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第二十一幕・「縁戚者の会合」

【――ザンカイ城・三の丸――】



「こいつは思ったよりも酷え有様(ありさま)だな……」


 櫓の上から見張りの仕事をするのは、赤鬼とキジムナの二人。彼等は辺りを見渡しながら、自分達が目にしている光景が、未だに信じられない、という様子であった。

 キジムナの少年が、ふと隣の赤鬼に訊ねる。


「ドウキ、何でこの城の人達は、皆こうなっちゃったのかな?」


「さあな、分からねえよ。噂じゃ、味方同士で殺りあったそうだぜ?」


 ドウキは流石にお手上げ、とばかりに首を左右に振る。


「だが、皆という訳じゃねえ。現に生き残った奴等だって居やがる」


「あいつ等の事だろ?」


 ガジュマルが指差す方向には、複数の侍が見えた。今回のザンカイ城明け渡しの際、降伏してきた者達だ。


「あいつ等って、本当に信用出来るのかな?」


「流石にそりゃ上の連中が決める事だろ? おれ達の考える事じゃねえ」


「そりゃそうなんだけどさ……。何ていうか、……あいつ等って胡散臭くない?」


 正直に自分の疑問を口にするガジュマルに、ドウキは何も答えない。


「おい! 交代だ!」


「おお! すまねえな!」


 下から交代の呼び声に応じて、二人は櫓を下り、休憩に付く。

 その時、ガジュマルが何かに気付いたのか、大きな声を上げた。


「あっ! アガロ様!」


 目の前に自分達の足軽頭が現れる。彼は何処か疲れ気味の表情だった。

 そんな頭へドウキが何時もの調子で声を掛ける。


「よお、大将。どうだ調子は?」


「どうしたもこうしたも無い。何処を回っても死体だらけだ」


 城へ入城した彼等を出迎えたのは、無数の死体であった。

 彼らは主に、散らばった死体処理を任せられている。兵士達の亡骸を一ヶ所に集め、焼却処分するのが仕事だ。そのお蔭で気が滅入るのは当然だろう。


「まあ、それでも大体処分はした」


「アガロ様も休憩かい?」


「いや、俺はお前達二人に用がある」


「おれ等に何の用だよ?」


「とりあえず付いて来い」


 自分達に何の用があるのか、皆目見当が付かなかったが、アガロに従い二人は歩き出す。

 幾つもの門を潜り抜け、辿り着いたのは城外。


「あ、若旦那! 言われた通り、集めておきやした!」


「良くやった」


 出迎えたのは青鬼のトウマ、そして無数の亜人達だった。

 ドウキやガジュマルがその数に驚き、周りを見渡す。


「おいおい、何だよこの数は?」


「たくさん居るね!」


「こいつ等は降伏した元敵の亜人隊だ」


「何でこんな所に集めたんだよ?」


 ドウキは訳が分からず質問した。


「亜人は嫌われている。降伏して早々、追い出されたそうだ。城には父上の本隊や、他の部隊も居るから入る余地が無い。それで城外に(たむろ)していた所を見つけた」


「大将、これから何を始めよってんだ?」


「これから此処に居る亜人達を何人か、俺の隊に加える」


「そんな事していいのかよ?」


 流石にそれは不味いのでは、と疑問を述べるも、当のアガロは、全く気にした素振りを見せない。


「構わん。俺が足軽頭になる際、亜人を加える事を許されている。それに、数は指定されていない。ほんの十人、二十人程度なら問題ないだろう。兵糧や軍資金はこの城の備蓄で(おぎな)うらしいから、ある程度の軍備増強をする、と爺が言っていた。他がよくって俺の隊が駄目な道理は無い」


 相変わらず自分勝手だな、とドウキは思ったが、目の前に立っているのは一応総大将の息子。ある程度の事なら許されるのだろう。

 現にこの前、鉄砲を他の部隊から黙って持ってきたにも関わらず、何の音沙汰無しと来ている。

 ならば、自分は命に従う外無いだろう。早々に諦めると、早速用件に入る。


「それで、おれ達は何をすればいいんだ?」


「ドウキは使えそうな奴を選んでくれ。ガジュマルは怪我人の介護を頼む」


「怪我人の面倒まで見るのかよ?」


「仕方が無いだろう。他の部隊は、亜人と関わりを持つ事を避けている。そこで俺が父上に頼んで、役目を買って出たのだ」


「何が目的だ? 亜人隊は使い捨ての部隊だぜ? 怪我して死のうが、見捨てられるのが当たり前だ……。まさかとは思うが…おれ等の大将が、ただの慈善事業の為に、こんな事する筈ねえよな?」


 そこで、ドウキが疑りの眼差しで質問する。

 何もそこまでする必要は無いのである。勿論、それはアガロも分かっている。他に理由があるのだ。


「当然。城が明け渡された今、部隊の再編成が行われている。そこで欲しい奴が一人居る」


 言うと、ドウキはアガロの欲しい人材に、おおよその見当を付けた。


「……そりゃあ、もしかしてあいつの事か?」


「誰の事だい?」


 ガジュマルは分からず訊ねた。そんな彼へ、アガロが答える。


「ガジュマル、覚えているか? 俺達がトウジ平原で戦った足軽を」


 彼の言う足軽を思い出そうと、腕を組みう~んと、頭を斜めに曲げる。


「……思い出したよ! あの赤髪の女の子だね!」


「そうだ」


「成る程な。確かに、あの赤髪の娘ちゃんが加わってくれりゃ、怖いもの無しだぜ」


 ドウキも思い出したのか、少し苦い顔をしていた。

 あの時のあの強さは、確かに恐ろしいものだった。速さと力が桁違いであり、傷を負っていたにも関わらず、自分達四人と互角に戦い、逆に押した程だ。


「そういう事だ。そこでお前達には仕事をしながら、あの赤髪を捜して欲しい」


「見当らねえのか?」


「トウマにも捜させているが、消息が掴めない」


「他の亜人達に聞いてみたらどうかな?」


 キジムナの友が素直に聞いてみれば良い、と提案するもアガロはかぶりを振る。


「それをしたいのは山々だが、あいつ等は警戒して、仲間の事を余り話したがらない」


「まあ、そりゃそうだ。おれ等亜人にだって仲間意識ってのがある。昨日まで敵だった奴に、そう簡単に仲間の情報を漏らしたりはしねえ。ましてやそれが、人間相手になら尚更だぜ」


「だから同じ亜人である、お前達の力が要る。何としてもあの赤髪の居場所を探し出せ」


「なんだかアガロ様、すごい悪人面だよ?」


 ガジュマルの指摘した彼の瞳は、酷く野望に燃えていた。目はギラギラさせ、不敵な笑みを浮かべている。


「何を言う。俺ほど慈愛に満ちた全うな人間は、そう居ないぞ?」


「よく言うぜ……」


 それを隣で呆れながら、赤鬼は見ていた。

 得意げに言う彼に、二人は苦笑いをして適当に相槌(あいづち)を打つ。


「兎に角だ、ここには銀髪の兄妹も居る。何かあったらトウマに聞け。此処の現場指揮は、全てあいつに任せている」


「アガロ様はどうするんだい?」


「悪いが父上に呼ばれている。もう行かなければならない」


「おう! それじゃ此処は任しときな!」


 亜人には亜人に対処させ、自身はその場を後にする。



【――ザンカイ城・二の丸――】



 アガロが来た道を戻ると、シグルが待っていた。


「爺、出迎えご苦労」


「では此方へ、御隠居様がお待ちに御座ります」


 彼は守役に連れられ、二の丸の一郭にある屋敷の奥へ入る。

 すると其処で彼は、居並ぶ面々に不意打ちを喰らったような驚きの表情をする。


「アガロ、ようやく来たか」


「父上、それに叔父上までも……」


「私も居るぞ。アガロ殿」


「イマリカもか……」



 居たのは皆ユクシャの縁戚関係者。

 上座にユクシャ家前当主のコサン・ユクシャが着座し、彼の右には妹婿のギジョ・マンタ。左には姪のイマリカ・アッシクルコ。

 そして、彼等の目の前に立ち尽くすのは、現ユクシャ家当主アガロ・ユクシャ。



「聞いたぞアガロ。謹慎の身でありながら、城を抜け出して来たそうだな?」


 声を掛けたのは叔父のギジョ・マンタ。叔父はやんちゃなアガロを気に入っており、今回も勝手に動いた彼を、面白そうに見ていた。

 それにアガロは仏頂面で答える。


「別にいいだろう? それよりも叔父上達は何故此処に?」


「わしが呼んだのじゃ」


 気になり重ねて理由を訊ねようとするが、先ずは座るよう促され、目の前に着座する。

 アガロが座るのを見ると、一同の目は一斉にコサンへ向けられた。


「皆を呼んだは他でも無い。これからの事に付いてじゃ」



【――話を(さかのぼ)る事、今から三日前――】



「父上……。ケタン様が殺されたとは、どういう事だ?」


 本陣へ来たアガロはコサンから発せられた言葉を聞き、余りの衝撃に我が耳を疑った。

 そんな倅とは対照的に、父コサンは落ち着いていた。


「どうもこうも、そういう事じゃ。戻ってきた使者から聞いた時、わしも心底驚いたわい」


「使者は何と言っていた?」


「うむ……」



 コサンは自分が聞いた事を語り出す。

 使者の話によると、ケタンは城へ戻った際、初めは門を閉めて、籠城の構えを取っていたらしい。

 しかし、形勢不利と見たブリョウが、ここは降伏すべきだと進言したが、ケタンは受け入れず不仲になったという。


 そこでブリョウは手勢を率いて、ケタンを捕らえ捕虜とし、降伏しよう目論んだ。

 ケタンの寝所へ夜陰に乗じて押し入り、両者は剣を抜き斬り合いになった。


 騒ぎを聞き副将のアンカラが駆け付けた時には既に、ケタンはこれまでと自害していたという。

 主君の仇とばかりにブリョウに斬りかかり、両兵士入り乱れての乱闘。城内は混乱し、多くの兵が死んだ。



「―――そして最後には、アンカラもブリョウも互いに相打ちとなり、城では兵士達が同士討ちをして、最早、籠城処では無いそうじゃ」


「今は誰が城を治めているんだ?」


「ケタン様の元副将でイコクタという男じゃ」


「元副将?」


 聞き慣れない名前だ。ケタンの副将なら先の二人武勇のアンカラと、智謀のブリョウの方が勇名(とどろ)かしている。

 しかし、イコクタなどという男は初めて聞いた。


「うむ、聞いた話によると、何でも昔は優遇されておったらしいがアンカラ、ブリョウの二人が現れてからは、副将の任を解かれ、一介の侍大将になったそうじゃ」


「そのイコクタが、今回ザンカイ城の明け渡しをしてきたのか?」


「そういう事じゃ」


「父上、そいつは信用出来るのか?」


「はっきり言って信用置けぬ。今回のブリョウの謀反は、不明瞭な点が多すぎるわい」



 父は息子と同じく、その男の事を疑っている様子だった。

 コサンはケタンにアンカラ、そしてブリョウと面識がある。昔戦場を供にし、その性格を大体見てきた。


 ブリョウは慎重であり、侍大将としての器もある若武者で、アンカラと共に将来を有望視されていた。また彼は貧乏な地侍の生まれでありながら、ケタンに認められ出世した。忠義心厚く、ケタンを生涯の主と崇めていた。


 そんな彼が本当に謀反を起こしたのかは疑問である。また彼はケタンだけではなくアンカラも殺している。相打ちというが果たしてブリョウが、アンカラと実際に斬り合うだろうか。

 コサンには、それが理解出来なかった。



「何はともあれ、今は考えている暇は無い。ザンカイ城の様子を見て、安全が分かり次第、城へ入るぞい」



【――話は三日後の現在へ――】



「兄上、これからの事とは、ナンミの事か?」


 口火を切ったのは叔父のギジョ・マンタ。彼は流石にコサンと長年戦場を共にしてきているだけあってか、聞かなくても分かっているようであった。

 皆の視線が集まると、総大将が口を開く。


「そうじゃ。そもそも事の発端は、守護代ウェナ・モウの暗殺に始まり、そこから此度のギ郡内乱になり、トウジ平原の戦、そしてブリョウの謀反……。わしは全て裏でナンミが絡んでいると見ている。現にナンミは郡境(ぐんざかい)に兵を集結させておる」


「しかし、ナンミとブリョウ殿の謀反を関係付けるには、まだ早いと思うが?」


 ギジョが言うが、コサンは納得していない様子だった。


「叔父上様はイコクタ殿をお疑いですか?」


「そうじゃ」


 イマリカの問いにコサンは即答した。

 ギジョは腕組をしながら考え込むと、


「確かにあの男は怪しいな。聞いた話によると、今回のブリョウの騒ぎの際には、一番最後に駆け付けているらしい。アンカラ、ブリョウが互いに争ったのにも関わらず、えらく落ち着いている」


「兎に角じゃ、今や敵はナンミだけでは無く、内にも居るやも知れぬ、という事を皆心して欲しいのじゃ。いざとなれば頼れるは身内よ。我等ユクシャ家、マンタ家、アッシクルコ家、そして、此処には居らぬがゲンヨウ家。我等四家は一丸となり、これから起こりうる最悪の事態に、備えておく必要があるのじゃ」


「叔父上様、最悪の事態とは……?」


 今度は、姪イマリカの問いに即答せず、少し間を空けてから答えた。


「最悪、このギ郡がナンミの手に落ちる、という事じゃ」


「そんな事はありえません!」


 途端、姪は声を荒げた。

 しかし、そんな彼女に対して、総大将コサンは落ち着いて続けた。


「じゃが万が一という事もある。そうなった際、自分の領地を失う事とてあるじゃろう。その時は互いに身を寄せ合い、助け合う事じゃ」


「父上」


 ここへ来てアガロがようやく口を開く。


「俺達は勝てるのか?」


「はっきり申せば苦しい状況じゃ。此度のお家騒動で内乱が起きた。そして、ケタン様が御自害なされたは、予想外の事じゃったわい」


「父上に勝算はあるのか?」


「無い事は無いが、こればかりは分からん。相手はあのリフ・ナンミじゃ。昔から狡猾(こうかつ)で、どのような手を使ってくるか分からん。お前も覚悟を決めておくのじゃ」



 コサンの言う事に居並ぶ全員が、緊張した顔付きで頷きあい、館を後にした――――。

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