表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/97

第十四幕・「初陣」

【――トウジ平原・早朝――】


 東軍を率いるは、トウカ山を出て平原に陣取るケタン・サイソウ軍凡そ二千。本陣は平原の中央から少し後ろの地に構えた。

 前方をアンカラ率いる先鋒隊が、陣触れの合図を今かいまかと待っている。


 対するケタン討伐軍総大将、コサン・ユクシャ率いる西軍は凡そ三千。総大将コサンはデンヨ城を出て、平原を見渡せる高い丘の上に陣取り、前方の斜面にテンコ・ミリュア隊を配置して守備に当たらせた。


 そして、先鋒は今回が初陣のイマリカ・アッシクルコ率いる部隊が布陣。

 両軍は互いに睨み合い、戦の始まる時を待つ。平原は静まり返り、戦場には張り詰めた空気が流れる。


「と、とうとう始まるんだね!?」


「ガジュマル大丈夫ですかい? 足が震えてますぜ?」


「こ、これは武者震いって奴だよ!? 別にびびってるとか、そんなんじゃないからね!?」


 必死になって否定して見せるが、余り意味を成さない。キジムナの彼は、汗を掻き酷く緊張した様子であった。

 青鬼のトウマは心配し、彼を見つめる。


「三年前、一緒にレ二屋で戦ったじゃないですかい?」


「あの時とは状況が違うじゃないか!? アガロ様は居ないし、鉄砲だって無いんだよ!?」


「ガジュマル。戦が始まって敵がこの本陣近くまで迫ってきたら、あっしの側から離れないで下せぇ。ガジュマル一人だけなら守る事が出来やす」


「でもそんな事したら、トウマが敵にやられちゃうよ!?」


「あっしは大丈夫でさぁ。それよりもガジュマルは、未だ死んじゃいけやせん。若旦那には、ガジュマルみたいな奴が必要ですからね」


 ゴクリと唾を飲むガジュマル。隣のトウマも同じように緊張した顔をする。

 彼等亜人隊はミリュア軍の前方に配置された。もし、先鋒のアッシクルコ隊が破られ敵が迫れば、一番最初にぶつかるのは、自分達亜人隊である。

 敵の先鋒は猛将のアンカラと聞いている。激しい戦になる、と誰もが思った。


「おうおう、そんな陰気な顔してたら、勝てる戦も勝てなくなっちまうぞ?」


 張り詰めた空気を打ち壊すかのような陽気な声。

 二人は声の方を振り向くと、其処には何時かの赤鬼が腕を組み、後ろで仁王立ちしていた。


「あ、オッサンはあの時の!」


 ガジュマルが勢い良く赤鬼を指差しそう言うと、彼は思わずずっこけた。


「おいおい、いくらなんでもオッサン呼ばわりはやめてくれ。これでも一応”ドウキ”って名があるんだからよ!」


「ドウキもあっし等と同じ組なんで?」


「おうよ! これから命を預けあう者同士、仲良くやろうや!」


 はっはっは! と高笑いしたこの赤鬼は、隣に居るトウマとガジュマルの背中をバシバシと叩いた。

 トウマは愛想笑いを浮かべるが、ガジュマルは痛かったのか顔を歪める。


「所でよ、お前達のもう一人の連れ。あのガキはどうしたんだよ?」


「アイツなら今頃は牢の中で眠ってるぜ」


 後ろから突然声がすると、三人は一斉に振り向いた。

 三人が見たのは額に鉢がね、頭から獣耳を出し、腰に大小の二本差しをしている長身の獣の青年だった。


「あー! お前は獣人の――…………誰だっけ?」


「テメェ、ガキ! 忘れたとは言わせねえぞ!? 狼族のコウハだ!」


「そうだ、思い出したよ! アギト様に負けた方だね!」


「負けたは余計だ!!」


 唾を飛ばし叫ぶ彼だが他の者達は、そんな事は気にもせず彼に質問した。


「アギト様は一緒じゃないのかい?」


「へ、さっきも言った通り、牢から出て戦場へ戻されたのはオレだけだ」


「どうしてですかね?」


「いや、寧ろこれで良かったんじゃねえか?」


 トウマが首を傾げると、ドウキが隣でそう言った。

 それにガジュマルは怪訝な顔で訊ねる。


「なんでだいドウキ?」


「あんなちっこい坊主が、戦場を生き残れる訳がねえからな」


「は! そういうこった! そんでもって戦場で手柄を挙げて、大金せしめるのはオレ等獣人のコウハ、ギンロ兄妹って訳だ!」


「…………」


 隣を見ると背の高い兄とは対照的に、小さい妹が立っていた。長く綺麗な銀髪、瞳の色は金色に輝いているが、なんとも眠たそうな表情をしており、無言でいる。


「キミがギンロ?」


「…………」こくり


「長い槍だね? 本当にそんな長いもの扱えるのかい?」


「…………」こくり


 先程から頷く事しかしてない彼女だが、ガジュマルは気にはならなかった。

 それよりも目が行ったのは、ギンロと呼ばれてる少女の獲物の槍。彼女の背の三倍近くある長さで、燃えるように赤く、先が三つに分かれている三叉槍。

 ガジュマルが繁々と槍を眺めていると、突然背後から法螺貝(ほらがい)の音が響いた。


「ガジュマル! 戦の合図でさ!」


「は、始まったんだね!?」


 とっさに向き直り体を強張らせる。そんな彼の肩に手を置くドウキ。


「いいかキジムナの坊主。一度合戦が始まったら、余計な事は考えちゃいけねえ。ただ生き残る事だけを考えな。そんでもって、余裕があったら敵の首を取って、手柄を挙げろ」


「そんな事言ったって、やっぱり緊張はするよ!?」


 そんなやり取りをする隣で、トウマは冷静に前線で何が起こっているのかを、観察した。


「前方では、弓矢の飛ばし合いをしておりやすね」


「ほう、青鬼の坊主は目が良いんだな?」


「へい。よく若旦那が馬で先に行っちまった時は、木に上ってそこから見つけるんでさあ」


 トウマは何時もの苦労を少しぼやいた。

 青鬼はふと自身の主君を思い出す。今頃は狭い牢の中で、不貞腐れているに違いない、と。


「トウマ。前線は今どうなっている?」


「へい、若旦那。前線は今―――………………へ?」


 ちょっと待て、と思いトウマは声のした自分の隣へ目を向けると、其処には見慣れた少年の姿があった。


「何をぼさっとしている? 早く教えろ」


 開いた口が塞がらず、途端に静かになる青鬼。

 少年はじれったそうに続きを報せろと睨んできた。


「「…………」」(一同)


「…………ん?」


「「うわあああ!?」」


 聞き慣れた声がしてみると思いきや、何時の間にかトウマの脇には、牢に監禁中の筈のアガロが立っていた。


「こら其処! 何を騒いでる!?」


「すっ、すいやせん。初陣なもんで気が高ぶっちまいやして……」


「騒いでないで持ち場に戻れ!」


 足軽大将を何とか誤魔化したトウマ。

 再び振り向くと、矢張り其処には、監禁中の主君が平然と立ち尽くしていた。


「テメェ! どうやって抜け出した!?」


「あんな掘っ立て小屋、抜け出すなど造作も無い事だ」


 えへん、と腕を前に組みコウハに向き直る。

 そんな彼に後ろから声をかけたのはガジュマル。


「よく気付かれなかったね?」


「爺の監視に比べれば、正直お粗末だった……」


「なるほどね」


 一つ友が頷く。

 アガロはそんな彼を尻目にトウマへ向き直ると、


「それよりもトウマ、合戦はどうなってる?」


「へ、へい! 先ずはお互いに矢の応酬、それから聞いて分かると思いやすが、かなりの数の鉄砲が打ち合っておりやす」


「まだ余り大きな動きは無いのか?」


「それは見られやせんぜ」


 トウマは遠くで合戦が行われている自軍のアッシクルコ隊と、敵軍のアンカラの部隊を凝視し続けているが、互いに未だ目立った動きは見せない。只管(ひたすら)に矢と鉄砲を打ち合ってるだけで、足軽は動いていない。


「若旦那!」


「どうした!?」


「敵が動きやした!」


「出たか!?」


 アガロも同じく、トウマが見つめる先へ視線を移した。トウマは報告を続ける。


「へい! 敵の騎馬部隊が味方へ突撃を仕掛けておりやす!」


「数は分かるか?」


「大体百騎程でさぁ」


 ここでアンカラは、騎馬突撃を仕掛けてきた。

 対するアッシクルコ隊は長槍足軽隊を前面に、弓隊を後方に配置し敵の突撃に備える。


「若旦那、敵が引いて行きやす!」


「味方はどうなっている?」


「それ程目立った被害は見られやせん。それよりも味方が追撃を始めやした」


「優勢か?」


「敵が撤退していきやす……。いや、待って下せえ! 敵の様子が変でさあ!」


「どういう事か説明しろ」


 アッシクルコ隊の突撃を受け、アンカラ隊は後退を始める。しかし、退いたかと思うと次は向き直り攻め寄せ、攻めたかと思うとまた退いていく。


「なんでそんな面倒臭い事するんだろ?」


「確かに変だな」


 ガジュマルとコウハが腕を組み頭を悩ます。


「何か罠があるかも知れねえな」


「罠だと?」


 ドウキの言葉に、アガロが反応する。


「ああ。おれもああいった奴等と戦った事がある。戦っては逃げ、戦っては逃げを繰り返す奴等には何かがある……。例えば、いきなり横から兵が出て来たり…とかな」


「随分と戦に詳しいんだな?」


「長年の経験と勘ってやつかもな? おれら亜人隊は、言わば使い捨ての部隊。罠がありそうな所へは、一番最初に送り込まれるって相場が決まってる。おれはガキの頃から戦ってきた。だから何となく分かるんだよ、負けて何度か死に掛けもした」


「お前の昔話はどうでもいい」


 興味が無い、とアガロは言い捨てた。


「坊主は面白れえな。名前は?」


「アギト」


「おれはドウキだ。よろしくな!」


 短い挨拶を済ませると、突然トウマが異変を知らせた。


「若旦那! 平原の左右の林から、敵が出て来やした!」


「味方はどうなっている!?」


「へい。味方は退却。敵は勢い付いて先鋒の部隊と共に、こっちへ向かって来やす!」


「総員、構えろ! 弓隊、味方の退却援護の用意!」


 足軽大将が大声で叫ぶと、味方の亜人達が一斉に構えに入る。


「おい鉄砲は無いのか?」


「駄目でさぁ。あれが配備されてんのは他の部隊だけで、亜人隊には鉄砲一丁処か、火薬もありゃしやせんぜ」


「っ、装備が悪すぎる!」


 亜人隊が装備不十分で戦わせられる事は、重々承知であったが、こうも酷い武具では流石のアガロも苛立った。

 そんな彼へ、ドウキが仕方無さそうに声を掛ける。


「やるしかねえだろうよ、アギト? おれ等亜人隊は、その為に前線に立たされたんだからよ?」


「敵が来ます! 数は凡そ七百!」


 前方を見ると砂塵(さじん)が舞い、足軽達の叫び声が次第に大きくなる。


「アッシクルコ隊、間もなく到着致します!」


「道を開けろぉー!」


 亜人隊中央の兵が下がり、其処へ撤退してきたアッシクルコ隊が雪崩れ込み、後方のミリュア隊と合流する。

 するとすかさず、兵が再び定位置に付き、大将の命に従い、弓を引き絞る。


「弓隊構え!」


「射程に入りました!」


「放てぇー!!」


 弓が一斉に放たれると、雨のように敵に降りかかる。


「うわああ!」


「ぐわああぁ!!」


 放たれた矢は、敵の足軽を射抜くが、勢いを止められない。


「槍隊構えろー!」


 弓兵を下げ、槍隊を前面に出すと、今度は自分達の番とアガロ等は勇んだ。


「ガジュマル! トウマ! 三人一組となって離れるな!」


「へい!」


「うん!」


「敵の先鋒は亜人隊、数は約二百!」


 味方の亜人隊は百五十人程。この数と後方のミリュア隊、そして合流したアッシクルコの隊で、敵の突破を止めねばならない。

 だが、敵の先鋒は猛将アンカラ。その武名は此処に居る亜人達の殆どが耳にしており、目の前まで迫った敵を前にガタガタと震えだす者も居た。


「突撃ぃ―――!!」


 おぉ――!! という敵兵士達の声が響く。敵の亜人隊は突破を図るべく、突撃をかけた。


「来たぞー! 敵に抜かれるな、此処で死守せよー!!」


 アガロ、ガジュマル、トウマの三人組。コウハとギンロ兄妹。そして赤鬼のドウキに他の亜人達。彼等は突撃してくる敵とぶつかった。

 天暦(ティンダグユン)一一九六年・午の月、某日。ギ郡東部トウジ平原にて、遂に戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ