表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/97

第二十二幕・「赤髪の少女再び」

【――ザンカイ城・城外――】



 ザンカイ城・二の丸にて、縁戚者同士での話し合いの後、アガロはシグルに見送られ、トウマ達の居る城外へ足を運んだ。

 日は沈み始め夕暮れ時。ゆっくりと歩いていた彼を、最初に出迎えたのはガジュマル。


「あっ! アガロ様!」


「どうした、ガジュマル!?」


 何時も活発なキジムナの友が、血相変え慌てている。

 アガロは早足で歩み寄り訊ねるが、彼は事情を話している暇が無いのか、ユクシャ当主を急かす。


「と、兎に角、大変なんだ! 急いで来てよ!」


 友の後に従い、彼は急ぎ足で向かった先は、自分の部隊の宿営地とは少し離れたザンカイ城の城下町。


「きゃあああああ!」


「うわああ!」


「ひ、ひぃ! お助けを!」


 其処で彼が目にしたのは、足軽達に荒らされている民家や屋敷、そして連れ去られていく女子供等であった。


「一体何の騒ぎだ!?」


 叫ぶと、彼の姿を発見したトウマが、急いで駆け寄った。


「わ、若旦那、乱捕りでさあ!」



―――乱捕り。


 それは戦に参加した収入源の少ない農民や、傭兵の行う略奪である。合戦に参加する旨みは、その殆どが戦後の乱捕りにあると言っていい。そして、乱捕りは大名が褒美として与え、その乱暴狼藉を黙認する。


 ある者は、家屋から金目の物を奪い、ある者は人を捕らえては、身代金を要求し、それが駄目なら奴隷として売り飛ばす。

 貧しい時代、皆、他所から奪わなければ自分達が飢えるのだ。



「へっへっへっ、野郎共! 奪える物は人であろうと、物であろうと、何でも奪え!!」


「たっ、助けてください!」


「お願いです! この子だけはお見逃しを!」


「うるせえ! 口答えする奴はたたっ斬るぞ!」


「ひいぃぃぃ!?」


 風采(ふうさい)の悪い足軽が、女へ手を掛けようとすると、


「待て!」


「あん?」


 その行為を制止する声が響いた。乱捕り中の兵士達は、一斉にその方向へ振り向く。


「今直ぐその略奪行為をやめろ! 乱暴狼藉は許さん!」


 その声の主は、褐色肌の少年だった。

 彼の後ろには青鬼や、キジムナの少年も居り、共に足軽達を睨んでいる。


「おいおい、見てみろよ。まだほんのガキじゃねえか!」


「ぎゃははは!!」


 足軽達の下卑(げび)た笑い声が聞こえるが、アガロはそんな事は気に留めず再び言う。


「乱捕りをやめろ!」


「うるせぇ! ガキ!」


「くっ!」


 いきなり蹴りを繰り出されるが、寸での所で(かわ)す。

 すると、それが癪に障ったのか、足軽の一人が怒鳴った。


「生意気な!」


「殺っちまえ!」


 足軽達はいきり立ち、抜刀する。だが、その時、


「やめな!」


「頭! ですがこいつが!」


 今にも襲い掛かろうとした足軽達を止めて、家屋の奥から出て来たのは中年ぐらいの足軽だった。

 中年の足軽は、ゆっくりと歩み寄り目の前に立つと、上から見下ろす。

 対してアガロは下から眼光鋭くし、睨み上げた。


「お前がこの足軽組の組頭か?」


「おう、そうだがどうした?」


「直ぐに部下に命じて、乱捕りをやめさせろ!」


「そいつは出来ねえな」


「何故だ? 市井の者達への乱捕りは禁止されている!」



 今回の戦は、あくまでも内乱の鎮圧であり、他国へ攻め込む事ではない。一刻も早い終息が必要であり、国内の民へ乱暴を働くのは、良しとされていない。

 現に城下町には、民を安心させる為、乱捕り禁止の高札が立てられており、厳しく禁じられている。

 詰まり、この略奪行為は、立派な軍律違反だ。



「おう知ってるぜ。だが、それがどうした?」


「っ!?」


 中年の足軽組頭は、傲慢な態度でアガロに言う。


「おれ達は、乱捕りが禁止されているのは百も承知。だがな、此の侭じゃ戦に参加した旨みが何もねえ。おれ達は足軽だが、農民から集められてるんだよ。だから、僅かっばかしでも奴隷を売って金を稼がなきゃ、食っていけねえ」


「例えそうだとしても、これは立派な軍律違反だ!」


「それが何だ! 他の奴等だって、皆やってやがるぜ!」


「なん、だと……!?」


 まさか、そこまで軍律が守られていなかった事に、アガロは驚きを隠せないでいた。

 唖然とする彼へ、中年の足軽が、嘲笑(あざわら)うかのように続けた。


「良いかぼうず? 正義の味方を気取るのはいいけどよ、こりゃ戦だぜ? 負けた方は、奪われるのが当然なんだよ!」


 言い放つと同時に、アガロの腹を蹴り上げた。


「ぐっ!?」


「アガロ様!?」


「若旦那!」


 不意を突かれ蹴りを腹に喰らい、後ろへ数歩下がる。トウマとガジュマルが側により気遣うが、彼は手で制止した。

 こんな事くらいで弱音を上げる程、やわに育てられていない。


「大将! 大丈夫か!?」


「っ!? ドウキか?」


「オレ等も居るぜ」


「…………」



 声がしたので後ろを向くと、其処には赤鬼ドウキ。狼族のコウハ、ギンロ兄妹が駆け付けてきていた。

 彼等も口々に、他所で同じように乱捕りが起こっている事を報告する。それを聞くと、アガロは悔しそうに表情を歪めた。

 中年の足軽は、得意げに笑みを浮かべ、



「へっ、まあそういうこった。ガキは早く糞して寝てな!」


 高笑いをしながら、その侭部下を引き連れて、金がありそうな民家へ押し入る。

 中からは女の悲鳴と、必死に許しを請う老人の声が響いた。


「トウマ! お前は急いで(じぃ)の元へ行き、この騒ぎを知らせろ!」


「若旦那はどうするんで?」


「俺はこいつ等を止める! 注意を引くくらいは出来る!」


 アガロはトウマの槍を持ち、前へ出る。

 すると、右側で同じように、槍を構えたキジムナの友ガジュマルが、肩を並べた。


「アガロ様、おいらも手伝うよ!」


「いや、ガジュマル達は退け」


「どうしてだい!?」


 すっかり意気込み、やる気を見せていた彼だったが、アガロに引くよう言われ、納得のいかない顔で抗議した。

 アガロが何かを言おうとすると、ドウキが口を開いた。


「ガジュマル、ここは大将の言う事が正しい。おれ達は亜人だぜ? もし、ここで斬り合えば、全部こっちが悪い事になっちまうんだよ。ここは一旦下がって上の連中にかけ合うしか手はねえ。だがな!」


 今度はドウキが相棒の鉄鞭(てつべん)を持って、アガロの左側に立つ。どうやら赤鬼も、足軽達を止める気でいるらしい。


「大将命令だぞ」


「悪いがな、大将。おれは仲間を置いて退く事なんざ出来ねえ」


 ニッと笑う赤鬼を見上げていると、今度は後ろから威勢の良い声が響く。


「なんだか知らねえが、売られた喧嘩は買うのが礼儀ってもんだろ!」


「…………」


 喧嘩や争い事が好きなコウハは、刀を早速抜刀すると、軽い足取りで位置に付いた。

 その隣で、血気盛んな兄とは対照的に、落ち着いた表情で妹のギンロが直立する。


「馬鹿ばかりが」


「アガロ様も相当馬鹿だよ?」


 ガジュマルに言い返される。

 はぁ、と内心溜息を吐くが、ここまできては何を言っても無駄だろう、と諦める。


「どうなっても知らないぞ?」


「そりゃあ、百も承知だぜ」


 一応の確認を取ると、アガロは青鬼へ振り向く。


「トウマ! 行け!」


「へい! 皆さん! 若旦那を頼みやす!」


 トウマが急いで走り出す。アガロは直ぐに向き直り、構えを取る。


「いいか、決して殺すな! 追い払うだけで良い! トウマが来るまでの辛抱だ!」


「「おう!」」


 掛け声を出し、威勢を付けると、五人は駆け出した。

 しかし、彼等がまさに乱捕りをしている足軽達を追いかけ、民家に突入しようとした時だ。


「うわ!?」


「何だ!?」


 いきなり彼等の間をすり抜け、目にも止まらぬ速さで民家へ何者かが入り込んだ。

 その者は既に抜刀しており、入るなり素早い斬撃を繰り出す。


「ぐわぁ!?」


「ぎゃああ!?」


 右に居た一人を切り伏せ、左のもう一人を刺殺する。


「いっていどうした!?」


 手下の悲鳴を聞きつけ、中年の足軽組頭が振り向いた。


「っ!? 誰だてめえ!?」


 其処には一人の少女が居た。

 突然現れ、手下を殺されたのだ、激怒した中年の足軽が、刀に手を掛けた瞬間。


「がはッ……!?」


 斬りかかる前に、少女は彼の喉を一突きにし、瞬殺した。


「すげえ……」


 一瞬の出来事に呆然としてしまう一同。その中で、ドウキが黒髪の少年に向かって呟いた。


「おい、大将。ありゃあもしかしてよ……」


「見つけた……!」


 二人は直ぐにそれが何者なのか理解した。

 燃えるように赤い髪。紅の瞳。そして素早い身のこなしから繰り出される突き。間違いようが無い。


「ふざけんな! てめぇ!!」


「やっちまえ!」


 民家の奥から他の足軽が、仲間の悲鳴を聞きつけ現れると、赤髪の少女が再び身構える。


「こっちへ来い!」


「なっ!? ちょっと!?」


 両者が斬り合おうとした瞬間アガロは、咄嗟に彼女の手を引き、外へ連れ出して走り出した。


「逃がすか!」


「おっと待ちな!」


「うわっ!?」


「でけぇ……」


 追撃しようとする足軽達の前に、立ち塞がったのは赤鬼ドウキ。

 相手は彼の巨体に圧倒され、下から見上げて、顔を青ざめていた。


「ドウキ! 後は任したぞ!」


 追っ手をドウキ達が足止めしている間に、アガロは彼女を連れて町を抜け、森に囲まれた近くの廃寺へ隠れ込んだ。



【――廃寺――】



「はぁ……。此処まで来れば心配ないだろう」


「ちょっと! あんたどういう積り!?」


 振り返って改めて彼は赤髪の少女を見る。

 探していただけに、こんなにも早く再開するとは思っても見なかったアガロは、果してそれが本人か観察した。

 唐突に無言になる彼に、少女は苛立った。


「ちょっと! 何か言いなさいよ!」


「意外と綺麗な顔をしているんだな」


「なっ!?」


 大きい瞳ではあるが、何とも乱暴そうである。しかし、誰が見ても恐らく綺麗と言うだろう。

 いや、どちらかというと可愛いか、そんな事を考えていると、彼女は抜刀し、切っ先を此方へ向けた。


「待て! 俺は敵では無い」


「じゃあ何なのよ!」


「取りあえず、刀を納めろ。それでは落ち着いて話しが出来ん」


「……ふん!」



 彼女は言われた通り納刀する。自分には取るに足らない相手だと判断したのだろう。

 しかし油断を見せずにじっと身構えている。無論アガロも目の前の彼女に襲い掛かる積りは無い。


 粗末な武具、額には鉢巻きをして腰には長刀と脇差だけ。身長も自分と然程変わらない所を見ると、まだ子供だろう。だが、それ以上に彼女の戦闘能力は高い。実際に戦ったのだから、それは嫌という程分かる。



「俺は足軽頭のアギト」


「足軽頭……? あんたが?」


 そんな彼へ、訝しげな顔をする赤髪の少女。それもそうだろう、彼は背丈も年の頃も大体同じくらいの子供だ。足軽頭と言われても、信じろという方が難しい。


「お前に用がある」


「あたしに?」


「お前を俺の部隊に加えたい」


「はぁ!?」


「俺の配下になれ」


「お断りよ!」


 一瞬動揺した彼女だが、直ぐに彼の申し出を拒否した。


「理由は?」


「それはこっちが聞きたいわ! 何で数日前まで敵だったのに、はいそうですかと簡単に味方になれるわけ!? あんたには武士の誇りが無いの!?」


「お前は士族か?」


「違うわ」


「ならば半農半士の地侍か何か……」


「それも違うわ」


「なら何なんだ!?」


 アガロがやや苛立ちながら彼女に問うと、彼女は腕を組みながら仰け反る。

 得意げに笑みを浮かべ、彼女はとても偉そうな態度を取った。


「ふふん。いいわよ、どうしてもって言うんなら、教えてあげる! あたしはね、半妖よ!」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ