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【連載版】銀雪物語  作者: 紅茶


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1

「忌み子め」


中納言、藤原碧黎ふじわらのへきれいは、実の娘を一瞥すると、吐き捨てるようにそう言った。







瑞鳳国の都にそびえる、広大で華やかな中納言邸。


色鮮やかな庭園や池が広がる寝殿造の表舞台から、遠く離れた最奥に、その部屋はあった。


塗籠ぬりごめ


本来は邸の主の調度品や宝物を保管するための、室内で唯一壁に囲まれた窓のない空間である。


常にカビと埃の匂いが淀み、昼間であっても一切の陽光を拒絶するこの暗室こそが、中納言家の長女である薄雪うすゆきに与えられた「世界」のすべてだった。


冷たい板張りの床に正座し、薄雪は手探りで針を動かしていた。


与えられているのは、下働きの女中すら着ないような、使い古されてボロボロになった単衣が一枚きりである。


冬の底冷えする夜であっても防寒着など与えられず、彼女は自身の細い腕を抱きしめて震えながら朝を待つしかなかった。


一日に一度、すえた匂いのする残飯が、木製の粗末な椀に入れられて床に置かれる。


それが彼女を生かすための唯一の糧であった。


薄雪の髪は、瑞鳳国の貴族が誇りとする艶やかな漆黒ではない。


呪力を持たぬことを示すように、色素がすっかり抜け落ちた月光のような銀色をしていた。


この国において、銀髪は「災いを招く忌み子」の絶対的な証である。







薄雪がこの世に生を受けたばかりの頃、銀髪の赤子を見た碧黎は恐怖し、自らの手で実の娘を亡き者にしようとした。


乳母を抱き込んで乳に猛毒を混ぜ、夜更けにその細い首を真綿で力任せに絞め上げたという。


しかし、薄雪は死ななかった。


毒を飲まされても数日で血色を取り戻し、首を絞められても息を吹き返した。




「殺そうとしても死なない、本物の化け物だ」




恐怖に戦慄した両親は、薄雪を屋敷の最奥にあるこの物置に彼女を閉じ込めた。


外側から幾重にも呪術的な結界を張り、外へその存在が露見しないように隠したのだ。


勝手に死ぬことを期待して、食事もろくに与えなかったが、しかしそれでも、薄雪は死ぬことがなかった。


流石に何も与えなければ餓死するとも父である碧黎は考えたが──。


しかし、忌み子だ。

それも、なかなか殺せない、バケモノ


妙な祟を引き起こすかもしれない。

そんな思いが、いつしか積極的に始末する気を失せさせ、生かさず殺さず、軟禁することに決めた。


以来、碧黎はその世話を、他の者に任せると、居ないものとして関わるのを辞めたのだ。








薄雪の塗籠に、ふいに、重々しい足音が廊下に響いた。


絹の擦れ合う衣擦れの音が、静寂の淀む塗籠の前に立ち止まる。


ぎしり、と重い木の扉が開かれた。


「おや、まだそんなところで手間取っているの?」


軽蔑を含んだ高い声とともに、暗闇に赤い光が差し込んだ。


異母妹の紅梅こうばいである。


艶やかな黒髪を結い上げ、紅を引いた唇の端を歪めている。


彼女の白魚のような指先からは、強大な「呪力」による炎がチロチロと燃え上がり、薄雪の無残な暗室を照らし出していた。


呪力を持たぬ薄雪には、その灯火ですら眩しく感じた。


薄雪は目を伏せ、床に手をついた。


紅梅の後ろから、豪奢ごうしゃ十二単じゅうにひとえを引きずって、継母がゆっくりと足を踏み入れた。


高価な香の匂いが、塗籠ぬりごめのカビ臭さを一瞬で塗り潰していく。


「あぁ、可哀想な薄雪。お前は本当に、手のかかる愚かな子ね」


継母は、扇で口元を上品に隠しながら、ひどく甘ったるく、白々しい声で嘆いた。


「その呪われた髪のせいで、外の美しい季節の移ろいを見ることもできないなんて。同年代の姫君たちが雅な歌を詠み交わしているというのに、お前ときたら、そんな泥のような単衣を着て……不憫で涙が出そうになるわ」


薄雪は何も答えない。


反論すれば、ただでさえ少ない食事がさらに減らされることを知っているからだ。


継母はゆっくりと歩み寄り、薄雪の銀髪の毛先を扇の先で冷たく弾いた。


「でも、お前は恵まれているのよ? お前がひとたび外に出れば、たちまち恐ろしい魔物が群がってきて、お前は生きたままその肉を喰い千切られることになる。あるいは、都の人々に忌み子として石を投げつけられるでしょう。そうならないために、お父様と私がこうして、強固な結界の中に『保護』してあげているのよ」


「……はい、奥様」


「一日に一度、こうして食事まで与えて、雨風をしのぐ屋根まで用意してあげている。私たちがどれほど心を痛め、苦労してお前を生かしてあげているか……お前にはわかるかしら? ちゃんとお母様に感謝なさいね」


優しい声色で紡がれる言葉の裏には、ねっとりとした粘着質で陰湿な悪意がへばりついていた。


お前は生きている価値もないゴミだが、私たちが慈悲で飼ってやっているのだという、圧倒的な優越感の押し付け。


真綿でじわじわと首を絞めるような、息の詰まる嫌味であった。


「感謝しております……。奥様のお慈悲のおかげで、私は生きております」


薄雪が額を床に擦り付けてそう答えると、継母と紅梅は満足そうに顔を見合わせた。


「そう。わかっているなら良いのよ。さあ、その着物のほつれ直し、明日までに必ず終わらせておくのですよ。働かざる者食うべからず、ですものね。あぁ、そうだわ」


継母は去り際に、ふと思い出したように振り返った。


「お前は一日中座っていて動かないのだから、きっと胃もたれしているのではないかと思ってね。お前の体を思って、今日の夕餉は半分に減らしておいてあげたわ」


「……お心遣い、痛み入ります」


クスクスと、紅梅の意地悪な笑い声が響く。


「本当にお母様は優しすぎますわ。このような無能な忌み子にまで、健康を気遣って差し上げるなんて」


パタン、と重い扉が閉ざされ、再び塗籠は完全な暗闇と静寂に包まれた。


火の呪力の残滓が消え去ると、急激な冷気が薄雪の体を包み込む。彼女は震える手で針を握り直し、見えない手元を感覚だけで探りながら、再び果てしない労働に戻った。


(どうせ私なんて、誰からも望まれない、呪われた存在なのだから……)


乾いた涙を飲み込みながら、薄雪はただ、今日という日をやり過ごすためだけに、暗闇の中で息を潜め続けた。


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