31.「今日、どうする? 大学行くなら乗せていくぞ」
ピンポーン
ヒロは、自分の部屋のインターホンの音を覚えていなかった。訪ねてくる人も少ないからだ。
ピンポ、ピンポ、ピンポーン
だから、『うるさいなぁ』と思う程度で、起きようとはしなかった。
ダンダンダン
「竹川ー、生きてるかー?」
その音と声で一気に起きた。すっかり日は昇っていた。
「み、南先輩?!」
ヒロは自分を見ると、昨日の格好のまま。着替えた方がいいか、一瞬迷う。それよりも、片づけるべきものは……幸い特にない。
「あ、はい。ちょっと待ってください」
ヒロはちょっと大きめの声で返事し、左足一本で玄関に向かう。キリのアパートのようなメゾネットタイプでなく、ワンルームでよかったと思う瞬間でもあった。
途中のキッチンで顔を洗い、短い髪の毛を少し濡らして手で押さえる。短い髪の毛の寝癖は直らない。
「な、なんのようだろう」
ヒロは眠気眼に釣り合わないドキドキを感じていた。
「はい?」
ヒロは、玄関横の小窓を開けた。そこには、南が立っていた。赤いシャツにぴったりした7部丈のジーンズ。そしていつもの雰囲気と違うと感じたのは、後ろで束ねた髪の毛だった。
「おはよう」
「お、おはようございます。南先輩。どうしたんですか?」
「どうしたはご挨拶だな。ほら、飯、持ってきてやったぞ」
「えええっ!!」
「なんだよ、そんなにびっくりする事か?」
「あ、いえ、ありがとうございます」
ヒロは、そう言って、小窓を閉め、玄関を開けた。
「よう……竹川、おまえ、その格好、そのまま寝てたな?!」
「あ、やっぱりわかります?」
「しょうがない奴だな……。それより今日、どうする? 大学行くなら乗せていくぞ」
「それでわざわざ?」
「飯のついでな。昨日、病院、携帯と世話したのに、飯を忘れたからな。わるかったな」
「いえ、そんな」
「で?」
「あ、今日は休もうと思ってました。すみません、わざわざ来て貰ったのに」
「そうだな。2、3日は可能ならゆっくりしていた方がいい。あ、じゃあ、これ、朝と昼ぐらいの分はあるだろう。米は炊けるか?」
そう言って、3個のタッパーの入った袋を足下においた。
「いや、そんな……助かります! 米はいっぱいあるので大丈夫です」
「よし。じゃ、私は行く。それじゃね~」
そう言って南は去っていった。もちろん、去り際の手を振る仕草はかわいいものだった。
ヒロはうれしいやらびっくりするやら。どう反応していいのかわからず、しばらくあっけに取られてた状態でいた、と言えばいいのだろうか。
グー
ヒロはお腹の音で、腹が減っていることを自覚した。
「そっか、昨日の昼から食ってないんだ」
胃の中身も、炊飯器の中身は空っぽだ。とりあえず米を研いで仕掛けた。しかし、タッパーから漏れる匂いで、炊き上がるまで待てそうもない。
南の持ってきた袋を部屋の真ん中のテーブルに置き、座布団にゆっくり慎重に座った。そして、いつも通りTV電源を入れ、それから、袋からタッパーを取り出した。
「へー」
感嘆の声を上げた。煮物。唐揚げ。少しまだ温かい。それと卵とブロッコリーとカニかまの入ったサラダ。
「朝、作ってくれたのかな?! すげー」
朝と昼の分と言っていたが、ヒロもそれよりは絶対多いと思っていた。
「う、うまい。へー」
感心しながら食べる。唐揚げも好きな味だ。煮物もなんか懐かしい味がする。正直米が欲しい。しかし、炊けるまで待てそうも無い。
「絶対料理なんてしない人だと思ってたなぁ。あ、でも、南先輩が作ったとは限らないか」
なんて事を思いながら笑う。脳裏には腕を組んでにらむ南先輩が浮かんだ。
「すみません」
小さく謝る。そして感謝する。一通りちょっとずつ食べたところで、箸を置き、タッパーのフタをした。
「米が欲しい。朝はこれくらいにしておこう」
少し足りないと感じるが、一気に食べるのがもったいなくも感じた。
「南先輩が料理したのかなぁ……」
ちょっと気になる。
お腹が落ち着いたところで座布団に座ったままゴローンと横になる。フローリングが冷たくて気持ちいい。
「はて、何か忘れているような……」




