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第十九幕・「恐怖と金」

【――コサン軍・本陣・センゲン寺――】



「はぁ……。アガロ、お前がここまでするとは、思っても見なかったぞ」


「全く、若様は何時も身勝手に動きすぎですぞ!?」


「シグルの申す事(もっと)もじゃ。少しは反省せい」


「…………」


 コサンは本陣をトウジ平原近くの寺、センゲン寺に移した。

 明日にはケタンの居城ザンカイ城へ向かう為、兵の再編や兵糧輸送の手筈などを家臣と合議していたコサンは、シグルに連行されたアガロを見て度肝を抜かれた。速やかに家臣達をその場から下がらせ、息子を中へ引き入れた。

 息子は父親の前へ突き出され、着座するも先程から平伏し沈黙。口を開かない。


「アガロ、何か申し開きがあるのなら申せ」


「……恐れながら申し上げます」


 酷く枯れた声。そして、珍しく何時もの粗暴(そぼう)な口調ではない。


「先程から申し上げている”アガロ”とは一体誰の事です?」


「は?」


 思わずコサンから間の抜けた声が出た。


「お前の事じゃろう!?」


「恐れながら、ユクシャ様は人違いをしています。俺は”アギト”と申す一介の足軽です」


 訳の分からない事を言い出す息子に、頭が痛くなる思いだった。

 少し動揺しながらもシグルが口を挟む。


「若様、何を申しておるのです!?」


「そもそも、その”若様”と言われる筋合いがありません」


「……お前、気は確かか?」


 自分は”アガロ”では無く”アギト”だという。どちらも同一人物ではないか、とコサンは呆れ返った。


「では訊ねる。その方は何者じゃ?」


「恐れながら申し上げます。俺は此度、ユクシャ家当主アガロ・ユクシャ様の命にて参戦しました」


「倅の命?」


 訝しげな眼差しを向けるが、アガロは差して気にもせず続ける。


「はは、如何にも。アガロ様は此度(こたび)のギ郡内乱にて、心労の絶えない父君コサン様を思い、父上を助けるよう、俺を使わしたのです」


「ほう……」


 いけしゃあしゃあとよく言う。その心労を増やしているのは何処のどいつだ、と内心呟いたユクシャ家の隠居コサン。


「そして俺はアガロ様より、伝言を授かって参りました」


「……愚息は何と?」


「『アギトに一軍を与えよ、さすればこの戦直ぐに終らせる』と」


「…………」


 思わず口を開け、目の前の息子を凝視した。

 隣ではシグルが片手で頭を抱え、やれやれと左右に振っている。


「俺に兵を与えれば、戦場を縦横無尽に駆け、敵を打ち破ってご覧に入れます」


 呆れて言葉も出ないとはこの事だ、とコサンは思った。その自信は何処から来るのか、逆に羨ましくもある。

 だが―――。


「その方は陣中から出てはならん」


「な!?」


 アガロは納得行かない、という表情をすると、コサンは溜息混じりに話を続けた。


「当たり前じゃ、謹慎中だというに家族に心配をかけ、城を抜け出し戦場に来るとは、他の者達の笑いものじゃ」


「恐れながら申し上げます。俺は先程も申した通り、アギトに御座います。俺は先のトウジ平原の戦いにて、味方の亜人隊と共に奮戦し、丘の下の敵と戦いこれを打ち破りました!」


「丘の下の部隊を倒したのは、シグルの隊であろう?」


 因みに、彼の居た亜人隊はミリュア隊であり、丘の守備を命じられていた筈である。詰まり、彼が勝手に部隊の指揮を執り、丘を下ったのは立派な軍令違反であった。


「されど崩壊寸前だった亜人達を纏め、討ち死になされた亜人大将に代わり、隊の指揮をしたのは紛れもなく俺です! 功あれど、陣中に留め置かれるなんて納得出来ません!」


 普段、無愛想で無口な癖に、自分の我を通す時だけよく喋る。こうなると、どうやっても引き下がらない意固地さが彼にはある。

 どうしようか悩んでいると、シグルがそっと耳打ちした。


(御館様、恐れながら申し上げまする。若様の言う事も一理御座りますれば、ここはいっその事、私兵を少しばかりお与えになり、戦のお供をさせては如何に御座りましょう?)


(シグル、その方まで何を言い出す?)


 この守役もとうとう気が触れたかと思うと、シグルは小声で(ささや)く。


(御館様、此の侭陣中に留め置くも結構に御座るが、いざ出立すれば若様は再び抜け出し、姿を暗ましまする。此処は足軽共を監視役とさせ、側に置いた方が安心、と心得まするが如何に?)


(ふむ……)


 確かにシグルの申す事最もな意見である。倅の守役をやっているだけの事はある。

 こいつが抜け出さない保障は何処にも無い。それなら兵を与え、行動を監視させた方が幾分マシかも知れない。


「よいじゃろう。アギト、その方には足軽を百ばかり与る。シグルの隊に加わり、本隊の守備を命ずる」


「はは、有難き幸せ! しかし、一つ御願いがあります」


「願いじゃと?」


 眉間に皺を寄せ、睨むがアガロは気にしない。


「は、足軽に亜人を加える事をお許し下さい。出来ますれば何名か俺自ら選びたい」


「……はぁ。よいじゃろう」


 何処までも図々しい奴だ、とコサンは改めて息子の我儘さを再認識した。


「待て!」


 一礼して立ち上がり、立ち去ろうとする彼をコサンが止める。

 アガロは振り返ると、父は近付き、腰の刀を手渡した。


「……これは?」


「う、うむ、なんじゃ……。ほれ、足軽百人の頭になるのじゃ! その、今の刀では何かと見栄えも悪かろう。よって、暫しの間、わしの刀を貸して使わす! 必ず後で返すように!」


 内心コサンは心配しているが、表情には出さなかった。


「ははっ!」


 今度こそ彼はその場を後にした。


「全く、あいつは……」


 再び溜息、そして肩を竦めながら着座する老将コサン。


「此度ばかりはそれがしも驚きました。さ、されどお早い内から戦場に慣れ親しむのは、武士として必要な事かと思いまするが……」


 シグルが何とか彼の為に弁明しようとしているが、コサンは然程気にはしていなかった。


「分かっておる。わしも若い内から戦ってきた。戦に出るな、とは申さぬ。わしもあいつと同じ年頃には、もう親父殿に連れられ戦場に居ったわい」


 コサンは乱世の始まりを知らせる大規模な反乱前から、父と共に各地にて散発的に起きる一揆や賊を相手に、その幼年期は殆どを戦場で過ごした。


「あの性格は一体誰に似たのか……」


「亡き先代様、と某は思いまする」


「……お主もそう思うか?」


 シグルへ視線を向けると、彼は何処か嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「は、普段冷静にも関わらず、興味のある物や事柄には異常なまでの執着心と、ずば抜けた行動力。あれは恐らく先代様の血かと……」


「あやつが冷静かどうかは疑わしいが、わしの親父殿はもう少し落ち着いていたと思うがな?」


「されど、好奇心がお強い所はよく似ておりまする」


「ふむ」


 ふと目を閉じ、昔から自分に仕えてきた、目の前の宿老と共に昔を思い出す。


「……そうじゃな。アガロもそうじゃが、親父殿も今にして思えば自由奔放な人じゃったわい。二人は恐らくじっとしていられぬ性分なのじゃろう」


「なにやら嬉しそうなお顔ですな」


「うむ。戦の最中(さなか)あいつが逃げ出さなかったのが以外であった。普段は逃げてばかりいるじゃろう?」


「ははは! 若様はああ見えて御仲間思いに御座りまする。そして、某が思いまするに、若様は時に大胆な行動を好みまする」


「うむ、そうか……。それはそれで困り者じゃな……」


 コサンには心配があった。いざと言う時にこそ、将は冷静でなければならない。流れに任せていては今の時代、身の破滅に繋がる。アガロは果たして立派な将に育ってくれるだろうか、と。


「御館様、今は悩んでいても仕方が御座りませぬ」


「うむ、明日にはザンカイ城へ進むゆえ支度をさせよ」


「はは!」



【――ミリュア亜人隊――】



「やあ、アガロ。お帰り」


「テンコか」


 現在足軽に身をやつしたアガロを出迎えたのは、ミリュア家当主テンコ。彼は手を振りながら、仏頂面のアガロへ近付く。


「思ったよりも早かったね?」


「悪いか?」


「いや、そうじゃないよ」


 如何やらシグルを連れてきた事を、根に持っている様子。

 しかし、自分の部隊の一部である亜人隊を勝手に指揮し、戦線離脱しようとしたのは間違いなく彼であり、その勝手さが今回の件に及んだのだから、自業自得であるとテンコは思った。


「所で、君の下僕の鬼が引いている後ろの荷物は?」


 その時ふとテンコは、戻って来たアガロ等一行が引いている荷車の存在に気が付いた。その上には、何やら細長い箱のような物が幾つも乗せられている。


「鉄砲だ」


 アガロは真顔で即答する。


「何で鉄砲を運んでいるのかな?」


 無論、疑問に思った。鉄砲は数が少なく、その上高価な武器で、それを扱えるのは部隊でもごく一部である。


「俺は故あってシグルの隊に加わる。そこで百人の足軽を任される事になった」


「おめでとう」


 一応祝辞を述べるが、彼は差して喜びもせず、淡々と続けた。


「この鉄砲はその出世祝いに貰った」


「……本当に貰ったの?」


 怪訝な視線を飛ばした。

 すると、アガロの後ろで荷車を運んでいた青鬼が口を挟んだ。


「若旦那が無理矢理持ってきたんでさあ」


 急に発せられた問題発言にテンコは驚くが、アガロならやりそうだと納得した。


「騒ぎにならなかったのかい?」


「別に。他の兵は居なかったし。ちゃんと断ってから持ってきた」


「ま、実際の所は他の部隊からこっそり盗んできたってのが正しいけどな」


 大きな赤鬼が困惑した表情でそう呟く。


「どうせユクシャ家の物だ。なら俺が拝借しても問題ない」


「いや、その言い分はおかしいと思うけど?」


 とつっこみを入れる。今の彼は一足軽頭であり、これも立派な規律違反である。

 しかし、ユクシャ当主は全く気にした素振りを見せない。


「気にするな。それよりお前は、こんな所で何を?」


 これ以上は何を言っても無駄だろう。そう思ったテンコは友の質問に答えた。


「亜人の皆に話を聞いていたんだよ。銀一握りだって?」


「そうだ」


 目を細め腕を組みながら、彼の発言の真偽を問うと、アガロは一つ頷いた。


「またすごい大風呂敷を広げたね?」


「ああ、それは俺も言い過ぎたと思う。だがあいつ等だって、ただ黙って死ぬよりは、生きて褒美が欲しいと思うだろ?」


 テンコが感心しながら言うと、アガロは肯定しながらも、流石に少し項垂(うなだ)れた。


「まあ確かにそれも一つの手だね。それに昔と違って今は乱世。亜人も立派な戦力さ。金さえあれば奴隷や下僕は自由になれるのを、認めている所は結構あるしね。傭兵は喰うのに暫くは困らなくなるし―――」


 一応、ミリュア家の当主も擁護して見せるが、


「でも、敵一人に付き十両は、流石にやり過ぎかな?」


 と最後にそう付け足した。


「やっぱりそう思うか?」


 彼の表情から察するに、どうやら少し不安の様子。突拍子も無い事をしだすが、余り先の事は考えずに行動している見たいだった。


「ま、まあ咄嗟(とっさ)の手段としては悪くは無いんじゃないかな? 『人は恐怖と金で動く』って昔何かの書物にも書いてあったし……」


「『人は恐怖と金で動く』か……。昔の人は良い事言うな」


 アガロが神妙な顔つきで頷き、いきなりテンコへ目を向けた。

 すると黒髪の少年は表情を一変させニヤリと笑い、細目の友へ近付く。

 何か嫌な予感がして、テンコは思わず逃げようとしたが、それよりも早くアガロが、テンコの手を掴んでいた。


「わっ!? ちょ、アガロ!?」


 アガロは有無を言わさずテンコを引っ張り歩き出すと、やがて亜人隊のど真ん中に到着した。

 一体何を考えているのか、皆目検討がつかないでいるテンコを尻目に、アガロは枯れた声を一杯に張り上げ大声を出す。


「皆の者―――! よく聞け―――!!」


 突然発せられるアガロの大声に、他の亜人達が注目する。


「今俺の隣に居るのが、ミリュア家当主テンコ・ミリュア様! 俺達の殿様だ!」


「アガロ!? いきなり何を!?」


 突然、自分を紹介され困惑するテンコ。すると、次にアガロが放った言葉が、彼を思わず閉口させる。


「皆、喜べ! 殿様は銀一握り、敵一人に付き十両の話は必ず守ると約束してくれたぞ!!」


「おお!!」


「流石はおれたちの殿様だ!」


「やった!」


 喜び浮かれる亜人達。

 彼等とは対照的にテンコはこの状況に嫌な予感を覚え、落ち着かない。


「……アガロ? これはどういう積りかな……?」


 ゆっくり訊ねると、彼の予感は的中した。


「これで俺とお前は一蓮托生だ」


「はぁ!?」


 テンコが目を丸くするが、アガロは平然と言ってのける。


「当然だろう。俺が言った事が嘘と分かれば、俺は殺される。どうせ死ぬならお前を道ずれにしてやろうと思ってな」


「それで大勢の前まで僕を引っ張ってきたのかい?」


「そうだ」


「もしも僕が断ればどうする?」


「お前を置いて逃げる」


「そうきたか……」


 言っている事が、冗談に聞こえない所が怖い。テンコは冷や汗を流した。


「選べ、此の侭良い殿様になるか、二人揃って死ぬか」


「君って本当、こういうの考えるの上手いよね?」


 テンコは此の侭では納得がいかないとばかりに、嫌味っぽく言ってみた。

 それに対して、


「『人は恐怖と金で動く』だろ?」


 とアガロは負けじと言い返した。


「どうする? ここまでお膳立てしてやったんだ」


「お膳立てというか、最早脅迫だよね?」


 折れる外無い。そう考えた彼は力無く項垂れた。


「これは貸しって事でいいかな?」


「ふざけるな。お前の亜人達を助けたんだ。これで貸し借り無しだ」


「はぁ……」


 強引なやり口で、褒美を支払わされる事となったテンコは、力無く溜息を吐いた。

人は恐怖と金で動くはナポレオンの『人を動かす二つのてこは、恐怖と利益である』の格言から拝借しました^^;

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