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聖女追放を阻止するため行った、たった一つの大罪

作者: たっくん
掲載日:2026/05/12

「――聖女アリシア。お前を追放する」


 その言葉を聞いた瞬間。


 私は、ゆっくりと目を閉じた。


(……また、この未来)


 王城の謁見の間。


 赤い絨毯の先で、第一王子レオルドが冷たい目を向けてくる。


 周囲を囲む貴族たちも、まるで汚物を見るような視線を私へ向けていた。


「聖女でありながら、黒魔術の研究を行っていた証拠が見つかった」


 ざわり、と空気が揺れる。


 後ろでは、白銀の髪を揺らしながら一人の少女が涙を流していた。


 第二聖女――セシル。


 かつて、私が妹のように可愛がっていた少女。


「アリシア様がそんなことをするはずありません……!」


 震える声。


 涙。


 庇おうとする仕草。


 ……でも。


 私は知っている。


 その涙が“偽物”だということを。


「言い訳はあるか?」


 王子が言う。


 私は静かに顔を上げた。


「ありません」


「っ……」


 その瞬間、空気が揺れた。


 貴族たちがざわつく。


 本来なら、ここで泣き叫ぶべきだったのだろう。


 ですが、意味がない。


 私はもう――この未来を、七回見ている。


 七回とも、結果は同じだった。


 追放。


 国外逃亡。


 そして。


 半年後、王都滅亡。


 魔王軍によって。


「聖女アリシア。その聖印を剥奪し、国外追放とする」


 王子の宣言。


 衛兵たちが近づいてくる。


 私は抵抗せず、そのまま歩き出した。


 その時だった。


「待ってください!!」


 叫んだのは、セシルだった。


「アリシア様は悪くありません!!」


 王子が眉をひそめる。


「セシル?」


「お願いです……! アリシア様を追放しないでください!」


 ……やめて。


 私は心の中で呟く。


 その言葉を言った未来も、既に見た。


 結果は変わらない。


 むしろ、悪化する。


「お前は優しすぎる」


 王子はセシルの肩を抱いた。


「だが、この女は危険だ」


「違います!!」


 セシルは涙を流す。


 ……本当に、演技が上手くなった。


 昔は違ったのに。


 昔のセシルは、本当に優しい子だった。


 でも。


 未来を知ってしまった日から、変わってしまった。


『半年後、王都は滅びます』


 そう告げた瞬間から。


 人は、狂い始めた。


 王族は混乱し。


 貴族は逃げ出し。


 騎士団は内部分裂。


 結果として、王国は魔王軍侵攻前に崩壊した。


 だから私は、何度もやり直した。


 未来視の代償で寿命を削りながら。


 必死に未来を変えようとした。


 でも。


 何度繰り返しても。


 必ず、“聖女追放”に辿り着く。


(……なら、方法は一つしかない)


 私は立ち止まった。


「アリシア様……?」


 セシルが不安そうに私を見る。


 ごめんなさい。


 本当は、あなたを巻き込みたくなかった。


 でも。


 このままでは、誰も救えない。


 私は静かに振り返り――。


 そして。


 王子の腰に差してあった剣を、一瞬で抜いた。


「なっ――!?」


 誰も反応できなかった。


 聖女は非力。


 誰もが、そう思っていたから。


 次の瞬間。


 鮮血が、謁見の間に舞った。


「……え?」


 セシルが呆然と目を見開く。


 王子の胸から、血が溢れていた。


 私の剣が、深々と突き刺さっている。


 静寂。


 誰も理解できなかった。




 だが私は。


 震える手で剣を握りながら、静かに呟いた。


「これで……」


 ぽたり、と涙が落ちる。


「これで、あなたは追放されない」


 その瞬間。


 未来が、初めて揺らいだ。


 王城は、地獄と化していた。


「王子殿下が刺されたぞ!!」


「聖女アリシアを捕らえろ!!」


「回復術師を呼べ!!」


 怒号。


 悲鳴。


 鎧の音。


 謁見の間にいた貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。


 そんな中。


 私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 手の中には、血塗れの剣。


 目の前には、崩れ落ちた第一王子レオルド。


 ……温かい。


 剣を握る手が、まだ熱を持っている。


(……刺した)


 本当に。


 私は、王子を刺したのだ。


 七度繰り返しても変えられなかった未来を壊すために。


「アリシア様……」


 セシルが震える声を漏らす。


 青ざめた顔。


 涙で濡れた瞳。


 当然だ。


 目の前で聖女が王子を刺したのだから。


「どうして……」


 私は答えなかった。


 答えられなかった。


 その時。


「貴様ぁぁぁぁぁッ!!」


 騎士団長ガレスが剣を抜いた。


 鬼のような形相で、こちらへ迫ってくる。


「王族への反逆!! 万死に値するぞ!!」


 殺気。


 本気だ。


 本気で、私を斬る気だ。


 だが――。


「待て」


 低い声が響いた。


 ガレスの動きが止まる。


 ゆっくりと現れたのは、国王だった。


 白髪混じりの髪。


 深い皺。


 そして、長年王国を支えてきた者だけが持つ重圧。


「陛下……!」


 周囲が一斉に頭を下げる。


 国王は、倒れている王子を見た。


 次に。


 私を見る。


「……何故だ」


 短い言葉。


 だが、その瞳には怒りだけではない感情があった。


 困惑。


 疑念。


 そして――恐れ。


 私は静かに口を開く。


「陛下」


「答えよ」


「……王都は半年後、滅びます」


 空気が止まった。


 ガレスが眉をひそめる。


「何を言っている?」


「魔王軍が現れます」


「馬鹿な」


「王子殿下は、その引き金でした」


 ざわっ、と周囲が揺れる。


 国王の目が細くなる。


「詳しく話せ」


「……ここでは無理です」


 私がそう言った瞬間。


 セシルが、はっと顔を上げた。


「まさか……」


 私は彼女を見た。


 セシルは青ざめている。


 気づいたのだ。


 私が、“未来視”を使ったことに。


 聖女には稀に、特殊な神託能力が発現する。


 そして未来視は、その中でも禁忌に近い能力だった。


 未来を見る度に、寿命を削る。


 それほどの代償を払う力。


「アリシア様……あなた……」


 私は小さく笑った。


「ごめんなさい」


「っ……!」


「黙っていて」


 セシルの瞳が揺れる。


 彼女は優しい。


 本来なら。


 本当に、本当に優しい子なのだ。


 だからこそ――。


 これ以上、壊したくなかった。


「陛下」


 私は再び国王を見る。


「王子殿下を殺さなければ、王国は終わります」


「根拠は」


「……ありません」


 周囲がざわつく。


「ですが」


 私は静かに続けた。


「私は、見ました」


 魔王軍に燃やされる王都を。


 泣き叫ぶ子供を。


 逃げ惑う民を。


 瓦礫の下で潰れる騎士たちを。


 そして。


 玉座の前で笑っていた、“黒い魔王”を。


「レオルド殿下は、その魔王に操られていました」


「なっ――!?」


 ガレスが目を見開く。


「あり得ん!! 殿下は聖剣に選ばれた御方だぞ!!」


「だからです」


「何?」


「聖剣に選ばれたからこそ、魔王に狙われた」


 沈黙。


 重い空気が流れる。


 そして。


 国王が静かに言った。


「……つまり、お前は未来を変えるために、我が子を刺したと?」


「はい」


「自分が処刑されると分かっていてもか?」


 私は、ゆっくり頷いた。


「構いません」


 もう。


 慣れている。


 七回、死んだから。


 焼かれたこともある。


 首を落とされたこともある。


 毒を飲まされたことも。


 でも。


 その度に未来視が発動し、私は“少し前”へ戻された。


 まるで。


 未来そのものが、「王国を救うまで終わるな」と言っているように。


「……狂っている」


 誰かが呟いた。


 違う。


 狂ったのではない。


 狂うしかなかった。


 その時だった。


「陛下!!」


 一人の兵士が、慌てて駆け込んできた。


「申し上げます!!」


「何事だ」


「王都北門付近にて、大規模な魔物の出現を確認!!」


 空気が凍った。


「数は!?」


「およそ三百!! 統率された動きです!!」


 ガレスの顔色が変わる。


「まさか……!」


 私は、静かに目を閉じた。


 来た。


 いつもより、早い。


 未来が変わった反動だ。


「……始まりましたね」


 国王が、ゆっくり私を見る。


 その瞳から、完全に疑念が消えていた。


「アリシア」


「はい」


「お前は、本当に何者だ」


 私は少しだけ考え――。


 そして、静かに答えた。


「……未来で、一番多く絶望した人間です」


 王都北門。


 そこは既に戦場だった。


「押し返せぇぇぇ!!」


「第二陣!! 前へ出ろ!!」


 騎士たちの怒号が飛び交う。


 燃え盛る炎。


 崩れ落ちる城壁。


 そして――。


 黒い霧の中から現れる、異形の魔物たち。


 だが。


(違う……)


 私は城壁の上から戦場を見下ろしながら、唇を噛んだ。


(こんなものじゃない)


 本来の未来は、もっと絶望的だった。


 王子レオルドが魔王に精神を侵食され、“聖剣の勇者”として暴走。


 王国そのものが内部から崩壊していた。


 だが今回は違う。


 レオルドは、ここにいない。


 未来が変わった。


 確かに。


 ほんの少しだけ。


「アリシア様!!」


 セシルが駆け寄ってくる。


 白い聖衣は血と泥で汚れていた。


「西側の避難が完了しました!」


「ありがとう」


「ですが……魔物の数が……」


 彼女の声が震える。


 当然だ。


 空を見上げれば分かる。


 黒い霧が、王都全体を覆い始めている。


 あれが魔王の力。


 生命そのものを蝕む“死の瘴気”。


 長時間浴びれば、人間は理性を失い魔物化する。


「……時間がないですね」


 私は静かに前へ出た。


「アリシア様?」


「セシル」


 私は振り返る。


「あなたは、生きて」


「え……?」


 セシルの顔が強張る。


「な、何を言って……」


「未来視には、最後の力があります」


 彼女の顔色が変わった。


「だめ……」


「未来そのものを書き換える力」


「やめてください!!」


 セシルが私の腕を掴む。


 涙が零れていた。


「それを使ったら……!」


「死にます」


 セシルが息を呑む。


 未来視の最終段階。


 それは、“自分の命”を燃料に未来を捻じ曲げる禁忌。


 だから私は、今まで使わなかった。


 怖かったから。


 本当は、生きたかったから。


 だけど。


 今回は違う。


 王子を刺したことで未来は変わった。


 なら。


 あと少し押せば届く。


 “王国が滅ばない未来”に。


「嫌です……!」


 セシルは泣きながら首を振った。


「やっと……やっと分かったのに……!」


「……何が?」


「アリシア様が、一人で苦しんでたことです!!」


 彼女は叫ぶ。


「どうして言ってくれなかったんですか!! どうして一人で背負ったんですか!!」


 私は少しだけ笑った。


「言ったら、あなたは泣くでしょう?」


「当たり前です!!」


「だからです」


「っ……!」


 セシルが崩れるように涙を流す。


 その姿を見て、胸が痛んだ。


 この子だけは。


 本当に守りたかった。


 すると。


 遠くで、地鳴りが響いた。


 黒い霧が割れる。


 そして現れた。


 巨大な漆黒の騎士。


 全身を黒鎧で包んだ、人型の怪物。


 その兜の奥で、赤い瞳が光る。


『――見つけたぞ』


 低い声。


 聞いた瞬間、本能が理解する。


 魔王。


 未来で、何度も私を殺した存在。


『未来視の聖女』


 魔王がゆっくり剣を抜く。


『何度繰り返しても無駄だ』


 空気が軋む。


『人間は滅びる』


 私は静かに前へ出た。


「……そうかもしれませんね」


『?』


「人間は愚かです」


 王子も。


 貴族も。


 騎士も。


 何度も同じ過ちを繰り返した。


 でも。


「それでも」


 私は、剣を握る。


「守りたいと思う人がいるんです」


 魔王が嗤う。


『ならば絶望しろ』


 瞬間。


 魔王が消えた。


 速い。


 次の瞬間には目の前。


 黒剣が振り下ろされる。


 だが。


 私は避けなかった。


「アリシア様ぁぁぁ!!」


 セシルの叫び。


 その瞬間。


 私は、未来視を解放した。


 世界が白く染まる。


 寿命が削れる感覚。


 心臓が焼ける。


 視界の中で、無数の未来が流れていく。


 滅亡。


 滅亡。


 滅亡。


 死。


 死。


 死。


 その中で。


 たった一つだけ。


 小さな光が見えた。


 私は、それを掴む。


「――未来を書き換えろ」


 世界が、砕けた。


 次の瞬間。


 魔王の剣が、止まっていた。


「……なに?」


 魔王が初めて動揺する。


 その胸を。


 一筋の光が貫いていた。


 後ろには、セシル。


 震える手で、聖剣を握っている。


「アリシア様は……!」


 涙を流しながら。


 それでも前を向いて。


「私が守るんだからぁぁぁぁぁ!!」


 聖剣が輝く。


 光が、王都全体を包み込んだ。


 黒い霧が消えていく。


 魔王の身体が崩れていく。


『馬鹿な……』


 最後に魔王は、私を見た。


『貴様……未来を……』


「ええ」


 私は笑った。


「変えてみせました」


 そして。


 魔王は光となって消えた。


 静寂。


 誰も動けなかった。


 やがて。


 セシルが、震えながらこちらを見る。


「……アリシア様?」


 私は答えようとして。


 そのまま、崩れ落ちた。


「っ!!」


 セシルが抱き止める。


 もう、身体に力が入らない。


 視界も霞む。


 ああ。


 そっか。


 成功したんだ。


「……よかった」


「嫌……嫌です……!」


 セシルが泣く。


 子供みたいに。


 ぐしゃぐしゃに泣いていた。


「死なないでください……!」


 私は、最後の力で彼女の頭を撫でた。


「もう……大丈夫」


 王国は滅びない。


 あなたも、生きられる。


 だから。


「……笑って」


 それが。


 未来を変えるために、大罪を犯した聖女の。


 最後の願いだった。


 ――後に。


 王国を救った“最後の聖女”として。


 アリシアの名は、永遠に語り継がれることになる。

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