえ。おれ達は足軽だが、農民から集められてるんだよ。だから、僅かっばかしでも奴隷を売って金を稼がなきゃ、食っていけねえ」
「例えそうだとしても、これは立派な軍律違反だ!」
「それが何だ! 他の奴等だって、皆やってやがるぜ!」
「なん、だと……!?」
まさか、そこまで軍律が守られていなかった事に、アガロは驚きを隠せないでいた。
唖然とする彼へ、中年の足軽が、嘲笑うかのように続けた。
「良いかぼうず? 正義の味方を気取るのはいいけどよ、こりゃ戦だぜ? 負けた方は、奪われるのが当然なんだよ!」
言い放つと同時に、アガロの腹を蹴り上げた。
「ぐっ!?」
「アガロ様!?」
「若旦那!」
不意を突かれ蹴りを腹に喰らい、後ろへ数歩下がる。トウマとガジュマルが側により気遣うが、彼は手で制止した。
こんな事くらいで弱音を上げる程、やわに育てられていない。
「大将! 大丈夫か!?」
「っ!? ドウキか?」
「オレ等も居るぜ」
「…………」
声がしたので後ろを向くと、其処には赤鬼ドウキ。狼族のコウハ、ギンロ兄妹が駆け付けてきていた。
彼等も口々に、他所で同じように乱捕りが起こっている事を報告する。それを聞くと、アガロは悔しそうに表情を歪めた。
中年の足軽は、得意げに笑みを浮かべ、
「へっ、まあそういうこった。ガキは早く糞して寝てな!」
高笑いをしながら、その侭部下を引き連れて、金がありそうな民家へ押し入る。
中からは女の悲鳴と、必死に許しを請う老人の声が響いた。
「トウマ! お前は急いで爺の元へ行き、この騒ぎを知らせろ!」
「若旦那はどうするんで?」
「俺はこいつ等を止める! 注意を引くくらいは出来る!」
アガロはトウマの槍を持ち、前へ出る。
すると、右側で同じように、槍を構えたキジムナの友ガジュマルが、肩を並べた。
「アガロ様、おいらも手伝うよ!」
「いや、ガジュマル達は退け」
「どうしてだい!?」
すっかり意気込み、やる気を見せていた彼だったが、アガロに引くよう言われ、納得のいかない顔で抗議した。
アガロが何かを言おうとすると、ドウキが口を開いた。
「ガジュマル、ここは大将の言う事が正しい。おれ達は亜人だぜ? もし、ここで斬り合えば、全部こっちが悪い事になっちまうんだよ。ここは一旦下がって上の連中にかけ合うしか手はねえ。だがな!」
今度はドウキが相棒の鉄鞭を持って、アガロの左側に立つ。どうやら赤鬼も、足軽達を止める気でいるらしい。
「大将命令だぞ」
「悪いがな、大将。おれは仲間を置いて退く事なんざ出来ねえ」
ニッと笑う赤鬼を見上げていると、今度は後ろから威勢の良い声が響く。
「なんだか知らねえが、売られた喧嘩は買うのが礼儀ってもんだろ!」
「…………」
喧嘩や争い事が好きなコウハは、刀を早速抜刀すると、軽い足取りで位置に付いた。
その隣で、血気盛んな兄とは対照的に、落ち着いた表情で妹のギンロが直立する。
「馬鹿ばかりが」
「アガロ様も相当馬鹿だよ?」
ガジュマルに言い返される。
はぁ、と内心溜息を吐くが、ここまできては何を言っても無駄だろう、と諦める。
「どうなっても知らないぞ?」
「そりゃあ、百も承知だぜ」
一応の確認を取ると、アガロは青鬼へ振り向く。
「トウマ! 行け!」
「へい! 皆さん! 若旦那を頼みやす!」
トウマが急いで走り出す。アガロは直ぐに向き直り、構えを取る。
「いいか、決して殺すな! 追い払うだけで良い! トウマが来るまでの辛抱だ!」
「「おう!」」
掛け声を出し、威勢を付けると、五人は駆け出した。
しかし、彼等がまさに乱捕りをしている足軽達を追いかけ、民家に突入しようとした時だ。
「うわ!?」
「何だ!?」
いきなり彼等の間をすり抜け、目にも止まらぬ速さで民家へ何者かが入り込んだ。
その者は既に抜刀しており、入るなり素早い斬撃を繰り出す。
「ぐわぁ!?」
「ぎゃああ!?」
右に居た一人を切り伏せ、左のもう一人を刺殺する。
「いっていどうした!?」
手下の悲鳴を聞きつけ、中年の足軽組頭が振り向いた。
「っ!? 誰だてめえ!?」
其処には一人の少女が居た。
突然現れ、手下を殺されたのだ、激怒した中年の足軽が、刀に手を掛けた瞬間。
「がはッ……!?」
斬りかかる前に、少女は彼の喉を一突きにし、瞬殺した。
「すげえ……」
一瞬の出来事に呆然としてしまう一同。その中で、ドウキが黒髪の少年に向かって呟いた。
「おい、大将。ありゃあもしかしてよ……」
「見つけた……!」
二人は直ぐにそれが何者なのか理解した。
燃えるように赤い髪。紅の瞳。そして素早い身のこなしから繰り出される突き。間違いようが無い。
「ふざけんな! てめぇ!!」
「やっちまえ!」
民家の奥から他の足軽が、仲間の悲鳴を聞きつけ現れると、赤髪の少女が再び身構える。
「こっちへ来い!」
「なっ!? ちょっと!?」
両者が斬り合おうとした瞬間アガロは、咄嗟に彼女の手を引き、外へ連れ出して走り出した。
「逃がすか!」
「おっと待ちな!」
「うわっ!?」
「でけぇ……」
追撃しようとする足軽達の前に、立ち塞がったのは赤鬼ドウキ。
相手は彼の巨体に圧倒され、下から見上げて、顔を青ざめていた。
「ドウキ! 後は任したぞ!」
追っ手をドウキ達が足止めしている間に、アガロは彼女を連れて町を抜け、森に囲まれた近くの廃寺へ隠れ込んだ。
【――廃寺――】
「はぁ……。此処まで来れば心配ないだろう」
「ちょっと! あんたどういう積り!?」
振り返って改めて彼は赤髪の少女を見る。
探していただけに、こんなにも早く再開するとは思っても見なかったアガロは、果してそれが本人か観察した。
唐突に無言になる彼に、少女は苛立った。
「ちょっと! 何か言いなさいよ!」
「意外と綺麗な顔をしているんだな」
「なっ!?」
大きい瞳ではあるが、何とも乱暴そうである。しかし、誰が見ても恐らく綺麗と言うだろう。
いや、どちらかというと可愛いか、そんな事を考えていると、彼女は抜刀し、切っ先を此方へ向けた。
「待て! 俺は敵では無い」
「じゃあ何なのよ!」
「取りあえず、刀を納めろ。それでは落ち着いて話しが出来ん」
「……ふん!」
彼女は言われた通り納刀する。自分には取るに足らない相手だと判断したのだろう。
しかし油断を見せずにじっと身構えている。無論アガロも目の前の彼女に襲い掛かる積りは無い。
粗末な武具、額には鉢巻きをして腰には長刀と脇差だけ。身長も自分と然程変わらない所を見ると、まだ子供だろう。だが、それ以上に彼女の戦闘能力は高い。実際に戦ったのだから、それは嫌という程分かる。
「俺は足軽頭のアギト」
「足軽頭……? あんたが?」
そんな彼へ、訝しげな顔をする赤髪の少女。それもそうだろう、彼は背丈も年の頃も大体同じくらいの子供だ。足軽頭と言われても、信じろという方が難しい。
「お前に用がある」
「あたしに?」
「お前を俺の部隊に加えたい」
「はぁ!?」
「俺の配下になれ」
「お断りよ!」
一瞬動揺した彼女だが、直ぐに彼の申し出を拒否した。
「理由は?」
「それはこっちが聞きたいわ! 何で数日前まで敵だったのに、はいそうですかと簡単に味方になれるわけ!? あんたには武士の誇りが無いの!?」
「お前は士族か?」
「違うわ」
「ならば半農半士の地侍か何か……」
「それも違うわ」
「なら何なんだ!?」
アガロがやや苛立ちながら彼女に問うと、彼女は腕を組みながら仰け反る。
得意げに笑みを浮かべ、彼女はとても偉そうな態度を取った。
「ふふん。いいわよ、どうしてもって言うんなら、教えてあげる! あたしはね、半妖よ!」