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00 奄美剣星 著 「追放悪役令嬢を北海道で拾いました」

    Ⅰ 愛矢視点


 年号が大正から昭和にかわって間もない戦間期の北海道である。

 春の朝の日曜日は、潮風が吹いて肌寒い。革ジャンにゴーグル姿の僕は和泉愛矢いずみ・よしや、浜辺でオートバイを走らせていた。

 馬二頭が轡を並べてすれ違う。乗っていたのは顔見知りの老紳士と孫娘だった。

愛矢よしや君、そのバイクはお爺様のものだね? 戴いたのかい?」

「町長、おはようございます」

 一介の牧師の子倅ふぜいが、学生身分の分際でおいそれと、バイクなんて大層なものを買えるわけがない。三か月前に資産家の祖父が亡くなり、形見分けで〝陸王〟ブランドのオートバイを貰った。サイドカーがついていて、なかなか重宝した。

 当時の郷里では自動車やバイクがまだ普及していない。バスやタクシー以外の〝足〟はほぼなく、ある程度経済的に余裕のある家の人が、自転車や馬を使っていた。

 町長とおそろいの乗馬服を着た孫娘は幼馴染で、小学校のときの同級生だ。町場の大学予科に進んだ僕と、師範学校に進んだ彼女とが、顔を合わせる機会は少なくなったので、あれやこれやと近況を報せあった。

 二人と別れて、しばらく行くと、トランク一つを手にした女性が歩いているのに気づく。さらに近づくとその人は、ショールを頭に巻き、コートの襟を立てていた。そしてガクンと膝を落とす。

「どうしたのです?」

 大人びた格好だったが、よく見れば女学生くらいだ。震えている。さらに靴擦れしていて、まともに歩けなくなっている。顔が赤い。熱があり、昏倒しかけているではないか。

 診療所が十数キロ先にあるが、そこまで行く間に、病状が悪化しそうに思えた。僕は彼女をサイドカーに乗せ、わりと近いところにある小さな港町に向かった。そこには、懇意にしている親戚筋のキク小母さんの家があったからだ。

 町中の三部屋ばかりの小さな木造平屋だったが、庭付きだ。

 キク小母さんこと野沢キクは四十歳。母の従妹にあたる人で、十年くらい前に亡くした夫から受け継いだ便利屋〝海猫屋〟をやっている。

「愛矢君、お嫁さんを拾ってくるとはやるじゃないか」

「からかわないで下さい。見ての通り、熱があるようです。ご迷惑をおかけしますが、少し看ていて貰えませんか?」

「いいよ。うちは私だけだ。気兼ねすることはないさ」

「じゃあ、お医者を呼んできます」

 行き倒れかけていた娘さんは吉野知恵子と名乗った。当時の女性として彼女は背丈があるほうだったと思う。ボブカットでまつ毛が長いのが印象的だ。


     *


 知恵子は東京の名家の出らしい。

 令息・令嬢を集めた学校で、校名こそ同じだったが実際のところは男子校と女子校が同じ敷地に並んでいるだけで、共学ではなかった。だが卒業式は、貴族会館を借り切っての合同のものだった。

 彼女にとって人生が激変したのは謝恩会パーティーでのことだ。

 こともあろうに、男子校にいた婚約者が、同級生女生徒と懇ろになっていた。いわく知恵子が同級生に、

「――諸々の嫌がらせ・虐待をしていたそうじゃないか。君の学友も証言している。そんな女との縁談は破棄する」

 と断罪。

 彼の家から正式に破談を通告された実家両親は憤慨。わずかばかりの旅費を持たせ、彼女を追放した。


     *


 キク小母さんは面倒見がいい。追放された令嬢が元気になると、店員に雇った。実質的な里親となり、商談の他に、料理・裁縫といった家事まで、あらゆることを仕込んでいった。

 そんな彼女は小母さんを〝師匠〟と呼んでいる。

「この子は筋がいい。愛矢君好みの、いいお嫁さんに仕上げてあげるね」

 ときたま小母さんちへ行くと庭で、これも花嫁修業の一環なのか、クレーマー対策の護身術として、空手組手をしているところに出くわす。さらに近ごろはヌンチャクとか、棒術まで伝授しているようだ。


    Ⅱ 知恵子視点


 東京のバカ御曹司に断罪され、実家から追放された私は、北海道の渚で倒れかけていたところを、バイクで通りかかった愛矢さんに助けられ、親戚筋の便利屋女将であるところの〝師匠〟に預けられ、そこの店員になった。


 便利屋〝海猫屋〟のある潮騒町は小さな港町だ。

 〝師匠〟の店のガレージには亡父が遺した自家用車があった。なんでもシトロエンというフランス車なのだという。女将さんは自分の代わりに乗って欲しいというので、車の免許を取り、仕事を任せられるようになった。


 その日は、地元素封家屋敷の煙突掃除。植民地時代の北米風を模した木造二階建ての屋敷で、当主は痩せたメガネの、見た目三十前くらいの男だった。

「ねえ君、可愛いね。便利屋には最近雇われたのかい? 名前は?」


 ――うわっ、見るからにオタク。ていうか、変態さんだあ。


 屋敷の主から逃げるように、暖炉に潜り込み、煙突掃除を始めた。

 家政婦長から、「休憩に使っていいよ」と言われた場所は、屋根裏部屋だった。そこで私は、小人族の子供たち七人を見つける。

「おねえさんはいい人そうだ。僕たちを連れ出して、匿って欲しいんだ」

 聞けば、先代の屋敷の主はよくしてくれたが、今の主はロクでもない奴だという。両親はそいつが捕まえて、売り払ったのだそうだ。浅草あたりの見世物小屋の檻籠、あるいはどこぞの大学で瓶詰の標本にされているのかもしれない。


 ――判った。おねえさんに任せさない!


 小人族は小さいから食費はかからない。私でも何とか養えっていける。口は悪いが気さくな〝師匠〟のことだから、歓迎してくれることだろう。


 玄関前に車をつけ、エンジンをかけておく。

「あのお、ご依頼の煙突掃除が終わりましたあ」

「ご苦労さん。はい、手間賃ね」

 家政婦長から、お札の入った封筒を貰う。

 二階に続く階段踊り場には、獣の骨標本が無造作に置いてある。そこに隠れていた小人族の子供たち七人が、ダダーッと家政婦長の後ろまで一気に駆け下りる。そして、扉を閉めようとした刹那、一気に外に飛びだす。だがそこで、屋敷の主に観られてしまった。 

 

 ゾクッ。


「小人は金になる。置いて行け。ついでに君も飼育してやるよ、ふふふ」

「そうはさせるものですか!」

 屋敷の使用人たちは全員で四人いる。総出で、私と小人七人が乗った車を取り囲もうとしたのだが、あらかじめエンジンをかけていたからすぐに発進できた。

 こうして、敷地の外へ脱出できたわけだが、屋敷の主はしつこい。馬に乗って追いかけてくる。その手にはライフル猟銃があり、撃ってきたではないか。だが馬上からでの射撃はそう上手くは当たらないものだ。次の弾丸を装填している間に、私は店に逃げ込んだ。


 ダーン、ダーン……。


 二連発式ライフルで、二発とも標的を外す。

 変態さんが猟銃を手に店に押しかけて来たが、最凶女将の敵ではなく、ブラシをぶん回した彼女に蹴散らされ、タジタジになった。

 〝師匠〟はすらりと手足が長く、髪を編み降ろしにした美しき未亡人である。彼女のファンになっている町衆殿方はけっこう多い。何かと茶飲みにやってくる、ご近所の駐在さんもその一人だ。

 〝師匠〟が犯人を取り押さえたところで、銃声を聞いた駐在さんがすっ飛んで来て、確保した。


 渚で私を救ってくれた愛矢さんはノッポで、親族である〝師匠〟に似て、シュッとしている。どういうわけだか〝師匠〟と同じように、下ろし髪にしていた。お土産の紅茶を届けに来たその人が、夏休みのため札幌の学校から戻って来た。

「なるほど、そういうわけで君に、小さな七人の舎弟ができってわけだね」

 窓台横一列に並んだその子たちが、「てへっ」と小首を傾げて笑っていた。


 ノート20260103

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