12.「嫌いになれたらいいのに……」
「あ、あつっ」
キリは首筋に熱を感じて、飛び起きた。
振り返ると厚手のカーテンがきちんと閉じられてなく、その隙間からベッドのキリの寝ていたところに一筋の朝日が差し込んでいた。
「あれ? あたし、ちゃんと閉めないで寝ちゃったんだ」
朝日に無理やり起こされたキリは、ベッドのすぐ横で、膝を抱えこんで座っていた。
キリは首筋を触ってみる。熱い。ちょっとヒリヒリする。
立ち上がった時、足で挟んでいた丸められたパーカーが足元に落ちた。これを抱き抱えて下着のまま寝ていたらしい。
そしてそのまま少しふらつく。
「……あれ? なんか、少しだるい……。これって、うわさの風邪、なのかな……」
丸まっていた大きなパーカーを手に取り、被りながら、ゆっくり一階に向かう。
階段を下りていると少しずつ玄関に昨日までなかった白く光るものが見えてくる。
「良かった、夢じゃなかった」
階段を下りると下駄箱の扉の鏡に自分が映った。
「下駄箱も開けっ放しだったんだ。あ、おはよー」
鏡の中の自分、『リキ』に手を振り挨拶する。彼女も少し具合悪そうだ。
そして薄暗い中、白く光っていたワンピースを見る。見ていると少しだけ気分が晴れてきた、……様な気がした。
「太陽光で見たほうが、綺麗かな?!」
キリはそっとワンピースを手に取った。そして、多少ふらつきながらも一段抜かしで二階に駆け上がる。少しカーテンが開いているせいもあって、二階はかなり明るい。
キリはベッドの上から薄い掛け布団を取り、床に敷いた。そこは、今の時間、カーテンを開けると陽が当たるところ。
その掛け布団の上に、丁寧にワンピースを寝かせた。
そして自分には陽が当たらないよう横からゆっくりカーテンを開ける。
カシャーーー
「ふわぁ……いいなぁ」
太陽の光に照らされてキリの見たことのない光を放つ布。そして、それを着ている『リキ』を想像してしまった。
「はぁぁぁぁぁ……」
大きなため息。それと同時にちょっとめまいが増した。キリはゆっくり厚手のカーテンを閉め、寝かせていたワンピースを抱えた。太陽の匂いがした。
「この匂い、嫌いになれたらいいのに……」
一階に降りたキリは、まずワンピースをリビングの壁のフックに飾った。そしてこの部屋にある鏡と言う鏡を探してリビングに並べてみた。といっても、直径20cmぐらいの手鏡と写真立てについている小さい鏡と、二階に置いてあった卓上ミラーぐらいしかなかったのだが……。
まだくらくらしている。
「やっぱり風邪、なのかな」
リビングのカウンターに置いた卓上ミラーの『リキ』に聞いてみる。ちょっと辛そうな顔でにっこりしてくれるだけだった。
「風邪だったらどうしよう。今までかかったことないのに……」
ふと頭をヒロの顔がよぎる。
「……聞いてみよう……かな……でも、頭やのどは痛くないもんなぁ」
とりあえず、キッチンで簡単に朝食の用意を開始する。まずはフライパンを熱する。冷蔵庫からほうれん草の入ったタッパと、卵を一つ取り出す。
卵をフライパンに割りいれる。
ぐちゃ
「あ、あれ?」
割り入れる前に、卵を握りつぶしてしまった。こんなことは初めてだった。『リキ』を見ると、ビックリした顔をしている。たぶん、キリも同じ顔。
「びっくりした。なんか、力の加減がおかしくなっているのかなぁ」
手に残った殻入りの卵をボールに入れ、丁寧に殻を取り除く。こぼれた卵は『ゴメンなさい』しながらティッシュでふき取り、そしてもう一つの卵を同じボールにそっと割りいれ、よく混ぜる。
「そういえば、昨日、ヒロさんの腕、握ったところ、痛いって言われた……赤くなってた……」
その時、カウンター越しにヒロが座っていた情景を思い出した。また、ヒロの姿がよぎる。その瞬間、キリは頭を大きく左右に振る。めまいがひどくなる……。
気を取り直し、温まったフライパンにボールから卵を流しこみ、手早くまぜる。そして出来上がったスクランブルエッグの半分を皿に移した。
「あ、……もうやだ……」
そう。ヒロの分はいらない。
ちょっと意識が朦朧としている中、勝手に涙があふれて、キッチンの床に、ゆっくりしゃがみ込む。
「ヒロさんも嫌いになれたらいいのに……」
またひとりごちてばかりのキリ。。。次回から大学編です(え?)。




