第八幕・「家督」
天暦一一九六年・子の月。
【――ギ郡・郡都サイソウ城・大広間――】
「アガロ、もう少し愛想良くしろ」
「嫌だ」
姉に注意されるがそれを拒み、ぷいっとそっぽを向く弟。
すると、ギ豪族が一人が挨拶に来た。
「これはこれは、ユクシャ殿。明けまして、おめでとう御座りまする」
「「明けまして、おめでとう御座りまする」」
「おめでとう」
アガロ以外の家族――サヒリ、タミヤ、ルシア――は恭しく挨拶し、新年の抱負などを述べたりするが、嫡男の彼は挨拶もそこそこにして、会話に入ってこない。
すっかり場の雰囲気に飽きていた。
「今年もどうぞ宜しく……。では、某は用事が御座いますので、これで……」
丁寧に挨拶を済まし、去っていく豪族の後姿を見送ると、タミヤは、
「はぁ……」
隣で溜息を吐くが、アガロは全く気にしない。
彼等は今、新年の宴に家族全員で参加している。
この大広間で開かれる宴会は、守護大名家主催の宴で、守護家の家臣達やギ郡の豪族達、またその家族しか参加出来ない特別な席である。
アガロは父親の左隣に着座し同じようにタミヤ、ルシアそしてサヒリと続く。
父のコサンは今、小用があるので席を外しており、アガロ達は帰りを待っている。
だが、アガロは無愛想な顔をして挨拶に来る他の領主達に短い新年の挨拶を済ませるだけ。普通コサンが居ない場合は彼が嫡男として、確りと挨拶せねばならないのだが、当の本人はそんな事、何処吹く風と全く気にしていない。
「あらあら。アガロは相変わらず、こういった所が苦手なのね」
にこにこと笑顔で母が無愛想な息子に声をかける。
「母上。俺はこういった堅苦しい所は居心地が悪くなる」
「アガロさん、ですがこういった宴の席にて他の豪族の皆様と交流を深めるのも、嫡男の務めですよ?」
次女のルシアに諭されるが、
「別に、俺みたいな奴と交流を深めたい物好きなど居るものか」
アガロは再びそっぽを向くと無愛想に頬杖を付き、明らか面白くないと態度で示した。
どう見ても次期当主とは思えぬ言動だ。
「アガロさん。そう拗ねてはいけませんよ? それに、今のアガロさんはちゃんと正装していますし、とても可愛らしいですよ?」
その言葉にアガロは嫌そうに顔を歪め、姉を睨んだ。
「ルシア姉さん……、俺は男だぞ? 可愛いと言われても嬉しくはない。そこは凛々しいとか、堂々としていて立派、と言うべきだろう?」
何時もの農夫が着るボロ着ではなく、新年の宴の席では確りと正装させられていた。
尤も彼の場合は、それを拒む前に行きたくなかったのだが、例によってシグルに掴まり、姉から鉄拳制裁を受けて、渋々着替えさせられたのだ。
「あら、これは失礼しました。ですが、何時も逃げ出す後姿しか拝見した事がないのでつい……」
途端、タミヤが噴出す。
アガロはどうもこの姉、ルシアだけは苦手であった。
ルシアは大人しそうに見えるが、実は人をからかうのが好きで、特にアガロの事を特別よくからかう。
「ですが本当に可愛いのですよ? 私、アガロさんは男物の着物より、女物の着物の方が似合うと思いますもの」
目が笑っていない、本気の眼差しを向けると、アガロは背筋がゾクリと震えた。
「姉さん、冗談は止してくれ……」
「まぁ、わたしが冗談嫌いなのは、アガロさんが一番分かっているのでは?」
「姉さんの冗談は性質が悪いっ! 昔、倉庫の中に何か居るから見てきてくれと頼んだ時、俺を其処に閉じ込めたろ!?」
「だって、わたしが心配で様子を見に行った時には、もう既にアガロさんは見当たらなかったのですよ? 開けた侭では無用心ですし、丁度”偶然”にも鍵を持ち合わせていたので、閉めさせて頂きましたの」
満面の笑みで言う姉にアガロは少し黙まった。
「俺は倉庫の奥の方に居たのだぞ。声をかける位したらどうだ……?」
「まぁ、今にして思えばそうしておくべきでしたね。何せアガロさんは、逃げ出すのがお上手なんですもの。もうとっくに逃げ出した後だと思い、早合点してしまいました」
「あの後、長い間閉じ込められたぞ」
未だに根に持っているのか恨めしそうに睨むと、彼女は全く気にせず寧ろ、何処か嬉しそうに笑って見せた。
「すぐに出して差し上げましたよ? わたしが書物を読み終え、湯を浴び、夕の膳を済ました後……」
詰まりすっかり夜になってからである。
倉庫には何故かその日だけ誰も近付かず、アガロはルシアに出されるまでずっと閉じ込められていたのだ。
「姉上、笑いすぎだ……」
隣で必死に笑いを噛み殺そうとしているタミヤへ、非難の目を向けるが意味が無い。
ルシアは他にも、アガロが屋根裏へ上ると梯子を隠し、お気に入りの着物が破けてしまった時、侍女の変わりに縫ってくれる、と破けた所だけ変な色の糸で縫い合わせがっかりさせたり等々。アガロいじりが好きであった。
「まあ! そこに居るのはタミヤお姉様ではなくてっ!?」
後ろから一人の少女の声が聞こえると、一気に笑いを止めるタミヤ。表情が強張り、そ―っと後ろを振り向くと、
「やっぱり、お姉様ですのね!?」
「え、エ、エトカっ!?」
「お姉様! お会いしたかったですわっ!!」
言うといきなりタミヤに抱きついてきたのはエトカ・クト。
年は十三。長い橙色の髪を総髪にして頭の右側に結い上げており、小生意気そうな釣り目と、鼻の周りのそばかすが特徴的な少女だ。
そんな彼女は次期クト家の当主であり、若くしてクト家随一の弓の名手と呼ばれている。
「ああ、お姉様! エトカはお姉様に会えるこの日を、どんなに待ち望んでいた事か!?」
「は、離れろ! エトカ!」
「いいえ、放しません! エトカはもう一生お姉様を放しませんわ!」
「しつこい!!」
ボカッ、とタミヤに殴り飛ばされようやく彼女を解放する。
タミヤは貞操の危機、とばかりに身構え彼女を睨むが、対するエトカはうるうると涙目になり、何か懇願するように身をくねらせた。
「もう! お姉様のいけずぅ! 女同士であろうと恥ずかしがる事ありませんのに!」
「いきなり抱きついてきたお前が悪いのだろう!?」
「お姉様は分かっておりませんわ! エトカはもう元服も済ませて立派な大人ですのよ!? 同じ女武者としてお姉様に憧れ、尊敬し、そして、愛しておりますのに!!」
広間に木霊す程響いた彼女の告白に、タミヤは何とも微妙な眼差しを向けた。
「最後の方だけ何かおかしい気がするが……?」
「兎に角! エトカは何時でも、お姉様の愛人になる準備は出来ておりますのよ?」
「な、な、何で私がお前を愛人にせねばならないのだ!?」
タミヤは頬を赤らめ慌てだした。
そんな彼女を愛しそうに見つめるエトカの瞳は、宛ら獲物を狙う狩人のようである。
「あら。お姉様はご存じでなくて? 衆道はむさ苦しい男武者共だけにあらず。女武者同士でも許されている事なのですよ? 特に戦場においては、一人でも多く信頼出来る仲間が居るのはとても頼りになりますし、それが互いに愛し合う者同士なら尚更ですわ」
胸を張り高らかに語る次期クト家当主。
「そ、そんな事は知っている! 私は何故お前なのかと聞いているのだ!」
慌てふためき、口から唾を飛ばすユクシャ家長女。
「ふふふ、そんなのは決まっておりますわ! 何故なら、私以外にお姉様の愛人に相応しい武将が居ないからですわ! さあ、お姉様! 潔く観念してエトカと一緒にお部屋へ参りましょう?」
「だから何でそうなるんだ!?」
じりじりと近づくエトカと、一歩一歩後退するタミヤ。
二人の姿をユクシャ一家は楽しそうに見物してるだけであり、誰も助けようとしない。
特にアガロは、何時も自分を扱いてくる姉の嫌がっている姿が珍しいのか、先程からにやにやと笑みを浮かべながら見ていた。
「アガロ! 見てないで助けたらどうだ!?」
「姉上……。ご愁傷様」
片手だけで合唱の形を取り両目を伏せる。
「ぬ、お前!」
「隙ありですわ!」
「そうはいくか!」
飛びついてきたエトカをタミヤが身を屈めて躱す。
エトカは素早く受身を取り、体制を戻すと直ぐ次の構えに入る。
「お姉様! エトカの愛を受けって下さいましっ!」
「ええい、いい加減くどい!!」
突進するエトカをタミヤが背負い、投げ飛ばす。
床に勢い良く叩きつけられた彼女は、その侭伸びてしまった。
息を荒げるタミヤ。するとそんな彼女へ後ろから声をかける少年が二人。
「ふん。相変わらず騒がしいな、ユクシャの一族は」
「やぁ、ユクシャの皆さん。明けましておめでとう!」
「モウル、テンコ。お前等か……」
アガロは嫌そうな顔をした。
声をかけたのは背が高く端正な顔立ちをしているが、いかにも生真面目そうに口をキュッと一文字に閉じているモウル・オウセン。
次期オウセン家当主。年は十三。元服を済ませたばかりにも関わらず背は五尺七寸(約170cm)と、この大広間にいる大人たちよりも遥かにでかい。武芸に秀で、名門オウセン家の跡取りとして、将来を有望視されている若武者である。
「何でお前等が此処に居るんだ?」
「ふん。何時までたっても挨拶に来ないから、こっちから来てやったのだ」
「来いと頼んだ覚えはないが?」
そんな事で感謝するとでも思ったか?
とばかりにアガロは無愛想に言い捨てた。
そんな彼の態度が気に入らず癪に障ったモウルは、目を吊り上げ何時もの如くアガロを上から睨み付けた。
「何だと貴様!」
「まあまあ、いいじゃないか! アガロ、モウル! 二人とも落ち着いて」
二人の間に割って入ったのはテンコ・ミリュア。さらさらと肩まで伸びた水色の髪、狐のような目付きと切れ長な口が特徴的な少年で、常に笑みを浮かべている。
年は十三。モウルやエトカと同い年だが、彼は他の二人と違う所が一つある。それは、彼がその若さで既にミリュア家の現当主だという事だ。
幼い頃に父と死別し、七つの時に元服。重臣達に支えられながら当主の務めを果たしている。
「あらあら、これはミリュア家の御当主様。態々其方からお越し頂き、大変恐縮ですわ」
「いえいえ、奥方殿。僕も皆さんの顔が見たかったし、それにアガロは此方から行かなければ会えそうもなかったので」
恭しくお互いに挨拶をする母のサヒリとテンコを尻目に、アガロとモウルは互いに睨み合いをしていた。
「どうした? 今日は逃げないのか”逃げ若子”?」
長い睨みあいを続け、先に口を開いたのはオウセン家の若武者。彼は腕を組み、アガロを挑発した。
「どうして自分よりも格下相手に逃げる必要があるんだ?」
挑発に動じず、逆に言い返すユクシャ家次期当主。彼は何時ものように顔色を変えず、下から相手を見上げ睨み返す。
「貴様……。良いだろう、庭へ出ろ。今日こそはその減らず口を二度と叩けなくしてやる!」
青筋を立てながら顔を引きつらせ、モウルが彼に勝負を挑むが、
「断る」
「何だと!?」
一瞬で振られた。
「断る。当たり前だ。誰が好き好んで、お前と試合をせねばならんのだ?」
「は、流石は逃げ若子。そう言ってまた逃げ出すのか?」
「違うな。俺は勝てない戦はしないと言ってるんだ。家臣領民を束ねる当主になるなら、戦況を見極めることは絶対に必要だ」
「それは詭弁だ! 武士ならば正々堂々と刀を抜き戦えっ!」
「俺とお前とでは体格差がありすぎる。初めから正々堂々では無い」
「貴様、臆したか!」
「違うな。退くも勇気と言ってるんだ。ただ闇雲に突っ込んで行くのは蛮勇だ」
この二人、昔から仲が悪い。顔を合わせれば何時も喧嘩をする。
アガロがこの宴に出席したくなかった理由は、モウルに会いたくないからだ。
モウルもアガロに会いたくないのだが、幼馴染のテンコに無理やり引っ張ってこられた形である。
「減らず口を!」
オウセン家の跡取りが、アガロの胸ぐらを掴み上げる。
身長差がかなりある為、アガロの足が少し浮いた。
ユクシャの逃げ若子は猶も相手を睨み続けるのを止めず、一触即発の空気が漂う。
「おい、モウル! いい加減にしろ! 僕達は喧嘩しに来たんじゃないだろう!?」
「ぐっ……。ふんっ!」
アガロを開放するとモウルは後ろを振り向く。未だに不満げな表情を浮かべ、何時ものように口を一文字にして閉じそっぽを向いた。
「まったく……。アガロ、失礼したね。でも、どうして二人はこうも仲が悪いんだい?」
「知るか。あいつが勝手に絡んでくるんだ」
「所謂、犬猿の仲って奴かな?」
「ふん」
アガロも同じようにそっぽを向く。
その様子を見て、テンコは肩を竦めた。
「やれやれ。所でアガロ。君に挨拶に来たのは僕達だけじゃないんだよ」
「まだ他にも居るのか?」
うんざりした顔で振り向くが、対してミリュア当主は笑顔を絶やさず続けた。
「うん、そうなんだ。えっと……、あれ? 何処行ったのかな?」
「何をしているんだお前は?」
「ええと、ちょっと待ってね……」
辺りをきょろきょろと見渡しても見当たらない。おかしいなと思いテンコが柱の影を覗くと、
「あ! ヤクモちゃん! 駄目じゃないか、こんな所に隠れてちゃ!」
そう言ってテンコが引っ張ってきたのは柱の影に隠れていた少女。
「ほら、ヤクモちゃん! 挨拶しないと」
アガロの前に連れて来られたのはヤクモ・カンラ。年はモウル、テンコより一つ下の十二歳でアガロより一つ上。そして、彼女も同じく次期カンラ家当主であり、来年には元服を控えている。
淡く綺麗な桃色の髪を腰まで伸ばし、肌は透き通るように白い。生意気そうなエトカに比べるとヤクモは従順そうな雰囲気で、事実大人しい。
「あ、あ、アガロ君!?」
「な、何だ!?」
少し上ずった声で彼女に話しかけられ、アガロは少し驚いた。
「し、し、新年明けまして、おっ、おめっ、おめでとう!」
「お、おう……」
「……! やったよ。テンコちゃん。アガロ君とちゃんと挨拶できたよ!」
何故自分と挨拶しただけでこんなにもはしゃぐのか、アガロには理解が出来なかった代わりに、変な奴だと思った。
そして目の前でいきなり、二人で後ろを向き話し合いを始めた。
(良し! ヤクモちゃん。もう少しお話してみようか?)
(ええ! そんなの無理だよ!?)
(大丈夫だよ、勇気をだして!)
(で、でも、何を話せば良いのか分からないよ!?)
(大丈夫! 僕の言う通りにすれば良いからね?)
暫く二人で話し込んでいたかと思うとくるっと向き直り、じっと見つめてくる彼女に対しアガロは思わずたじろいでしまう。
「あ、アガロくん!」
「何だ?」
少し警戒したような声で彼は聞き返す。
するとヤクモの直ぐ後ろで、テンコがそっと彼女に耳打ちした。
(先ずは身近な所から会話を始めるんだ。天気について訊いてみて?)
ヤクモが好意を寄せる相手に気付かれないように小声で囁くと、彼女は意を決したように頷いた。
「い、良い天気だね!?」
「あ、ああ。少し曇っているがな」
「……う、うん」
先ずは無難な所から会話を広げようとするが、その先から続かない。
思わず俯くカンラ家の少女。
(ヤクモちゃん。抱負について訊ねるんだ)
今は新年を祝う大事な宴だし、これなら会話になるだろう、と彼は予想し彼女に話題を提供する。
「ら、来年の抱負は何!?」
「今から来年の抱負か? 今年は始まったばかりだぞ……?」
やっちまった、とばかりに後ろで狐目の当主は苦笑いをし、アガロは呆れたような眼差しをした。
「そ、そうだよね! ご、ごめんなさい。変な事聞いて……」
「いや、別に構わないが……」
慌てて謝り、再びしゅんとなるヤクモ。
テンコは励ますように助言を続ける。
(負けちゃ駄目だ。ヤクモちゃん、次はアガロの好きな事について!)
これならきっと上手く行く。そう思ったテンコは何処か得意げだった。
アガロは意外に趣味が多い。武術、馬術、体術、水泳に木登り。体を動かす事なら、ほぼ何でもやった。
最近では鉄砲を自ら練習し、新しく出来た砲術なるものにも興味を持っている。
「あ、アガロくんの好きな事って何!?」
「…………」
「えっと……、アガロくん?」
急に黙り出す黒髪の少年へ、どうしたのかと心配そうにヤクモは顔を覗きこんだ。
「……なめこみそ汁」
「なめこのお味噌汁だね!」
最早会話に飽きたアガロは適当な返答を返す。
それでもヤクモは嬉しそうな顔をして、テンコの方へ振り向いた。
「えっと―――……。アガロ? もしかして君、会話に飽きてるのかい?」
「…………」
返答は無言。そして仏頂面。気分屋な処がある彼は、その侭黙ってしまった。
これにはテンコも対処しかね、頭の後ろを掻いた。
気まずい空気が両者の間を流れる。
「そういえば、アガロは他にも馬術が好きなのですよ」
そんな時、助け舟を出したのは彼の母のサヒリだった。
「……! 本当ですかっ!? サヒリ様!?」
その情報にヤクモは逸早く反応した。
彼女は女同士なら会話がしやすいのか、緊張もせずまたドモリもぜずに、サヒリの話しを興味津々になって聞いてきた。
「ええ。特に鳥騎馬は早く走るから、一番のお気に入りなんだとか」
女同士で会話が弾んでいる所へ、彼等に近付いて来る小柄な男が一人。
「何じゃ、これは? ミリュアの当主殿に、オウセンの倅。それとクト、カンラの姫君まで?」
目を丸くして面子を見渡すのは、現ユクシャ二代目当主コサン・ユクシャ。彼は用事を済ませたのか、戻ってきていた。
「遅かったな、父上」
アガロはやっとこれで父の変わりに挨拶しなくて済むと思い、一つ伸びをして立ち上がったが、姉に袖を掴まれ止められる。
彼の場合、何処へ行くか皆目見当も付かない。目の届く所に置いておかなければ、直ぐに行方を暗ます癖がある。
「これは、ユクシャ殿。新年明けまして、おめでとう御座りまする。大勢で押しかけ、申し訳ありません」
恭しくテンコが新年の挨拶をし、謝罪をすると、コサンはいやいやと手を横に振り、同じく挨拶する。相手が未だ小さいとはいえ、立派な豪族の当主なのだ。舐めたような態度は非礼に当たる。
「いや、これはミリュア殿。新年の挨拶遅れて申し訳ない。実は息子に用があり、戻ってきた次第でな」
「俺に用事?」
聞いた途端、アガロは訝しげな眼差しを向けた。
「うむ。アガロ、わしについて参れ」
父の声は何処か重く、何か重大な秘め事があるのでは? と思わせる。
「あなた……。大丈夫ですの?」
そんな夫の胸中を察してか、妻のサヒリは心配そうに見つめた。
それにコサンは笑顔を向ける。
「うむ。サヒリ、心配するでない……」
父に連れられ中庭へ出る。
先程まで曇りが続いていたが、今は雪が降り始めていた。
「何の用だ、父上?」
「アガロ……。これからわしの言う事を心して聞くのじゃ」
コサンがアガロと目線を合わせ少し深呼吸をすると、
「たった今しがた、守護様が身罷れた」
「っ―――!?」
余りにも重大すぎて、アガロは我が耳を疑った。
しかし、コサンは何処か落ち着いており、目線を息子から逸らさずその侭続ける。
「アガロ。わしはお前にして欲しい事が二つある」
「どんな事だ……?」
眉をひそめ、怪訝な眼差しで父と目を合わせると、コサンは少しだけ言うのを戸惑っている様子だった。
だが、暫く間を置くと意を決し、息子の目を見てハッキリと告げた。
「元服せよ」
「は……?」
思わず口が開き、唖然とする。
言ってる意味が理解出来ずにいると、コサンはそんな彼など気にせず、
「家督を継げ」
と命じた。
アガロはただ口をポカンと開け、目を丸くするだけだった。