第十五幕・「赤髪の少女」
【――トウジ平原――】
「かかれぇ―――!!」
「踏ん張れぇ―――!!」
戦は序盤、撤退を始めた敵の先鋒アンカラ隊を、追撃したアッシクルコ隊が優勢であったが、敵本陣近くまで迫ると、左右に伏せてあった伏兵により側面を突かれ、退却を始める。
アッシクルコの隊はその侭後方、丘の斜面に陣取るミリュア隊と合流し反転。
追撃してきた敵と相対する事となった。
一方、敵の先鋒アンカラ隊と、伏兵として潜んでいたブリョウ隊合わせて約七百は、ミリュア隊の前備えである亜人隊とぶつかり、自分達も先鋒として亜人隊を繰り出した。
今は足軽の”アギト”として従軍しているアガロはガジュマル、トウマと共に向かってくる敵の亜人隊と戦いを始めていた。
「でえぇぇぇい!!!」
「ガジュマル、右から攻めろ!」
「まかせて!」
素早い身のこなしでキジムナが、敵一人翻弄すると、アガロが指示を飛ばす。
「今だ、トウマ!」
「へい!」
合図にトウマが槍を突き出す。その突きは寸分違わず敵の脇を貫き、蹴り飛ばして転がした。
「よし! 次だ!」
アガロ、ガジュマル、そしてトウマは戦が始まると三人一組で固まり、互いに背中を預けあいながら、三人で一人を討つ集団戦法を行っている。
主にアガロが敵の動きを見て瞬時に判断し、支持を下す。自分とガジュマルの二人で敵の動きを止め、トウマに止めを刺させる。
「トウマ!」
「へい!」
今度は敵の首を刺し仕留める。
初陣にして中々の戦果にガジュマルは喜びの声を上げた。
「やったぁ! これで四人目だよ!」
「こいつ等、思ったより強くはありやせんぜ!」
「ああ、それは俺も同感だ。正直、爺の太刀筋に比べたら止まって見える!」
「あの爺さんが、どんだけ化物なのか身にしみて分かるね」
この時だけアガロは、稽古をつけてくれている相手、シグルに感謝した。
そして、アガロとガジュマルは普段から、その化物爺さんから逃げ回っていた為、とてもすばしっこい。山を、森を、狭い獣道を普段から駆け回っている二人は、攻撃を躱しながら、素早く走り回り、敵の動きを封じてトウマに槍で討たせる。
「次だ! あの敵を討つぞ!」
一糸乱れぬ三人は、その後も敵を一人ひとり確実に討ち取っていく。
「若旦那、この辺の敵は粗方片が付きやした!」
「アガロ様、次はどうしたらいい?」
二人がアガロへ目線を向け、彼の指示を待った。二人の目には既に自信が付き、さっきまで緊張していたのが嘘のようだ。
しかし、一つの影がトウマの後ろに見えたのを、アガロは見逃さなかった。
「トウマっ! しゃがめぇ!」
咄嗟にアガロはトウマの真上を飛び越えると、敵の刀による突きを打ち払う。
敵は素早い身のこなしで隙無く構え直し、間合いを取る。
アガロは相手を凝視しながら、トウマへ声を掛ける。
「油断するな!」
「すいやせん、若旦那! 助かりやした!」
アガロは敵を観察した。
背の高さから見るに自分とほぼ同じ、恐らく子供の亜人だろう。金を稼ぐ為、幼い頃から従軍する少年兵は珍しくない。目の前の敵も同じ者だろう、とアガロは思った。
「敵はそれ程大きくない。ガジュマルは右! 俺は左から行く! トウマ、最後は頼むぞ!」
「おう!」
「へい!」
先程と同じように、ガジュマルは敵兵士の足を狙う。草鞋を履いているだけの足元はむき出しの状態であり、刺されれば動きが止まり、隙が生じる。足軽が気を付けなければならない、弱点の一つである。
一方アガロは、左から敵兵士の脇を狙う。左の脇を突けば、直接心臓を貫く事が出来、敵は即死する。
だが本命はトウマの槍による首元への一突き。斜面の上からなら、敵の首元を簡単に狙える。
この集団戦法で、先程から既に何人も討ち取った。
(左右からの同時攻撃で、敵に隙が生じる。そこをトウマが討つ!)
アガロはガジュマルと共に、左右同時攻撃をするがその瞬間、想定外の事態が起こった。
「なっ!?」
「飛んだ!?」
「若旦那! ガジュマル!」
トウマが二人の後ろで叫ぶと、先程の足軽が何時の間にか、青鬼の目の前まで距離を縮めていた。驚くべき跳躍力と一足飛びである。
「トウマ!?」
「おっと! 間一髪でやんした…」
この足軽、アガロとガジュマルが攻撃した瞬間に前へ飛び、トウマへ目掛けて突きを繰り出した。
寸での所で敵の攻撃を払ったトウマだが、安心している暇は無かった。
「おわっと!? こいつは中々に難儀な相手でさぁ!」
「トウマ距離を取れ! 槍では不利だ!」
アガロとガジュマルが、トウマの援護に向かう。
既に間合いに入られているトウマは、防戦一方となり、掠り傷を幾つか負わされた。
そこへ彼を助ける為、二人が後ろから襲い掛かった。
「はっ!!」
「てい!」
背後から斬りかかった二人だが、
「ぐっ!」「うっ!」
ガジュマルは殴り飛ばされ、アガロは腹に蹴りを喰らう。
ここへ来て初めて三人は、劣勢へ回った。
(つ、強い! この足軽、さっきまでの奴等とは格が違いやす。二人より速くて、あっしなんかより力があるなんざぁ、化け者でさぁ!)
肩で息をしながら、トウマは目の前に突如現れた強敵に、槍を向けつつ距離を取る。
(あっし等三人でも敵わねえんなら、若旦那だけでも無事に城へお戻ししなくちゃなりやせん!)
トウマは決死の覚悟で踏み出した。一瞬でもこの足軽の隙を作れば、逃げ出す機会がある筈。
彼は恐怖を押し殺し、声を張り上げながら槍を突き出す。
「きえぇぇい!!」
彼は助走を付けて渾身の突きを放つも、足軽は十分にその突きを引きつけ、寸での所で躱す。と同時に彼を殴り倒した。
「ちぃ!」
「……」
最早これまでか、と思ったトウマは刺し違える覚悟を決める。アガロだけは、何としてでも守らねばならない。
敵の足軽へ向き直り、槍を捨てて、抜刀。両手で構える。
「……」
静かに歩を進めながら近付いて来る敵に対して、トウマは最後の力を振り絞った。
「いやぁぁあ!!!」
一気に駆け出し刀を振り上げる。だが―――、
(しまった、刀が!)
敵に振り払われ、トウマの刀は空しくも宙を舞った。
間髪入れず敵が素早い身のこなしで突きを繰り出し、彼の左肩を刺した。
「っ……!」
左肩を押さえ、死を覚悟した彼は瞬間目を閉じた。
(此処まででやんすか……。若旦那、ガジュマル、申し訳ありやせん!)
敵はまた突きの構えに入り、自分へ目掛けて踏み出してくる。
その時―――、
「トウマ、目を開けろっ!!」
「っ!?」
「若旦那!?」
突如背後から、アガロが敵足軽の右太腿を槍で突き刺した。
(浅い!)
手応えは感じられない浅い突きだった。
敵は直ぐ左へ飛び距離を取る。
「てい!」
「っ!?」
しかし、飛んだ先にはガジュマルが待ち構えており、敵の左肩へ槍を繰り出す。
不意を突かれたこの足軽は、寸での所で仰け反るが、斜面により足場が悪く、急に体制を崩したので、その侭ひっくり返ってしまう。
「若旦那、無事だったんで!?」
「心配ない。それよりも早く傷を塞ぎ、槍に持ち替えろ! まだ終ってないぞ!」
「へい!」
トウマは傷を布で縛ると、槍を手に取り、再び三人一組となる。
「アガロ様、ごめん。おいら失敗しちゃったよ」
「気にするな、敵は右足に傷を負っている。最初に見せた一足飛びは出来ない筈だ。もう一度俺とガジュマルで右から攻める。トウマは反対の左から槍を突き出せ!」
「でもそれじゃまた、さっきみたいにやられるよ?」
「深入りするな、敵を動かし血を多く流させ、体力を削る。俺等は一撃を加え、すかさず退けばいい!」
「えげつないね!」
「流石は若旦那! 悪知恵が冴えておりやすぜ!」
「つべこべ言ってないで、さっさと動け!」
三人が近付くと敵の足軽は素早く起き上がった。すると、先程倒れた所為で足軽笠が取れてしまい、その素顔を現にする。
「……こいつは驚いたな」
「綺麗だね……」
「娘ちゃんだったんすね」
今まで戦っていた敵は少女であった。余りにも強く、桁外れの身体能力を見せ付けられていた為、てっきり男だと思っていた。そして、三人の目を奪ったのは、彼女の真っ赤に燃える赤々とした髪と紅の瞳と、それとは逆に白い肌だ。
赤髪の少女は目を大きく見開き、油断無く三人を睨み付けている。
しかし感心している場合ではなかった。綺麗な容姿とは裏腹に桁外れに強い。
三人は左右に回りこみ、彼女と間合いを取る。
「行くぞ!」
アガロが踏み込み槍を突き出す。だが、彼女はそれを振り払う。
「こっちだ!」
今度はガジュマルとトウマが、槍による突きを放った。
三人は踏み込んでは離れ、彼女を翻弄しながら攻撃を加え、消耗させようとする。だが驚いた事に何合か打ち合っているが、彼女は全く疲れを見せない。それ所か此方へ反撃をしてくる。
(くっ、この女、化物か!)
アガロは冷や汗を掻きながら、内心この美少女に対して恐怖心を抱いた。
「アガロ様、大丈夫かい!?」
「心配するな!」
逆にアガロ達が体力を消耗し始める。
特にトウマは負傷しており、動きが鈍い。
「トウマ、無理はするな! 一旦退け!」
「冗談言っちゃいけやせん! 若旦那をおいて、あっし一人逃げ出すなんざ、出来やせんぜ!」
「この強情が!」
アガロは苦笑いをすると、直ぐにまた切りかかる。
しかし、
「ぐっ!?」
「トウマ!?」
少女は手負いのトウマを狙った方が早いと分かると、凄い勢いで切り込んできた。
防戦一方に入るトウマ。敵は彼の左肩を狙って、斬撃を繰り出してくる。
「おわっ!?」
数合攻撃に耐えていた彼だが、足を滑らせ倒れてしまう。
彼女は止めとばかりに刀を振り下ろす。
「させるか!!」
「っ!?」
体制を崩した彼へ刃が振り下ろされた瞬間、アガロは咄嗟に槍を投げ、彼女の刀を弾き飛ばした。
一瞬の隙が生まれた所を、トウマがすかさず槍で刺突する。
「隙ありでさぁ!」
彼女は後ろへ飛び去り、着地したと同時に脇差を抜くと、目標を槍を投げたアガロへ変え突進した。
アガロは刀を抜き、構えに入るが敵の方が速く、その侭体当たりされ押し倒される。
「若旦那!!」
「アガロ様!!!」
「くっ!」
二人が叫ぶと、その間を通り抜ける大きな影が一つ。
「でぇやぁ!!!」
「うっ!?」
一瞬死を覚悟したが、間一髪でアガロを助けたのは赤鬼のドウキだった。赤鬼は獲物の鉄鞭を横に大きく振るい、彼女の腹へ一撃喰らわした。
「ドウキ! 来てくれたんだね!?」
「おうよ! 遅くなっちまって悪かったな!」
「助かった!」
すかさず立ち上がり、体勢を立て直すアガロ。
「礼を言うのはまだ早えよ!」
四人は敵の四方に回りこみ、完全に包囲して一斉に攻撃を加えていく。
ドウキの一撃が効いたのか、少女の動きが鈍くなっていた。
だが―――、
「おおっと! この赤髪の娘ちゃん、とんでもなく強えな!」
「あぶねっ!」
「ガジュマル気を―――ぐっ!」
この少女は左手で腹を押さえながら、それでも四人を相手に互角の戦いをしていた。
最早反則だ。そう四人が思った瞬間、後方で大きな音が響く。
「何だ?」
「アガロ様、銅鑼の音が聞こえるよ!」
「……! 若旦那見て下せぇ、敵の亜人共が撤退していきやす!」
突如響いた退却を知らせる銅鑼の音。それを合図に、敵亜人隊は一斉に引いていった。
「あ! あいつ逃げるよ!?」
「放っておけ。逆に今は助かる」
「ですけど、折角あそこまで追い詰めたのに、これじゃ返って惜しい気がしやす」
「いや、正直命拾いした気分だぜ。あの赤髪の娘ちゃん、手負いとは思えねえ程の強さだったぜ。長年戦場を渡り歩いているが、あんな奴は初めてだ。あの侭、あいつと戦い続けていたらどうなっていた事か……」
「確かに、とんでもなく強い奴だったね」
冷や汗を拭いアガロ達三人は、ほっと一息吐くが、ドウキは彼等に忠告した。
「おまえ等、安心するのはまだ早えぜ?」
「どういう事だい?」
ガジュマルが訝しげに訊ねると、赤鬼は続けた。
「戦はこれからが本番よ。さっき戦ったのは恐らく、急いで掻き集めた寄せ集めの亜人隊だ。だから弱い奴等が多かった。あの赤髪の女は別として、手子摺る相手じゃねえ。寧ろ、ここからがやばい!」
「どう不味いんですかい?」
「しっ! 何だ…この音は?」
アガロに言われ、ガジュマルとトウマは耳を済ませる。するとそれは徐々に大きくなり近付いて来る。
「ほらな? お出でなすった!」
「っ、敵の騎馬隊か!」
その音の正体を確認すると、アガロは舌打ちして恨めしそうに丘から見下ろす。
「敵は亜人隊をおれ等に当て、消耗させた所で新手を出して突破しようって魂胆だな」
「ドウキ、手を貸せ!」
「おれは最初からその積もりだが?」
右に立つ赤鬼に言い放つと、アガロは今度は後ろに控えるトウマ、左のガジュマルへ声をかける。
「トウマ、無理はするなよ」
「大丈夫でさぁ!」
「ガジュマル、まだいけるか?」
「まかせてよ!」
「第二戦だ。いくぞ!」