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第十六幕・「丘を下れ」

「投げ槍の用意ぃ――! 騎兵が来るぞぉ――!!」


 足軽大将が叫ぶと、他の亜人達は急いで斜面を駆け上がり、投げ槍の構えに入る。

 兵の錬度が(まば)らなのは味方も同じで、さっきの戦いですっかり体力を消耗した者、戦い疲れ精も根も尽き果てた者が少なからず居る。


 だが、敵の騎馬隊を前にして、一人冷静に隣の赤鬼に話しかける少年の姿が、其処にはあった。


「ドウキ、この状況、どうすれば生き残れる?」


「なんだいきなり?」


 突然質問され、赤鬼は(いぶか)しげに睨んだ。


「俺は未だこんな所では死ねない」


「そりゃ誰でも死にたかねえだろ? おれだって、こんな所でくたばるなんざ、ごめんだ」


「ならば、どうすればいい?」


 彼の真剣な表情から読み取るに、ただ死にたくないだけではないらしい、とドウキは思った。


理由(わけ)が気になるんだが、後で訊いて良いか?」


「無論だ」


 了承を得ると赤鬼はニッと笑う。


「いいか、敵の狙いは後ろの本陣だ。騎馬隊はおれ等になんか目もくれねえで、突破を図ってくるに違いねえ。おれ等は敵の攻撃を受け流しながら、通してやりゃいいだよ」


「でもそんな事したら、後で怒られない?」


 ガジュマルが疑問を述べると、赤鬼は呆れたように言い返した。


「亜人隊で敵の騎馬突撃を止めるなんざ無理だ。突破されて当たり前なんだよ」


 そもそも寄せ集めの部隊。奴隷や下僕からなる亜人隊と、戦を専門としている騎馬武者との力の差は歴然としている。先ず敵わない。


「それよりも、その後に続く後続の部隊が厄介だ」


「後続のですかい?」


 トウマが訊ねると、ドウキは一つ頷く。


「そうだ。敵は背後の本陣近くにまで達する。そうなったら指揮系統が麻痺して、部隊がばらばらになりやがる。混乱した所を、後から来た敵の後続が討つって寸法よ」


「詰まり俺達は騎馬隊を受け流した後、どうやって敵の後続と戦うかが問題、って事だな?」


「そういう事だ。正直、一番最初に狙われるのは亜人だ。捕らえれば売って金になるからな」


「そうか」


 アガロは短く返事をすると、もうそれ以上は興味が無いのか、向かってくる敵を睨み付ける。

 敵の軍馬の姿は次第に大きくなり、馬蹄(ばてい)の音が地響きで伝わってくる。


「坊主、来やがったぜ」


「若旦那、馬上からの攻撃に、気を付けて下せぇ!」


「心配するな」


「でも地形的においら達が有利なんだよね?」


 ふとキジムナの少年が訊いてくると、アガロは一つ頷いた。


「そうだ。俺達は敵に飛び道具を使い、倒せるだけ倒す」


「おいおい、敵を通すんじゃなかったのかよ?」


 当初の予定と違う事を指摘すると、少年は別段気にする素振りを見せず、無愛想に返答した。


「黙って通すのも癪に障る。それに、俺達の前を通る連中を目の前寸前で討てば、後ろの連中の邪魔になり前からの攻撃が減る。そうすれば左右からの攻撃に絞る事が出来る」


「成る程な。だがどうする? おれ達には弓も鉄砲もねえんだぞ?」


「何でもいい。槍だろうと、その辺の石ころだろうと、投げれる物は何でも投げろ!」


「あいよ」


 ドウキは側に落ちていた槍を一本逆手に持ち、敵へ向けて投げの体制に入る。

 だが、そこでアガロがいきなり彼へ怒鳴った。


「馬鹿! お前は力があるんだ、もっと敵に効くやつを投げろ!」


「何を投げればいいんだよ?」


 周りには弓矢も落ちているが、ドウキには弓術の心得が無い。

 すると少年の口から出たのは意外なものだった。


「死体だ」


「は!?」


「死体を投げろ」


 予想外の答えにドウキは一瞬固まるが、直ぐに側に転がっている敵の死体を持ち上げる。


「へ! 流石に死体といえども、鎧を着込んでやがるせいで重いぜ!」


「お前の体格と力なら、その程度投げ飛ばす事くらい容易な筈だ」


「簡単に言ってくれるがな、死体を投げ飛ばすなんざやっぱりいい気分はしねえぜ?」


「死してなお誰かの役に立つのなら、そいつも本望だろう?」


 何とも自分勝手な言い分に、赤鬼は堪らず笑い出してしまった。


「あ―はははは!! おまえはおもしれえな!」


 ドウキが笑っているのを尻目に、アガロは早速指示を出す。


「ガジュマルは馬を、トウマは出来れば騎兵を狙え。敵の馬を奪う」


「坊主、おまえ馬に乗れるのかよ?」


「これでも馬術は得意なんだ。暴れ馬だって乗りこなす自信がある」


「おまえ、本当は何者だ?」


 乗馬など一介の足軽が出来る筈無い。そもそも馬の乗る事が出来るのは、身分の高い士族だけである。

 益々少年の正体が気になり凝視するが、アガロは興味が無さそうに(つぶや)いた。


「後にしろ」


「聞いたらきっと驚くよ!」


 ガジュマルの言った事に半信半疑になりながら、ドウキは何時でも死体を投げれる用意をする。

 他の三人も側にあった投げれそうな物を急いで集めるだけ集め、そして構えに入る。


「いいか、よく引きつけろ……」


 アガロはゴクリと唾を飲み込む。

 斜面を一気に駆け上り、隊列の崩れた亜人隊へ騎馬隊が殺到する。


「放てぇ―――!!」


 先に焦った足軽大将が合図を出した。亜人隊に槍を投げさせるが、しかしその殆どは外れるか、敵に弾き飛ばされ、意味を為さなかった。

 足軽大将は直ぐに迎え撃つ構えを取らせるが、足並みが全く揃っておらず、隊列が乱れた侭である。


「退けどけー!」


「死ねぇ、虫けら!!」


 眼前に迫った敵は味方の亜人達を無残に殺戮していく。

 ケタン軍の先鋒にして主力部隊を担っている猛将アンカラの騎馬兵は、怒涛の如く迫ってくる。

 その勢いに思わず負けそうになるが、ぐっと堪えた。

 そして―――、


「放て!」


 彼が合図を叫ぶと同時に、四人は敵へ向かって一斉に槍と死体を投げた。


「ぐえっ!?」


「おわっ!」


「何だこりゃっ!?」


 ぎりぎりまで敵を引きつけたのは敵に武器を弾かれない為、そして敵の馬を狙う為だ。


(よし、上手くいった!)


 敵の軍馬はガジュマルの放った槍を喰らい、前足を上げ立ち上がり、その侭後ろへひっくり返った。

 トウマは敵の騎兵を(つらぬ)き、ドウキが投げた死体は目の前の敵騎兵二人に直撃し、落馬させる。

 敵はアガロの読み通り、落馬した味方に(つまず)かないように左右へ分かれた。


「注意しろ! こいつ等を後ろへ通せ!」


 四人は敵の攻撃を受け流し、騎馬隊を後ろへ通した。

 案の定、ドウキが言った通り亜人隊は、敵の突撃を止められず突破されてしまう。騎馬隊はその侭ミリュア・アッシクルコの部隊と激突し、丘の上で敵味方の怒声や叫び声が聞こえて来た。

 アガロ達は生き残った敵を討ち取り、馬を奪う。


「なんとか上手くいったね」


「だがここからが本番だ。ドウキの言った通り、敵の後続が来る」


 アガロ達は、先鋒の亜人隊にいた赤髪の足軽との戦いで、体力を消耗していた。

 特にトウマは左肩を負傷しており、顔色が悪い。


「トウマ、ほんとに大丈夫かい?」


「すいやせん、さっきの奴との戦いで、血を流しすぎちまいやして……」


「無理はするな。後ろに下がり、手当てをして貰え」


「いや、あっしはここまで来たんです。最後まで若旦那のお供をしやすぜ!」


「好きにしろ」


 彼は内心トウマの事を心配したが顔には出さず、斜面の下にいる敵を見下ろした。


「……来るぞ!」


 丘の下には騎馬隊の後を追って、敵の残りの部隊が動き出していた。

 数は三百余。味方はさっきの戦いで消耗し、今の戦力で斜面を死守するのは絶望的だ。

 咄嗟にアガロは辺りを見渡すと、見覚えのある二人が側で立ち尽くしていた。一人は大きく、もう一人は小さい銀髪の二人組。


「お前達、生き残っていたのか」


「あぁ? 誰に向かって口を聞いてやがる? コウハ、ギンロ兄妹が、あの程度の敵に殺られる訳がねえだろ?」


「…………」こくり


 まだまだ余裕を(うかが)わせる獣人兄妹。


「なら手を貸せ」


「はぁ!? 何でだよ!?」


 途端、コウハは露骨に嫌そうな顔をした。


「いいじゃないか。おいら達は同じ組なんだし」


「ふざけんじゃねえ! ガキ二人と手負い一人の面倒なんざ見てられるか!!」


 ガジュマルが好意的に接するが効果は無い。

 怒鳴り散らすコウハにドウキが声をかける。


「兄ちゃんはひょっとして、びびってんじゃねえか?」


「あんだと、オッサン!?」


 すると、兄のコウハは今迄以上に目を吊り上げ、怒りを(あら)わにする。その言葉は彼の高い誇りを傷付けた。


「ま、無理もねえぜ。あれだけの数の敵が来るんだ。いくら仲間思いのコウハさんだって、死にたくはねえもんな?」


「ちょっと待ちやがれ! 聞き捨てならねえ!!」


 コウハは語気を強めてドウキに歩み寄る。

 そこへアガロがにやりと笑いながら彼を見て、口を開く。


「ドウキ、あんまり本当の事を言うな。本人が気にしてこの場を離れ難くなるだろ?」


「舐めるなよ、テメェ等!」


 よし! とアガロとドウキは心の中でほくそ笑んだ。


「この狼族のコウハ! 仲間を見捨てて戦場を逃げ出す事なんてありゃしねえ!」


「いよ! コウハの旦那、色男!」


 トウマがヨイショをすると、今度は一気に機嫌を良くする。

 胸をドンと叩き、大きな声で言い放った。


「当たり前よ! いいぜ、オマェ等がどうしてもってんなら、助けてやらねえ事もねぇ。いくぞ、ギンロ!」


「…………」


 やる気になる兄とは対照的に、妹は呆れたような眼差しを向けた。


「大変だぁ!」


 その時、後ろで他の亜人の叫び声が響いた。


「どうした!?」


「大将がさっきの騎兵にやられちまった!」


「なんだとっ!?」


 突如、足軽大将討ち死にの急報が亜人隊に広まる。

 寄せ集めの烏合の衆は一気に動揺し、部隊が混乱していく。


「ちっ、不味いな。これじゃ味方は全滅になりやがる……」


「なにかいい方法は無いの!?」


 此処へ着てこの悲報は予想外であった。

 ドウキは歯軋りし、トウマやガジュマルは青ざめ汗を流した。獣人兄妹もこればかりはお手上げ、と肩を竦める。


「……ドウキ、代わりになる奴が居れば良いんだな?」


 そんな中只一人、アガロだけは冷静な声でドウキに訊ねた。


「確かにそうだが、この混乱を沈めるには、何か変わった方法が必要だぜ?」


「任せろ」


「おい、ガキ! 何処へ行きやがる!?」


 アガロは馬へ飛び乗ると、亜人隊の中央へ一気に駆けた。


「皆、よく聞け!!」


「何だ、なんだ?」


「誰だありゃ?」


 いきなり現れた馬上の少年に、皆の視線が一斉に集まった。


「俺はこの亜人隊へ派遣された、ユクシャ隊からの軍監(ぐんかん)である!」


「何だそりゃ!?」


「軍監?」


「軍監とは主に軍の監視と、戦で活躍した者を見つける役職だ!」


「なんだって!?」


 アガロは小さい体をしているが、声は大きくよく通った。その場の全員の耳に良く届く。


「此度の合戦で足軽大将殿は名誉の討ち死にを遂げられた! よって、俺が代わりに亜人隊の指揮を受け持つ!」


「ふざけんじゃねえ! おまえみたいなガキに何が出来る!?」


 頼りにならない、と鬼達が文句を言うが、アガロは彼らへ向かってある事を公言した。


「よく聞け者共! この戦で生き残った者には多額の褒美を約束する!」


「褒美だと?」


「そうだ、けちな事は言わない! 銀一握りだ! おまけに敵を一人討ち取るごとに十両やる! また、良く活躍した者には更に褒美をはずむぞ!!」


「銀一握り……!?」


「敵一人に付き十両…だと…!?」


「証拠を見せよう!」


 そういって彼が脇に下げてある袋から銀を取り出すと、目の前にいる亜人へ渡した。


「ほ、本物だ……!」


「すげぇ!」


「……あの坊主、やりやがったぜ」


 ドウキは心の中で呆れるを通り越して、感嘆した。こんな状況下でよくもあんな大法螺(おおぼら)を吹けるものだ。

 彼は馬上から声をかける事で、自分が目上の身分だと回りに思わせ、残して置いた銀を見せ、亜人達の心を掌握した。


 そして何よりも、馬上の彼の姿は、その辺に居る騎馬武者よりも堂々としており、立派な大将に見えた。この一瞬の間に部隊の混乱を沈めたのだ。

 すると彼は馬で駆け、此方へ戻ってきた。馬上から開口一番ドウキに問う。


「ドウキ、何処を攻めた方がいいか?」


「何だ、敵と殺りあんじゃねえのかよ?」


「今は生き残る方が大事だ。亜人隊を俺が指揮しこの戦場から離脱する!」


「だ―はっはっはっは!!!」


 赤鬼は大声で笑い出してしまった。


(へ、やるじゃねえかこの坊主! 発想といい、行動といい、やる事が他の連中と違いやがる!!)


 こんな気分は何年ぶりだろう、ドウキは数年ぶりに戦場での胸の高鳴りを感じた。


「おれが見た所、敵の右翼が弱い。兵の足並みが揃ってねえ上に、他の隊と違い装備が脆弱(ぜいじゃく)だ。それに後方の部隊が止まってやがる。そこへ一気に駆け下りれば、或いは敵中突破が出来るかもしれねえ」


「右翼か」


 アガロは再び馬首を変え、亜人隊の中央へ走ると声を張り上げた。


「我等は敵の右翼を突破し、後方の部隊へ攻めかかる! 皆、死力を尽くせば活路が開ける! 戦の後には多額の褒美が待っているぞ!!」


「「「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」


「突撃ぃ―――!!!!」


 アガロが号令を下すと、亜人隊は死中に活路を見出すべく、一斉に丘を下っていった。

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