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婚約破棄は完了しました、聖女さま。あなたの悪事は完璧です。  作者: 桐山なつめ


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第13話 悪女の亀裂

 今日は婚約式だ。


 王宮の支度部屋は、目が眩むほどの贅に満ちていた。

 壁一面の金箔が、視界の端までぎらつく。


 天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアが、

 光を幾重にも反射している。


 空気には、甘く重たい香油と、

 祝いの場特有の張り詰めた緊張が漂っていた。


 立てかけられた姿見を、まじまじと覗き込む。

 鏡の中には、純白のシルクに銀糸の刺繍を施した、

 王太子妃に相応しい女が立っている。


 完璧に整えられた髪。

 欠けることのない微笑。


 ――美しい。


 そう思った瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。


「まあ、きれいだわ、クローディア」


 背後から、満足げな声。

 ルイーズ男爵夫人が、わたしの肩に手を置き、誇らしげに顎を上げた。


「まさかエドワード殿下と婚約するなんて。

 お前を養子に迎えて、本当に正解だったわ。

 これで我が家は安泰ね」


 わたしは人形のように微笑みを返した。

 夫人はそれで十分満足したらしく、足取り軽く部屋を出ていく。


 扉が閉まり、静寂が戻る。

 ほっと息をついた。


 ――その直後。


 控えめな、扉を叩く音。


「……どなた?」


 呼びかけても、返事はない。

 侍女は皆、式の準備で持ち場を離れている。


 嫌な予感が、背筋を這った。


 仕方なく扉へ近づき、細く開ける。


 そこに立っていたのは、見知らぬ侍女――


 いや。


 琥珀色の瞳と視線が絡んだ瞬間、

 反射的に息を呑み、心臓が跳ね上がった。


「!」


 咄嗟に扉を閉めようとすると、


「お待ち下さい!」


 掴まれた扉の向こうで、震える声。


 やせ細った肩。

 侍女の衣装を身に纏ってはいるが、隠しきれない気配。


 ――アリス。


 聖女の権限を剥奪されてから数ヶ月……。

 久しぶりに顔を合わせた彼女は、

 迷いを削ぎ落としたような目をしていた。


「お話がございます」


 その声に、背中に冷たい汗が流れた。


 拒めば、騒ぎになる。


 一瞬の逡巡の末、わたしは扉を半分だけ開けたまま、外へ顔を出す。


「……どうされたのです。謹慎中のはずではありませんか?」


 アリスは小さく頷いた。

 だが、顔を上げた瞳には、はっきりとした決意が宿っている。


「クローディア様……私の琥珀の聖心(アンバー・コア)を、お持ちですね?」


 ――ドクン。


 全身の血が一気に引いた。

 視界が歪む。


 否定の言葉が、喉に張り付く。


「……なっ、何を仰っているの……」


「あなたと話すたび、覚えのある聖力を感じていました。

 最初は、気のせいだと思っていましたけれど……」


 足元がふらついた。

 その拍子に、背後の椅子にぶつかる。

 鈍い音を立てて椅子が倒れ、わたしは思わず尻もちをついた。


 視界の隅で、姿見が大きく揺れた。


「まさかとは思っていたのですが――

 そう考えれば、すべて繋がるような気がして」


 アリスが一歩、室内へ踏み込んでくる。


 まさか。

 覚えのある聖力?

 なにそれ。

 そんなものを、本物は感じ取れるの?

 どうする。

 バレたら終わりだ。


「……その反応……やっぱりそうなのですね」


 はっとして気づく。

 無意識に、胸元へ手を伸ばしていた。


(やられた)


 チェーンが指に絡み、ペンダントが引きずり出される。

 シャンデリアの光を受けて、琥珀色の魔法石がきらりと艶めいた。


 まるで、真の持ち主を前にしたかのように。


 アリスは表情を変えない。

 ただ、じっと、わたしを射抜いている。


 ゴクリと唾を飲み込む。


(落ち着け)


 倒れた椅子に手をつき、体勢を立て直した。


 心臓の音が、耳の奥で鳴り響く。

 息が浅い。


「たしかに……これは、元々わたしのものではありませんわ。

 懇意にしている宝石商から買ったものですが、

 アリス様が売却されたからこそ、流通したのではありませんか?」


「……クローディア様」


「まさか、これがアリス様のものだなんて思いもしませんでしたわ。

 運命とは、恐ろしいめぐり合わせですわね」


 アリスは、悲しそうに目を細めた。


「まだ……嘘をつかれるのですね」


 椅子の縁に、爪が食い込む。


「何よ」


 わたしは、アリスをきつく睨みつける。


「……わたしが盗んだとでも言いたげじゃない。

 証拠でもあるわけ?」


 アリスは、小さく首を振った。


「いいえ。どんなに調べても、

 あなたに繋がる証拠は出て来ませんでした」


 一気に、全身から力が抜ける。


(証拠がないなら、どうとでもなる)


「当然だわ。わたしは何もしていないんだから」

「……」

「このことは、殿下の耳に入れないでおくわ。

 あなたは、このまますぐに帰ったほうがいいんじゃなくて?」


 それでも、胸の奥がざわつく。

 証拠もないのに、ここまで来た理由がわからない。


「一つだけ、お願いがあるんです」


 アリスは唇を引き結んだ。


「そのペンダント。

 琥珀の聖心(アンバー・コア)の裏側――

 石を留めている土台に、ネッドとの写真が入っているんです。

 それだけでも、返して頂けませんか?」


 一瞬、何を言わわれているのか分からなかった。


「……なんですって?」

「大切な思い出なんです」

「殿下は、あなたを捨てた人よ? そんな男との思い出って、何?

 要らないでしょ、そんなもの」

「私には必要なんです!」


 初めて、アリスの声が荒れた。

 その必死さに、息を呑む。


「な、なんでよ……」

「だって」


 涙に濡れた声。


「愛しているんですもの」


 全身の血が、どくりと滾る。

 聖堂で見た、ロビンの懺悔の顔が重なる。


 なんで。

 そんな顔をするの。


「馬鹿じゃないの、あんた。理解できないわ」

「……クローディア様」

「もう行って。目障り! これ以上いるなら、殿下にも報告するわ!」


 アリスが、大きく目を見開いた。


「どうして」

「……」

「ただ、あの人のそばにいたかっただけなのに」


「出てけ!!」


 わたしは立ち上がって、

 アリスの体を強引に押し出し、力いっぱい扉を閉める。


 沈黙のあと、彼女の靴音がゆっくりと引き摺られるように消えていく。


 ――静寂。


 体に力が入らず、わたしはその場に座り込んだ。


(意味がわからない)


 ……愛しているから?


 あんな男のどこがいいの?

 伯爵令嬢なら、どんな男だって選び放題でしょ。

 そんなに王冠が欲しいの?


(欲深い、女)


 けれど。

 アリスの本心ではないことを、わたしは……知っている。


 ――『あなたを、愛しているからです』

 ――『クローディア様の心根は、お優しいと知っております』


 ペンダントをたぐり寄せ、琥珀の聖心(アンバー・コア)に指で触れる。

 すると、土台から石がかすかにずれた。


「……」


 以前にも、同じ違和感を覚えた気がする。

 指先にぐっと力を込めると……石が、外れた。


 ゆっくり指で摘んでみると、土台の内側に、

 仲睦まじく肩を寄せて微笑む、

 幼い頃のアリスとエドワードの写真が収まっていた。


 ――まるで、在りし日のわたしと……


 ぎゅっと唇を噛んだ。


 ――『望みすぎました』


 姿見が、部屋の隅で倒れていた。

 四つん這いのまま近づいていき、覗き込む。


 ――『まだ、嘘をつくのですね』


 鏡面に、亀裂が走っていた。


(……ああ)


 もう、答えは出ているような気がした。

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