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婚約破棄は完了しました、聖女さま。あなたの悪事は完璧です。  作者: 桐山なつめ


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第9話 八回目、成功。――偽りの求婚

 それから数ヶ月――わたしは城の客間に泊まり込み、

 ひたすらエドワードの治癒に心血を注いだ。


「さすが聖女さま。あの荒れた殿下に、あんなにまで尽くされるとは」

「慈悲の心そのものではないか」

「やはり、王妃に相応しいのは、クローディア様だ」


 いつしか廊下ですれ違う者たちの視線は、

 好奇から深い敬意へと変貌を遂げていた。


 国王や王妃までもが、わたしの献身的な姿に、

 瞳を潤ませ、感動していたという。



 朝、エドワードの私室を訪れると、見違えるほど生気を取り戻した彼が、

 寝台の上でわたしを待ち構えるように柔らかな笑みを浮かべていた。


「クローディア、待っていたよ。今日が最後の治療だとか」

「はい。お加減はいかがですか?」

「君のおかげで、すっかり良くなったよ」

「よかったですわ」


 笑みを返すと、エドワードは何かを断じるように瞬きを一つし、

 わたしの手をそっと引き寄せた。


「クローディア。君の働きぶりは、もう国中に広まっている。

 もう、俺と君の結婚に反対する者はいないだろう」


「……」


「身分も、血筋も、もはや瑣末なことだ。

 君が長い間、俺のために己を削り尽くしてくれたからこそ、俺は救われた。

 本当の愛とは、こういうものなんだと知ったよ。

 ……クローディア、結婚しよう」


 わたしは、わずかに戸惑うふりをして、おずおずと身を引いた。


「……お気持ちは、嬉しいですわ」

「俺からのプロポーズが、嬉しくないのか?」

「いいえ」


 そのタイミングを逃さず、ぽろりと一滴の涙を計算通りに、こぼしてみせた。


「ど、どうしたんだ、クローディア」

「……申し訳ございません」


 わたしは震える指で、目尻を拭う。


「……胸が、とても苦しくて」

「なぜ……」

「わたしがどんなにお慕いしても……

 殿下がその心の奥底で愛していらっしゃるのは……アリス様なのでしょうから」


 エドワードの瞳に、隠しきれない狼狽が走る。


「殿下は、愛する方と結ばれるべきですわ。

 わたしが、殿下の未来を縛るわけには――」


「その必要はない!」


 エドワードは弾かれたように立ち上がり、

 わたしの前に、祈りを捧げるかように跪いた。


「クローディア、君が不安になるのも当然だ。

 けれど、アリスは俺を裏切った。二度と会うこともない。

 皆も――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……」


「愛しているんだ、クローディア」


 見上げてくる王子の碧眼。

 その奥底には、いまだ捨てきれない想い人への未練が、

 腐った澱のように沈んでいるのが見えた。


 この求婚は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、

 周囲の期待に流された卑怯な帰結に過ぎない。


(父親から、何を言われたのやら)


 この男の言葉は、中身のない空虚なもの。

 その場の空気次第で、いくらでも形を変える。


「本当に……アリス様とは、もう二度とお会いしないのですね?」


 エドワードの碧眼に、一瞬の迷いが生じたが――彼はゆっくりと頷いた。


「……ああ」

「嬉しいですわ、エドワード様……!」


 わたしは彼の胸に飛び込み、感極まったふりをして激しく肩を震わせた。

 涙はもう、枯れたように止まっている。


「クローディア……」


 抱きとめられた手がわたしの背を撫でるたび、全身を刺すような鳥肌が立つ。

 唇を噛んで、嫌悪による体の震えを必死に抑え込んだ。


(……堪えるのには慣れている)


 王妃という至高の地位と較べれば、わたしの体が汚れることなど、安い対価だ。


 ふと、壁にかかっていた豪華な鏡が視界に入る。

 暗がりに沈む部屋で、鏡の中のわたしは、声も立てずに冷酷な嘲笑を浮かべていた。


 ――完璧な、悪女の肖像。


(やった、やった!! ざまあみろ!!)


 ◆ ◆ ◆


 エドワードの元を後にしたわたしは、

 廊下の闇に溶け込むように佇んでいたロビンの姿に気づき、足を止めた。


 大きな窓から差し込む冷ややかな月光を背に、赤い瞳が不気味に輝いている。


「うまくいきましたね」


 抑揚の一切を削ぎ落とした、平坦な声でロビンが言った。


(いつから城に身を隠していたわけ?)


 ぞっとしたものの、わたしは鼻を鳴らし、

 ツンと冷ややかに彼の前を通り過ぎようとする。


「これで、ようやくあんたとの縁も切れるわ」

「……」


 ロビンは答えず、射抜くような視線だけで、逃さぬようにわたしを追う。

 数歩離れたとき、背後から低い声が響いてきた。


「――次の命令をお待ちしております」


 カッと頭に血が上り、わたしは乱暴に振り返った。


「もう終わりだって言ってるでしょ!」


 しかし、ロビンは沈黙を貫いたまま、

 ただ、底知れぬ執着を湛えた赤い目でわたしを見つめる。


 背筋を、耐え難いほどの戦慄が走り抜けるのだった。

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