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婚約破棄は完了しました、聖女さま。あなたの悪事は完璧です。  作者: 桐山なつめ


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第2話 従者、ロビンの悪事

 深夜三時。


 舞踏会の喧騒は遠い幻となり、屋敷の私室にはしじまが降りている。

 侍女の手で重たいドレスを脱ぎ捨てると、

 一人きりになりたいと告げて彼女を下がらせた。


 遠ざかる足音が完全に途絶えたのを確認し、

 壁に設置された真鍮の呼び鈴に指をかける。


 合図は、特定の調子で一度きり。


 すると、すぐに扉の隙間から影が形を成すように、

 ロビンが音もなく入室してきた。


「うまくいきましたね、聖女さま」


 ロビンは後ろ手で扉を閉めながら、淡々と呟く。


 わたしは薄いシルクのガウンを羽織ったまま、

 天蓋付きのベッドの上で彼を睨みつけた。


「……何よ、偉そうに」


『王太子妃候補である伯爵令嬢アリスが、格下の男爵令嬢であり、

 国の聖女でもあるクローディアを、学園内で陰惨に虐めていた』


 婚約破棄の理由は、単純なもの。


 出鱈目な醜聞をでっちあげ、

 王国中の「真実」に塗り替えたのは――目の前の男だ。

 偽の書簡、買収された証言者、そして完璧なタイミングでの暴露。


「……あんたの有能さには、味方ながら背筋が凍るわ」

「ありがとうございます」


 ロビンは足音も立てず、滑るように歩み寄ってきたが、表情ひとつ動かさない。


「でもね。エドワードったら、まだ結婚に踏み切ってくれないみたいなの」

「そうですか。それは難儀ですね」


 他人事のような口ぶりに、無性に腹が立つ。

 わたしは枕を引き寄せ、胸元に抱え込んだ。


「アリスはまだ諦めていない。

 門の外に、まだマクレイン家の馬車が停まっていたもの。

 きっとエドワードの慈悲を乞おうとしたに違いないわ」


「そのようです。殿下は、カーテンを締め切っておられましたが」


(……黙って見てたわけ?)


「あんなふうに拒絶されたっていうのに。無様よね」

「愛情の形は、人によって様々です」


 ロビンは後ろ手に手を組み、背筋を伸ばしたまま、きっぱりと言い放つ。

 陰口に同調しないその冷めた態度が、わたしの自尊心を逆撫でする。


「もういっそ……あの子を、この世から消してちょうだいよ」


 その瞬間、ロビンの赤い瞳が鋭く細められた。


「他者を死に追いやる行いだけはしないと、お約束したはずです」

「……役立たず」

「そのお言葉は、あなたの品格を損ないます」


 舌打ちをしたわたしの視線を、彼は真っ向から受け止める。

 自分の醜悪さが透けたようで、苦々しい思いがした。


「うるさいわね。ちょっと口が滑っただけよ」

「心得ております」


 はあ、とわたしは息をついた。


「……でも、目障りなの。

【アリスの失言を誘って、エドワードを幻滅させて】」


「それは――()()と受け取ってよろしいのですか?」


 一度深く目を閉じ、感情を押し殺して拳を固める。

 顔を伏せて、ゆっくりと頷いた。


「七回目ですね」


 鼓動が跳ねて、呼吸が止まる。

 それを悟られないよう、無理やり顎を上げてロビンを見据えた。

 窓から差し込む青白い月光の中で、彼の瞳が爛々と赤く輝いている。


(……悪魔みたいな男)


「……本当に、このことは口外しないのよね?」


 問いかけた自分の声は上ずっていた。

 しかしロビンは心外だと言いたげに、初めて眉根を寄せた。


「もちろん。契約ですから」


 言いながら、彼は右耳につけたピアスに触れる。

 髪に隠れているが、宝石の裏側には小さな黒い錠剤が収まっている。


「あなたが王子と正式に成婚された暁には、これを飲むと誓いました」


 それは、わたしが生成した秘薬。

 ロビンと共に行った()()()()()()()()を口にした瞬間、

 永遠に舌が凍りつく魔法をかけている。


「六回に渡るご命令も、完璧に遂行していると自負しております」

「……ええ、そうね」


 わたしは得体の知れない寒気を覚え、ひざ掛けを肩まで引き上げた。


「……なんでそこまで、わたしに協力するわけ」


「ただの使用人である私が、あなたを妻にするためには、

 これしか方法がないからです」


 その淡々とした口調に、背筋がぞっと冷えていく。


「あんたと話していると、気がおかしくなりそう。もう行って」

「承知いたしました、クローディア様。良い夢を」


 ロビンは深々と一礼し、そのまま数歩下がってから出口へと歩き出す。

 扉を開こうと彼が伸ばした右手の甲、その白い肌に刻まれた、

 自傷の跡のような生々しい傷がわたしの目に飛び込んできた。


「……待ちなさい」


 わたしはベッドから降り、彼の傍らへ歩み寄った。

 拒む様子もないロビンの手を取り、ガウンの下で揺れるペンダントに触れる。

 そのまま掌をかざすと、柔らかな光が溢れ、彼の傷を瞬時に接合していく。


「その自傷癖、いい加減改めなさい」

「……。恐縮です。クローディア様」


 わたしの聖力が傷に吸い込まれていく間、

 ロビンは瞬き一つせず、その赤い瞳でわたしの顔を覗き込む。

 傷が消えると、自分の肌を愛おしそうに撫でた。


「行きなさい」

「はい」


 ロビンは短く返事をすると、頭を下げて部屋から出て行った。

 わたしは、ペンダントを誰にも見られないよう、再び慎重にガウンの下へ隠した。


(アリスのために、貴重な命令を使ってしまった)


 ふっと息をついて、左手の薬指に視線を落とす。

 十回目の命令を下した瞬間、ここにロビンとの"結婚指輪"が嵌まってしまう。


(……十回目だけは、絶対に命じるものか)


 滑らかな指を確かめるように何度もなぞる。


 わたしに相応しいのは、格下の男が用意する敗北の証などではない。

 名声と権力を約束する、王家の輝かしい勝利の黄金だけ。


(……あの男を極限まで使い潰して、必ずエドワードと結婚してやるわ)

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― 新着の感想 ―
断罪側の令嬢の視点は新鮮です! 先が楽しみすぎます……!!
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