3.「あ、そういう意味じゃないよ」
「実は、あたし、鏡に映ったの」
「え! 本当?」
「うん」
「ま、まじ?」
ヒロは次の瞬間キリの腕をおもいっきり掴み引っ張っていた。
「痛いってば」
「あ、スマン。でもオレにも見せてよ! 鏡、鏡!」
十歩も行けば洗面所がある。この部屋が初めてのヒロでも洗面所に鏡が備え付けられていることぐらいは分かる。そしてその洗面所も、それらしいところにちらっと見えていた。キリは鏡のある洗面所に引っ張って行かれた。
ヒロは先に鏡の前に立ち、自分の姿を鏡に映す。しかしキリはちょっと離れたところに立つ、鏡に映らないように。
「どうした?」
「んー、もしかしたらさっき映ったのは……映ったように思っただけかも知れない、と思って。ちょっと恐いな」
「……来いよ」
そうやさしく言って手を引っ張る。キリは思わず目を閉じ、ヒロに誘導されヒロと鏡の間に立つ。両手は無意識に首の前で祈るような格好になっている。
「……」
「……」
キリはヒロが無反応なので、目を一段とぎゅっと閉じた。その瞬間、後ろからおおいかぶさるものがあった。
「やった~~~~~~~~!!」
ヒロのおもいっきり大きな声、そしてキリの両腕の上からぎゅっと抱き締める感触。目を開くとキリの顔の直ぐ左にヒロの顔があった。
「ヒ、ヒロさん?!」
「ほら、見ろよ、鏡、鏡。映っているよ、キリがオレと一緒に、ほら」
顔はヒロの方を向いたまま、目だけ鏡をゆっくり見る。
「映ってる……やっぱり映ってる!!」
「やったぜ。なぁ、ってことは、この病気……あ、わかんないのか、ゴメン」
めちゃくちゃはしゃいでいたヒロだったが、途中から口が滑った、とまじめな顔で謝った。
「ううん」
頭を大きく左右に振り答える。短い髪の毛が遊ぶ。
ヒロはさっきほどではないが、ちょっとはしゃぐような顔に戻っていった。
「やったなぁ、これで髪の手入れも化粧もできるな」
「う、うん。あ、余り必要ない無いけど……」
「お、大した自信だ」
「え? あ、そういう意味じゃないよ」
そう照れ笑う。
「あ、もしかして、陽の光も大丈夫になったのか?! ちょっと試してみるか?」
キリはそれを聞いて、突然淋しい顔をしてしまった。
「あ、どうした?」
「……うん」
「あー!」
ヒロが突然大きな声をだした。キリは一段と目をクリっとさせびっくりしている。
「もしかして、陽の光を浴びたのか? しかも思いっきり!?」
ヒロは口調は明らかに怒っている。キリはその顔を見ずに、びっくり顔から、怒られるのを覚悟するような表情に、ゆっくり変わっていった。そして小さくうなずいた。
「う……ん」
「じゃあ、さっきの悲鳴はそれかぁ!!」
「う……ん」
「ば、ばかやろ。なんてことをするんだ」
ヒロはキリの両肩を両手できつく掴んで怒鳴った。
「なんで一気に浴びようとするんだよ。ちょっとづつ、ちょっとだけ光に当ててみりゃいいじゃんかよ」
キリは直ぐ切り返した。
「だって、嬉しかったんだもん」