82.「キリ! 今から行く!」
ヒロは大学に着くとまず構内のATMに向かった。
「早くカンミさんにお金を返さなければっ!」
そうしないと、ヒロからのプレゼントにならない、ような感じがしたからだ。
構内の売店や学食のある棟の一角にATMはある。もう夏休みに入ったかのように、人が少ない。おかげで順番待ちすることなく、ATMを使用することができた。
「ほんと、女の子の服ってなんか高いよな……」
そう言いながら誰もいないATMコーナーで、自分の口座からカンミさんの口座に送金した。
「……あ、カンミさんって『エトウ』っだったっけ……」
久々に見た名字に思わずつぶやく。そしてやっぱり気になる年齢……。『オレよりは年上なんだろうけど、ほんと、いくつなんだろう……。見た目は全然若くてかわいいんだけどなぁ……』と、ちょっと先日の買い物を思い出しながら、一人でニヤけていた。
「竹川ヒロ! いいところに!」
ATMを出て、ピロティで一応掲示物を確認している時だった。その声は見なくてもわかる。
「真中……」
その声にちょっといやな予感をしながら振り返るとそこには声の主、真中敦と並んで南塔子が立っていた。
「あ、やっぱり……」
真中は青のタンクトップ一枚に濃い色のジーンズと言う格好で大きな箱を二つ両手で抱えていた。身長がある分、その荷物は小さく軽く見えるが、表情は『助かったぁ~』と言わんばかりに、ヒロを半泣きで見ていた。その荷物の持ち主、あるいは依頼者と思われる南は小さめの黒のタンクトップにタイトな黒のスカートと言う……直射日光よけと思われる白のストールを肩にまとっていなければ、多少目のやり場に困るところだ。
南もヒロを見つけると、ちょっと視線を逸らしながら、小さく、ちょいちょいと手招きをしている。ヒロも、あの日、南の前で思いっきり泣いてしまってから、目を合わせるとそれ思い出して恥ずかしくなってしまう。
「あ、はい」
そう言って、目線は真中に向けたまま小走りに向かう。
「竹川……これを研究室においておいて」
南はちょっと視線を逸らしたまま言う。
「ちょ、ちょっとちょっと、南先輩! そりゃないっす」
そう慌てる真中にはちょっときつめの視線。
「この袋の中は壊れ物が入っているんだ」
「あ、そ、そうですかぁ~」
南は紙袋をヒロに渡すと、そのまま去っていった。『そういえば最近去る時のかわいい南先輩を見ていないな』と、ヒロは思っていた。
渡され小さい袋は意外に重かった。気になるが口が丁寧に閉じてあったので中身はわからなかった。
「な、竹川……おまえ、南先輩となんかあった?」
「え? なんで?」
真中はそのまま箱を二つ両手で抱え、ヒロは小さい重い紙袋を手に研究室に向かっていた。
「いや、なんか、ちょっと、お互い、気まずいって言うか……そんな妙な雰囲気があるぞ、最近」
「き、気のせいだと思うぞ。ほれ、今日もしっかり荷物、持たされているだろ」
「まあ、そうか?!」
「そうそう」
ヒロは『さすがにあのエピソードは話せないもんな』と、泣いてしまったことを思い出していた。
「珍しいな、竹川」
研究室には和久辰治が居た。テストも終わったばかりだというのに本を読んでいた。よく見ると、教科書や参考書ではないので、少しヒロはホッとした。
「そんなに久々だっけ?」
ヒロはそう言いながら、小さい紙袋をそっとテーブルの上に置いた。
「ああ、けっこうな。あれは中村教授の試験だったから、おおよそ四日ぶりと言ったところか」
和久は本に目をやったまま、少しめんどくさそうに言った。
「竹川~、降ろすのてつだっちくりぃ」
「あ、わりい。……って、軽いじゃないか」
ヒロが真中の荷物の一つを受け取り、さっきの小さい紙袋を箱で奥に押し込むようにずらしながら机の上に置いた。前がよく見える様になった真中もその箱の横に置いた。
「あああ、ふう~~~」
真中は手伝わなかった和久に聞こえる様にわざとらしく大きなため息をした。その音で視線をあげた和久はその小さい紙袋に気が付き、手に取った。
「あ、それは……」
ヒロがそう言っているそばから『ベリッ』と封していたテープをはがしたのだった。
「おいっ」
真中も思わず声をあげた。
「なんだ?」
さすがの和久もその声には驚いた。
「これは教授に翻訳を頼まれた洋書だか、なにか?」
「あ、そ……がんばって~……って、南先輩! 全然割れもんじゃねえじゃん!」
そう、ちょっと怒りを表情とコブシに込め、そして、次の瞬間、落ち込んだ。
「竹川、なんかあったのか?」
「いや、オレは途中からなんで……」
ヒロはちょっとに苦笑いしながら、場の空気を変えようと、なにげに研究室のTVをつけた。
「おい、僕はほったらしかい!」
落ち込んでいた様に見せていた真中は諦めたのか、そう笑いながら復活した。
「お帰り」
ヒロは、振り返り笑いながら言った。
「おう。もう、南先輩の頼みは慣れっこだからな」
真中はなぜか長身をすこし反り、自慢げに言う。
「竹川があまり来なかったから、真中が大変そうだったぞ」
「和久殿! 気が付いていたら手伝いなさいよ!」
「……」
和久は紙袋から出した洋書に目を通し始め、返事は無かった。
「はっはっは」
真中もいろいろ考えるが、現状、和久に勝てるネタが無いと悟ると、諦めヒロに絡みだした。
「そうそう、竹川殿、竹川殿! 大坪ちゃんはちゃんと来れそうかね」
「な、なんだい? 大坪? ああ、キリか」
「その呼び捨ての感じがいいねぇ……」
真中はちょっと頬を赤く染めながら呟く。
「えっと、キリも来れるって」
ヒロは、テレビに集中しているフリをしてそっけなく答えた。もちろん、ヒロはキリが来れることがうれしくて仕方が無い。でも、ここではその表情は見せられない。
「姉貴にはとりあえず、陽に当たれない病気だから、明日の夜に一足先に到着するって言ってあるから……で、いいんだよな?」
真中の言葉に、ヒロはTVを見たまま頷く。『病気……か、まあ、そう言っておくしかないけど、キリには聞かせたくないなぁ……。でも、伝えておかないとなぁ……』と複雑な思いだった。
「ああ、サンキュ、真中……」
そう言いながらふと目を上げると、TVでは例の事件に関して、また報道していた。
「え? また?」
「ああ、また発生したらしいな。また犯人は捕まっていないらしいな。今回ちょっと近いしな」
真中もちょっとやれやれといったような口ぶりで言う。
「マジか?!」
「なんだ、ニュース、見ていないのか?」
「ああ、今日はTV見ないで出てきたから……」
TVに釘付けのヒロの横に真中も座る。
「今回は被害に遭って生き残った人がいるらしい」
「じゃあ、犯人を見ている?」
キリじゃないってことは確信しているヒロだったが、やはり気になる。
「ああ、それが、噛まれた被害者……ちょっと、おかしくなっているんだってさ……」
真中は真剣な顔で言う。普段のヒロならそれはギャグにしか見えないが、今日は違った。
「あ……」
その時ふと思い出す。今日のキリはなんか元気が無かったことを……。
「わりい」
そう言って慌てて研究室を飛び出す。そして研究棟の入り口あたり、慌てて携帯を取り出した。
『キリ、スマン。オレ、なんか一人で浮かれてた……』とヒロは慌てて少し焦りながらキリの番号を探す。そして、発信ボタンを押した。
プップップップ、プルルルル
【ヒロちゃん!?】
電話に出る時間が今まで一番速く感じた。
「キリ、スマン、オレ、ニュース見てなくて……」
【……うん】
「大丈夫か?」
【……うん、あたしは……】
「キリ?」
【……うん】
ヒロにもキリが何か言いたげなのはわかった。でも、はっきりしない。
「キリ! 今から行く!」
ヒロはそう言って携帯を切り、ダッシュでキリのアパートに向かった。




