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04 柳橋美湖 著 『わたしの悪魔』

〈概要〉 探偵へのオカルトな依頼と顛末

【悪魔】

1.宗教上 善なる神に敵対する絶対悪

2.災いをもたらす悪霊、邪神

 日本ではぼんやりしている人間に憑依して心を乱す妖怪を「通り悪魔」、「通り魔」などと呼んでいた。

3.悪人に対する罵りの言葉


「悪魔を祓う方法がありませんでしょうか?」

 探偵社の看板に「不思議現象、オカルト解決実績あり」と書き足してから依頼者の数は少しだけ増加した。

 例えば、

「死んだお祖母ちゃんが私を睨んでいるんです」とか、

「3日後に世界が滅亡する予知夢を見ました」とかだ。

 ただし、本当の超常現象なんて滅多に起きない。前者は自分でも忘れていた罪悪感が原因で、後者は本人の願望から生じた夢だった。

 今度は悪魔か。俺は好奇心をくすぐられたが、それは顔に出さず、真面目に対応する。

「教会に相談しましたか?」

「もちろんですとも、」彼は強調するように言葉を切ると、彼の訴えを取り合わなかった教会を罵った。まあ、仕方ないだろう。神は信じても悪魔はなかなか信じない。

「それで、あなたは僕の問題を解決できますか?」

 青年は少し視線をさ迷わせてから俺に向き直った。事務所の前を7往復して入って来たのだ。余程参っていて、藁にもすがる思いなのだろう。

 俺は相手の様子を観察しながら応じる。

「依頼を受けるには事情を詳しく話していただくことが条件です。信頼関係は重要ですよ。まず、悪魔が憑いているのは貴男自身ですか?」

「いいえ。3歳下の従妹です」

「従妹さんはどんな方ですか? 3歳下ならまだ学生ですね」

「ええ、今は大学生です。高校までは同じ学校で、かなりの人気者だったから大学でも上手くやっているでしょう。先週会った時もきれいに化粧して、流行のブラウスを着ていました」

「従妹さんとはよく顔を合わせるんですか?」

「よく買い物の荷物持ちをやらされます。免許を取ってからは運転手も」

「連絡を取っている?」

「一方的ですよ。番号を変えても、私の母、従妹にとっては叔母から聞き出してしまう。正直迷惑なんですが、従妹は当然僕が従うものと思っている。僕は断れないんです。従妹の中の悪魔が恐ろしくて」

「従妹さんに悪魔が憑いたと思ったのはいつですか?」

「もう、ずいぶん前です。確か、従妹が5歳で僕は8歳でした」

幼馴染カップルにしては妙だ。8歳の男の子は3歳下の女の子を怖がったりしない。

「従妹さんに悪魔が憑いた前後の話をうかがえますか?」


「従妹は僕の家に預けられたんです。僕の家、と言うより、当時は祖父母の家でした。僕の両親は家計の事情で祖父母から援助を受けていました。でも、母と祖母は上手く行っていなかったようですね。数年後同居を解消した時の母の安堵の顔を今も覚えています」

 それ以前は従妹とはあまり面識がありませんでした。従妹の父親は仕事で海外を飛び回っている人で、母親は病弱だったから、親戚の集まりにも滅多に顔を出すことは無かったようです。母親が長期入院することになったため伯父は娘を祖父母に預けたんです。と言っても祖父母は従妹を猫かわいがりするだけで世話は母と僕の役割でした。

「当時から従妹は天使のようなという表現がぴったりの可愛らしい外見をしていました。だから、祖父母はたちまち従妹に夢中になったんです」

「羨ましかった?」

「いいえ、僕は祖父母のことは嫌いでした。甘やかされて当然という態度の従妹も」

 僕の両親はすごく厳しくて、無条件に愛されるという経験が無いんですよ。

 とにかく、僕は従姉の下僕扱いで、学校にいる時以外は常に従妹に目を配って、遊びに付き合って、危ないことをしないように気を配らねばならなかった。悪魔? いいえ、当時は我儘だったけれど、普通の子供でした。

 それが一変したのは従妹の事故です。

 池に落ちたんですよ。ああ、当時は庭に池がありました。父の子供の頃は鯉が泳いでいたそうです。

僕が目を離した隙に従妹は池に落ちて死にかけたんです。

 大騒動で、従妹が病院に運ばれた後、僕は祖父に杖で殴られました。

 そして、従妹は奇跡的に一命を取り留めました。でも、病院から帰って来た従妹と会った時、僕だけが彼女が以前の従妹じゃないと気が付いたんです。


    ◆◆◆


 あたしに悪魔が憑いているって?

 ああ、可哀想なチャーリー、妄想にとりつかれているのね。

 彼はとても孤独なんですよ。そもそも家庭環境が悪すぎた。叔母と祖母の関係も最悪で家庭の中は常にギクシャクしていました。

 祖母があたしを溺愛したのも、叔母への当てつけが一因でした。当時のあたしはそんな事も気付かなかったけど、

 そもそも、嫁姑の険悪さの原因は叔母の兄の放蕩でした。叔母は自分の兄に何度も金銭を要求されたようです。そして、さらに悲しいことにチャーリーの外見は両親でも祖父母でもなく、放蕩の伯父にそっくりだったんです。叔母は息子を見るたびに悩みの種の実兄を思い出して、優しくすることが出来なかったのでしょうね。

 あたしが死にかけた事故、それこそが、あたしがチャーリーに心を痛める最大の理由です。

 あたしの背中を押したのは彼自身だったのだから、それが真実。

 あたしを池に突き落として、走って家に入って知らんぷりをしたようです。

 愚かな子供の浅知恵ですよね。母親である叔母にはバレバレだったでしょう。叔母は自分の息子の罪に怯えて、いまでもあたしの顔色をうかがうんです。

 彼が何故、そんなことをしたのかって?

 彼自身あたしを嫌っていたこともあるでしょうが、最大の原因は母親のためでしょうね。母親が嫌っていた、母親をいじめる祖母が溺愛する、あたしを消せば、母親が喜ぶ、母親が自分を愛してくれると思っていたのでしょう。

 どこまでも愚かで可哀想なチャーリー。

 え? 彼と距離を置くべき? いいえ。

 彼の罪を知って、彼を愛せるのは、あたしだけよ。一生離さないわ。


 彼女は可憐に微笑んだ。ように見えたが、その視線はナイフのように鋭かった。

 まるで猛獣と対峙しているような気がして思わず後ずさる。

 実績はあっても常に依頼達成できるとは限らない。俺は依頼人にどう説明するか考えていた。


     了

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