第十八幕・「本軍からの伝令」
【――数時間前・ケタン軍・本陣――】
「報告! アンカラ隊、ブリョウ隊、追撃してきた敵の先鋒隊と交戦、敵は総崩れ。御味方は優勢!」
「おお! 流石はブリョウ殿の策じゃ!」
「見事に上手くいきましたな、殿!」
味方がもたらす吉報に、家臣達は笑みを浮かべ、ケタンに向き直った。
「うむ、オレ等も打って出るぞ!」
ケタンの本軍は序盤、アッシクルコ隊が目の前まで迫ると、左右の林からブリョウ隊が打って出て、これを崩し追撃。そして予定通り、全軍でもって敵の本陣へ攻めかかる為に出陣した。
―――勝つ。
この二文字を信じているケタンは、自分の強さに絶対的な自信があった。
この戦に勝利して、弟を当主の座から追い落とし、狡猾な重臣達を一掃して新たな国作りをする。
その理想が現実味を帯、ケタンは胸の高鳴りを覚えた。
アンカラはブリョウと共に敵を猛追撃しており、此の侭では距離が開きすぎてしまう。進軍を急がせる。
その直後だ―――。
「報告!」
「如何した!?」
「トウカ山が奇襲を受け、敵と交戦中!」
「なんじゃと!?」
予想外の報に、味方は愕然とした。
「報告! トウカ山の麓、そして中腹は既に敵の手に落ち、味方は敗走! 残りの部隊が応援を求めております!」
「おのれ、コサン!! 城から出たは、我等を誘い出す為の罠だったか!?」
ここでトウカ山が取られれば退路を断たれ、味方は前後に敵を受ける形となり、全滅する。
「何故だ……?」
「殿……?」
その時、馬上にて平静を装っていたケタンが徐に口を開いた。
「何故敵の奇襲に気付かなかった!?」
「殿、落ち着いて下され!」
ケタンは激昂する。目は血走り、歯軋りして恨めしそうに、背後に聳えるトウカ山を睨んだ。
「ふざけるな! 守兵を残し厳重に警戒させていた! 麓なら兎も角、何故中腹にまで敵の侵入を許している!? トウカ山の部隊は何をしていたのだ!?」
トウカ山は少ない兵でも十分守り切れる自然の要害だ。例え敵の奇襲を受けても、苦戦する筈は無いと予想していた。
「っ! 直に早馬を前線に出せ! アンカラ・ブリョウの二人を呼び戻せ!」
「御意!」
「我等はトウカ山の救援に向かうぞ!」
ケタンは目標をトウカ山へ変更し、敵の本陣突撃を中止する由を、前線の二人へ伝えるように指示を飛ばす―――。
【――アンカラ・ブリョウ隊(アンカラ突撃前)――】
「おかしい、予定では全軍で攻めかかる手筈だが…矢張り殿の本隊に何かあったのでは……?」
顎に手をあて、後方からの報せを気にするブリョウへ、アンカラが声をかけた。
「ブリョウ殿、本隊が遅れているのは最早仕方の無い事に御座る。距離が開きすぎて此処からでは確認出来ぬ。ここは我等だけで攻めよう」
アンカラがこの侭勢いに乗り、敵を攻めるよう提案した。
今のアンカラ・ブリョウ隊は丘の上に陣取るミリュア・アッシクルコ隊を押しており、僅かに優勢だった。この好機を逃すまい、とアンカラは更に部隊を前面に出そうとする。しかし―――。
「アンカラ殿、後方に異変があったのかも知れぬゆえ、我等はこの場で待機し、本陣からの報せを待つべきだ」
ブリョウは彼の意見を否定し、あくまでも慎重になった。
その対応にアンカラは苛立ち、怒鳴り始める。
「先程から早馬を飛ばしているが、一向に戻って来ぬではないか!!」
「ゆえに、ここは待機して、殿の本隊を待つべきなのだ!」
馬上で互いに睨み合い、一歩も譲らない二人。先に口を開いたのは猛将。
「それでは敵に立て直す暇を与える!」
それに対して真っ向から反論したのは知将。
「アンカラ殿は焦りすぎなのだ! もう少し冷静に判断をせよ!」
「その方が臆病なのだ!!」
まさかの一触即発の空気に、互いの家臣達が冷や汗を流し、見守った。
口を挟む余裕など無かった。
「はぁ……、もうよい。ブリョウ殿は本隊を待っておれ。某は敵に突撃をかける」
「アンカラ殿、それは命令無視、独断行動だ!」
「先鋒を仰せつかったのは某に御座る! アンカラ隊、突撃用意! 目指すは丘の上の敵本陣! 騎馬で突撃し、後方は足軽隊に任せる!」
「アンカラ殿!」
突如、アンカラは別行動を取る。彼は自分の手勢だけを纏めると、一気に駆けだした。
ブリョウには、それを止める事が出来なかった。
前線へ向かった筈の伝令は一向に現れず、また此方から出した早馬も戻っては来ない。アンカラ・ブリョウ隊は異変を知らぬ侭、敵と対峙する事となる。
【――亜人隊――】
「おい、アギト! 遠くで狼煙が上がってやがるぜ!」
「狼煙だと?」
ドウキに言われ、赤鬼の指差す方向へ視線を向けると、確かに狼煙が上がっていた。
突如上がった狼煙を、両部隊の兵士達が目にする。一体何故、山で狼煙が上がっているのか、皆目見当が付かずにいた。
しかし、その答えは直ぐに分かった。
「かかれ!!」
「「「おおおおおぉぉぉ!!!!」」」
「何だ!?」
「敵が林から沸いてきやがった!!?」
トウジ平原に同じく伏兵を忍ばせていたコサン軍は、狼煙を合図に一気に打って出た。
【――ブリョウ隊――】
「報告! 左右の林から敵の伏兵! 味方は不意を突かれ、次々と敗走中!!」
「くっ……! 矢張りコサン殿の方が一枚上手だったか……」
「ブリョウ様、如何なさいます!?」
家臣が慌て、ブリョウに訊ねる。
「恐らく、あの狼煙はトウカ山が敵の手に渡った知らせだ……。なれば殿の部隊は戦場を離脱するだろう……。我等は殿を務めるぞ!!」
「ははっ!!」
手勢に合図を出し、本陣へ急ぐ。敵に背を向け、悔しさを押し殺すように歯軋りをしながら、撤退をするブリョウ。
(何故伝令は来なかったのだ!? さすればもっと早く軍を退いたものを! それに、此方から出した早馬も帰ってこなかった…………何故だ!?)
そして彼は城へ戻ってから知る事となる。
彼が出した早馬が、本陣へ向かう途中何者かに討たれていたという事を―――。
戦いは二辰刻程(約4時間)して終った。
伏兵により左右を挟まれたブリョウ隊は撤退。丘へ攻め上がったアンカラ隊は、健気にも勇戦し、ミリュア・アッシクルコ隊を突破。本陣近くまで迫るも味方の敗走を知り、残りの私兵を率いて丘を下り戦線を離脱。
ケタン率いる本軍は、トウカ山を奇襲したギジョ隊に足止めされ、遂に前線に間に合う事は叶わなかった。
山を取り返そうとするも、地の利を敵に取られ奪取ならず。活路を開き本拠地ザンカイ城へ落ち延びた。
なお、ブリョウ隊は殿を勤めて、敵の追撃の手を止め、一番最後に戦場を離脱する。
【――戦後・亜人隊――】
「終わりやしたね……」
「疲れた~」
疲れ果て地べたに座り込むトウマとガジュマル。二人は呆然と空を見上げる。
既に時は経ち、日は傾き始めている。朝方始まった戦の騒がしさが嘘のようだった。
「あっはっはっは!! 二人とも初陣にしちゃ、なかなか良かったぜ!」
何時ものように豪快な声で笑う赤鬼ドウキは、二人の後ろへ胡座を掻いて座り込むと、背中をばしばしと叩く。
彼なりに褒めてる積りだが、今の二人には少し応えた。トウマは苦笑い、ガジュマルは明らか嫌そうな顔をする。
「ドウキの旦那、もう少し優しく叩いて下せぇ」
「気にするな! 所でよ、アギトは何処行きやがった?」
「アギト様なら、さっき偉そうな奴に呼ばれて、連れて行かれたよ」
ガジュマルが言うと、赤鬼は益々彼の正体が気になった。
馬に乗れる事といい、銀を持っている事といい、只の足軽ではない。しかし、今は居ないのだから仕方が無い、と諦め座り込んでアギトの帰りを待った。
亜人隊はミリュア隊と合流し、傷付いた者の介護や食糧補給を受ける手筈になっている。
しかし―――、
「ふざけんじゃねぇ!!」
「そうだ! おれ達は勇敢に戦ったんだ! なのにどうして食料を渡してくれないんだ!?」
「お、落ち着け……」
「落ち着いてられるか!!」
亜人達が喚き散らしながら、抗議を起こし騒ぎ出す。
「始まりやがったか……」
「ドウキ、あの騒ぎはなんだい!?」
驚いたガジュマルが騒ぎを遠巻きに見つめながら、赤鬼に訊ねた。
「何時もの事よ。基本、亜人隊への食料補給、負傷兵の治療は後回しと相場が決まってやがる。あれはそれを知らない新米共って訳だ」
「さっさと補給をすれば話は済む。この際テンコに掛け合ってみるか?」
すると、突如隣に黒髪の足軽少年アギトが現れる。
「おう、アギト。何時の間に居たんだ?」
少し驚いたドウキは話かけた。
「酷え声だな?」
「……あれだけ叫べば声も枯れる」
「ちげえね。だがよ、おまえには勇気付けられたぜ。なんつうか、こう…小さい癖に頑張る姿を見て、他の連中も根性見せようと踏ん張った。そんな感じだったぜ」
「そうか……」
相変わらずの短い返事をするが、声に力が無い。それに酷く疲れているようにも見えるが、気丈に振舞っている。小さいくせに見栄っ張りなのか、未だ戦いの緊張感が取れないのか分からない。
だが、ここで彼を気遣うのは帰って逆効果だろう。そう思ったドウキは別の話題を振る。
「何処に行ってやがった?」
「テンコに会っていた」
テンコといえばミリュア隊の総大将である。
その大将に呼ばれ、しかも呼び捨てにしている。その豪気な性格に、ドウキは内心呆れた。
「若旦那、何を話したんで?」
「脱走したのがばれたから叱られた。後は此処で待つように、と」
「何でだろ?」
ガジュマルが不思議そうな顔でいると、アガロの後ろから、
「若様っ!!!!」
と聞き覚えのある怒鳴り声が響いた。
ゆっくりと振り向くと、其処には守役の老人が立っていた。足軽の格好をしていても、ばれるものはばれるのか、彼は恨めしそうに呟いた。
「テンコ…何時か殺してやる……」
「殺されるのは正直嫌かな?」
背後に居たのはアガロの守役シグルと、ミリュア隊の大将テンコ。
「若様、何故このような所に!? お城で謹慎中では!?」
「え~っと……だな」
アガロは片手で頭を掻きながら言葉に詰まる。
「黙っていては分かりませぬぞ!?」
「いや、俺は今アギトでだな……」
アガロの顔を見ると先程から目が泳いでおり、何か言い訳を考えている様子だった。若しかしたら、今この場から逃げ出そうと考えているのかも知れない。
それは許さじ、とばかりにシグルは大股で彼の元まで歩を進める。
「兎に角! 若様は某と共の来て貰いまするぞ!」
「ま、待て、爺! これには深い訳がある……」
「問答無用!!」
アガロは何時ものようにシグルに掴まれると、ずるずると引きずられながら連れて行かれる。
その時だ―――。
「そうだ! ガジュマル、トウマ、それとドウキ! お前達も一緒に来い!」
「何でだい?」
ガジュマルは聞き返すが、アガロは有無を言わさなかった。
「いいから来い!」
アガロは三人を呼んだ後、テンコの方を向くと、キッと睨み付ける。
「覚えていろ!」
「ご武運を~」
へらへらと笑いながら手を振るミリュア当主を尻目に、ユクシャ当主は父親の元へ連行される羽目になった。
【――ケタンの本拠地・ザンカイ城――】
「報告! 御味方が戻ってまいりました!」
「来たか……」
ザンカイ城二の丸の櫓から、トウジ平原にて敗走したケタン軍を眺めながら男は呟く。
「ふぇっふぇっふぇっ。イコクタ様。”獲物”が戻ってきましたな……」
「シウン、その方は奥に下がっておれ」
「ふぇっふぇっ。年寄りを邪険にするものではないですぞ?」
イコクタ、と呼ばれる男の後ろに、知らぬ間に立っていたのは一人の小男、名をシウン。
「ふぇっふぇっ。上手くいきましたな? イコクタ様?」
「うむ、その方の言った通りに事が運んだ。予め平原に刺客を忍ばせ、早馬、伝令を暗殺して味方を撹乱する……。見事である」
「ふぇっふぇっふぇっ。これは恐悦至極。後はここで最後の仕上げと行きますかの……」
不気味な程に眼を光らせ、シウンというこの老人は身軽に櫓を飛び降り、城の奥へ向かった。
櫓に残されたイコクタは、不敵な笑みを浮かべる。
「これでギ郡はわしの物だ……!」