弐
気が付いたらトカゲもどきはいなくなって麻美ちゃんの時計だけが転がっていた。
時計を拾い上げた麻美ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。
「瑞輝、鸞ちゃん、これ本当に私の時計かな」
「知るか!」
「・・・・・・ってなんで?」
「文字盤が違う・・・・・・」
言われて時計を覗き込んでみれば麻美ちゃんの時計――彼女が持っている時計――の文字盤には子丑寅・・・・・・の十二文字が刻まれていた。
「すごいレアな時計になってるね瑞輝」
「だな。・・・・・・とりあえず持ってたら? もし麻美のじゃなくても届けるだろ」
麻美ちゃんがうなずくのを見てから私はあたりを見回した。随分と暗くなってしまった。
この道はこんなに街灯の無い道だっただろうか。僅かばかりの疑問を抱えながらもとりあえずホテルに向かって歩き出した。
まだ夜の六時半かそこらだというのに人通りは少なく車や標識も見当たらない。
向こうの方から数人連れ立って歩いてきた人とすれ違って私達はお互い顔を見合わせた。
「なんかさ、今の人たちの水干、コスプレクオリティすごくなかった?」
「歴史の資料集に出てくるのそっくりだった」
それから少し歩いて、前から来るものに私達は愕然とした。
「・・・・・・あれ牛車?」
「牛車だね」
「今日お祭り・・・・・・?」
牛車とすれ違いざまその中から話し声が聞こえてきた。
「あの方たち変わった衣ね」
「おそらく遊び女でございましょう」
自分達の事を言っているのだろうと理解した瞬間生まれた僅かないらつきを抱えながら、段々と遠ざかっていく牛車を見送った。
出衣もきちんとされていて随従が何人もついている。彼らが掲げる松明の明かりと月光ばかりが道を照らすばかりで、いくら高い塀にさえぎられているとはいえ家々からもれる明かりも極端に少ない。
道もアスファルトで舗装されたものから、ただ固く踏み固められただけのものへと変わっていた。
「・・・・・・何か変じゃない?」
「・・・・・・とりあえずホテルまで行こうよ。お腹すいてきちゃった」
地図に従って歩いてきたはいいものの目の前に広がる光景に私は首をひねった。ホテルはおろか高層の建物自体が見当たらないのだ。
「いくら私が方向音痴でも高層の建物が見えないとこまで来ちゃうなんて、ある意味凄くない?」
「鸞・・・・・・それ自慢にならないぞ」
不意に生暖かい風が私達の頬を撫でた。
背筋を冷たい手でそっとなぞられたような気がした。
「あ、あの人たちに道聞いてくるよ」
不気味なその空気を粉々にするような明るい声で麻美ちゃんが提案した。
彼女が生暖かい風が吹いてくる方を指し示す。つられてそちらを見た私と瑞輝は一瞬沈黙し大慌てで麻美ちゃんを全力で引き止めた。
「ちょっと待て麻美! あれは〝人〟か!?」
「そうじゃないの?」
「いやいやいや角生えてるのとか火に包まれてるのとかいるんだけど!?」
「きっと仮装大会――」
「「んなわけあるかぁっ!!」」
〈若い娘が三人も居るぞ〉
〈お前達おいしそうじゃな〉
〈変わった格好だねぇ。藤原の都でも平城の都でも見たことが無いよ〉
〈そういえばこんなに美味そうな娘に会うのは先の円融の帝の御世以来じゃなぁ〉
角や牙が生えた者、まるで飼い犬のように琴を引っ張る手足のある琵琶、火を纏った釜をかぶった者、色々な姿をした者たちがぞろぞろと列を作って私達の周りを取り巻き始めていた。一年前くらいに図書室で見た百鬼夜行の絵とどこと無く似たものを感じる気が・・・・・・。
「ん?『先の円融の帝』って今誰か・・・・・・」
〈わしじゃ、わしじゃ〉
「・・・・・・返事はあんま期待してなかったんだけど・・・・・・前の天皇が円融ってことは今花山天皇ってことだよ!?」
「花山天皇って誰?」
「平たく言えば平安時代の天皇!」
「「はぁ!?」」
「てことはなに、ここは時代が違うってことか!」
「どうやったら平成に帰れるんだ!?」