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キリ  作者: P.N.なの
捻挫養生中に……
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28.「おい、竹川! こっちこっち」

 ヒロは右足を引きずりながらやっとの思いで駅に着いた。おそらくいつも10倍の時間を要した。


「はあ、やっぱ疲れるな。痛みには慣れてきたが……。えっと、この駅のエレベータかエスカレータはどこだ?」


 普段使っている駅であったが、普段使わないエレベータやエスカレータの位置は把握していなかった。


 さして大きくないこの駅では、エレベータを後付けしたらしく、階段下の案内によると、ぐるっと回った先に設置されているようだ。


「おいおい。結構歩かされるな。こういうのを体感すると、確かにいやになるな、実際……。……姉貴の気持ちがちょっと分かったような気がするな……」


 ヒロがらしくなく寂しい顔をする。とりあえず、改札へ通じる約二階分上る階段の一番下をイス代わりに座り、右足を気にしている時だった。


    プップ


 軽くクラクションが鳴った。何となくその方向を見てみると、一台の軽自動車が駅の小さいロータリーに停まっていた。ちょっと影のところに停まっているのでわかりにくいが、多分ピンク色。窓を開けて誰かが手を振っているのがわかった。


 ヒロはちょっと周りを見回す。軽の方を見るものが数名いるが足は止まらず、階段を上っていく。あるいは下りて、おそらく自宅の方だろう、進んでいく。


    プップ


 もう一度鳴る。ヒロがもう一度軽を見ると、今度はこっちを指さしているように見えた。


「あれ?」


 明らかに自分を指しているように見えたが、ピンク色の軽に乗りそうな知り合いは思い浮かばない。違ったら恥ずかしいパターンの奴なので、何気なく立ち上がり、まっすぐ軽に向かわず、少し斜めを目指してふらふらと近づく。


「おい、竹川! こっちこっち」


 その声でわかった。それと同時に、目視で確認できた。


「南先輩?!」


 ヒロの所属する蟹江研究室の先輩、南塔子(ミナミトウコ)であった。助手席側に移動して顔を出して、手を振っている。服装はわからないが、両肩の肌までは確認できた。


「え?」


 ヒロはびっくりしながら、左足一本でケンケンし軽に近づいた。


「どうしたんですか? こんなところで」


「どうしたはご挨拶だな。その、なんだ、足を怪我したって言うから迎えに来てやった」


 南はそういうと、助手席の扉を開け、自分は、運転席に戻る。


「ほら、……早く」


「あ、はい」


 ヒロはなぜ南先輩がここにいるのか、さっぱりわからずにいた。情報源は明らかに真中だろう。しかし、南から真中への命令は毎日の様に見る。しかし、その逆は……。


 ヒロは南の軽の助手席に何とか乗り込んだ。中は、いい匂いがする。


 運転席の南は、両肩が大きく開いたぴったりした黒いTシャツに、短めの黒のタイトなスカートという格好。黒いシートのせいもあり、南の黒い髪の毛はどこまで延びているかわからなかった。また、座っているせいか、より生足が長く見えた。


「大丈夫か? 足」


「あ、はい。大丈夫……だと思います。少なくとも骨じゃないみたいです」


 軽なので運転席と助手席が近い。ヒロはすぐ横にいる南にちょっと緊張していた。


「……どした、なんか緊張しているのか?」


 南はヒロが少し堅いのを見て、すこしフッと笑った。


「いや、まぁ。きれいな人の横に乗っていたら…… あっ」


 ヒロは思わず口に出してしまった事に、顔をゆがめた。


「ほー。うれしいこと言ってくれるじゃない」


 ハンドルに頬杖をついて、細く優しい目でヒロを見ている。ヒロは、慌てて話を現状に戻す。


「ななな、何で南先輩が来てくれたんですか? よくここがわかりましたね」


「ああ、真中がちょうど研究室で手伝ってくれている時だったんだよ、竹川からの電話。で、真中がバイトの代打だろ。じゃあ、しょうがないってな」


「そうですか。助かります」


「いいって、この駅なら帰り道だしな」


 そう言いながら、南は車を出した。ヒロは慌てて、シートベルトを着けた。


「竹川のアパートって、隣駅の方に行けばいいんだよな?」


「はい……でも、真中とはオレのアパートの方の最寄り駅集合って言ってあったんですが……」


「なに!?」


 南がいつもの冷たいとも言える目に変わったのをヒロは見てしまった。ヒロは慌ててフォローした。


「あ、あれ、オレが言い間違えたかな。ははは。でも、こっちの駅ですっごく助かりましたよ。駅のバリアフリーって言うんですか。エレベータがすごく奥にあって、すごく不便。ホントに足が悪い人を考えて作ったと言うより、『あればいいんでしょ』、って感じで……」


 言いながら心では『真中、スマン。フォローになっていない』と謝った。


「真中には手伝って貰うことを増やす事としよう……」


 南の口元が少し笑ったが、目は笑っていなかった。


 ヒロはそんな南の横顔を見ていた。自然に懐かしい人を見るような優しい目になっていた。


 信号で停まる度に南は助手席を見るが、そのたびに目が合う。ヒロは気にせず、南を見ていた。そのうち南が視線を気にし始めたようで、信号の時、助手席をあまり見なくなった。


 『無言の間』が好きではないヒロであったが、今は、間を埋めようとせず、南を見ているだけだった。


 少し走っていると、ヒロはまっすぐ駅に向かっていないことに気が付いた。暗いせいじゃなく、……この道は知らない。


「あの、南先輩? どちらへ?」


 ちょっと不安気にヒロが声を上げる。


「竹川。少し寄るところがある。保険証、持っているな?」


「保険証? あ、はい。いつも財布に……、あ、いや、大丈夫ですよ。それにこんな時間に開いているところなんて……」


「知り合いの整骨医院があるから。ほっておいて大変なことになってからじゃ遅いだろ」


「……はい。ありがとうございます」


 ヒロは神妙に答えた。


「あれ? 私の言い方、怖かったか?」


「あ、そういうわけじゃないです。確かにちょっとほっておいて、大変になった事を思い出して……」


 ヒロはちょっと遠い目をしている。南はその『事』の内容が気になったが、ちらっと見た寂しそうなヒロの目にその質問は出来なかった。




 ヒロは軽い捻挫だった。軽く右足首を固定され、湿布薬を処方された。そして松葉杖を渡された。


「一週間程度で済みそうだな」


「はい。固定して貰って大分楽です」


 初めての松葉杖に苦戦しながら、ヒロは南の軽に乗り込んだ。


「さて、もう一ヶ所つきあってあげようか」


「え?」


 南は、ヒロの腰のあたりを指さしながら、目を細めた。


「ええっ」



「南塔子」は 14.「お前はいいやつだよ」に登場してます(南先輩ね)。


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