第三話襲撃
第三話です。
零人の戦いが本格的に始まります。
よろしくお願いします
御大七家管轄紅井大社総本宮。
時刻は0時を過ぎた頃、和室の中に蝋燭の火が灯る。
腰まで伸びた白髪が月明かりに照らされ、ゆらりと揺れる。魅入られるように美しい、赤黒い瞳が怪しく光を宿していた。
赤い着物には蝙蝠、緋色の羽織りには紅井家の家紋である梅が描かれている。
中性的な顔立ちで、フランス人形の様な妖艶な美しさに思わず息を飲む。
余命一年の病人とは思えない威圧感が、彼にはあった。
────ああ、ちゃんと正装なんだ。
「捜月、今日は家に帰るんじゃないの?」
「ああ……帰るよ、俺の分身がな?」
黒兎と共に蝋燭の火を囲む様に座り、不気味に笑う捜月が束ねられた資料を黒兎に渡す。
資料に目を通すとそこには、目を疑う情報が記されていた。
「……えっ」
思わず小さく声が漏れた。それは当たり前だ。
友人。いや、同じ家に暮らす生活上家族とも言っても良い人物と、彼に似た少女のゲノム情報が載っていた。
────99.9パーセントの確率で同一人物。
頭では理解は出来る。けど、心が納得いかない。
資料情報が捏造情報じゃなかった場合、命や人に対する扱いではない。まるで実験動物、話に聞く呪術だ。
「あっ、有り得ない!医者として、人間として僕はこの事件を許さない!!」
「……真実だ。灰神零人は──性別は異なるが、この東京都内で蠱毒をしている。間違いない」
今、この瞬間にも腸が煮えくり返りそうになる。拳が震え、唇を噛み締める。
写真に撮られた10歳未満の子供たちの、苦痛の死に顔が視界に入るだけで──彼女達に何も出来なかった無力感が襲ってくる。
「それが事実だとは分かった。でも、僕はこれほどまで個人や命を侮辱する行為をしている奴を今殺してやりたい……っ!!」
要人達の会合が数週間に迫る時期に、こんな物を見せられては頭がパンクしそうになる。
場所は豪華客船とは言えど、何が起こるか分からないのが現実。当主二人と数名が派遣される、その中に僕と捜月、そして零人が含まれる。
「これ、本人は知らないよね……」
「ああ勿論だ。だが、もう出逢ってしまった。奴には伝えないが、動き出すのは間違いないだろうな」
「……それって、てか、何であの子の事をっ」
捜月は回答せずに、ニッコリと笑いながら小さく舌を出す。
僕は怒りに震えた拳を床に叩きつける。抑えられない感情まま振り返り、出口へ向かおうとした瞬間──声がかかる。
「冷静になれ。言っただろ?俺の分身がもう出向いているとな」
「ねぇ捜月、僕達は……君と居れる最期の一年を静かに暮らしたい。できるのかい……?」
「全員で高校、卒業出来ればいいな」
突如、風が吹きこみ、蝋燭の火が揺れ消えてしまった。
闇が室内を包み込んだ頃、その時──灰神零人は眼前に迫ったナイフを掴んでいた。
「……っ!ぁ、あぁっ……!!」
掌から鮮血が伝い、ポタポタと顔に滴り落ちる。奥歯を噛み締め、冷や汗をかく。
ナイフを押し返そうと意識した直後に、腹に鈍い痛みが走る。
体の硬直の隙を逃すまいと少女は刃を引き抜こうと試みる。
こちらもナイフに気が取られた少女を蹴り、即座に立ち上がり──刃先から柄に持ち替える。
「オイオイ、夜襲とは案外頭キレるじゃねぇか!」
暗闇に目が慣れた頃、少女の姿を視認する。
その姿はまるで意識のない人形。胴体に無理やり吊るされているかのように、両腕をだらりと垂らしている。
だが──瞳だけが、俺を正確に捉えていた。
その姿と気迫に背筋が凍る。が、こちらが敗北すれば家族の四人を失うこととなる。
この勝負──負ける事は許されない……!
少女が地面を蹴り、一直線に前進する。こちらはナイフに変幻自在のエネルギーを刀身に纏う。
刃に纏わせたエネルギーが微かに震え、空気が裂ける音が遅れて届いた。
刀身は波打ち、触れたモノを拒絶する。
倒す──しかない。油断をした、だからナイフを奪われ殺されかけた。だから、今度は確実に……っ!
少女の回し蹴りに合わせ、カウンターに一閃。首を跳ねる為踏み込み、確実に振るったナイフを、彼女は受け止める。
この時、頭に様々な憶測が過ぎる。
「まさかっ……!!」
彼女の掌に触れた瞬間、ナイフの重さが消え、刃に纏わせたエネルギーが空気に溶けた。まるで俺の力が吸い込まれる――異力を奪われる感覚が骨まで響く。
動揺で防御体制を崩した所に、顎にアッパー、腹に蹴りを受け壁へと叩き付けられる。
こいつ、俺とは全く同じとは言わないが──
──即・吸収を持ってやがる……っ!?
即・吸収。俺が触れている物に触れる全エネルギーを吸収し、変幻自在のエネルギーへと変える能力を持つ。
少女は掌だが、同質の異能基盤を保有していた場合、解釈等によって異能は姿や性能を変える。
同じ基盤を宿す場合、近い血縁でなければ発言するのは天文学的確率だ。
仮に血縁関係ならば、初撃の一撃、回し蹴りの動作、体重の掛け方が俺に似ていたのも頷ける。
──生き別れの妹……とか、なのか?
拘束するにしても、掌に触れられたら吸われちまう。拘束は無理だな。
異力切れは狙えないのは明らか、リビングも広いとは言えど、二階に行かれて人質を取られたら終わりだ。
もう一度ナイフに変幻自在のエネルギーを纏わせ、異力で耐久性を上げる。
異力・異能者が持つ能力の源。異能基盤に流し込む事で異能を発動させ、強化術や回復術等にも使用出来る力。
──あの子には意識がない、だがこちらの殺気に反応しているのは分かった。……だから!!
少女も脚にこちらと同じく変幻自在のエネルギーを纏う。
水滴の音を合図に、互いに渾身の一撃を振るう──と見せ掛け、同タイミングでフェイントを行う。
体制を対空で無理矢理変え、ナイフを掌で触れようとする少女。だが──勝敗を分けたのは瞳に刻まれた《《異能》》であった。
ゴツンっ!と少女が零人が貼った結界に打つかる。──直後に回し蹴りを腹へと決め、冷蔵庫へと叩き付ける。
動かなくなった少女に、緊張が解けたその瞬間──
玄関が開く音と共に、空気が一変した。
気の抜けるような声が響く。──捜月だ。
「ただいまぁ〜〜!」
緊張の糸が一気に弾け、闇と静寂が、家族の温もりと日常の匂いに変わった。
零人の胸に力が戻り、瞳の奥でほんの少しだけ微笑みが揺れた。
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