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婚約破棄は完了しました、聖女さま。あなたの悪事は完璧です。  作者: 桐山なつめ


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第4話 聞こえないフリ

 アリスは血の気の失せた顔で叫ぶ。


 しかし、彼女の必死な訴えを見守る学生たちの視線は、

 凍てつくように冷ややかだ。


 わたしは香水を染み込ませたハンカチで、そっと目元を拭う。

 移り香の刺激で痛む目から、狙い通りに涙が溢れ出した。

 

 けれど、アリスはなりふり構わず詰め寄ってくると、

 わたしの肩を逃さぬよう強く掴んだ。


「すべて身に覚えのないことばかりです!

 クローディア様が酷い虐めを受けていたことが事実だとすれば、

 真犯人が別にいるはず……!

 一緒に真実を暴くお手伝いもいたします。

 ですから、どうか――私の行いではないと()()()にお伝えください!」


(ネッド、か。殿下を愛称で呼ぶなんて)


 アリスとエドワードは政略結婚といえど、

 それなりの睦まじい仲だったとは聞いている。


 わたしは、アリスの震える手にそっと指を触れた。

 まさか、ここまでプライドを捨てて縋りついてくるとは。


(……どこまでも目障りな女だわ)


 さて、どう答えたものか。


 ふと見ると、彼女の制服から伸びた白い腕には、

 どす黒い痣が浮き上がっていた。

 父親である伯爵に折檻された痕なのだろう。

 王太子との婚約を解消され、家の面汚しとなった娘への強烈な「教育」の結果に違いない。


(これぐらいなら()を使うまでもない)


 わたしは、アリスの手に重ねた指へ意識を向け、静かに詠唱を行う。


 柔らかな光が溢れ出したかと思うと、見る間に赤黒い変色は消え、

 透き通るような色白の肌に戻っていく。


「なっ……」


 アリスは驚愕に目を見開く。

 にこりと慈愛に満ちた微笑みを返すと、彼女は弾かれたように手を離し、

 力なく後ずさった。


「どうして、私の怪我を――」


 ふいに、背後から小気味よい靴音が近づいてきた。

 わたしたち向けられていた周囲の視線が、さっと動く。


「……さすが聖女だな、クローディア」


 穏やかな声に振り返ると、そこにはエドワードが立っていた。

 朝の光を銀ボタンに反射させた彼は、涼やかな顔でわたしへ会釈する。


「エドワード様。おはようございます」


「おはよう。……因縁があるアリスの怪我まで治してやるとは。

 君の慈愛は、まさに女神の再臨だ」


 エドワードが冷徹な視線をアリスへ流す。


「自分の怪我すら治癒できないとは。()()()()()()()()()()()()な、アリス」

「……!」


 アリスは息を呑み、唇を噛んで悔しそうに俯いた。


 そんな彼女を、二人の友人が守るように抱き寄せ、

 忌々しげにエドワードを見つめ返す。


「何か文句でもあるのか」


 吐き捨てるように呟くエドワード。

 しかし、アリスだけは縋るような表情で、かつての婚約者を見上げた。


「ネッド……」


 その呼び声に、エドワードの碧眼へ一瞬だけ迷いが差す。


 それは、幼い頃を共に過ごした情愛が、

 無意識に漏れ出たような甘い眼差しだった。


(まずい)


「アリス様、提案がございます」


 コツ、と靴音を立てて、わたしはアリスに近づいた。

 

「来週は祝福祭ですわよね。

 わたしもアリス様に代わって、筆頭聖女として参列いたしますが

 ……『侍女役』として、ご一緒していただけませんか?」


「……え?」


 アリスが、弾かれたように顔を上げる。

 周囲の生徒たちからも、ざわりとどよめきが漏れた。


 それは、かつて筆頭聖女の座にいた伯爵令嬢を、

 格下の男爵令嬢が身の回りの世話役として

 公衆の面前に引きずり出すという、屈辱的なもの。


「何言ってんの、あんた」

「侮辱だわ! 何様のつもりよ!」


 アリスの友人たちが、犬のように吠える。


「……どういうことだ、クローディア」


 罵声に呼応するように、エドワードの声も低く沈む。

 その困惑を遮るように、わたしは潤んだ瞳で彼を見つめ返した。


「祝福祭は、慈愛と奉仕を示す場ですわ。

 アリス様は今、その……聖なる加護が薄れておいでですが、

 女神様のために病める方たちを世話し、

 過ちを贖うお姿を見せれば、きっと慈悲を賜ることも叶うはずです」


「過ち……」


 アリスの肩が小さく跳ねる。

 わたしはさらに一歩近づき、その震える指先を絡め取るように強く握り込んだ。


「わたしも隣で、一心に祈りを捧げさせていただきます。

 そうすれば、一度は消えた女神様の加護も、再び宿るかもしれません。

 ……ただ、形の上では『侍女』としてお仕えいただくことになりますが、

 敬虔なアリス様なら、寛大な御心でお許しいただけますわね?」


「……!」


「殿下も特等席から見守ってくださいます。

 これ以上の和解の機会はございませんわ。

 ……それとも、わたくしの独りよがりな願いでしたでしょうか?」


 懇願するように囁き、逃げ道を完璧に塞ぐ。


 聖女が差し伸べた救いの手を拒めば、

 アリスは完全に『傲慢な悪女』として社会的に死ぬ。


「……わかりました。ありがとうございます、クローディア様」


 アリスは琥珀色の瞳を震わせながら、しぼり出すように答えた。

 その姿に、エドワードは満足げに目を細める。


「クローディア……君はやはり、女神に選ばれた聖女だな。

 私情を捨て、加護を失った者にさえ手を差し伸べる慈愛の精神

 ……恐れ入ったよ」


「もったいないお言葉ですわ」


 賞賛を浴びる間も、わたしはアリスの手を離さない。

 彼女の背後にいる友人たちの刺すような視線にも、

 慈しむような笑みで応えてやった。


「クローディア……」

「……今に見てなさいよ」


 わたしにだけ聞こえる、二人の呪詛のような囁き声。

 微笑みを浮かべたまま、ふいと顔を逸らした。


(聞こえないフリをしといてあげるわ)


 エドワードは、惨めな元婚約者に再び視線を戻して淡々と言い放った。


「感謝することだな、アリス。

 慈悲深いクローディアが、君に最後の機会を与えてくれたのだ」


「……はい。光栄でございます」


 震える声。屈辱に歪む横顔。

 それを見届け、わたしは胸の内でほくそ笑む。


(今度こそ、絶対に潰してやる)

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