表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キリ  作者: P.N.なの
謎の歯型……
18/112

17.「ちょっと聞きたいこともあって……」




「……朝?!」


 キリはリビングで『く』の時になって倒れていた。体を起こそうとすると手にはぬるっとしたものが付着しており、滑りそうになった。


 酸のようなツンとしたいような匂いがする。大きなパーカーを中心に赤黒い液体がまかれている。それは、血と胃液と嘔吐物が混ざったモノ……。


「夢じゃなかったんだ……」


 キリは、その場にしゃがみこみ、しばらく無表情で泣いていた。思いっきり叫んで泣いたおかげか、得も言われぬ恐怖心自体は薄れていた。いや、怖がる気力が失われた状態といった方がいいのかもしれない。胃が痛い。関節が痛い。


 ふと見ると、左手の傷はほとんどわからなくなっていた。


「歯形は……、歯形だけは、夢……なの?!」


 キリは左腕を擦る。赤黒い液体が左腕にも付く。見ると体中、赤黒い液体まみれだった。


「んふふふ」


 変な声が漏れる。顔は笑っているように見える。頬についた液体は涙でどんどん流れていった。


「どうしよう……。お母さん……、ヒロさん……、カンミさん……」


 ひきつった笑いのまま、小さい声で呟いた。




    プルルルルル


 その時、携帯が鳴る。キリはビクッとした。


    プルルルルル


「あ、電話……はい」


 キリは少しよろけながら立ち上がり、少し滑りながら携帯に近づき、汚れた手のひらを太股で拭い、TVの上の携帯を手に取った。


    プルルルルル


「ヒ、ヒロさん!!」


 携帯の着信名で、誰からの電話かわかる。キリの表情がほぐれ、すこし笑顔に近づいた。


「……あ、でも、こんなカッコじゃ……」


    プルルルルル


「あ、見えないのか……」


 キリはちょっと照れ笑い。少し開いていたカーテンを丁寧に閉じ、携帯の通話ボタンを押し、耳に当てた。


「もしもし」


【あ。おはよう、キリ。スマンな、朝からこんな声聞かせて、ははは】


 ヒロの声はいつも通り、いや、いつもより明るく感じた。


【今日は、ちゃんと寝れたか?】


 その優しい口調にキリは思わず大粒の涙があふれた。そして、今にも声を出して泣き出しそうにもなったが、『こんなこと話しても、心配かけるだけ……』と、口を手で押さえ(こら)えた。


【キリ?】


 返事がないことを気にしてヒロが心配そうに問う。『ヒロさんに心配かけちゃだめ。気持ち悪がられたくないし……』と自分に言い聞かせ、気丈に答えた。


「う、うん、おはよう。もちろん、よく眠れたよ。昨日寝過ぎだったから、今日は早く起きちゃったけど」


【……そうか、よかった……】


 携帯のスピーカーから聞こえてくる安堵した声。キリもその声で少し不安が和らいだような気もした。ただ、リビングに残るこの状況を見てしまうとやっぱり不安になる。


「そうだ、ヒロさん。知っていたら教えてほしいんだけど……」


【ん、なんだい?】


「お母さんの連絡先、わからない?」


【え? な、なんで?】


「うん、最近連絡くれないし、ちょっと聞きたいこともあって……」


【そっか……。……スマン、オレもわからない】


 ちょっと歯切れが悪い感じだ。


【……あー、連絡ある時は非通知だしな】


「……そう、ありがとう」


【いや、すまない……】


「何で謝るの? 変なヒロさん」


【あ、そうだな、ははは。おっと、そろそろ出なきゃ、一限目に遅刻だ】


「うん、行ってらっしゃい」


【おう、行ってきます。……あ、朝、……寄っていこうか?】


「え? もう、そんなことやっていると、一限目に遅刻するよっ」


 キリは目を細め、リビングの床を見ながら、ちょっと子供をしかるような言い方をしてみた。


【あ、はーい。じゃ、またな】


「うん」


    プ


    ツーツーツー


 気がつくと、キリは、顔はほほえんでいるのに、目からまだ涙が出続けていた。


「おっかしいなぁ」


 一生懸命笑ってみる。でも、リビングの床を見ると昨日が少し蘇る。


「あれ? ヒロさん、用件なかった……心配で電話くれたのかな?!」


 ちょっとうれしくもなる。でも、リビングの床を見ると胸と胃が痛くなる。


「とにかく……早く、片づけなきゃ」




 TVを付け、極力明るい話題のチャネルを探す。ちょっとボリュームは大きめ。おそらく血の部分だろう。固まっている部分があり、床にこびりついていた。でも、強めに擦るときれいになった。


 雑巾があっという間に黒くなる。なんども風呂場とリビングを往復する。一部赤黒くなった下着姿のまま、何度も往復する。思ってもいないところに赤黒い液体が跳ねてついていたりすると、ショックを受け涙がこぼれることもあった。


 幸い、ワンピースには飛び跳ねていなかった……。




 フローリングの床にはカーペットなど敷いていなかったので、意外に掃除は短時間で終わった。


 そして、そのままTVをつけたままシャワーを浴びることにした。


 大きめのパーカー、下着、共に赤黒くなってしまっている。


「あーあ、洗って落ちるかな……」


 そうあきれ顔。汚れたものを洗濯機に放り込み、洗剤を入れ、「お願いします」と洗濯機に一言かけて、スイッチオン。


 シャワーを浴びる。湯船に使ったことはない。使い方もよくわからない。


「ふう」


 まず顔からお湯を浴びる。手を洗い、顔を洗い、そのまま紙をワシャワシャと軽く洗う。


 配水口を見ると、薄い赤黒い水が吸い込まれていく。


「……きっと、すごい怖い夢を見ちゃって、それで無意識に噛んじゃった……のかな。うん、そう、きっとそう」


 そう顔からお湯を浴び続け、そう考えるようにする。それでも不安から少し涙が出たが、シャワーで流した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ