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キリ  作者: P.N.なの
大学の研究室……
14/112

13.「それは聞き捨てならない!」


 大学の前期がぼちぼち終わる。それはテストが始まることを意味する。その時期になると、学内のコピー機、ご近所のコンビニのコピー機の紙がA4を中心に次々と消化されていく。


 その日はあまり日差しも穏やかで暑くなく外でも過ごしやすい天気であった。しかし、大学では図書館や研究室など室内でノートやPCとにらめっこする姿が多く見受けられた。




「竹川ヒロ!」


 研究棟の二階の蟹江研究室から大きな声が聞こえた。


「な、なんだ?」


 ヒロは突然の大きな声と同時に強く肩を掴まれたので、少し飛び跳ねる様にびっくりした。


「な、今年の海も夏、行くだろ!」


 研究室でPCを使いレポートを書いていたヒロを驚かせたのは悪友、高校からの腐れ縁、真中敦(マナカ アツシ)だ。


 真後ろからこっそり近づいて座っているヒロを両肩をつかんでいる。声だけでなく背もデカく、190を越える。真中は真上からヒロの顔をのぞき込んでいる。こんなことが出来るヒロの知り合いは真中ぐらいだろう。


「真中。なぜ、コッソリ近づいた!?」


 ヒロはバクバクした心臓をなだめながら言う。


「竹川、そりゃ愚問だ」


 真中は鼻で笑うように言う。


「まあ、脅かすため、しかないよな。子供(ガキ)か?」


 ヒロの前に座っている和久辰治(ワク タツジ)が、ノートを取りながら割り込んできた。目線はノートから外さない。


 ヒロ、真中、和久、三人共、蟹江研究室の2年生だ。


 和久はちらっと真中を見て続けた。


「ニヤニヤしながら近づいてくるのが、見ているこっちが恥ずかしかった」


「和久、言ってくれよ」


「真中がそんなことするとは、……思わなかったと言ったらウソになるか……。想定出来たことだな。竹川、気が付いた時に報告できずに、悪かった」


 和久は相変わらずノートに何か書きながら言う。


 ヒロは小さくため息を吐き、


「悪いと思うなら普通に謝ってくれ」


と呟いた。


「竹川、そんなことより、今年も行くだろ? 和久も、さ」


 和久はノートから目をあげ、小さくため息。そして、ノートを180回転させヒロの前に滑らせながら言った。


「それって、去年と同じところか?」


「もちろん。姉貴のところだ!」


「あはははは」


 急にヒロが笑う。真中が真下のそのノートを見ると、


「なんじゃ」


「真中がコッソリ近づいてきたところさ」


「あはははは」


「和久、勉強してたんじゃないのか?」


 ノートには真中がニヤニヤしながら忍び足で近づく姿をデフォルメした絵が書かれていた。


「勉強してた、が、真中がニヤニヤしながら来たってことは静かじゃなくなる。静かじゃないってことは勉強どころじゃなくなる。想定できることだろ?」


 和久は切れ長の目で真中を睨みながら、冷静に言う。


「和久! お、男にその目はやめろぉ。女相手だけにしろぉ」


 真中は目線をそらす。


「あははは……はー……はー」


 やっと笑い終わった。『こんなことで馬鹿笑いするなんて、疲れてんなー、オレ』と、ヒロは思っていた。


「で、どうよ? 行くよな? 来るよな?」


 ヒロはノートを和久の方に押し戻しながら言う。


「そうだなぁ……」


 和久はノートを閉じながら言う。


「あの海の家のバイトは、時給もいい。元水泳部としては時間外に泳ぎまくれるのもおいしい。いざと言う時の人命救助と言うやりがいもある」


「な! な!」


「ただ、おまえの目的が想定できるだけに一緒に行くことがはばかられる」


「は? 女目当てでなにが悪い」


「真っ直ぐだな、真中」


 ヒロが苦笑いして言う。真中はその長い細い手でヒロにヘッドロック。


「なにを言う、去年、ナンパに大成功した竹川様!!」


「ぐえ。……え?」


「去年の最終日、大坪……キリ…なんとかちゃん、だっけ? 持って帰っただろ?」


「え? いやあれは……」


「更に、一昨年は、人工呼吸の名のもとに、かわいいJC(女子中学生)にキスしているしな。その前は……」


「な、なんかそれだけ聞いていると、オレ、とんでもないヤツみたいだな。去年も一昨年も、その前もちゃんと人命救助しているだろ。それにキリは……」


 ヒロは真中の腕をほどきながら訴える。ヒロの訴えの途中だが、和久は自分の顔の前で腕を組み、あごを乗せ、低い落ち着いた声で語り始めた。


「そう、竹川と行くと毎年誰かを助けている、つまり、言い換えると竹川が行くと誰かが溺れているってことだ。今年も行けば誰かが溺れることが想定できる」


「オレのせいで溺れるみたいだな」


 ヒロは苦笑いするしかない。


「竹川、和久、……じゃあ、今年は断るってことか?」


 ちょっとテンション下がり気味で真中が言う。


「オレ達に来て欲しい理由があるのか?」


 ヒロは逆に質問で返した。真中は胸を張り言った。


「だから、何度も言わせんなよ。集客力ナンバー1、看板男、和久! 女子専門人命救助、地元のヒーロー、竹川! ()が集まるんだって」


「おい、こら。誰が女子専門だ」


 ヒロがつっこむ。


「あ? だって今まで男、救助したこと、あるか?」


「ん? ……あ、無いのか……いや、選んでいるわけじゃないんだが……」


「そうは言っても長い夏休み、バイトと遊び(スイミング)が両立できるところと言うと、他にない」


「おお、和久。そうだろ、そうだろ?」


「去年に引き続きとなると、ある程度仕事もこなせる。そういうスタッフが行くとなると、もちろん……」


「……はは。時給は、姉貴に相談してみるよ……、それならいいだろ?」


「まあ、いいだろう。ただ、客引きはしない」


「ああ、和久はいるだけでオッケーさ。……で、竹川は?」


 真中は、悩んでいるヒロの頭の上をポンポンと大きな手ではたく。手も長い。190を超える身長と、この腕の長さをもってしても、高校時代、バスケ部ではたいした結果を残せていない。


「ほっとけ」


 ヒロは後頭部を掻きながら、


「あー、オレ、やっぱ、今年はやめておこう……かな」


と切れの悪い言い方をした。


「お前が来ると人が溺れるという件は取り消す。むしろ、溺れる人は必ずいるから、お前がいないと溺れ死ぬ人が出ると言っていい」


 和久は言い切った。


「それも怖い話だな」


 ヒロは苦笑い。


「なんで? 海が好きなお前にとって、最高のバイトじゃないか。姉貴も待っているぞ。バイト代も何とか上乗せするし」


「うーん」


 ヒロは苦笑いしながら、うなる。


「やっぱ、ナンパした大坪……キリ…なんとかちゃんが理由か?」


「いや、『なんとか』はいらないよ。大坪キリ、だよ。それにナンパしたんじゃない。されたんだよ……あっ」


「なぬ。それは聞き捨てならない!」


「ふむ。詳しく聞こうじゃないか」




初めてキリが出なかったキリ。次回も大学編です(お?)。

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