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後の世界を見る

作者: 御坂紫音

後の世界を見るために、私は一度消えてみます。

それでは皆様、暫しの別れを――

































プロローグ:かわりの無い出来事


 ――嗚呼、だからいったのに。こんな退屈な日々を過すぐらいならば、止めてしまった方がいっその事らくだと。

 実に、忌々しげに。大きなため息を一つつくと、舌打ちをして少年は歩いていた。

 沈みきった太陽の変わりに彼を照らすのは街灯と、月明かり。満天の星空ということは無く、薄く雲が空を覆っている。

 大きな通りから裏路地に歩みを進め、少年は足元に転がっていた空き缶を蹴飛ばす。 

 カランカラン、と虚しげに音が響き渡って数メートル先の電信柱へと激突した。跳ね返り、再度彼の足元へと転がる。

 眉をひそめて踏もうと足を上げた少年であったが、丁度あった自動販売機の横のゴミ箱へと、ご丁寧に捨てた。

――何柄でもないことやってんだ、俺

 真っ白に光る販売機の前で、首を傾げる。

 お茶、お水、ジュース、炭酸飲料。

 スラックスのポケットから財布を取り出すと、お金を確認した。小銭は十円玉が五枚。お札が、一枚。

 何も考えないまま彼は札を取り出し、滑り込ませたが機械音と共にお札が吐き出された。

 確認をすれば済ました顔の日本人女性が描かれており、唖然とした。

「うわあ……ないわあ」

 自動販売機に文句を言いつけたが、物体が物事を聞き入れるわけも無く無言で聳え立ったまま。間違って五千円を飲み込んだまま吐き出されないのも、困った事態ではあるが彼にとってみれば、お札千円以外使えないということが、可笑しいのである。

 日本国のお札は、四種類。

 二千円札を最近は見かけないが、一般的に使わる三種類はせめて使えるようにしていないのは、異常だと毒づいて財布をしまった。

 緩やかに歩き始め、そしてふと異変に気付いた。

 等間隔に並んだ電信柱の一つに、縄がかかっている。それも、輪が作られて人の首がすっぽり入るような。

 首をかしげ、近づく。

 なにやらゆらりゆらりとゆれて、少年はぎょっとした。

「オイオイオイ……」

 みたくねーぞと口の中で呟いてそのまま歩き続ければ案の定、人がぶら下がっていた。

 首をつっているのは、彼と同年代ぐらいの少女。

 パッチリと見開かれた目が何度か瞬きをして、少年を捉える。彼女の足元には小さな踏み台が転がり、倒れていた。

 少女の前で立ち止まるが、少年は何事もなかったかのように過ぎ去ろうとした。

 面倒な事に巻き込まれるのは御免である。

 彼の切実な願いは虚しくも、叶わない。

「ねぇ、ちょっと」

 首を締め付けられているはずの少女が、声を漏らした。平然とした苦しみの感じられないその声音。

「人が自殺しようとしてるのに、何で止めないの?」

 ギリギリと指を縄と首の間に入れ込み、無理矢理隙間を作る。驚異的な力で輪から頭をぬけさせ、地面に落ちると少女は言った。

 案の定むせて、喉元を擦る。

「止めてほしかったの、東条さん」

「別に?」

「じゃあ、なんなわけ。面倒な事は御免だよ」

 鬱陶しそうに振り返る少年に、東条と呼ばれた少女は苦笑を向けた。口を尖らせ、止めてくれてもいいじゃんと言うと手をぱたぱたと振る。

 早く帰れと言わんばかりのその動作に、少年は肩をすくめると手を振りかえした。

 東条が見えなくなるほどはなれると一度振り返り、顔をしかめる。

「あいつ、之で何回目だよ死ぬの」 

 腕を組んで思考したが、一瞬でソレはやめられた。

 彼にしてみれば、東条が自殺行為をするのはたいしたことではないようである。人間が朝起きて、御飯を食べる際米粒を何回噛んだかを、数えないと同じように。

 日常という枠に組み込まれた、一つのことに過ぎず。

 東条が先ほどの首吊りで何回目の死を遂げたのかなど、彼の一生に関わる事は無いのであった。

 東条理沙、彼女は不死身である。唯一それを知っているのは、彼――東城夕魔であった。

 彼女の不死身体質とは、矛盾しているようではあるが完全に不死ということはなかった。

 自然な終わり――つまるところ寿命で死なない限り、死なないというだけ。故に彼女が数千年にわたり行き続けるということは、ない。

 だが、彼女が寿命で死ねば世界はリセットされる。

 今から丁度一週間前、十月の十日に。

 其処から全ては始まり、新たな世界にて彼女が寿命で死を遂げるまで世界は周り、彼女も死なない。

 東城と東城は、その記憶を保持している。互いに、特殊な体質。

 一般市民は世界が終わり、新たに始まった事は知らないが二人はそれを知っている。

 終わった瞬間に、誕生がなされ。

 何も変わらぬ十月十日の朝が開始される。

 東城にとってみれば自分が死なぬ世界、日常とはくだらないのである。

 端から見れば何も変わらない学生。だが、違うのは終わりをしっていること。世界とは少ししか、存在し得ないという事をしっていること。

 それが、彼ら。異能者リスペクトと機密に呼ばれる、人々。皮肉を込めて、リスペクト。

 今日も世界はあり続ける、そして世界終了まで。



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一章:まわるまわる、


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 素っ気ない決まりきった目覚ましの音で東条は目を覚ます。止めるまでなり続ける目覚まし時計を睨むと、ばこんと勢いよく床にたたきつけた。

 壊れる事前提なのか、そのままベッドから足を下ろして踏みつける。嫌な音を立てて、目覚ましの音どころか活動自体を時計は止めてしまう。

 足の裏についたプラスチックの破片を払うと、ため息をついてベッドを整える。シーツによった皺を伸ばし、掛け布団を綺麗にたたむ。そのまま窓を開け放つと、空気を入れ替えた。

 これが、彼女の日課である。

 目覚まし時計を壊すという行為こそ、日常的ではなかったがその他のことは全て何も変わらない。

 定刻に起き、ベッドを整え、換気をする。

 肌寒くなってきた十月中旬を迎え、空は少しずつではあるが冬へと向かっていた。

 しばしの間窓枠に手をかけて外をのぞいていた東条であるが、長い髪の毛を撫で付けると窓を閉めた。

 引き出しからブラシを取り出すとベッドに腰掛けて、丁寧に髪を梳き始める。艶やかな黒髪に、ブラシが滑らかに通る。絡まっている様子も無く、すぐ髪の毛を整えると東条はパジャマ代わりにしていたジャージを、脱ぎ捨てた。

 吊るしてある制服に手をかけると、カッターに袖を通す。

 ノリとアイロンのかけられた清潔感の在るそれと、若干ゆるく締められたネクタイ。プリーツの効いたスカート。女子高生にはかわいいといわれる程度の、だぼだぼのセーターを着込む。小さな手でスカートを折り返し短くすると、靴下に足を入れた。黒い靴下は東条の細い足を更に引き締めて見せる。 

 今時はやりのブランド物。ワンポイントにこだわるのが、女子高生という生き物である。

 そそくさと立ち上がると、スクールバックを肩にかけて部屋を後にした。

 忘れ物が無いこと前提なのか、何も気にした様子も無くトントンと調子よく階段を下りている。

 一回に近づくにつれて、漂う朝ごはんの匂い。

 ダイニングキッチンを訪れると、当然の如く並んでいる食器類を東条は興味なさ気に目にして、席に着く。

「おはよう、理沙」

東条の母が、にこやかな笑顔と共に言った。

 パンにかじりついている東条は、鬱陶しそうに口を離すと租借して言葉を返す。

「うるさい」

 一瞬にして会話を終了させると、スープに口をつけた。何ともいえないコンソメの味が口内に広がり、おなかを満たしてゆく。

――このやり取りが、一体何回目だろうか。

 東条は首を傾げて小さく思いながら、残りの食パンに齧り付く。くずが服の上にぱらぱらと落ちる。

 しかめっ面ではらって、立ち上がった。小さくご馳走様と言い残すと、床においていたスクールバッグを拾い上げる。

 先ほどは感じなかった、重みが東条の肩にかかった。脇をしめて、歩き出すと直行で玄関へと向かう。ツルツルと滑りそうなフローリングの床を踏みしめ、細心の注意を払って革靴を履いた。

 そして、またもやしかめっ面をする。

「お母さん、何したのコレ」

 はきかけていた片足を脱ぐと、革靴の端を持ち上げた。慌てた様子でやってくる母を睨み、見せ付ける。

「何って、中敷を変えたのよ」

 後片付けをしていた最中なのか、手についた洗剤をエプロンで拭う。

「そういうの、勝手にしないでくれない? 私の足になじんでるんだから」

 鬱陶しそうに手を振るうと、正面を向いて違う靴へと足を通す。不本意ながら、東条はハイカットを履いて、ドアノブを捻った。

 何か言おうとしている母など無視して、扉を開ける。

 少し隙間が出来たところで体をくぐらせ、手を放した。バタン、と勢いよく扉が閉まって家と彼女は、切り離される。

 満足そうな笑顔を浮かべると、バッグのポケットから音楽プレイヤーを取り出し耳にイヤホンを入れ込む。

 お気に入りのスローバラードを選択して、音量を上げた。

 周りの喧騒など、耳に入らないように。世界から隔離された彼女は、呟く。

「私は貴方より私をしっているのだ」

 いつの間にかきつく唇がかみ締められていた。寒い風に身震いをすると、縮こまって歩き始める。なれない足元の感覚にしたうちをすると、手を袖の中に引っ込めて更にポケットへと入れた。

 きゅ、きゅ、と虚しく。

 靴底とアスファルトが擦れる音が響く。

 学校は徒歩で十分程度の場所にある。

 次第に近づいていき、校門が見え始めていた。彼女がこの公立高校を選んだ理由は簡単で、近いうえに低い偏差値でも入れるから。特に学費が高いわけでもなく、丁度いいなどという呆れることであったが、それは東条にとって見れば知らないことである。

 正確に言うのなら、彼女自身が決めたという設定の上で世界は成り立っているのだから。

 東条はこの、十月十日からしか自身の明確な意識は無い。この日から数週間しか生きられない中、何度も同じ日々を繰り返してきた。

 生きる事が辛い中、東条は自殺をするようになる。だが、不思議なことに自殺で死ぬ事は無い。そのことに気付いても尚、早くこの生活にピリオドを打つために繰り返す。

「……じょう、……東条!」

 東条は、いきなり呼ばれた。

「んぁ?」

 唐突な出来事に素っ頓狂な声を上げて、慌てて口を紡ぐ。手で顔の半分を覆って、後ろを振り返ると其処には東城夕魔が立っている。

 かなりきくずされた制服と、脱色され金色になっている髪。ジャラジャラと彼の細い手を装飾しているブレスレッドを一通り見ると、東条はため息をついた。

「何か用?」

「また、始まったな」

 彼の言わんとすることを察したのか、更にくだらないといった様子で肩をすくめて言う。

「それだけ? なら、バイバイ」

 ひらひらと手を振って、音楽プレイヤーの音量を上げる。音漏れなど一切着にした様子も無く、平然と歩き始めた。

 校門は目の前である。

 不要物没収などという単語も、彼女の脳内には存在していないのか。教師の存在でさえ完全無視で堂々と潜り抜けた。

 「おい、ちょっとまてよ!!」  なにやらあせった様子で追いかけてくる東城を、迷惑そうな顔で見返す。 「まだ何か?」  丁度、校門を通り抜けたところで立ったまま、東城は言葉を紡いだ。 「可笑しいと思わないのか」  唐突な質問に、東条は間の抜けた顔をすると少しして、冷笑した。不適に吊り上げられた唇に、悪寒が差すが東城はひるまない。  悠然とした態度で、 「今回の世界を」  東条の耳からイヤホンを引っこ抜き、そのまま音楽プレイヤーを取り上げた。  声を上げて取り返そうとするが、彼が真上に上げてしまったため取り返せない。  舌打ちをして、睨む。 「返して」  悪びれた様子は無く、手を突き出して東条は言い放つ。  周りの生徒が迷惑そうに声を上げるが、二人の耳には入っていないのか避けようとはしない。

見据えられ、先に観念したのは東城であった。   舌打ちをして音楽プレイヤーをつき返し、満足げな東条の顔を見て再度チッ、と音を立てる。  取り返したものの、そのまま聞くという行動はとらずにしまいこむ。  くだらなさげな表情で東城を見上げると、述べた。 「可笑しいとは思うわよ」  肩をすくめて、頬をゆがめる。 「やはりな……」 「まあ、何処がとは言えないのだけれども」  それじゃ、と短く残すと今度こそ東条は彼との関係を断ち切り、歩く。   始業を告げる予鈴が鳴り響き、尚も悠然と歩く東条に呆れた様子で東城が頭を殴る。  べし、と軽快な音がして、東条の尽きること無き罵倒が下駄箱に反響した。  




 

 

 

 










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 明るい光が差し込み、目覚まし時計が甲高く鳴り響く。沈んでいた意識を強制的にたたき起こされて、東条はベッドから起きる。

 はっきりとしない視界で、立ち上がると伸びをした。目を擦りハッキリ見え始める部屋の中で、東条は時計の日付を確認した。

 十月十日七時半。

「っ!?」

 彼女の手が震え始めた。

 ガタン、と音を立てて時計が床に転がり、激しく東条は首を振る。

「嘘……。今まで、こんな事無かったのに」

 信じたくないという様子で机の上においてある、ケータイ電話を開く。右上に表示された日付は、嘘をついていない。十月十日七時三十一分。

 口に手をあて驚愕を精一杯隠し、しゃがみ込んだ。

 うまく動かない指先でケータイのボタンを操作し、耳に当てた。無機質な呼び出し音が、彼女の鼓膜を振るわせる。

 焦りが、東条からは漂っていた。自覚はしていないのだろうが、貧乏ゆすりが始まりトントンと軽快なリズムを刻む。

――早く、早く、早く出ろ。 

 口内に甘い味が広がり、後から独特のにおいが充満した。

『はいもしもし……』

 数十回目のコール音の後、不機嫌な少年の声が返ってきた。

「東城?!」

『あんたが東城夕魔にかけたなら、東城しかでないけど』

「ねえ……」

『言いたい事はわかるが、何だ? こんな朝から』

「どうなってるの!?」

『主語が無いぞ、主語が』

「何で始まって数時間で世界が壊れるのよ!?」

 今までに無いほどの剣幕で、東条が叫ぶ。怒りの感情が電話越しに東城に向けられ、それを煙たそうな声で彼は返す。

『俺に切れるな。寧ろこっちがききたいんだよ』

 舌打ちが響き、東条は押し黙った。固まって、相手が居ないにも拘らず目線を泳がせる。不自然な汗が流れ始め、ゆっくりとした動作で拭った。

「ごめん……」

『謝るな。てか、早くしたくしないと学校遅れるぞ?』

「でも……」

『詳しい事は、後でどうせ会うだろ。お互い不本意だろうが』

「あ、まあ……そうだね」

 歯切れの悪い返事をすると、通話を終了した。

 言う事を聞かない体を無理に動かし、着替えを始めた。思うように動かないもどかしさの中、ゆっくりとワイシャツに袖を通して、ボタンをはめる。プチプチと細かい作業が、今の彼女には苛立ちを起こさせる一方であった。

 髪の毛をかきむしると、丁寧という言葉を脳内から消し去る。リボンとスカートを乱雑に着けて、セーターが伸びる事も気にせずに引っ張る。

「理沙? 何時まで寝てるの? 学校に遅れるでしょう!?」

 怒ったような母の声を聞き、壁に拳をたたきつけると叫ぶ。

「うるさい、今から降りるところ」

 鞄を手にしてドアを蹴るように開け放つと階段を下りる。大きく音を立て、機嫌が悪い事を主張すると仏頂面でダイニングキッチンへと足を踏み入れた。

 そして、彼女は気付く。いつもと違う事に。

 テーブルの上に並べられている御飯と味噌汁、お箸。副菜に目を留めて、口を開いた。

「何、コレ」

 眉を吊り上げて母親を見ると、彼女は驚いた様子だった。

「何って朝ごはんじゃない」

「私が聞いてるのはそういうことじゃなくってさ」

「文句でもあるの?」

「いっつもトーストじゃん」

 イスに腰掛けてトントンとテーブルを叩いて、申告した。だが、母は呆れたように米神に手を当てると、何馬鹿なこといってるのと、東条の言葉を跳ね返す。

「早く食べて行きなさい」

「うるさい……」

 箸を手にして味噌汁に口をつける。広がるだしの味を堪能するが、又彼女の表情が曇りきる。並々注がれたお椀を雑に戻すと、

「味付け変えた?」

「変えてないわよ」

「嘘言わないで、赤味噌を白味噌にしたでしょ」

 「あんた、本当に今日何を言ってるの? いつも白味噌だし、煮干でだしをとって。朝ごはんは白米とお味噌汁とお漬物って決まってるでしょ。いい加減にしなさい!」

「はぁ? そっちがいい加減にして。いつもはトースト一枚と牛乳、お味噌汁は赤味噌でしょ! だしは昆布!」

 東条がテーブルを叩き、その衝撃で味噌汁の茶碗が倒れる。中身がこぼれ出て机の上には具が広がった。ぼたぼたと垂れ続ける中身を気にせずに、東条は母を睨む。

 母親もまた怒った様子で東条をきつく見ながら、口を開く。

「何してるのよ。せっかく用意してあげた朝ごはんよ?」

「私が昨日言ったのはトーストよ」

「言ってないでしょ? あんた何うぬぼれてるの? 自分が異能者リスペクトで、国内で有数の私立学校に通っているからって、天狗にでもなってるの?」

「はぁ?」

「誰のお金で行かせてあげてると思ってるのよ。こうしてお母さんが毎日毎日汗水たらして働いて、お父さんがいない分も頑張ってるからに決まってるでしょ!?」

「何言ってるの。私は普通の公立高校に通ってる、頭でも可笑しくなったんじゃない?」

「あんたこそ大丈夫? わざわざ引越しまでして、私立学校に通ってるっていうのに。お母さん、恥かしいわ」

「何が恥かしいわけ? 頭可笑しいのはそっちよ。私は生まれたくて異能者リスペクトになってるわけじゃない、自分の能力も分からない。あんたなんかに私が分かるわけ無いでしょう!? 分かったような口きかないでよ!」

 ガッ、とテーブルの足を蹴ると、載っていた茶碗が散乱するのも気に止めずダイニングキッチンを飛び出した。母の制止の声など一切気に止めず、玄関を出ると、扉が声音かねない勢いでしめる。

 激しい音がして、母が中でまだ何か言っていたが東条は何事も無いように歩き出す。

 目の前に広がるアスファルト、そこは何も変わらない風景であった。

 後ろを振り返ると、遠くから東城がのんびりと歩いてきている。

――話があるし、待つか

 家の塀にもたれ掛かると音楽プレイヤーを取り出してイヤホンを耳に突っ込む。いつもとは違ったロック系を曲を流し、目を瞑って大音量で聴き始める。 

 ジャカジャカと脳内に響わたる音楽が終盤に差し掛かったとき、ぽんぽんと肩がたたかれた。

「東条」

 短く、素っ気なく名前を呼ばれて顔を上げた。

 目の前には憎たらしげな表情で立っている東城の姿があり、音楽を止めると東城は小さく頷いて歩き出す。 

 話しが在るにも拘らず互いに無言で、ただひたすらに学校を目指していた。東城の家の前から、五つ目の電柱の前を通りかかったとき。彼女がゆっくりと口を開く。

「変だよね、こんなの」

 東城を振り返って反応をうかがえば、彼は眉をひそめてうなずいていた。

「何か、普通と違いすぎる」

「うん……」

「俺らが通ってる学校さ、国内でトップクラスの偏差値の私学なんだって。知ってたか」

「知らない。いや、今朝知った」

「俺もだ」

 東条は自分が言った言葉で、先ほどの口喧嘩を思い出したのかきつく唇を結ぶと、横にあったブロック塀を鞄で殴る。

 ぎょっとした表情で東城はその様子を見ていたが、口を挟むことは無く彼女の怒りが収まるのを待った。鈍く鞄が傷つく音が暫し響き、東条の怒りも消え去ったのか。すれた鞄を残念そうに見つめていた。

 端から見れば、頭が平常ではない行動をとった東条であるが何食わぬ顔で、会話を続けた。

「世界が同じはずなのに、違う……」

「でもそれは俺たちしか知らないからさ」

「うん……言ったら、私たちの方が変なヤツ」

 鞄についた傷の跡を指を這わせて、嘆息する。肩にかけなおすと、脇をしめて足早に歩き始める。カツカツと軽快な足音が鳴り、あわせて東城も歩幅を大きくした。

 普通の人が見れば、仲のよいカップルの登校風景。だが、経緯を知れば誰もが息を呑む光景。通常ではない会話を繰り広げ、さも当然の様に世界を異質だと判断した。彼女たちこそ異質だと言われかねないが実質的に、2人にしてみれば異常なのは周りなのである。

 わざわざ、自分たちが周りに合わせる必要は無い。

 そんな思いを胸のうちに秘め、延々と続く直線の上を歩く。

 










二章:異能者リスペクト


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 世の中には意外と、異能者リスペクトが存在するのである。世界人口の約一割が、それであり。類は友を呼ぶとよく言った物で、何時しか異能者リスペクトの集まり、機関が作られた。

 それは異能者リスペクトがお互いに、能力による非合法な事を行わないように監視する場所であり、世の中の異常とみなされ、蔑まれ続ける彼らを助けるものでもあった――

 という設定の中にて、東条達は幾千度目かの世界を迎えた。彼女たちは世界を何度も繰り返す事により、学んだ。

 機関とは、何処にでもあって何処にでもない。そこにあるのだが、そこにはない。いつも彼女達のそばに在り、そしていつしか離れている。異能者リスペクトを監視するもので、彼女達の能力を最も危険視する、そんなモノであるということを。

 2人は極度に機関を嫌っていた。

 世界が生まれ変わっても、繰り返すという事実を導き出して2人を重点的に監視している。そして、何故か。

 世界が変わるにも拘らず、研究が引き継がれているから。異能者リスペクトの集まりであるため、可能なのかもしれないが不思議なことに前の世界での記憶は一切無い。

 研究の成果が、前の世界までのものに書き換えられ。何事も無いように続けられていく。

 不気味、故に、嫌う。

 そんな機関にこの異常を聞くしかないと言い出したのは、東条であった。

「お前正気か?」

「当たり前。今回の世界は狂ってるもの」

 校門に差し掛かったとき、振り返って唐突に東条が告げる。

「だから、手を借りると?」

「ええ、そうよ」

 見慣れない校舎に向かって堂々と歩き続け、宣告した。校門に立っていた教師がとがめない辺りから、本当に彼女たちはこの学校の在学しているらしく、その事実にまた。二人は驚いていた。

 玄関を潜り抜け、たちまちではあるが以前の世界での組と出席番号の在る下駄箱へと足を運んでみた。

「ビンゴ……」

 東城が声を漏らすと、静かに東条が肯定した。

 案の定、自分の名前のプレートが入っている。中から上履きを取り出して履き替えると、そのまま同じように教室へと上がっていく。

「それにしても、助けを借りるのは良くないことなの?」

「機関の奴らは面倒だろ。記憶によれば」

「記憶によれば、ねぇ……。そんな悲しい事言わないでよ」

 階段を上り終えると、三階で廊下へと進みだす。キュ、キュと歩くたびにシューズと廊下が擦れる音が響き、教室に近づくごとに生徒たちの他愛も無い声が聞こえてきた。

 廊下で走り回る男子は、あまりにも幼稚すぎるが前の世界でのクラスメイトたち。

 壁に寄りかかり高い声で喋り続けるおしゃべりさんたちも、前の世界での学年のものであった。

「でもそれ、事実だろ」

 呆れたように吐き出された言葉に首肯しながら、東条は周りの女子たちに挨拶をしていく。

 朝から明るく手を振り返す彼女たちから目線を外すと、東城に答えた。

「だからって、ストレートに言う必要はないでしょ。オブラートって知ってる?」

 眉をひそめ、言い放つ。彼は当たり前だといわんばかりに肩をすくめたが、東条は相変わらずの表情で続けて言葉を吐き出す。

「なら、包んでいいなよ。日本人オブラート大好きなんだし」

 冷笑と共に言うと、目の前の教室に入り込んだ。何気ない動作で自分の席であろう場所に着き、鞄を横にかける。

 東条の横の席は生憎と東城で、2人にしてみれば何とも嬉しくない事実であったが、これは前から変わらない決定事項。机に突っ伏して、東条は長く息を吐き捨てた。

 教室の中は、何処にでもある風景であった。

 机とイスがずらりと立ち並び、前方中央には教卓。無駄に大きい黒板が設置され、落書きが在る。早くも暖房がごうごうと唸りをあげて空気を吐き出し、教室を暖め始めている。地球温暖化などが叫ばれているにもかかわらず、設定温度は非常に高く。

 残念ながら学生たちには自分のことしか、考えていない問う事が伺える。

 そんな何の変哲もない教室であるが、東条にしてみれば違和感だらけの空間となっている。

 席に着いている生徒は変わらないのだが、教室の内装や、校舎などが一切合財変わっている時点で、違和感を拭えない。

 そしてまたどうした事か異能者リスペクト独特の雰囲気が大量に溢れ、生徒たちからにじみ出ている。異能者リスペクト同士でしか感じ取れないソレに、疑念を抱き再度長い溜息を吐き捨てた。

 機密の存在であるにも拘らず、異能者リスペクトはこの学校には多く存在しているらしい。

壁にかけられていた時計の針がゆっくりと動き、予鈴の鐘が盛大に鳴り響く。聞きなれたチャイム音は消え去り、軽快なメロディが鼓膜を震わせていた。

 ガタガタと音を立てて生徒たちが席に着き、それに追い討ちをかけるようにして担任教師が姿を現す。 

 その男性教師は出席簿をかっこつけてもち、スーツを崩して着ている。脱色され、茶色になっている髪の毛をかきあげると、やる気が一切感じられない声で言った。

「ごーれー」

 間延びしているが、すっきりした声音に呼応して、一人の生徒が起立をかける。

 不規則に全員が立ち上がり、一人遅れて東条が緩やかに立ち上がった。何に対してか、お願いしますを合唱して、再度座る。

 そこでやっと東条は気付く。やってきた男性教師が、今までとは違う。そして何より、ソレよりも更に重要な事に。

「機関……!?」

 思わず口からこぼれ出た、言葉。

 幸いクラスのざわめきにかき消されていたが、慌てて口元を押さえて横を見た。彼も同じくして目を見張り、次いで東条を見る。

「何であいつがいんだ?」

「知らない……てか寧ろ知りたいわよ」

 舌打ちをすると険しい表情で教師を凝視して、彼が言う連絡事項を耳にする。大して重要ではないが、真剣に聞いている様に見える東条達は何気に浮いていた。

――あの金髪チャラ男、絶対に機関の疾風蒼真とかいうヤツだ……

 半ば、彼の言葉など一切耳に入っていない彼女たちに、聞かざるを得ない言葉が吐き出された。

「最後に、とーじょー、お前後で俺ンところ来いよー。いじょー。かいさーん」

 クラスメイトたちが立ち上がり、教材の準備を始める。その中で呼び出された東条は呆然と座ったままで、動こうとはしなかった。

 否、警戒をして動く事はなかった。

 疾風蒼真の口元に浮かべられた不敵な笑みに身震いをすると、苦渋の表情で教卓へと近づく。

 彼女がきたのを確認すると、にこやかに笑って蒼真は廊下に出た。ついて来いといういう意味であったのか、渋々歩き出す東条。足取りは重く、会いたがっていた機関の一人ではあったが、いざ会ってみれば変わるものらしい。

「ありえない……」

 首を振って何かを否定すると、それ以降喋ることなく疾風の後ろを歩き始めた。

「何がありえないンだ?」

 疾風はあざとく東条の言葉を耳にしていた。求めてもいない返答に顔をしかめると、平然と述べる。

「何で貴方が此処の教師なんですか? 何で私を呼び出したのですか? 貴方は何処まで異変を知っているのですか?」

 矢継早に吐き出された質問に疾風は苦笑した。

 階段の前で歩みを止めると壁にもたれ掛かり、東条を真っ直ぐとした瞳で射止める。

「最初から答えさせてもらうよ」

 大仰に肩をすくめ、そして続けた。

「此処の教師の理由は、異能者リスペクトの直接的監視。ま、君らの監視が一番かな。二つ目の質問だけど、君が機関を呼んでいたから。機関は何処にでも居て、いないからね。会話は全て聞いたよ。最後の質問。残念ながら何が異変なのか分からない、ただ研究によれば今日が新しい世界の始まりの日だろう? 何かがあったんだね、お気の毒に。オレたちにしてみれば、これが昨日から過していたと設定されている普通の世界だから、わからない。以上、どう? 満足したか?」

 休むことなく吐き出された回答を、東条は頭の中で整理すると更に険しい顔で言った。

「そうですか。私が機関に聞きたかったのは最後の質問です、ならもう用事はないです」

「ふーン。そーかそーか。なら、かえっていいぞ」

「結局機関も無能ですね」

 最後に冷酷に罵倒を吐き出すと、疾風を背にしてゆっくりと教室に戻る。刹那、轟音と共に風が彼女の脇を駆け抜けて、廊下に爪あとを残す。

 壊れた床を凝視して後方を振り返ったときには、すでに彼の姿は無く。ざわめきと共に各クラスから慌てた様子で教師や生徒たちが廊下に姿を現していた。

 . 

 

 . 

慌しい一日が、終わりを告げた。夕暮れが街を染め上げ、美しく最後の輝きを見せている。

 そんな中で東条は一人帰路につきながら、音楽を聴いていた。脳内に広がる音を、ただの喧騒としか受け止めていないのも関わらず、聞く。

 これが彼女に植え付けられた習慣であるが故、別段変えようともせずこなしていた。

 曲が何サイクルか終えた頃に家の前につき、東条は嘆息した。扉を開ければ何がまっているのか、考えるだけで嫌気が差したのか。うんざりとした表情で玄関を開け放ち、適当に靴を脱ぎ捨てるとリビングダイニングへと、顔を出す。

 漂うシチューの香りが鼻孔を掠め、トントンと包丁を忙しく動かす音が響いていた。

「ただいま」

 素っ気なく挨拶をすると、そのまま階段を駆け上がり自分の部屋へと向かう。扉を無造作に開けて、足でしめると鞄を放り投げてベッドに寝転がった。

 バフン、と心地よい音がして東条の軽いからだがベッドに沈む。窓から差し込む光は無くなり、闇夜が姿を現していた。

 ぼんやりと天井を見つめていた東条であるが、何か思い立ったらしく立ち上がり、カーテンを閉めた。続いて部屋のロックをかけて、確認をする。 

 どう足掻いても開く事の無い扉に一人頷くと、勉強机の引き出しをあさり始めた。暗がりの中、手先だけの感覚で物を探す。

 東条はお目当てのものが手に当たったのか、微笑むと取り出した。

 カッターナイフ、それが彼女が握っているものの正体。チキチキと歪な音を立てて刃を出し、静かに東条は哂う。

「今回なら、死.ねるかな」

 何の未練も無い様子で手首に刃を当てると、深くそして一気に右手を引いた。

 パッ、と一瞬にして鮮やかな華が咲き誇り鮮血を撒き散らす。鈍い痛みが前身に走りぬけたが、ソレは快感に変わったのか。頬を崩してその場に倒れこんだ。

 止めなく流れ続ける生暖かい液体につかりつつ、東条はカッターナイフを投げ捨て、狂ったような笑顔を貼り付けた。

 ドバドバと歯止めを知らない血とは対照的に、確実に東条の意識は闇に埋もれ始めている。深く、暗い底。深い闇が彼女を多いつくして、意識は途絶える。

 溢れ続ける血が、部屋を真紅に染め始め。誰にも知られず、少女は堕ちた。


 

 














                    2


 東条が闇から意識を引きずり出されたのは、病院のベッドの上だった。しかれた白いシーツのベッドで横たわり、心拍数を図る機械がピ、ピと規則的に音を立てる。ただ無機質だとあらわすしかない、個室にて少女は目を覚ます。同時に、全身に激痛が走った。それは、傷がふさがってない事を指し示し、東条は痛みよりもその事実に驚きを隠せない様子で、身を起こした。

 急に動かされる体は、脳の命令に反して即座に崩れる。

 ドサ、と格好の悪い音と共に元の体勢に戻って、東条は力なく笑う。

「嘘でしょ……」

 自嘲と共に言葉が吐き出され、重たく感じられる左手を持ち上げた。手首には何重にも巻かれた、白の包帯。

 白、白、白、白しろしろしろ。

 その空間は彼女に吐き気を呼び起こす。装着されていた酸素マスクをはがし、横に設置されていた嘔吐物用のボウルに吐き出し、咳き込んだ。

 胃から食道にかけてが、胃酸で焼けるように痛む。リスカをした痛みより、そちらの方が強く、東条は参った様子でゆっくりと体を戻した。

 大きく息を吸い込むと、比例して長い息を吐き出す。

「傷が治ってない、なにより死んでない……」

 彼女の震えた声音は深夜の病室に溶け込んだ。

 虚しく響き渡る時計の秒針の音。静かに耳を傾けながら、東条は何ともいえない表情で布団を頭から被る。少しでも体を動かすたび、全身が軋み、無駄に重い。おもうように動かないことに歯がゆさを感じながらも、体を掛け布団に収めて天井を仰ぐ。

 外からの微かな明りで照らされている室内。規則的な升目の天井を無言で見つめていた東条は、近づいてくる気配に気がつき目を閉じた。

 カン、カン、と廊下から響く足音。次第に大きくなりやがて、東条のいる病室の前でやんだ。

 扉が開かれる。

 最低限の音に抑えられ、丁寧に開け放たれた扉から入ってきた人物は、そのままベッドへと歩んできた。

 狸寝入りをしている東条に影を落とし、その人物は低く告げた。

「おきてるンだろ?」

 その言葉に、片目だけを開けて東条は口を開いた。

「こんばんは先生。何か御用がありますか? ていうか今深夜ですよ、面会時間過ぎてるはずですけれども」

「全く……。君、元気だね。本当に死にかけたヤツ?」

「嫌味ですか」

 疾風から放たれ続ける言葉に、身を起こして舌打ちをした。相変わらずのチャランポランな格好の彼に視線を這わせて、東条は述べた。

「早く用件を」

「なんだい、人が折角見舞ってやろうとおもったのに」

「別に頼んだ覚えはありませんが。何できてるんですか?」

「見舞うのは当然だろう?」

「監視対象が自殺未遂で病院に搬送されたからですか? それとも担任の教師として、心配になったからですか? 後者ならば日中に来ればよいではないですか」

「君は相変わらず一気に物事を言うね」

 やれやれ、と肩をすくめる疾風はベッドの横に置いてあったイスに腰掛け、足を組むと不敵な笑顔を浮かべた。

 それなりに整っている顔もその表情一つで崩れ、不気味さを演出している。東条はそんな彼を凝視すると、忌々しげに視線を外す。

 窓の外の景色を見やったまま、動こうとはしなかった。

 かなり傾いている月と、星をかき消す明りをつくっている路地の蛍光灯。普段は見ない夜の景色は、彼女にとってどの様に映っているのか。それは自身のみが知る領域であるが、すぐに目を伏せられた辺り、大して興味は無かったようであった。

 布団を手繰り寄せてきつく握る東条に、疾風が声をかけた。

「さっきの質問だけどー。君に言っておかなきゃならないことがあるンだ。機関の人間として」

 声には出されていない、苦笑の雰囲気が混ざった声音。東条は何かを感じ取り、耳を逸らしたくなったのか。布団を頭から被って、等身大の照る照る坊主のようになりながら、目を硬く閉じた。


「君、異能者リスペクトではなくなったよ」


 重く、低く告げられたその言葉に。

 東条が耳を疑わないわけが無く、驚いた様子で疾風を振り返れば嘲笑を浮かべていた。目元は一切笑わず、ただ口に貼り付けられた嘲り。

 背中に、悪寒が走り抜ける。

「ど、ういう……意味なの?」

 東条の問に疾風は愚問だといわんばかりに鼻を鳴らして、続けた。

「君の異能が消え去ったっていったら、分かるかな?」

「え……。わ、私は……異能が自分でも何か分かってなかった。機関も分かってなかったんじゃないの!? なのになんでそんなことが言い切れるのよ!?」

「クス……君さあ、馬鹿?」

「へ?」

「そんなの嘘に決まってるだろー。機関が分からないわけ、ないンだよ」

「じゃ、じゃあ……」

「君は踊らされてただけ、ご苦労様。ちなみに君の異能はねー。超常的な回復能力。君が思い込んでいた、不死体質のしょうたいだよー」

 ケラケラと、疾風は言った。

 彼の言動に青ざめた様子で東条は口を開閉させ、何かを言おうとしていたが二の句が告げない。呆然と笑う疾風を見つめ、疾風はそんな東条を楽しげに嘲り続ける。

「いやあ、よかったじゃないー? 君、異能者リスペクトであることが嫌だったんだろ? ならよかったじゃン」

 疾風の最大級の侮辱の言葉が耳に入ったとき、東条の全身に雷撃の如く激痛が走りぬけた。

「ぐ、ぁ……!?」

 座っているにも拘らず体が支えきれなくなり、ベッドの上に倒れこむ。手に当たるぬるりとした感触。彼女が意識を取り戻す前と似た、それに驚愕を隠せていなかった。

 部屋を包み込み始める甘い鉄の香りに東条は確信した。

――コイツ……

 疾風を見上げれば、邪悪に笑っていた。

「お休み、永遠に」

 東条が最期に聞いた、その言葉。残酷な死刑宣告が、耳の奥にこびりつく。

 再び少女の意識が泥沼に飲み込まれ、消えた。













エピローグ:後の世界を見る、


 目を覚ました。

 いつもと変わらない日差しが差し込み、目覚まし時計がなっている。五月蝿いなと思いつつ、適当に止めた。

 ベッドから足を下ろして、伸びをする。眠気が完全に抜けてない。ふらふらと足取りがおぼつかず、狭い室内で派手に転んでしまった。

 痛い……。

 その衝撃で何故かケータイが机の上から転がり落ちてきて、目の前にある。

 メールが入っていたので確認すれば、東城夕魔からであった。

【おはよ。また。始まったな】

 その短い文面だけがつづられた、素っ気ないものであるが私には忌々しく思えてならない。

 異能がなくなった?

 なのになんで私は又同じ生活を繰り返している?

 私の異能は超常的回復能力? 笑わせるな。どう考えても世界の核ということじゃないのか。

 こんな幾度も繰り返せば飽きるし、もう何をどういっていいのかわからない。前の世界は殺された。

そう、また殺されたのだ。

 いつもいつもいつもいつも、疾風蒼真に殺される。自分で死のうとしても死ねない、死ぬ前に彼に殺される。

 私は一体何なのだ。何故あいつに殺されなければならないのだ?

 自分の力で終わらせたい、自分で終わりを作れば世界が壊れる。そう信じてする矢先に、邪魔をする。  

忌々しい気持ちを振り払うべく舌打ちをして、立ち上がる。

 ああ、そうか。

 不死身じゃない、なら、消えてみよう。自分の力で。私はこんな生活がしたいんじゃないんだ。私っていう人格が消えてなくなって、新たな人格で過したい。

 気付いていないかもしれないが、もう散々である。

 机からカッターナイフを取り出して、部屋の鍵を閉める。前のような思いは、もういらない。今度な入念にしなければ、消える事は許されない。

 手首なんかではなく、首筋に刃を当てる。

 ぶじゅり、と鈍い音が鼓膜に届いたときには痛みと共に体が床に倒れこみ、血が噴出す。鮮血が私の上に舞血って、部屋をも芸術的に染め始めた。

 あふれだす、あふれる、あふれ、あふれあふれ、まっか。 

 まっかあかあか、まっかせんけつ、ち、ち、ちあか。

 意識が、遠のいていく。

 死という感覚を肌で感じ取り、最期に私は見た。

【ダメだよー君がこの世界で生きる事を、望んだンだから。あいつと共に、永遠に】

 そう呟く不思議な影を。そいつは私を包み込んで、意識を闇に沈めこむ。

 どういう、い、み?

 わからない、私は望んでないんだ、


 やめて世界は、世界は、


 今日もまた、





























.



 ずっと過したい、その願望は君が自身で生み出した異能なンだから、ヤメラレナイよー。

 世界の生贄として、過すべき。

 悲しき世界、たとえ道連れにすべき人が何も知らなくても、君はソレを選んだ。

 君は君が作り上げた世界を拒むけど、それは君が知らない事実なンだ。

 自分が選んだ、だから止められないンだよ。

 

 ××××××××なんて、あまーい。

 そんな考えが無駄だという事に気付かない君は、実に愚かで滑稽だよ。


.


 

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