壱
大学進学前に旅行をしよう!と三人の意見が一致して私達は京都へ来ていた。
せっかくだからと宿泊予定のホテルで舞妓さんの着物を借りて今は某お香やさんで匂い袋を選んでいる最中だ。
「瑞輝はどんなのが好みなの?」
「んー私はこれかな。えーと私のとおばぁちゃんのとお姉ちゃんのと・・・・・・」
彼女が指差した先を見て一瞬絶句した。伽・・・・・・伽羅ってちょっと香りがきついけど数あるお香の中でも最も良いと言われてて当然値も張るアレ・・・・・・。
「鸞は?」
「私は白檀に沈香をあわせたやつ」
一瞬フリーズしていた私は彼女の問いに現実に引き戻された。
さっぱりした香りの白檀をベースに甘ったるくなり過ぎない位の沈香をほんの少し加えたもの。香りの深みがあるこのお香は私の好みにぴったりだ。
「麻美はどうするの?」
「私はこれにする」
彼女が指先で揺らす匂い袋を見て瑞輝が遠い目をした。
「ラベンダー・・・・・・?」
「まぁ麻美ちゃんらしいっちゃらしいんじゃない?」
「・・・・・・そうか?」
私たち三人は同じ生物クラブに所属している。その中でも写真撮影の時には化粧をし、普段からファッションに気を使う彼女は私にとって少し華やかな印象だ。
結局瑞輝が伽羅の匂い袋を四つ、麻美ちゃんがラベンダーの匂い袋、私は白檀と沈香を合わせた匂い袋を購入した。
店を出てふと空を見上げる。京都に着いたのがそもそも昼過ぎだったからもう日は沈み、僅かに霞がかかったかのように薄暗くなっていた。
「そろそろホテルに戻――」
「あっトカゲ!」
「・・・・・・瑞輝?」
三人の真ん中を歩いていた瑞輝がそれはそれは嬉しそうな声をあげて道端に向かって突進した。
――ガッ
――ベショッ
「・・・・・・・・・・・・。」
「み~~ず~~き~~足引っかかった!」
「・・・・・・すまん。麻美、ちょっとどいて」
「なっ・・・引っ掛けといてそれはないでしょ」
「まぁまぁ・・・・・・あ、着物破れてなかったね。良かったじゃん」
「鸞ちゃんまで酷っ!」
麻美ちゃんはすねたように両膝を抱え込んだ。さっき盛大にこけたせいで乱れた裾がめくれると血だらけの膝と、滑り落ちていった何か細長いものが見えた。
彼女は時々衣服を傷つけずにケガをするという器用な事をやってのける。
瑞輝は麻美ちゃんを案じつつも細長いものを拾い上げ、私はカバンから消毒液を取り出す。それを見た麻美ちゃんの顔が引きつった気がした。
「さて、消毒するよ」
「消毒嫌い!」
「ちゃんと止血しなきゃ着物が汚れるでしょ!」
「「そこ!?」」
「瑞輝、ちょっと麻美ちゃん押さえてて」
「アイアイサー!」
瑞輝が細長いものを片手に持ったまま麻美ちゃんが逃げ出さないように押さえ込む。「沁みる!」と繰り返す彼女の膝に消毒液を垂らし、大きめの絆創膏を貼り付けた。
「はい、これでよし」
「うぅ・・・・・・酷いよ鸞ちゃん・・・・・・」
「なんとでも。ところで瑞輝、その細長いのなに?」
「トカゲ・・・・・・かなぁ? ひげの生えてるトカゲって見たことないし指の数も違うんだけど」
思わず三人で顔を見合わせた。確かに瑞輝の手の中にいるトカゲのようなものの顔には左右に一本ずつひげが生えていた。四本の足にはそれぞれ前二本・後ろ一本の三本の指が備わっていて、前足で何か丸いものを掴んでいるようにも見える。
「この子もう死んじゃってるの?」
「いや、呼吸はしてる」
私はカバンを探った。今日はミネラルウオーターを持ってきていたはずだ。正直こんな事をして良いのかはよく分からないが、まあ良いだろうと自己完結してトカゲもどきに水をかけた。
トカゲもどきはぺろりと顔の水滴を舐めとるとぱちりと眼を開いた。
「よかったー気絶してただけだったんだね」
「あぁ。あれ、麻美時計してなかったっけ?」
瑞輝の問いに麻美ちゃんは自分の手首を見やった。先程までしていたはずの時計は無く、彼女はきょろきょろとあたりを見回した。
「転んだとき落とし――」
「あっ」
麻美ちゃんの声をさえぎるように瑞輝が叫んだ。彼女の手をすり抜けたトカゲもどきが道を走り出していた。
普段から生き物を追いかけている性からか私たちは思わずトカゲもどきを追った。
二メートルほど進んだところの花壇でトカゲもどきはぴたりと立ち止まった。その口には麻美ちゃんの時計がしっかりとくわえられていた。
「こんなとこまで飛んでたんだ・・・・・・」
トカゲもどきのくわえている時計を拾おうと麻美ちゃんが一歩踏み出したその時、強く張ったピアノ線を弾いたような音が響いた。
私達は今見ているものが信じられず思わず目をこすった。
信じられるはずが無い。
麻美ちゃんの時計の針が高速で反時計回りに回転していただなんて――