38.「初めて見た時、驚きました……」
「いやー。ほんとにおいしかったです!」
ヒロは満足気に、ちょっと行儀が悪いがお腹を軽く叩きながらそう言った。
「そ、そうか? ならよかった」
南はそう素っ気無く言うが顔は嬉しそうだった。そう言いながら、片づけを開始する。
「あ、片付けぐらいは……」
「いいから座ってな」
片付けも南一人で開始した。ヒロはちょっと申し訳ない気持ちを押さえつつ、TVを見て南を待った。
気が付くとキッチンからは鼻歌が聞こえている。なにやらご機嫌な南だ。ヒロは、その歌に聞き覚えがあった。思わず立ち上がり、キッチンに向かう。
「♪~~」
「その曲……なんで?」
「おっ、びっくりした。どうした? 曲?」
「今、歌ってましたよね。なんでその曲なんですか?」
「ああ、音、漏れていたか?」
南は水を止め、一度タオルで手を拭いた。無意識に鼻歌を歌っていた恥ずかしさからか、ちょっと頬を赤らめていた。
「古い曲、よく知っているな。えっと確か……」
南がそこまで言うと、ヒロがボソッと答えた。
「『挑戦者達へ』……。なんで、南先輩が知っているんですか?」
ヒロのその目は潤んでいた。
「確かに有名じゃないけど、好きでな……、竹川……?」
南はその表情に驚いた。今にも泣きそうだったからだ。ただ、悲しい目ではなかった。明らかに微笑んでいる。逆にそれが南を心配にさせた。
南はヒロに近づき、頭を軽く撫でながら言った。
「大丈夫か?」
「ははは。す、すみません」
ヒロは手のひらでほんの少し染み出た涙を拭いながら、大きく口をあけ、笑顔を作りながら恥ずかしそうにそう答えた。
「ああ、構わない……」
南は、ヒロの肩を抱きかかえそのままベッドまで誘導し、座らせた。南は一度はキッチンに戻ろうとしたが、少し考えてヒロの前に立った。そして、そっと頭に手を置いた。
「竹川、悪かったな、なんか、思い出させたようだな」
「いえ、南先輩のせいじゃないです。すみません。かっこ悪い所……」
「元々かっこいい所、見たことないぞ」
南は大げさな笑顔をそう胸を張った。
「え? あ、そうですね」
ヒロは、笑いながら立っている南を見上げた。南はベッドの枕元の方を見ている。
ヒロがその視線の先に目を移した時だった。
「でも、やさしいところは知っているぞ」
そう言いながら南はヒロに覆いかぶさってきた。まだ少し湿っているTシャツの胸がヒロの頬を優しく押してくる。
「み、南先輩?」
ヒロは完全に南に押し倒された状態になり、その声はたぶん2,3回ひっくり返っていた。
南はそのまま枕元に手を伸ばしているのが、ヒロにもわかった。
「あ、あの?」
「竹川、そこでしゃべるな……んん、くすぐったいぞ……」
そう南が言うと、そのまま右腕で、頭をギュッとされた。ヒロは頬に当たるやわらかく少し湿ったものをどうしていいかわからずに、困惑していた。
南の手の力が弱まり、視界が明るくなった。南は少し体を起こし、ヒロの方を見ず、手に取ったものを見ている。枕元にあった写真立てだ。
「南先輩? あの……」
南の視線は写真立てに向いたまま、気持ち顔の向きだけをヒロに向けた。
「竹川、これ……、何時撮ったんだ? ……いや、私……ではない?」
南が見ている写真立てには、少年と南らしき女性が並んで写っている。
「あ、それ……、姉貴です」
「姉貴?」
南が驚いた様に言いながら、ヒロの上から横にずれ落ち、ベッドの上で仰向けになり両手で写真立てを掲げる体勢になった。
ヒロは、体を起こし、ベッドから足だけを下ろし、椅子のように座った。
「はい、私の姉貴です」
「じゃあ、この横のかわいい男の子は……」
「かわいい? かわいくはないですが、オレです。5年ほど前の写真なので、たぶん14ぐらい、かな」
「かわいいな、うん、かわいい」
南は仰向けのまま頬を赤らめその写真立てを凝視している。
「あの、南先輩?」
「竹川……、そっか……」
そうちょっと寂しそうに言い、写真立てをヒロに返した。
「あ、はい」
ヒロは元の枕元に戻した。そして南のほうを見ると仰向けのまま左手の甲を両目の上に置いていた。そして静かに聞いた。
「竹川……、そんなに姉貴に似ているか? 私……」
「……は、はい。初めて見た時、驚きました……」
ヒロは申し訳なさそうに、小さくそう答えた。
「そっか……」
そう言って、南は体を起こした。そしてベッドに座っているヒロに寄りかかった。
「聞いていいか?」
「はい」
「あの歌は……」
「姉貴が好きだった歌です」
「……私の顔を良く見ていたな……」
「すみません、やっぱり近くで見ても、姉貴そっくりだったので……」
「……性格も似ていたのか?」
「ははは、それがぜんぜん違うんです……」
「あはは……、やっぱな……でも、曲の趣味は似ているのか……。竹川、聞いていいか?」
「はい」
南はヒロが少し涙声になっているのはわかった。ただ、やっぱり聞きたかった。
「なんで、……亡くなった?」
「……う……」
ヒロは膝を抱え声を殺して小さく震えていた。表情はよく見えないが、アゴに相当力が入っているのはわかった。南は『やはり亡くなっていたのか』と理解した。そして、ヒロの横に並ぶようにすわり頭を自分のほうへ寄せた。
「悪かったな。竹川……。この面、見ているのも辛かったよな」
その言葉にヒロはすぐに顔を上げて言葉を返した。
「いえ、それはないです!」
その顔は涙と鼻水でひどいものだった。
南はティッシュの箱をヒロに渡してやった。ヒロは慌てて顔を拭いた。そして、左足でケンケンしながらキッチンに顔を洗いに行った。
「すみません、南先輩。最初、姉貴の影を重ねて見ていました」
ヒロはベッドの前に戻ってきて開口一番、そう言った。
「構わない。それは今もだろ?」
南はヒロのベッドの上に座ったまま、少し、拗ねた様なしぐさで答える。
「い、いえ、南先輩は、綺麗で、かわいいと思います」
「ホントか?」
「はい! ……ただ」
「ああ、それ以上はいい。2つ思い当たる。言わないで良い」
「……すみません」
「謝るな。……謝るなよ」
南は苦笑いする。
「……」
「……な、竹川の好きな姉貴はどんな人だった?」
南はそう言いながら、自分の横のベッドを手のひらでぽんぽんと叩く。ヒロはゆっくり歩み、南の横に座った。
「姉貴は、やさしくて、強くて、スポーツマンでした……」
曲名は、架空のものです。




