第十二幕・「アギト」
天暦一一九六年・午の月、某日。ギ郡守護大名クシュン・サイソウの異母兄、ケタン・サイソウを討伐する為、討伐軍総大将コサン・ユクシャ率いる軍は、ギ郡東部デンヨ城に入城し、其処に本陣を構えていた。
目指すケタンの本拠地ザンカイ城は、此処より先に広がるトウジ平原を越え、その先のトウカ山の向こうにある。
コサンは城攻めの前にこの城を、他の部隊との合流地と伝え、部隊の集結を待った。
【――ギ郡・デンヨ城――】
「報告。ギジョ・マンタ様。イマリカ・アッシクルコ様。御両名、到着なされました」
「うむ、此処へ案内致せ」
その報せに笑みを浮かべ、一つ満足そうに頷く。
暫くすると、甲冑に身を包み、陣羽織を羽織った二人の武将が姿を見せる。
「兄上。今、到着したぞ!」
「叔父上様、お久しゅう御座います」
「おお、ギジョ! イマリカ! 良くぞ来てくれた!」
コサンは立ち上がると、二人の手を取って喜び、彼等を床机に座らせ、今回の加勢に礼を述べる。
「兄上。俺は兵四百を引き連れてきた」
ギジョ・マンタ。現マンタ家当主にして、コサン・ユクシャと供に戦ってきた歴戦の武将である。
マンタの兵は強く、恐らく今回の主力になる、と期待されていた。
「私達、アッシクルコ衆は凡そ二百名です」
イマリカ・アッシクルコ。コサンの姉が嫁いだアッシクルコ家の娘であり、彼女は姪に当たる。文武両道の彼女は現アッシクルコ家の若き女当主であり、年の頃は十七。
元々彼女は、アッシクルコ家の姫として育てられたが、兄弟が皆、戦や病で亡くなった為、マンタ一門とゲンヨウ一門の後押しを受けて、二年前に家督を継いだ。
また今回が彼女の初陣でもあった。
「イマリカ、そう硬くするでない。此度が初陣と聞いておるが、そう緊張しては思うように力を出せぬぞ?」
「ご忠告、痛み入りまする」
「じゃからそう硬くするでないというに……」
真面目な彼女は恭しく、大将座に座るユクシャ家の叔父に一礼した。
コサンはその様子を、少し呆れながら見ていた。
「あっはっはっは! 仕方ないだろう、兄上。イマリカは初陣だ。当の俺とて、初陣の時には緊張したものよ」
義弟の大きな高笑いがその場に響く。豪放磊落な彼は、気にするな、とばかりに笑い飛ばした。
コサンは彼のように陽気で明るく、また豪快な所を気に入っている。その態度は兵士達の士気を高めるし、知らず知らずの内に此方まで元気付けられる。
「ギジョ叔父上は少し緊張感に欠けると思いまする」
「ほう、言うではないか?」
対してイマリカは、マンタ叔父の大雑把な性格が気に入らないのか、苦言を漏らすと、ギジョは彼女をギロリと睨んで見せた。
「これこれ、そこまでに致せ」
コサンが二人を宥めている所へ伝令が再び現れる。
「報告。ミリュア家当主。テンコ・ミリュア様がご到着なされま―――」
「いやー、申し訳ありません皆さん。やっと到着しました」
伝令が報告し終わらぬうちに、三人の前に姿を見せたのはミリュア家当主テンコ・ミリュア。彼は二人の側近を伴っていた。
「若! 総大将殿の御前で失礼ですぞ!」
「若様、もう少し自重して下さい……」
一人の側近は彼の守役でヤンビン。熊髭を蓄えた豪傑で、シグルの喧嘩仲間だったが、最近は互いの悩みをよく相談するらしい。
もう一人はサイカヌと言う若武者で、テンコの小姓頭を勤めている。
「分かってるよ、爺、サイカヌ」
気を揉む側近二人を安心させるようと笑みを見せるが、帰ってそれが逆効果であり、二人は更に心配になった。
「ようやく来たかミリュア殿」
様子を眺めていたコサンが口を開くと、テンコは床机に腰掛け、総大将へ向き直り一礼する。
「は、遅参しましたる段、申し訳ありません。所で……、ユクシャ殿。アガロは参戦していないのですか?」
「あいつは今謹慎処分じゃ」
「そうですか。それは残念ですね」
謝罪もそこそこに、彼は早速ユクシャ家現当主の事を訊ねてくる。
その図太さにコサンは些か呆れた。
「あいつが気になるか?」
「はい。アガロは無愛想ですけど、悪い奴じゃない。話すと以外に面白かったりするもので、つい気になって。それに、彼の性格では恐らく、今回は初陣するんじゃないか、と思ったりもしたんですけど」
「残念だったのう。ミリュア殿」
「う~ん。じゃあ僕はこれで……」
彼は再び一礼すると、立ち上がり踵を返して立ち去ろうとする。
それを慌てて彼の守役ヤンビンが止めた。
「若! 軍議にも参加せずどちらへ行かれます!?」
「僕は兵達の様子を見てくる。若輩者が口を挟んでも仕方ないからね。作戦はユクシャ殿に任せるよ」
どうやらミリュア家の当主も相当に自由人らしい。そこがアガロと馬が合っている理由なのかも知れない。
守役ヤンビンがはぁ、と溜息を吐く後姿がシグルに似ている、とコサンは思ったが口には出さなかった。
「……そちも苦労するのう?」
コサンは労いの言葉を掛けた。
【――ミリュア軍・亜人隊の宿営地――】
「若! 此方に居られたのですか!?」
「遅かったね、爺?」
やっとの事で探し当てたミリュア家当主。
彼は何時も飄々としており、ヤンビンが来ても、振り向かず声だけ掛ける。
「若を探すのは一苦労ですわい。所で若……。此処はガラの悪い連中が集まっている故、場所を移しましょう……」
ヤンビンの言う”ガラの悪い連中”とはこの亜人隊の事である。その名の通り亜人だけを集めた部隊である彼らは、男手を取られるのを嫌がる村々が、買っている奴隷や下僕の亜人を、兵士の変わりに差し出した者達で構成される。
勿論、彼等には従軍させる代わりに、手柄を上げれば奴隷や下僕の身分から開放する、という条件付きで従わせる。そうでもしなければ、士気が上がらない。
だが、もし身分が変わった所で、亜人にまともな職は無い。精々傭兵になるか、もしくは山賊か、中には元の村へ帰り下僕を続ける者も居る。
此処に居る亜人は多種多様だが、その殆どが鬼族で構成されている。理由は簡単で鬼族がアシハラ大陸で最も多い種族だからだ。
中には人間も隊に加わっている事があるが、勿論、訳ありの者、もしくは氏素性の知れない、普通の隊に入る事が出来ない連中が殆どで、彼等は稼ぎと食料を求めて従軍している。
「いや、構わないよ。亜人隊といっても歴とした僕の隊だしね」
「ですが、此処はこの隊を指揮する者に任せ、若は他の隊の様子を見るべきでは?」
「爺。各隊の様子を確りと見ておくのも大事な事さ」
テンコはすたすたと先へ進むと、その後を守役が追った。
そして次の隊の様子を見ようと思い、その場所を離れようと思ったその時だ、
「ふざけんじゃねえぞ、テメェ!!」
少し離れた所から怒鳴り声が響いたので、二人は思わず目を向けた。
すると目にしたのは一人の背の高い獣人の青年と、足軽の格好をした小さい子供二人が、互いに睨み合っている姿だった。
「ふざけているのはお前の方だ。背がデカイ分、周りにもっと気を配れ」
「テメェからぶつかって来たんだろうが!?」
「俺等は此処で話し合っていただけだ。ぶつかってきたのはお前の方だろう」
どうやら喧嘩の様子。よく見ると背の高い方は短い銀髪で、狼のような耳が二つ頭の上に出ている。獣人だが外見は人間に近い。
身軽な軽装をしており、腰に大小の二本差し、額に鉢がねを巻いている。
対する少年は粗末な足軽の格好をしており、足軽笠を深く被っている為、顔が見えない。
彼の連れらしき人物が二人、焦りながら少年を止めようとしていた。
「二人とも落ち着いて下せぇ。若旦那、向こうへ行きやしょう?」
角一つ、目玉一つの青鬼が、少年の肩に手を掛け宥めようとしている。
もう一人の連れはキジムナの少年のようで、ボサボサな髪に同じく足軽笠を被り、槍を片手に少年へ言い聞かせようとしていた。
「そうだよ! こんな奴と関わったって良い事無いよ!?」
「なんだとこのガキ!」
「ぐわっ!?」
瞬間、癪に障ったのか、銀髪の獣人がキジムナの少年の胸ぐらを掴み上げ、宙に浮かせた。
すると、先程まで冷たい物言いだった足軽の少年が、激怒し目を吊り上げて、相手を睨み上げる。
「手を離せ!!」
「は! なら、さしで勝負としようぜ。俺に一太刀浴びせたらお前の勝ち。動けなくなったらお前の負けだ。どうだ?」
「……いいだろう。その勝負受けてやる」
それを聞くと獣人はニヤリと笑い、掴み上げていた少年を解放する。
「若旦那、やめた方がいいですぜ!?」
「そうだよ! 絶対にボコボコにしてくるよ!?」
二人の連れは慌てふためき止めようと必死になるが、少年の方は意地になり、二人の忠告に耳を貸そうとしない。
「はっ! そんな生易しいもんじゃねぇ。ぎったぎたに叩きのめしてやるよ! ギンロ、少し離れてろ!」
「…………」
言うと、側でずっと黙った侭の獣人の少女が二人の間に立つ。
獣人の青年と足軽の少年は、互いに数歩下がって間合いを取る。
「若、止めに入りましょう。隊内での乱闘は軍規に違反しております故……」
「待て、爺!」
テンコは何故か彼を静止する。理由はあの足軽の少年だ。顔は分からない、だが聞き覚えのある声をしている。好奇心が募り、また退屈だったのも重なって、あの少年が何をしでかすのか気になってもいた。
体格が違いすぎる、ましてや子供と獣人の大人。力量の差があり過ぎるのに足軽の少年は勝負するというのだ。何か面白いものが見れるのでは? と僅かに期待した。
その一軍の大将らしからぬ性格に、ヤンビンは短く溜息を吐く。
「邪魔が多くてよく見えない。爺、馬を用意してくれ!」
テンコは守役が馬を引いてくると騎乗した。
群衆が集まり近付く事が出来ない為、彼は遠巻きから二人を眺めた。
「なんだ、なんだ?」
「喧嘩が始まるぞ!」
「どっちに賭ける?」
二人の周りには多くの野次馬が集まり早速賭け事を始める。
周りが騒がしくなるにつれ、足軽少年の連れ二人は、不安が大きくなる。
「だ、大丈夫かな!?」
「若旦那を信じるしかありやせん」
「いいや、あのガキは死んだな」
驚いた二人は思わず、そう発言した一人の赤鬼へ振り向いた。
「死ぬって、どうして!?」
「お前等新入りだろ? じゃあ相手が悪い。あの二人は傭兵のコウハ、ギンロ兄妹だ」
腕を組みながら赤鬼は答えた。それに青鬼が訝しげな目付きで問う。
「強えんですかい?」
「強いなんてもんじゃねえ。あの二人。年は若いが多くの戦場を渡り歩いた名うての傭兵だ。兄貴のコウハは気性が荒く、直ぐに暴力を振るうのに対して、妹のギンロは無口で無表情。そして、二人は狼の一族でな。力も速さも並みの足軽なんかじゃ、到底及ばないときたもんだ」
聞いた途端、少年の連れ二人は顔を青ざめた。
「そ、それってつまり、かなりまずい敵なんじゃ……」
「ああ。あの坊主には悪いが、運が無かったと言って諦めるしかねえな。コウハとの身長差がありすぎる。それに奴の方が速い上に、感も冴えていやがる。こんなの賭けにもなりゃしねえ」
長身の赤鬼が呆れたように言い捨てると、
「そんな他人事みたいに言わないでよ!?」
「ど、ど、どうしやしょう!?」
二人は心配で汗を噴出し、取り乱し始めた。
だが、二人とは対照的に少年は落ち着いている。
「これが勝負で使う木刀だ。好きな方を選ばしてやるよ」
コウハが手に取ったのは二本の木刀。一本は長く、もう一本は短い。
一応の軍律では、味方同士での殺し合いは即、死刑になる故、二人は決闘用にその二本を用意させた。
この場合、背の低い彼は長い方を選ぶのが普通なのだが、
「……短いのを渡すせ」
周囲の予想に反して、短い方を要求してきた。
「へっ! 短い方かよ。ま、それでもオレには勝てねぇがな!」
「喋ってないで早く渡せ」
自信満々に語る彼に対して、少年は興味が無さそうに言い捨てた。
コウハは面白く無さそうな顔をすると、木刀を投げ渡す。
「ッ! ほらよ、他に使いたい武器があるなら使いな!」
「なら、俺はこれを使わして貰う……」
そう言って腰に下げてあった小さい袋を右手に取る。
「何だ、あの袋?」
テンコは彼の右手に握られている袋を見た。然程、大きくない袋だが、ズシリと重たいような印象を受ける。
「へっ。そんな物がなんの役に立つかは知らねぇが、良いぜ。ギンロ、試合開始の合図だ!」
「…………」
コウハの妹ギンロが右手を上げ、
「………用意」
コウハは”初め”の合図に神経を集中させた。
合図と同時に、目の前の少年が反撃出来ない程の速さで迫り、滅多打ちにしようと思い、両目を光らせる。
しかし―――、
「はっ!」
「な!? テメェ!」
突如、少年が右手に持っていた袋を、コウハへ目掛け投げ付けた。が、彼の瞬発力の前では同という事は無く、直ぐに叩き落とし木刀を構えなおす。
「どうした! 緊張のし過ぎで合図の声を聞き間違えたか?」
コウハに飛び道具は通用しない。が、この時この袋の中身が問題だった。
―――ジャララララ。
と彼の足元に何かが散らばる。
その音に周りの亜人達の目が、一斉にコウハの足元へ向けられた。
「おい見てみろ。袋の中から何か出てきたぞ?」
「何だありゃ?」
皆の視線が集まると、瞬間、一人が叫ぶ。
「……! ありゃ金だ!」
「すげえ! 銀があるぞ!?」
「どけ馬鹿野郎! 拾えねえだろうが!!」
「ふざけんな! ありゃ俺のもんだ!」
「金だ、金だ! 他の奴に渡すな!!」
なんと袋の中身は金の山。
コウハの足元に散らばった金を拾おうと、見ていた群集が一斉に彼の足元目掛けて押し寄せてくる。あっという間にコウハは、彼等に囲まれてしまった。
「ぐっ、邪魔だテメェ等! どけ!!」
彼の怒声等お構いなしに集まってくる群衆に、とうとう彼は身動きが取れなくなってしまった。動こうにも、自分を中心にして集まった他の亜人共が障害となり、思うように武器も振るえない。コウハ自身押し潰されそうになる程だ。
すると、
「はっ!」
「いてぇっ!?」
いきなり後ろから思いっきり叩きつけられた。余りの衝撃に木刀は折れ宙を舞う。
殴られた彼は頭を押さえ、後ろを振り向くと、
「俺の勝ちだな」
其処には少年が得意げな顔をしていた。
少年は何時の間にか自分の後ろへ回り込み、金を拾う野次馬達を踏み台にして、自分へ一太刀浴びせたのだ。
感の鋭いコウハだが、流石にこの人ごみの中、一人の少年の気配に気付く事は出来なかった。
「テメェ! 卑怯だぞ!?」
「卑怯じゃない。戦術と呼べ」
言い捨てると少年は自分を待っていた二人の元へ行き、立ち去ろうとする。
コウハは諦め切れず、後ろから呼び止めた。
「待ちやがれ! テメェ、名前は!?」
聞くと、少年は再び振り向き不機嫌な声で、
「『アギト』だ。覚えておけ!」
と言い残し、去って行った。
ようやくコウハが解放された時には、既に三人の姿を見失っていた―――。
「アガロ!?」
テンコは三人の中で騒動を起こした先頭を歩いている少年に、馬上から声をかけた。
途端、少年は顔を隠すように笠を深く被り、俯きながら答える。
「……人違いだ」
「とぼけないでよ。アガロだろ?」
「…………」
「…………」
暫く両者の間で無言が続くが、先に折れたのは少年の方だった。
「何故、分かった……?」
「そりゃ、あれだけ金をばら撒く足軽なんて、早々居ないからね」
アガロは観念したのか、笠を取り馬上のテンコを下から見上げた。そして、自分を見破った理由を聞き、成程と一つ頷く。
だが、この場合ばれない方がおかしい気がする。多くの金をばら撒いたのだ。一介の足軽がそんな豪勢な事、出来よう筈も無い。
テンコは少年の背格好、声色、そしてその奇抜な行動から推測し、見事に姿を見破ったのである。
「はぁ……。何の用だテンコ?」
「それはこっちの台詞だよ。こんな所で何してるのさ?」
テンコが怪訝な表情を向けると、アガロは眉間に皺を寄せた。
「父上には秘密にしろよ?」
「それは話の内容次第かな?」
そう言うと、アガロは溜息を一つ吐く。言わなければ、父の前に突き出されるし、言っても内容次第では掴まる。逃げるという手もあるが、それでは今回の目的が果たせない。
彼は諦め、事情を説明した。
「俺は今回謹慎処分だ」
「それは君の父君から聞いた」
「だが俺は戦に出たかった。だから父上が出陣した後、城をトウマと抜け出して、亜人隊に紛れたんだ」
聞いた途端、テンコは呆気に取られた。自身も自由人ではあるが、目の前の友は更にその上を行っている。
ミリュア当主は思わず眩暈がしそうになった。
「このキジムナのえ~っと……」
「おいらはガジュマルだよ」
「そうそう。で、彼も連れてきたのかい?」
「勝手に付いてきた」
「だってアガロ様と、トウマだけじゃ心配だったしね」
友人思いなのだろうか、その友情の美しさに感心しながら、テンコは本題に戻る。
「それで、城を抜け出してまで、何で戦に出たかったのかな?」
「戦をこの目で見ておきたい。それと父上の戦を学ぶ為だ」
「そんなに焦らなくても、君の父君なら確りとこれから軍学を教えてくれるだろ?」
テンコは正論を言ってみた。アガロの年ならまだまだ焦る必要は無い。彼は元服し、当主の座を継いだばかりであり、これからゆっくりと教えて貰える筈である。
だが、ユクシャ当主はかぶりを振った。
「それじゃ駄目だ。実際の戦と、話の中の戦では訳が違う。だから足軽に身をやつし、こうして戦に参加しようとしてるんだ」
「ぷ、あっははは!」
大真面目に語るアガロ。だが、テンコは思わず顔を上げて大きく笑い出してしまう。
理由が分からず、足軽の格好をした友は、少し機嫌を悪くし睨んだ。
「何が可笑しい?」
「そりゃ可笑しいさ! ついこの間、当主になったと思ったら、今度は足軽になって戦に出ようとするんだもの! アガロ、やっぱり君は面白いよ!」
暫く笑い、涙を拭くと、アガロは何時もの仏頂面で彼に宣言する。
「俺は今『アガロ』じゃない」
「へぇ。何て名乗ってるんだい?」
「『アギト』だ」
「そうか。じゃあ早速だけどアギト、一緒に来てくれるかな?」
いきなりの連行命令に彼だけではなく、連れのトウマやガジュマルまで目を丸くした。
「何故だ?」
「さっきの騒ぎは立派な軍規違反だからだよ。君が喧嘩をした獣人の兄妹も居る。あ、それと。今の君に拒否権は無いからね? 足軽なんだから大将の命令は絶対だよ?」
「あれは向こうが悪い。俺はガジュマルを助けようとしただけだ」
「拒否権は無いって言ったよね?」
笑顔で言い、反論を認めない彼にアガロは内心舌打ちをした。
「ぐっ……。入る部隊を間違えたか……」
「じゃ、来て貰うよ?」
「好きにしろ……」
彼は相変わらずの無愛想な表情でテンコに連れて行かれた―――。