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第一幕・「誕生」

 アシハラ大陸。


 この大陸にはその昔、多くの国が興り、栄え、争い、そして滅んでいった……。 

 その中でソウ国という王国が天下統一を成し遂げた。

 幕府が興って、貴族社会から武家社会へと移行してからは、新たな国作りとして大陸を、『十州・五十郡』に分割し、其々(それぞれ)の地に統治者を置いた。


 州を統治する者は『管領家』となり、その州の中にある郡を統治する者を『守護大名家』と呼んだ。また、彼等はその下に県を作り、守護大名家の家臣や、その土地に古来より住む有力な豪族達に支配させた。


――時は乱世。


 ソウ国二百余年の安寧は崩れ去り、時代は風雲急を告げる戦国時代へと変貌した。

 貧困、飢饉、災害は大陸中に蔓延し、我慢に耐えかね起こった一揆は土地を乱した。

 人の欲望は留まる事を知らず、略奪、姦淫、殺人が跋扈(ばっこ)する。


 そしてこの時代。多くの英雄たちが綺羅星(きらぼし)の如く現れ、富み、名誉、領土、権力を求めた。

 己が野望を叶えんが為、或る者は裏切り、或る者は奪い、或る者は殺し合い、また或る者は他の者と手を結んだ。

 野望の渦巻くアシハラ戦国時代が幕を開け、早四十年余――。


 天暦(ティンダグユン)一一八五年・酉の月、某日。

 秋も終わり、冬が到来し、すっかり寒くなった季節の中、この大陸の歴史を動かす人物が誕生しようとしていた―――。



【――ユクシャ県・タキ城――】



 城館広間にて、時刻は恐らく深夜(うし)の刻くらいだろう。

 小男が一人、落ち着きもなく広間をグルグルと歩き回っていた。

 表は嵐によって荒れ、木々はざわめき、雨が激しい。

 だが、この男には今それを気にしている余裕など皆無だった。


『コサン・ユクシャ』


 エン州五郡の内の一つ、ギ郡八県の南部に位置するユクシャ県の豪族で二代目ユクシャ家当主。年は四七。単身痩躯であり色白、デコが広く、目は垂れ目で細く、そして薄髭。しかし、童顔である彼は実年齢よりも若く見え、歳の割には皺も少なく、髪も未だある。


「少し落ち着き下さりませ、御館様。焦った処で、時は進みませぬぞ?」


 (いささ)か取り見出し気味の主を見かねて進言したのは、その現当主の前の代から仕えている老臣シグル・イナン。

 齢六十でありながら、筋骨隆々としており衰えを全く感じさせない。頭は既に禿げており、長く白い髭を蓄えている。厳つい風貌であるが笑うと愛嬌がある。


「う、うむ……。そうじゃな……」


 長年の家臣の言葉に従い上座に座る。

 だが、座っては見たものの矢張り落ち着かず、手に持っている扇子を何度も開閉する。

 その様子を老臣は見慣れたように見つめていた。


「御館様は、姫様達が御生まれになられた時も、同じ様にしておりましたな」


 シグルは笑いながら言うと、目の前に座っている当主コサンは少し苦笑いした。


「仕方がなかろう。こればかりはどうも慣れそうにないわい……」


「されど、御館様は当主に御座いますれば、こういう時にも落ち着き、奥方様の御無事と元気な赤子の生誕を願わなくてはなりませぬぞ? その様に(せわ)しなく動かれては、当主としての威厳を失い、家臣に侮られまするぞ?」


 正論を言っては見たものの、この当主は杞憂とばかりに笑い飛ばした。


「普段の家臣達の前ならわしも、もう少し言動に気を付けるが、今はその方しか居らんじゃろ?」


 コサンは配下の中でも取り分け彼、シグル・イナンを信頼していた。

 コサンの家、ユクシャ家はこの乱世に興った新興勢力である。主家をギ郡の守護大名サイソウ家とし、父の代から仕えこの地を拝領した。


 ユクシャという名字は、この地に因んで名乗る事を許されている。

 しかし、身分の卑しい下級武士の出身であった父子に、譜代の家臣は居ない。何事も最初から始めなければならなかった父子に仕え、良く支えたのが彼、シグルであった。


 先代当主である父が亡くなり自身が当主となってからも、コサンはこの老臣への信頼厚く、新たな家臣達の指導や、領内政策等の全てにおいて相談し、頼っている。

 シグルも元を正せば半農半士の地侍の息子である。


 しかし、興ったばかりのユクシャ家は自身も含めて、身分がどうと言ってはいられなかった。彼等は初代当主の代から、実力主義を重視しており、結果今日に至るまで上手く領内を治めている。


 無論、コサンは無能では無い。

 この乱世、才覚乏しい者は例え小さな家であろうと、野心溢れる者に乗っ取られ、滅ぼされえるのが常だ。家臣といえども油断は出来ない。

 彼はその事を確りと(わきま)えており、民に喜ばれる領主として、君臨していた。



――その時。



『おんぎゃあ! おんぎゃあ!』


 ふと、遠くから赤子の産声が聞こえた。


「!!」


 互いに談笑に(ふけ)り、気分を変えようとしていたが、一瞬で二人とも表情が変わる。

 奥の間から足音が次第に近づいてくると同時に、当主の胸は期待に高鳴った。

 ジッとその場で待ち続けると暫くして、侍女が姿を見せ、深く(こうべ)を垂れた。


「どちらであった!?」


 侍女が口を開く暇も与えず、コサンはいきなり訊ねた。

 幼い頃から知っている、目の前の現当主を些か呆れながら見ているシグルを尻目に、彼は侍女を急かした。


「おめでとう御座りまする。大変元気な若子(わこ)様に御座りまする!」


「おおぉぉぉ――――! 誠か!」


 思わず両手を挙げて立ち上がり、声を大きくしてしまう。

 ユクシャ県の豪族で、現当主とは思えぬ驚きよう。それ程までに待ち焦がれていたのだろう。興奮から手が震え満面の笑みを浮かべている。


「御館様! おめでとう御座りまする!」


 家臣のシグルも同じように愛嬌たっぷりの笑みを浮かべ祝辞を述べる。


「してっ! 妻の容態はどうじゃ!?」


「奥方様のご容態に大事御座いませぬ。されど、お医者様が申すには、暫くは安静にせよと……」


「うむうむ、そうか。妻には大事無いか! それにしても、あやつめ!! とうとう若子を産みおったか! 誠に目出度いわい!」


「御館様。恐れながらそのお言葉、奥方様に直接おかけになられた方が、宜しゅう御座りまする」


 家臣に言われハッと我に返ると、次の瞬間には愛する妻の元へ歩き出していた。

 主君の後姿を見送る家臣と女中の二人は、苦笑いしながらやれやれと首を振った。



【――奥の間――】



 妻の居室である奥の間へ足を踏み入れると、側に(はべ)って居た鬼族の侍女達が(こうべ)を垂れ次々に祝辞を述べた。

 コサンは焦る気持ちを抑えながら、襖をゆっくりと開く。


「サヒリ、でかしたぞ!」


 開口一番そう言うと、妻の側へ座り赤ん坊を見る。


「あなた、もう少し静かにして下さりませ。折角、若子様がお眠りになられたのに、これでは目覚めてしまいますわ」


 妻に叱られ慌てて声を小さくする夫。


「む、すまぬ……。何せ待ちに待った若子じゃからの、つい興奮して声を張り上げてしもうたわい」


「お気持ちは分かりまするが、もう少し堂々とせねばなりませぬよ?」


「良いではないか、シグルと同じ事を申すでない。今くらい良かろう」


 思わず照れ笑いをした夫に釣られて妻も笑みを浮かべる。



『サヒリ・ユクシャ』


 コサン・ユクシャの妻。美しい美貌の持ち主であり、年は二四。この地域では珍しく、南方の者と同じ褐色の肌をしており、特徴的なのはその大きなクリクリとした両目。コサンは彼女の目を見つめるだけで不思議と心が和む。


 また、女武者としての一面を持つ。彼女の体は細身ではあるが程よく筋肉が付いており、一度合戦が始まれば鎧兜に身を固め、足軽衆を率いて敵陣に突撃する。

 武術、馬術、そして書も(たしな)み文武両道、才色兼備の女侍である。

 そんな彼女も今ようやく、生まれた待望の男子である我が子を大事に胸に抱き、その寝顔を(いと)しむように眺める。


 今迄に二人の子供を生んでいるが、いずれも姫であった。

 女だからといって家督が継げない訳でわない。自分のように女武者として育て上げれば立派に家督を継げる。

 しかし、夫であるコサンは男の世継ぎを願った。そして、彼女自身も強く男子を欲した。何故なら嫁ぎ先のこのエン州は、男性社会だからだ。


 アシハラ大陸を治めるソウ国の都から、東側に位置するこのエン州は男の当主が多い。反対に西側には女の当主が多く存在する。

 勿論、女が継いでも問題はないのだが、男が継いだ方が善しとされた。

 また、単に彼女の夫が大変な愛妻家であったのも理由する。


 どんな豪族、領主、貴族や公家、大名そして国王であろうと、皆多くの側室や妾を囲っている。

 だが、コサンの元へ嫁いだ時、彼は側室は取らないと誓ったのだ。

 随分と変わった人が夫になったもんだ、と最初の頃は思ったが、彼が自分を深く愛している事が分かり、そんな夫の期待にはどんな事があっても答えたいと常々思っていた。



「お前ばかりずるいではないか。わしにも抱かせよ」


 我が子を抱き上げると満面の笑みを零す。

 この男はとても子煩悩であった。先に生まれた二人の姫達も(おろそ)かにする事なく、愛情をかけて育てている。だが、ただ甘やかすだけではなく、しっかりと厳しく教育もする。


 この人の事だから、酷く溺愛するだろうが立派に育てる筈。そう思いながらサヒリは目の前で喜ぶ夫に微笑んでいた。


「うむ。やはり何処となくお前に似ているようじゃ。将来は美男子になるじゃろうて」


「まあ。あなたときたら、本当に親ばかですこと」


「何を言うか、親ばかは親しかなれんのじゃぞ」


 コサンが開き直ると、声を出してサヒリは笑ってしまった。

 すると、赤ん坊がぐずりだす。


「あなたの声が大きいから、驚いて泣いてしまったではありませぬか。若子様を此方へ」


「む、お前の笑い声で起きてしまったのじゃろ?」


「何か仰いまして?」


「……いや、何でもない」


 凄みをきかせた声で言うと、コサンは少し顔を青ざめた。愛妻家であり恐妻家でもある。


「ふむ、泣き止んだか……。やはり母の胸の中は落ち着くようじゃな……」


「あなた。この子に名前を付けて下さりませ」


「うむ。そうであった、そうであった。実は前々から男子が生まれた時の為に、付ける名を既に決めておったのじゃ」


「どのようなお名前ですの?」


「アガロじゃ。この子の名は今日よりアガロ・ユクシャと名付けよう!」


「アガロ……。なんとも不思議な名前……。ですが、そこがあなたらしいですわね……」



 嵐の夜に誕生したユクシャ家の嫡男を、その場に居た皆が祝福した。


『アガロ・ユクシャ』


 後に彼は激動の乱世。群雄割拠するアシハラ戦国時代において、多くの英雄達と天下統一を狙い覇を争う一人になる事を、この時は未だ誰も知る由も無い……。

ここまで読んで頂き有難う御座います。

拙い文ではありますが、皆様が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


更新は少し遅めになると思いますが、最後まで頑張って続けていきたいと思います。

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