67.「オレ的には95点!」
形ばかりの『カンミとデート』となるその日は、夏らしい雲がぽっかり浮かぶ、晴天になっていた。
あれから数日間、ヒロは毎日朝キリに電話していた。これと言って用があるわけじゃない。名目は『モーニングコール』だ。夜、かけると、キリの不安な声で心配でしょうがなくなるからだ。
「おはよう、キリ。今日はどうだ?」
最近の定番の挨拶。
【うん、あまり眠れなかった】
相変わらずの定番の返事。でも、声のトーンは穏やかでヒロとしては声を聞いただけでホッとする。キリは『モーニングコール』をどう思っているのか……。
続いて毎回同じ確認。
「何か必要なものあるか?」
キリは決まって言う。
【うん、大丈夫】
ヒロの心のどこかに『あまりコンビニに行って欲しくない』と言う思いがあることも確かだった。だからこんなことも言う。
「ちょっとしたものでもいいからな」
【うん】
こんなやり取りがあれからテスト期間中、続いていた。そして、いつもなら『大学に行ってくる』『バイトに行ってくる』で終わるのだが、今日はちょっと違う。
「キリ、明日の夜、ちょっと寄っていいか?」
【え? あ、うんうん、いいよいいよ!】
いつなら少し寂しげに『行ってらっしゃい』と言うキリだが今日はびっくりしながらちょっと興奮気味に返事した。そしてちょっとの間を挟み、今度はちょっと恥ずかしそうに言う。
【な、なにかあるの?】
「ほら、その次の日の夜、出かけるだろ。その準備とか……」
キリはちょっとわざとらしく言う。
【あ、そっか、もうだっけ】
本当は心待ちにしていたのにも関わらず……。
「あれ? 忘れてた?」
【ううん、そんなことないよ】
「よかった。じゃ、また明日」
【あ、うん、行ってらっしゃい】
「おう」
プッ
ツーツーツーツー
何とか電話を切るのもうまくなってきたとヒロは実感していた。
その後、ヒロは散髪へ行ってきた。元々伸びるのはそんなに早くないが、海に入る可能性がある。炎天下で立たされる可能性がある。暑い厨房に押し込められる可能性もある。短い方が楽だ。
いつもより後頭部と両脇を短めに刈り上げてもらい、ちょっと高校の水泳選手の現役だった頃に似たようになったと自分では感じていた。
部屋に戻ったが、これといってすることもない。まだ、午後になったばかり。ヒロは何となく緊張をし始めた。落ち着かない……。
「飯食って、もう行くか……」
そうめんを茹でるために水を火に掛け、着ていくものを用意する。と言っても基本Tシャツにジーンズなど、そんなにおしゃれなものは持っていない。
「カンミさんはやっぱスーツだよなぁ」
午前中仕事で午後に時間を取ってくれた、そう考えると格好はいつものスーツのはずだ。
「い、一応、ジャケットでも着ていけばバランス取れるかな」
自分でもよくわからない心配をし、そして何となく解決していく。結局、黒のタックトップにジーンズ。そして薄手の白いジャケットに茶色のカジュアルな革靴という感じで準備した。
着るものを用意し、ちょうど沸騰したお湯にそうめんを200g、ぱらぱらとばらしながら落としていく。軽く箸で混ぜた後、ちょっと中火にした。茹で上がるその間に大きめのボールに氷を多めに入れ、水を注ぎ、かき混ぜ、こおり水を作っておく。ボールとセットで買ったざるも用意しておく。
ピ、ピ、ピ、ピ
タイマーがなる。2分なんてあっという間だ。火を止め、軽く混ぜ、そして流しのざるに開ける。
「あち」
水道水を強めに出し、ざるにまんべんなく回し浴びせる。水道水はそれほど冷たいとは言えないがしばらく出しているとそれなりに水温は下がる。全体的にその水を浴びせたつもりでも、そうめんの中に指を入れるとまだところどころ、すごく熱いところが残っていた。
おおよそ冷めたところで、ざるをさっき作っておいたこおり水のボールにつけ、軽くもみ洗うようにまぜる。こうすると良く冷える。
「あ、つゆ、用意してねぇ……。また、アレでいいか」
面倒になってこおり水からあげたざるを軽く振って、少し水を切る。それをこおり水にくぐらせたどんぶりにそのままあけた。
「味は同じだ」
それも希釈するタイプのめんつゆをそのままかけ、残っていたキムチを乗せ、生卵の黄身だけを真ん中に落とした。白身はその場で飲んでしまった。
これに一味をかけて黄身を崩し軽くかき混ぜる。
去年の初夏に財布と冷蔵庫が寂しく食欲の無いとき偶然出来たメニュー。まだ人に食べさせたことはない。
「オレ的には95点!」
そう言いながら、すでに今年三回目のキムチそうめんを、台所で立ったまま食べた。
食べ終わるとすぐに流しで食器や鍋を洗う。『なんか洗うものが少ない』と一瞬感じたのは、気のせいではなかった。
「そっか、そうだよな……」
そうつぶやきながら台所の流しの手前に掛けてあるタオルで手を拭いた。
そして、軽くシャワーを浴びた。何となく、いつもより念入りに体を洗ったような気がした。
もちろん、その理由は『失礼の無い様に』と『突っ込まれるところを増やさないため』だった。そしてなぜかなんども『デートじゃない』と、自分に言い聞かせていた。
さっき用意した服を着て、かなり早いが玄関に立った。そして無意味にボディビルのポージングのように胸板を強調するポーズをし、大きく息を履き、気合を入れた。
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! よし!」
玄関を開けると、ほぼ太陽は真上から差し込んできていた。ヒロは、カンミがどんな服を選んでくれるか、わくわくしていた。




