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婚約破棄は完了しました、聖女さま。あなたの悪事は完璧です。  作者: 桐山なつめ


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第3話 聖女、クローディアの微笑み

 霧の深い朝だった。


 冷たい白が空気を満たし、吐く息すら濡れるような感覚の中、

 石畳を叩いていた蹄の音が、ぴたりと止まる。


「クローディア様、ご到着です」


 御者の声とともに馬車の扉が開かれ、外気が流れ込んできた。

 重厚な鉄柵の向こうに、霧を押し分けるように尖塔がそびえ立っている。


 中世から続く学び舎――この国の権力が、形として残された場所。

 ここは、将来の国政を担う貴族の子弟のみが

 入学を許される学び舎アイゼンハルト大公立学術院。


 校門をくぐった瞬間、空気が張り詰めた。

 男子生徒は黒いシルクハットを胸に当て、女子生徒は揃って膝を折る。

 訓練された動作。迷いのない敬意。


「クローディア様、おはようございます!」

「先日の夜会、陛下もクローディア様のワルツを称賛しておられました」

「殿下も始終エスコートしておいででしたね」


 賞賛の声が、次々と重なる。

 またたく間に、わたしの周囲には、人垣ができていた。


(朝から、うるさいわね)


 頭の奥がじんと痛む。

 甲高い声が耳に刺さり、毒づきたくなるのを必死に抑えた。


 誤魔化すようにレースのハンカチで口元を覆ってわずかに咳払いをすると、

 それだけで、周囲の空気が揺れた。


「大変、聖女さまがお風邪を……」

「すぐに魔法医をお呼びしましょう!」


(大袈裟なのよ、モブども)


「ありがとう。でも、どうかご安心を。

 わたしには女神様の加護がございます。

 自らを癒やす奇跡など、日常のことですわ」


「たしかに、そうですわね……」

「差し出がましい真似をして申し訳ありません」

「どうかお許しを」


「いいのよ。さあ、皆さんも礼拝に参りましょう」


 柔らかく告げると、皆が一斉に引き下がる。

 従順で扱いやすいが、慎重に接しなければ敵意に転じる。

 仕草、言葉、表情一つ取っても、神経を使う。


 わたしは取り巻きを従え、全校生徒が集うグレート・ホールへと歩き出した。


 と、その時だった。


「クローディア様!」


 背後からわたしを呼び止める声がした。


 振り返ると――そこには、青ざめた顔をしたアリスが立っていた。

 学生たちが、一斉にわたしたちを好奇の目で観察するのを肌で感じる。


 アリスの隣には、彼女の同級生である女学生二人も並んでいて、

 わたしに対して、一切怖気づくことなく、

 敵意を孕んだ眼差しで睨みつけてくる。


「おはようございます、アリス様」


 わたしはスカートの裾を摘んで腰を落とし、完璧な礼を捧げる。

 しかし、アリスは胸に手を当てたまま、何も言わない。


「アリス様……あんなことがあったというのに、よく登校できましたわね」

「退学処分にならないのが不思議ですわ」

「大人しそうな顔をして。人は見かけによりませんわ」


 わたしの背中で、女学生たちが意地悪く囁く。


(もっと言ってやって!)


 その本音を押し殺し、


「いけませんわ。品位を下げますわよ」


 わざと嗜めると、


「申し訳ございません、クローディア様」

「違うのです、私たちはただ……」


 狼狽する彼女たちを一瞥し、わたしは興味を失ったように視線を逸らす。

 浅はかな言葉を垂れ流す手駒など、深入りすればこちらまで泥を被るだけだ。


 その様子を見ていたアリスは、逡巡するように唇を噛むと、

 やがて一歩、こちらへ踏み出してきた。


「おはようございます、クローディア様。あの、私……」


「……先日の舞踏会、あのようなことになり本当に胸が痛みますわ。

 慈悲深い殿下があれほどまでに激昂なさるなんて……

 よほどの裏切りを感じられたのでしょうね」


 アリスの足が止まった。


「誤解です、クローディア様。

 マクレインの名にかけて、あなたを貶める理由など、

 私には微塵もございません!」


 彼女の言葉に、友人たちが「そうよ!」と言いながら、わたしに迫ってくる。


「アリス様は、女神に愛された筆頭聖女さまだったのよ」


「あなた、殿下に何を吹き込んだの!?

 アリス様に嫉妬した庶民あがりが!」


(……)


 わたしは、よろりと体を傾けた。


「そんな……酷いですわ……。

 階段からわたしを突き落としたのはアリス様だと、

 皆さまが証言されているではありませんか……」


「クローディア様、やめてください!」

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