表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/97

第十二幕・「アギト」

 天暦(ティンダグユン)一一九六年・午の月、某日。ギ郡守護大名クシュン・サイソウの異母兄、ケタン・サイソウを討伐する為、討伐軍総大将コサン・ユクシャ率いる軍は、ギ郡東部デンヨ城に入城し、其処に本陣を構えていた。


 目指すケタンの本拠地ザンカイ城は、此処より先に広がるトウジ平原を越え、その先のトウカ山の向こうにある。

 コサンは城攻めの前にこの城を、他の部隊との合流地と伝え、部隊の集結を待った。



【――ギ郡・デンヨ城――】



「報告。ギジョ・マンタ様。イマリカ・アッシクルコ様。御両名、到着なされました」


「うむ、此処へ案内致せ」


 その報せに笑みを浮かべ、一つ満足そうに頷く。

 暫くすると、甲冑に身を包み、陣羽織(じんばおり)を羽織った二人の武将が姿を見せる。


「兄上。今、到着したぞ!」


「叔父上様、お久しゅう御座います」


「おお、ギジョ! イマリカ! 良くぞ来てくれた!」


 コサンは立ち上がると、二人の手を取って喜び、彼等を床机(しょうぎ)に座らせ、今回の加勢に礼を述べる。


「兄上。俺は兵四百を引き連れてきた」


 ギジョ・マンタ。現マンタ家当主にして、コサン・ユクシャと供に戦ってきた歴戦の武将である。

 マンタの兵は強く、恐らく今回の主力になる、と期待されていた。


「私達、アッシクルコ衆は凡そ二百名です」


 イマリカ・アッシクルコ。コサンの姉が嫁いだアッシクルコ家の娘であり、彼女は姪に当たる。文武両道の彼女は現アッシクルコ家の若き女当主であり、年の頃は十七。

 元々彼女は、アッシクルコ家の姫として育てられたが、兄弟が皆、戦や病で亡くなった為、マンタ一門とゲンヨウ一門の後押しを受けて、二年前に家督を継いだ。

 また今回が彼女の初陣でもあった。


「イマリカ、そう硬くするでない。此度(こたび)が初陣と聞いておるが、そう緊張しては思うように力を出せぬぞ?」


「ご忠告、痛み入りまする」


「じゃからそう硬くするでないというに……」


 真面目な彼女は恭しく、大将座に座るユクシャ家の叔父に一礼した。

 コサンはその様子を、少し呆れながら見ていた。


「あっはっはっは! 仕方ないだろう、兄上。イマリカは初陣だ。当の俺とて、初陣の時には緊張したものよ」


 義弟の大きな高笑いがその場に響く。豪放磊落(ごうほうらいらく)な彼は、気にするな、とばかりに笑い飛ばした。

 コサンは彼のように陽気で明るく、また豪快な所を気に入っている。その態度は兵士達の士気を高めるし、知らず知らずの内に此方(こちら)まで元気付けられる。


「ギジョ叔父上は少し緊張感に欠けると思いまする」


「ほう、言うではないか?」


 対してイマリカは、マンタ叔父の大雑把な性格が気に入らないのか、苦言を漏らすと、ギジョは彼女をギロリと睨んで見せた。


「これこれ、そこまでに致せ」


 コサンが二人を(なだ)めている所へ伝令が再び現れる。


「報告。ミリュア家当主。テンコ・ミリュア様がご到着なされま―――」


「いやー、申し訳ありません皆さん。やっと到着しました」


 伝令が報告し終わらぬうちに、三人の前に姿を見せたのはミリュア家当主テンコ・ミリュア。彼は二人の側近を(ともな)っていた。


「若! 総大将殿の御前(おんまえ)で失礼ですぞ!」


「若様、もう少し自重して下さい……」


 一人の側近は彼の守役でヤンビン。熊髭を蓄えた豪傑で、シグルの喧嘩仲間だったが、最近は互いの悩みをよく相談するらしい。

 もう一人はサイカヌと言う若武者で、テンコの小姓頭を勤めている。


「分かってるよ、爺、サイカヌ」


 気を揉む側近二人を安心させるようと笑みを見せるが、帰ってそれが逆効果であり、二人は更に心配になった。


「ようやく来たかミリュア殿」


 様子を眺めていたコサンが口を開くと、テンコは床机に腰掛け、総大将へ向き直り一礼する。


「は、遅参しましたる段、申し訳ありません。所で……、ユクシャ殿。アガロは参戦していないのですか?」


「あいつは今謹慎処分じゃ」


「そうですか。それは残念ですね」


 謝罪もそこそこに、彼は早速ユクシャ家現当主の事を訊ねてくる。

 その図太さにコサンは些か呆れた。


「あいつが気になるか?」


「はい。アガロは無愛想ですけど、悪い奴じゃない。話すと以外に面白かったりするもので、つい気になって。それに、彼の性格では恐らく、今回は初陣するんじゃないか、と思ったりもしたんですけど」


「残念だったのう。ミリュア殿」


「う~ん。じゃあ僕はこれで……」


 彼は再び一礼すると、立ち上がり(きびす)を返して立ち去ろうとする。

 それを慌てて彼の守役ヤンビンが止めた。


「若! 軍議にも参加せずどちらへ行かれます!?」


「僕は兵達の様子を見てくる。若輩者が口を挟んでも仕方ないからね。作戦はユクシャ殿に任せるよ」


 どうやらミリュア家の当主も相当に自由人らしい。そこがアガロと馬が合っている理由なのかも知れない。

 守役ヤンビンがはぁ、と溜息を吐く後姿がシグルに似ている、とコサンは思ったが口には出さなかった。


「……そちも苦労するのう?」


 コサンは労いの言葉を掛けた。



【――ミリュア軍・亜人隊の宿営地――】



「若! 此方に居られたのですか!?」


「遅かったね、爺?」


 やっとの事で探し当てたミリュア家当主。

 彼は何時も飄々(ひょうひょう)としており、ヤンビンが来ても、振り向かず声だけ掛ける。


「若を探すのは一苦労ですわい。所で若……。此処はガラの悪い連中が集まっている故、場所を移しましょう……」



 ヤンビンの言う”ガラの悪い連中”とはこの亜人隊の事である。その名の通り亜人だけを集めた部隊である彼らは、男手を取られるのを嫌がる村々が、買っている奴隷や下僕の亜人を、兵士の変わりに差し出した者達で構成される。


 勿論、彼等には従軍させる代わりに、手柄を上げれば奴隷や下僕の身分から開放する、という条件付きで従わせる。そうでもしなければ、士気が上がらない。

 だが、もし身分が変わった所で、亜人にまともな職は無い。精々傭兵になるか、もしくは山賊か、中には元の村へ帰り下僕を続ける者も居る。


 此処に居る亜人は多種多様だが、その殆どが鬼族で構成されている。理由は簡単で鬼族がアシハラ大陸で最も多い種族だからだ。

 中には人間も隊に加わっている事があるが、勿論、訳ありの者、もしくは氏素性(うじすじょう)の知れない、普通の隊に入る事が出来ない連中が殆どで、彼等は稼ぎと食料を求めて従軍している。



「いや、構わないよ。亜人隊といっても(れっき)とした僕の隊だしね」


「ですが、此処はこの隊を指揮する者に任せ、若は他の隊の様子を見るべきでは?」


「爺。各隊の様子を確りと見ておくのも大事な事さ」


 テンコはすたすたと先へ進むと、その後を守役が追った。

 そして次の隊の様子を見ようと思い、その場所を離れようと思ったその時だ、


「ふざけんじゃねえぞ、テメェ!!」


 少し離れた所から怒鳴り声が響いたので、二人は思わず目を向けた。

 すると目にしたのは一人の背の高い獣人の青年と、足軽の格好をした小さい子供二人が、互いに睨み合っている姿だった。


「ふざけているのはお前の方だ。背がデカイ分、周りにもっと気を配れ」


「テメェからぶつかって来たんだろうが!?」


「俺等は此処で話し合っていただけだ。ぶつかってきたのはお前の方だろう」


 どうやら喧嘩の様子。よく見ると背の高い方は短い銀髪で、狼のような耳が二つ頭の上に出ている。獣人だが外見は人間に近い。

 身軽な軽装をしており、腰に大小の二本差し、額に鉢がねを巻いている。


 対する少年は粗末な足軽の格好をしており、足軽笠を深く被っている為、顔が見えない。

 彼の連れらしき人物が二人、焦りながら少年を止めようとしていた。


「二人とも落ち着いて下せぇ。若旦那、向こうへ行きやしょう?」


 角一つ、目玉一つの青鬼が、少年の肩に手を掛け(なだ)めようとしている。

 もう一人の連れはキジムナの少年のようで、ボサボサな髪に同じく足軽笠を被り、槍を片手に少年へ言い聞かせようとしていた。


「そうだよ! こんな奴と関わったって良い事無いよ!?」


「なんだとこのガキ!」


「ぐわっ!?」


 瞬間、癪に障ったのか、銀髪の獣人がキジムナの少年の胸ぐらを掴み上げ、宙に浮かせた。

 すると、先程まで冷たい物言いだった足軽の少年が、激怒し目を吊り上げて、相手を睨み上げる。


「手を離せ!!」


「は! なら、さしで勝負としようぜ。俺に一太刀浴びせたらお前の勝ち。動けなくなったらお前の負けだ。どうだ?」


「……いいだろう。その勝負受けてやる」


 それを聞くと獣人はニヤリと笑い、掴み上げていた少年を解放する。


「若旦那、やめた方がいいですぜ!?」


「そうだよ! 絶対にボコボコにしてくるよ!?」


 二人の連れは慌てふためき止めようと必死になるが、少年の方は意地になり、二人の忠告に耳を貸そうとしない。


「はっ! そんな生易しいもんじゃねぇ。ぎったぎたに叩きのめしてやるよ! ギンロ、少し離れてろ!」


「…………」


 言うと、側でずっと黙った侭の獣人の少女が二人の間に立つ。

 獣人の青年と足軽の少年は、互いに数歩下がって間合いを取る。


「若、止めに入りましょう。隊内での乱闘は軍規に違反しております故……」


「待て、爺!」


 テンコは何故か彼を静止する。理由はあの足軽の少年だ。顔は分からない、だが聞き覚えのある声をしている。好奇心が募り、また退屈だったのも重なって、あの少年が何をしでかすのか気になってもいた。


 体格が違いすぎる、ましてや子供と獣人の大人。力量の差があり過ぎるのに足軽の少年は勝負するというのだ。何か面白いものが見れるのでは? と僅かに期待した。

 その一軍の大将らしからぬ性格に、ヤンビンは短く溜息を吐く。


「邪魔が多くてよく見えない。爺、馬を用意してくれ!」


 テンコは守役が馬を引いてくると騎乗した。

 群衆が集まり近付く事が出来ない為、彼は遠巻きから二人を眺めた。


「なんだ、なんだ?」


「喧嘩が始まるぞ!」


「どっちに賭ける?」


 二人の周りには多くの野次馬が集まり早速賭け事を始める。

 周りが騒がしくなるにつれ、足軽少年の連れ二人は、不安が大きくなる。


「だ、大丈夫かな!?」


「若旦那を信じるしかありやせん」


「いいや、あのガキは死んだな」


 驚いた二人は思わず、そう発言した一人の赤鬼へ振り向いた。


「死ぬって、どうして!?」


「お前等新入りだろ? じゃあ相手が悪い。あの二人は傭兵のコウハ、ギンロ兄妹だ」


 腕を組みながら赤鬼は答えた。それに青鬼が(いぶか)しげな目付きで問う。


「強えんですかい?」


「強いなんてもんじゃねえ。あの二人。年は若いが多くの戦場を渡り歩いた名うての傭兵だ。兄貴のコウハは気性が荒く、直ぐに暴力を振るうのに対して、妹のギンロは無口で無表情。そして、二人は狼の一族でな。力も速さも並みの足軽なんかじゃ、到底及ばないときたもんだ」


 聞いた途端、少年の連れ二人は顔を青ざめた。


「そ、それってつまり、かなりまずい敵なんじゃ……」


「ああ。あの坊主には悪いが、運が無かったと言って諦めるしかねえな。コウハとの身長差がありすぎる。それに奴の方が速い上に、感も冴えていやがる。こんなの賭けにもなりゃしねえ」


 長身の赤鬼が呆れたように言い捨てると、


「そんな他人事みたいに言わないでよ!?」


「ど、ど、どうしやしょう!?」


 二人は心配で汗を噴出(ふきだ)し、取り乱し始めた。

 だが、二人とは対照的に少年は落ち着いている。


「これが勝負で使う木刀だ。好きな方を選ばしてやるよ」


 コウハが手に取ったのは二本の木刀。一本は長く、もう一本は短い。

 一応の軍律では、味方同士での殺し合いは即、死刑になる故、二人は決闘用にその二本を用意させた。

 この場合、背の低い彼は長い方を選ぶのが普通なのだが、


「……短いのを渡すせ」


 周囲の予想に反して、短い方を要求してきた。


「へっ! 短い方かよ。ま、それでもオレには勝てねぇがな!」


「喋ってないで早く渡せ」


 自信満々に語る彼に対して、少年は興味が無さそうに言い捨てた。

 コウハは面白く無さそうな顔をすると、木刀を投げ渡す。


「ッ! ほらよ、他に使いたい武器があるなら使いな!」


「なら、俺はこれを使わして貰う……」


 そう言って腰に下げてあった小さい袋を右手に取る。


「何だ、あの袋?」


 テンコは彼の右手に握られている袋を見た。然程、大きくない袋だが、ズシリと重たいような印象を受ける。


「へっ。そんな物がなんの役に立つかは知らねぇが、良いぜ。ギンロ、試合開始の合図だ!」


「…………」


 コウハの妹ギンロが右手を上げ、


「………用意」


 コウハは”初め”の合図に神経を集中させた。

 合図と同時に、目の前の少年が反撃出来ない程の速さで迫り、滅多打ちにしようと思い、両目を光らせる。

 しかし―――、


「はっ!」


「な!? テメェ!」


 突如、少年が右手に持っていた袋を、コウハへ目掛け投げ付けた。が、彼の瞬発力の前では同という事は無く、直ぐに叩き落とし木刀を構えなおす。


「どうした! 緊張のし過ぎで合図の声を聞き間違えたか?」


 コウハに飛び道具は通用しない。が、この時この袋の中身が問題だった。


―――ジャララララ。


 と彼の足元に何かが散らばる。

 その音に周りの亜人達の目が、一斉にコウハの足元へ向けられた。


「おい見てみろ。袋の中から何か出てきたぞ?」


「何だありゃ?」


 皆の視線が集まると、瞬間、一人が叫ぶ。


「……! ありゃ金だ!」


「すげえ! 銀があるぞ!?」


「どけ馬鹿野郎! 拾えねえだろうが!!」


「ふざけんな! ありゃ俺のもんだ!」


「金だ、金だ! 他の奴に渡すな!!」


 なんと袋の中身は金の山。

 コウハの足元に散らばった金を拾おうと、見ていた群集が一斉に彼の足元目掛けて押し寄せてくる。あっという間にコウハは、彼等に囲まれてしまった。


「ぐっ、邪魔だテメェ等! どけ!!」


 彼の怒声等お構いなしに集まってくる群衆に、とうとう彼は身動きが取れなくなってしまった。動こうにも、自分を中心にして集まった他の亜人共が障害となり、思うように武器も振るえない。コウハ自身押し潰されそうになる程だ。

 すると、


「はっ!」


「いてぇっ!?」


 いきなり後ろから思いっきり叩きつけられた。余りの衝撃に木刀は折れ宙を舞う。

 殴られた彼は頭を押さえ、後ろを振り向くと、


「俺の勝ちだな」


 其処には少年が得意げな顔をしていた。

 少年は何時の間にか自分の後ろへ回り込み、金を拾う野次馬達を踏み台にして、自分へ一太刀浴びせたのだ。

 感の鋭いコウハだが、流石にこの人ごみの中、一人の少年の気配に気付く事は出来なかった。


「テメェ! 卑怯だぞ!?」


「卑怯じゃない。戦術と呼べ」


 言い捨てると少年は自分を待っていた二人の元へ行き、立ち去ろうとする。

 コウハは諦め切れず、後ろから呼び止めた。


「待ちやがれ! テメェ、名前は!?」


 聞くと、少年は再び振り向き不機嫌な声で、


「『アギト』だ。覚えておけ!」


 と言い残し、去って行った。

 ようやくコウハが解放された時には、既に三人の姿を見失っていた―――。


「アガロ!?」


 テンコは三人の中で騒動を起こした先頭を歩いている少年に、馬上から声をかけた。

 途端、少年は顔を隠すように笠を深く被り、(うつむ)きながら答える。


「……人違いだ」


「とぼけないでよ。アガロだろ?」


「…………」


「…………」


 暫く両者の間で無言が続くが、先に折れたのは少年の方だった。


「何故、分かった……?」


「そりゃ、あれだけ金をばら撒く足軽なんて、早々居ないからね」


 アガロは観念したのか、笠を取り馬上のテンコを下から見上げた。そして、自分を見破った理由を聞き、成程と一つ頷く。

 だが、この場合ばれない方がおかしい気がする。多くの金をばら撒いたのだ。一介の足軽がそんな豪勢な事、出来よう筈も無い。

 テンコは少年の背格好、声色、そしてその奇抜な行動から推測し、見事に姿を見破ったのである。


「はぁ……。何の用だテンコ?」


「それはこっちの台詞だよ。こんな所で何してるのさ?」


 テンコが怪訝(けげん)な表情を向けると、アガロは眉間に皺を寄せた。


「父上には秘密にしろよ?」


「それは話の内容次第かな?」


 そう言うと、アガロは溜息を一つ吐く。言わなければ、父の前に突き出されるし、言っても内容次第では掴まる。逃げるという手もあるが、それでは今回の目的が果たせない。

 彼は諦め、事情を説明した。


「俺は今回謹慎処分だ」


「それは君の父君から聞いた」


「だが俺は戦に出たかった。だから父上が出陣した後、城をトウマと抜け出して、亜人隊に紛れたんだ」


 聞いた途端、テンコは呆気に取られた。自身も自由人ではあるが、目の前の友は更にその上を行っている。

 ミリュア当主は思わず眩暈(めまい)がしそうになった。


「このキジムナのえ~っと……」


「おいらはガジュマルだよ」


「そうそう。で、彼も連れてきたのかい?」


「勝手に付いてきた」


「だってアガロ様と、トウマだけじゃ心配だったしね」


 友人思いなのだろうか、その友情の美しさに感心しながら、テンコは本題に戻る。


「それで、城を抜け出してまで、何で戦に出たかったのかな?」


「戦をこの目で見ておきたい。それと父上の戦を学ぶ為だ」


「そんなに焦らなくても、君の父君なら確りとこれから軍学を教えてくれるだろ?」


 テンコは正論を言ってみた。アガロの年ならまだまだ焦る必要は無い。彼は元服し、当主の座を継いだばかりであり、これからゆっくりと教えて貰える筈である。

 だが、ユクシャ当主はかぶりを振った。


「それじゃ駄目だ。実際の戦と、話の中の戦では訳が違う。だから足軽に身をやつし、こうして戦に参加しようとしてるんだ」


「ぷ、あっははは!」


 大真面目に語るアガロ。だが、テンコは思わず顔を上げて大きく笑い出してしまう。

 理由が分からず、足軽の格好をした友は、少し機嫌を悪くし睨んだ。


「何が可笑しい?」


「そりゃ可笑しいさ! ついこの間、当主になったと思ったら、今度は足軽になって戦に出ようとするんだもの! アガロ、やっぱり君は面白いよ!」


 暫く笑い、涙を拭くと、アガロは何時もの仏頂面で彼に宣言する。


「俺は今『アガロ』じゃない」


「へぇ。何て名乗ってるんだい?」


「『アギト』だ」


「そうか。じゃあ早速だけどアギト、一緒に来てくれるかな?」


 いきなりの連行命令に彼だけではなく、連れのトウマやガジュマルまで目を丸くした。


「何故だ?」


「さっきの騒ぎは立派な軍規違反だからだよ。君が喧嘩をした獣人の兄妹も居る。あ、それと。今の君に拒否権は無いからね? 足軽なんだから大将の命令は絶対だよ?」


「あれは向こうが悪い。俺はガジュマルを助けようとしただけだ」


「拒否権は無いって言ったよね?」


 笑顔で言い、反論を認めない彼にアガロは内心舌打ちをした。


「ぐっ……。入る部隊を間違えたか……」


「じゃ、来て貰うよ?」


「好きにしろ……」


 彼は相変わらずの無愛想な表情でテンコに連れて行かれた―――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ